シナリオ詳細
<信なる凱旋>燃える日々を辿って
オープニング
●燃える日々よ
目を閉じれば燃え上がる町並みが見えてくる。
これはいつの物だろう。
私が燃やした幻想の町か、それとも『私』が燃え上がりながら見た最期の景色なのか。
(……なんてね)
思わず零れた笑みは自嘲の色が籠っている。
(私には『私』の記憶なんてありはしないのだから、これもあの時の景色に決まってる)
瞼を開いてみれば、そこには穏やかな天義の町並みが広がっている。
「……さて、どうしようかしら」
ぽつりと言葉を零す。
貴女の好きなさいな、とオルタンシアは言った。
言われずとも、という気持ちはある――けれど。
「……とはいえ、何をするのか、なんて決まってないのよね」
瞼を開き、瞳に映るは白い城壁に規則正しくあれと生き続ける白亜の町。
(……気持ち悪い)
自分達は真っ白で無垢だとでも自己主張するような、そんな景色が気持ち悪いと思う自分もいた。
正しいことをしようとする、それはいい。
正しくあろうとする、それもいい。
――正しくないものを、見ようとしないのは気持ち悪い。
誰にだってある『それ』を見ないふりをして――どころか偶然にでも、僅かでも見えたら徹底して潰すその様が浅ましく悍ましい。
(正しいことは美徳だけど、正しいこと以外を認めないのは悪徳に違いないわ)
それは多分、他の誰にも言えることのない本音なのだと、マルティーヌは思っていた。
そしてそれは多分、本物のマルティーヌも思っていたことなんじゃないかなと、何となく思う。
――そう、ほんの少しでも心の中で思ってなければマルティーヌの殉教は起こらなかっただろうから。
上官の指示も、待つべき本隊の到着も一切を無視した独断専行。
そうしなければきっと町そのものが滅んでいたからだとしても、それは聖騎士団ひいては天義への裏切りに違いないはずだった。
それが殉教だなどと持て囃され、聖女と呼ばれたのは、正義が既に果たされた――という彼女の独断の自己犠牲の結果に過ぎない。
「……なんてね。私は貴女じゃないもの。私がどう思おうと、本質的には違うわ。
――そもそも、私は滅びの使徒。貴女の望むと望まぬとも関係なく、世界を滅ぼすために突き進むだけ」
誰かに言い聞かせるように、マルティーヌは声に漏らす。
「世界を塗り替え、歴史を修正する。全ては我らが主、あのお方の御座にあるべき姿を取り戻さなくては」
切り替えるように一歩前に出る。その足取りは思いのほか重かった。
●私は滅びの使徒
天義の中部、木々が燃え上がっていた。
迫りくるは赤き預言の騎士と焔の獣達、その先頭に立つのは1人の少女。
軍勢の行く先、小さな町に駐屯する聖騎士達は必死の抵抗を繰り広げていた。
「遂行者か! 何の理由があってここに来た!」
そう叫んだのは聖騎士隊の隊長らしき灼髪の青年だ。
握りしめた剣には揺るぎが無い。それは信仰の深さを示すように。
「――自分で言ったじゃない。私は遂行者よ? 預言の遂行に来ただけよ」
マルティーヌは静かに愛剣に手を置いた。
一歩前に出て、二歩目、炎が戦場に奔った。
聖騎士達がその攻勢に耐えんと僅かに出来た隙、そこを炎の獣が飛び掛かる。
それに対応しようとした聖騎士が生んでしまった隙を突いた預言の赤騎士が槍を払えば、倒れた聖騎士の身体が焔に包まれていく。
呻き、耐えながらも騎士達は灼焔に彩られる。
「仲間に何をした!」
激昂と共に、その騎士が迫りくる。
マルティーヌは短く息を吐いて剣を薙いだ。力量の差を理解せぬ戦士へと、それを教え込むように。
●
「力量の差は分かったわね? そう。
なら素直に受け入れた方が良いわよ……なんて、それで屈するなら聖騎士なんぞしてないわね」
聖騎士達の要請を受けたイレギュラーズがその遂行者の姿を見とめた時、最初に聞こえたのはそんな声だった。
「……マルティーヌ、これはどういう趣向ですか?」
リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は目の前に立つ遂行者へと問いかけた。
視線の先には倒れる聖騎士達と、彼らを叩き潰したばかりであろうマルティーヌ。
その傍らには赤い焔を纏う騎士の姿が見える。
たしか、終焉獣擬きとでも言うべき炎の獣に人々を変える能力を持つという存在だろうか。
その他には焔で出来た狼のような獣達と、炎に包まれつつある聖騎士達の姿もあるか。
「君達は……」
こちらに顔を向けた聖騎士が少しばかり逡巡し、少なくとも敵ではないことを見とめたように見える。
その顔つきはどこか、ほんの僅かにマルティーヌにも似ているような気がした。
「ローレットのイレギュラーズだよ! いま治療するから!」
フラン・ヴィラネル(p3p006816)はそう言って聖騎士の方へと駆け寄れば、直ぐに治癒魔術を始めていく。
「マルティーヌ……」
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は小さく声を漏らす。
「何かしら?」
「……ううん、なんでもない」
口に出すことを選ぼうとして、リュコスは首を振った。
そう、とだけ短く微笑んだマルティーヌは確かにリュコスを見据えている。
「……これが本当に正しい事、なのですか?」
ニル(p3p009185)は問う。
「これ以上、かなしいことをふやしたくないのです」
問わずにはいられなかった。
「ニル、ごめんね。それでも私のしなくてはならないことだから」
「遂行者よ」
少しばかり目を伏せて、それでもそう語ったマルティーヌへ、赤い焔の騎士が声をあげた。
「えぇ、分かってるわよ、皆まで言わずとも」
刹那、マルティーヌの剣が熱を帯び、時を待たずして炎が燃え上がる。
隣に立つ赤い騎士の焔にさえも劣らぬ紅蓮が、彼女の敵意を示していた。
「前も言った通り、手加減なんてしないわよ」
そう煉・朱華(p3p010458)が剣を抜いて宣言すれば、マルティーヌは静かに笑みをこぼす。
それでいいのだと、そう頷いたように朱華には思えた。
- <信なる凱旋>燃える日々を辿って完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年09月21日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「そっちの騎士、先ずはフランに任せて立て直しなさい。
反撃するならそれからでも遅くはないでしょ? それまでは私達で何とかしてみせるわ」
灼炎の劔の出力を上げた『未来を背負う者』煉・朱華(p3p010458)は騎士へと声をかけた。
「特に、そっちの獣になりきってない連中はまだ助けられるわ。
アンタ達だって仲間を殺したいわけではないでしょう? アンタ達自身で守り切ってみせなさいっ!」
象徴兵装、火竜の炎を体現するかのような砲撃の如き斬撃が灼焔の兵士達や焔の獣を焼き払う。
殺さずの炎に煽られた兵士達が倒れ、狼たちが黒い靄になって消えていく。
「うん。こっちはあたしに任せて!」
その声を聞いて『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は朱華へと頷いてから改めて聖騎士へと治療を施していく。
「……すまない、世話を掛ける」
傷を負っていた聖騎士がそう申し訳なさそうに呟いた。
「大丈夫、姿が変わっちゃった仲間も元に戻すし、変わってない騎士のみんなも守るから」
フランはそんな彼の手を握り、目を合わせて勇気づければ聖騎士が確かに頷いた。
(『私のしなくてはならないことだから』かぁ……でも、なんでだろう。
マルティーヌさんがほんのちょっと、迷ったり、悲しそうに見える……)
その真意はフランには分からないけれど、少なくとも好き好んでやっているようには見えないでいた。
「聖騎士の方々、加勢致します。私達が前に」
声をかけたままに、『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は緋炎を抜いて進み出る。
(マルティーヌ……彼女に記憶がある訳ではないのなら、記憶があるのは……聖遺物の方。
滅びのアークは負の感情に結びつく。聖遺物に残留した思念の中から、アークが負の想念を引き出している……という所ですか)
リースリットは遂行者に視線をやった後、緋炎に魔力を籠めていく。
流れるように振り抜いた焔の刻印が多数の焔の獣と灼焔の騎士達を絡め取る。
「争いの解決手段に暴力以外を選択できるのが人間らしい。
だが、結局は暴力を選ぶのが人間でもあるのだがね。実に人間らしい集まりだ。
まぁ、物事の是非を決めるならば『それ』が最も手っ取り早い」
敵の存在を見据えそう語る『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)は、既に人型から臨戦態勢への変質は終えている。
身体を形成する粘膜の一部が作り出した魔眼は、ぎょろりと敵を睨め付けた。
(信仰心ある聖女に忠実な騎士。敵でさえなければどんなによかったことか)
その様子を見やり、『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)は思う。
(……ま、ぽっと出の俺が言ってもしょうがないんだけどさ)
向かう先に立つのは、その形を取るだけの存在であろう。
気分を入れ替え、サンディは最速で飛び出した。
その手には形を得た風があった。
ナイフのように形状を変えた風が、紫電のスパークを爆ぜる。
「死なない程度には加減してやるから痛いのは我慢してくれよな!」
飛び込んだ眼前には焔を纏いつつある騎士の姿。
一閃した風が雷光を奔らせて紫電の軌跡が道を辿る。
(マルティーヌ様のやりたいこと……ニルは、止めなきゃいけないのです。
だって、かなしいことはいやだから)
『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)は優しい光の揺蕩う杖を握り締めて天へと掲げた。
(これいじょう火が広がるのはいやなのです)
光は優しく周囲を照らし、燃え上がる戦場に結界を張り巡らせる。
ひとまず安堵の息を漏らして、ニルは改めて杖の先端に光を灯す。
「みなさまも、必死に抵抗しているのですよね。
頑張ってください……負けないで、ください!」
祈るような思いを手に、ニルは閃光を放つ。
こちらへの敵意を露わにして剣を構える炎に包まれた聖騎士達。
瞬く光は優しくも烈しく、灼焔の兵士達を鎮めていく。
(マルティーヌ……今度はさいしょからやる気みたいだね)
炎を纏う剣を抜き身のままに構える灼髪の遂行者へと『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は視線を向ける。
(でも、楽しそうじゃない顔なのはかわらない……)
どこか寂しそうにも見える遂行者が剣を構えている。
その表情が少なくとも、楽しそうには見えないのは誰の目にも分かった。
(……今は大事な友だちのステラもいるし、聖騎士さんたちを助けて予言の再現を止めるために集中……集中……)
深呼吸をして気持ちを整え、リュコスは盾を構えながら飛び出した。
目を瞠ったマルティーヌがそれに反応し、突撃するリュコスの盾へと剣を叩きつけた。
僅かに逸れた盾が勢いを殺されるが、それでも充分だった。
(遂行者に赤騎士、他色々……まあ拙のやる事はいつも通りです。
立ち塞がる相手を討ち倒して、道を切り開くのみですとも!)
剣を交えて遂行者を抑える大事な友人の姿を見て、『夜を裂く星』橋場・ステラ(p3p008617)は静かに剣を構えた。
「それにしても、人を炎の獣に変えるなんて厄介過ぎでは?」
咆哮を上げる炎で出来た狼も、炎に包みこまれた人々も。
それ等全ては赤い騎士の力によるものだという。
(手早く獣達を排除してしまわないと、ですね)
最大限に高めた出力のまま、振り払った斬撃が閃光となって瞬いた。
目に焼き付くような聖なる輝きに炎の獣たちが焼かれていく。
●
「反撃の狼煙の合図は騎士さんから皆にかけてあげて!
きっと頑張ってる仲間の皆だって、貴方の声が後押しになるから」
フランは聖騎士の治療を終えて、彼へとそう声をかける。
「あたし達もついてる、行くよ! ただ炎の騎士には注意して、複数人で一体を着実に狙っていこ!」
「……あぁ、そうだな――行こう、私達の後ろには民がいる、力を振り絞れ。
彼らにだけ負担を強いるのでは聖騎士の恥だ!」
喊声を上げる聖騎士達の声にフランは頷くと共に手に握る杖に魔力を籠めた。
温かな光を放つ杖の輝きは聖騎士達に、仲間達に聖なる加護を降ろす。
「あのお方の見る世界に、お前のような怪物は不要だ、死ね!」
そう吼える赤き騎士の炎槍の一閃に対し、愛無は身体を構築する粘膜の構成率を変化させると、すらりと受け流す。
「なんぞ脚の太そうなねーちゃんは先約がいるらし、僕は赤騎士をボコせば良いのだな」
「ふん、出来るものならやってみろ、パンドラの悪あがきどもめ」
舌を打った赤き騎士に挑発がてらに言えば、目に見えて分かりやすく騎士が激昂する。
「では始めよう」
そう言うが速いか、愛無は睨み据えた赤き騎士へとそのまま尻尾をぶん回す。
漆黒の鞭、あるいは竜をも思わす太い尾の薙ぎ払いは信じられぬ速度で撃ちだされる。
残像を生んだ尻尾のしなりは赤き騎士には避けがたく、痛撃を叩き込む。
「炎の獣になってもう戻らない人。
元は仲間同士で争い合って傷ついて……こんなことして……楽しい?」
リュコスは撃ち込まれたマルティーヌの剣を撃ち返しながら、真っすぐに問いかけた。
「別に楽しくはないわね。それでも――」
静かにそう答えるマルティーヌの動きは全く緩まない。
(楽しくなくても、そうしないといけなかったから、だよね)
続く言葉は、聞かずともリュコスには分かっていた。
滅びの使徒である滅びのアークの塊、確定終焉へと突き進むことこそが存在意義。
マルティーヌ自身が楽しいかどうかは関係ないと、その答えは分かっていた。
「ちゃっちゃと片付けるか」
耐久組の様子を見やり、サンディは再び紫電を纏う。
紫電を纏い一気に駆け抜ければ、その先には灼焔の兵士の姿。
決死の表情はこちらを敵と誤認しているのだろう。
一歩の踏み込みの直後、サンディは風に後押しされるように速度を跳ね上げた。
尾を引く紫電の閃光、振るう斬撃の軌跡がバチバチと音を立てながらスパークする。
剣を振り上げる兵士の懐へ潜り込んだ後の一閃。
左右から飛び掛からんとしていた焔の獣ごと削り落とせば、それらが最後の集団だった。
「間に合わなくて……ごめんなさい」
ニルは倒れ、そのまま朽ち果てて消えた焔の獣のいた方を向いて小さくそう声にして、杖を握り締める。
「えぇい、使い物にならん!」
声を荒げ舌を打つ赤き騎士。
「……これ以上、ひとを獣になんて変えさせないのです!」
握りしめた愛杖にはアメトリンの輝き。
「ガキに何ができる!」
「紅血晶のときみたいなのは……ニルは、もういやなのです」
深呼吸をしたまま、ニルは愛杖を振り抜いた。
眩く戦場を照らすアメトリンの色は優しくもオディロンにとっては不吉その物である。
絡め取られた騎士がまたも激情に声を荒げる。
「しなくてはならない事だとしても、したい事でもないでしょうに……」
マルティーヌの様子を見やり、朱華は小さくそう言葉に漏らした。
(――いいわ。そういう事なら何度だって止めてあげる。
だからって、最初に言った通り手加減なんてするつもりはないけれど)
剣を握り、朱華は一気に飛び出していく。
「人を獣に変化させる騎士……ね。これ以上誰も獣に何てさせない」
「おのれ、イレギュラーズ! 俺が誰か分かってのことか!」
「アンタがどこのだれかなんて、知ったことじゃないわよ」
振るう剣は、執念深く。
確実な死を齎す壮絶なる三連撃がオディロンを切り刻む。
「マルティーヌ……聖女は、故国を厭うていましたか?」
緋炎へと魔力を注ぎ込み、リースリットはマルティーヌへと問う。
「さぁ? でも……そうね、多少は想うところはあったでしょうとも」
抑え込まれながらも、マルティーヌは緩やかな答えを残す。
「遂行者よ、何を悠長なことをしている!」
オディロンが声をあげる。
その穂先が聖騎士達へと向かわぬようリースリットは魔力を束ねた。
森羅変転、振るう精霊術の一を叩き込む。
「リュコスさんが待ってるので、赤騎士だか何だか知りませんが拘っている暇はないので」
ステラは全魔力を剣身へ注ぎ込んでいく。
「――纏めて、ぶっ飛ばします!」
赤く、青く、魔力がステラの両腕に輝きを増していく。
構築されし美しき氷晶の剣、包み込むは烈火の炎。
あらん限りの魔力を籠めた魔神の剣、それこそは殲滅の斬光。
戦場を塗りつぶすが如く一閃が駆け抜ける。
ステラの放つ殲滅の光は真っすぐにオディロンを削り落とす。
「ぉぉぉぉ!?」
恐るべき火力が赤き炎の騎士の肉体を削り取り、黒い灰のようなものが溢れ出す。
●
「――此処で討たせてもらうわ!
朱華は劔に魔力を籠める。
致命的な傷を負う預言の騎士へ向けるべき剣身は収斂され、静かなる炎へと形を取る。
燃える熱を束ね、斬り開く斬撃はきっと雷光さえも斬り裂く無双の斬撃。
炎槍で受けんとする預言の騎士は当然の如く槍ごと斬り裂かれた。
(やはり『聖女マルティーヌ』は、複雑な想いを遺したのですね……
そして恐らくは彼女自身も。やりたいか、正しいかと問われれば必ずしもそう思ってはいないのでしょう)
リースリットは改めてマルティーヌの方を見た。
「その在り方を定義されている……それがどのような感覚なのかはわかりません。
けれど自由に生きられる訳ではないのだろう、というのは解ります」
「……そうね。ずっと解らない方でいるのが一番だと思うわ」
オディロンへとシルフィオンを叩き込みながらの問いかけに自嘲するようにマルティーヌがそう零した。
「遂行者よ、それは神への冒涜か?」
「――違うわよ」
「……もしかして、貴方がいるから、なの?」
フランは杖を握り締めながらマルティーヌの嘆息交じりの対話を聞いた。
ぎゅっと握り締めた杖に魔力を注ぎ、空を裂いて暖かな光が降り注ぐ。
燃え盛る戦場に吹く優しい風は仲間達の傷を癒すだろう。
マルティーヌに苛立つ預言の騎士は、どういう存在なのだろう。
「仲間割れをしている場合ではないと思うのだがね」
愛無は苛立つ預言の騎士を見ながら再び尻尾を振るう。
しなりの効いた尻尾の一撃は残像すら残さず完全に消失する。
背後に跳ねた尻尾は退避を許さず騎士へと痛撃を刻むと共にその身体を締め上げた。
「先程から、忌々しい化け物め!」
炎の槍を輝かす騎士が刺突を撃ち込んでくる。
「いい加減に見飽きたな。そろそろ味見させてもらおう
粘膜の一部が口のようにパクリと開き、そのままそれを呑み干してみせる。
目を瞠る赤き騎士へと、サンディは既に飛び込んでいる。
「主役は遅れてやってくる――なんてな!」
その手には球状の旋風。
荒れ狂う風を人間の小さな掌へと集約した暴威。
あらゆるものを切り刻むにはあまりにも容易い見えぬ刃。
それを受けるには、その騎士の姿はあまりにも無防備すぎた。
叩きつけられた風は騎士の身体を切り刻み、削られた身体が黒い靄となって風に攫われて消し飛んだ。
「このかなしいのを、ニルは、止めるのです!」
ニルはぎゅぅと杖を握り締めそれに続く。
充実した魔力を籠めたアメトリンの杖が鎮まることなくニルの身体さえも呑みこむ光を纏う。
ボロボロの預言の騎士、その身体は今にも崩れ果てるだろう。
渾身の力を籠めたフルスイング、アメトリンに輝く軌跡を描いた一閃が弧を描いて預言の騎士を撃ち抜いた。
「ぉぉぉおぉのぉぉぉおおお!!!!」
罅は深く、衝撃を叩きつけられた硝子のように無数の線が刻まれ、黒い灰となって砕け散った。
「マルティーヌ」
リュコスは構えていた盾の向こうでその名を呼んだ。
「君を助ける手段もなく、どちらかが滅ぶまで戦うしかないって言われるのは、ぼくは納得できない。
……まだ、他に何かあるんじゃないかって……そう思うんだ」
納得できないから、手を伸ばすことも諦めきれないでいた。
背中を押されるように、リュコスはもう一度、そう声にする。
「……そう。それはあまり良い結末を得られるとは思えないけれど……
貴方が思っていることを否定する権利も、私にはないわね」
どこか切なく声を揺らしたマルティーヌが、そう答えながら剣を振るう。
リュコスはそれを受け、返すままに神滅の剣を振るう。
●
「あとはマルティーヌ、アンタだけよ。まだ続けるつもり?
続けるって言うならアンタが退くまでやり合うだけよ」
朱華は剣を手に警戒を解かずそう問いかけた。
「……そうみたいね」
マルティーヌは周囲を見やり、小さく頷くと数歩の後退の後、静かに剣を収めた。
燃え滾る魔力も、敵意も失せた所を見れば、彼女が撤退を選ぼうとしているのは明らかだった。
リースリットはそんな彼女へと視線を向けた。
「アークの使徒との対峙を経て、天義は変わりつつあります。
正しさだけではない国へ……『聖女マルティーヌ』としては、如何ですか?」
「そうね……『今更か、と失望』しながら、どこかで『ようやくか、と安堵』するかしらね」
マルティーヌは少し考えた後にそう答えて柔らかく微笑する。
「……そうですか」
それでも彼女は滅びの為に突き進むのだろう。きっと、それが存在を定義されるというものなのだろう。
「あなたがマルティーヌですか」
ステラは改めて遂行者へと視線を向けた。
「ええ、そうよ。初めまして?」
「初めまして。リュコスさんから話は聞いています。
なんでも、滅びのアークの塊なんだそうですね。
反転とは異なり、元に戻る先が無いから消えゆくだけの存在だとか」
「ええ、そうね」
「……拙には詳しいことは分かりません。
ですが――立ち塞がる相手ならば打ち倒して道を切り開くのみです」
「ええ――それでいいわ。そうあるべきでしょうとも」
ステラの言葉に、マルティーヌが笑みと共に肯定を見せる。
「ステラ……」
リュコスはそんなステラを見ながら小さく声にする。
(そこまでわかって、それでも他に何かあるかもって……あきらめたくないぼくは……変だよね)
「そんなことは無いと思いますよ?」
ステラはリュコスの視線に気づいて、微笑んだ。
「望むことは誰にも否定することはできません」
リュコスの目が何かを悩んでいるように見えて、ステラは自然とそう声に出していた。
「ねぇマルティーヌさん、これが本当に『貴女』がしたいことだったの?」
その横でフランはマルティーヌへと問いかけた。
「……したいかどうかは関係ないわ」
その声がフランにはどこか苦しそうに聞こえて、だから言葉を声にする。
「内側の感覚とか声とかじゃなくて、もし貴女がこの殉教を望まないのなら、遂行者として正しくなくたっていいじゃん!」
「それは……無理でしょうね。遂行者としての正しいことをする。それは私の存在意義なのだから」
言い淀むような間を残したマルティーヌが目を伏せて小さく首を振った。
「マルティーヌ様の正しいことが、本当にやりたいことが、これなのですか?」
ニルの問いに答えるように、マルティーヌが静かに瞼を開いた。
その瞳が何を思っているのかはニルには分からない。
「ニルは、魔種でもやさしいひとがいるのを知っています。
だから……アークの塊でも、やさしいひとがいるんじゃないかと、思います」
「そう……だとしても、しなくてはならないことのなのだから、するだけよ」
また、そう言ってマルティーヌは答える。
「リュコス」
目を伏せていたマルティーヌが一つ息を吐いてリュコスの名前を呼んだ。
「私は敵――でも、貴方たちが私と一緒に来てくれるのなら……もしかしたら、探せるかもしれないわ。
私や私と同じような存在を救える可能性があるかもしれない。そうだとしたら――一緒に来てくれる?」
静かな瞳は歴史修復へのいざない。けれどそれは言葉だけの誘いだった。
聖痕を刻もうとする素振りはマルティーヌには見受けられない。
「――なんてね、冗談よ。でも……気を付けてね。
私はやらないけど、他の誰かは分からないわ。
だから気を付けてね――この誘いは後戻りなんてできないだろうから」
マルティーヌは覚悟を問うようにそう言って、微笑んだ。
「……ねえ、マルティーヌ。アンタは確かに滅びの使徒なのかもしれないけど、これが本当にアンタのしたい事って訳じゃないんでしょう?
刃を交えて、アンタの顔を見てれば何となくは分かるわ」
朱華は改めてその姿を見て語り掛けた。
「遂行者がどうとか予言がどうとか、聖女だって関係ない。貴女が本当にしたい事って何なの?
分からないのなら、心に従ってみなさい。アンタにはその方がきっといいと思うわ」
「心……ね」
マルティーヌが小さく声を漏らす。
「私に、心なんてものがあるのかしらね」
一つ息を吐いて、マルティーヌが目を伏せた。
「……まぁ、いいわ。貴女の言う通り、もう少しだけ考えてみるとするわ。
また会うことには……なるでしょうね」
それだけ言うと、マルティーヌは一歩後退り、そのまま身を翻してどこかへと立ち去っていった。
●
「あ、そうだ! 赤髪の騎士さん、貴方のお名前は? あたしはフラン!」
撤退後に案内された小さな町の駐屯所にて、フランは騎士へと声をかけた。
「名乗るのが遅れて済まない。俺はローランだ。君達のおかげで部下も……故郷も無事で済んだ。本当に、感謝してもしきれない」
赤髪の聖騎士隊長は少し驚いた様子を見せてそう名乗り頭を下げた。
「ローラン卿。失礼ですが、貴方はもしや聖女マルティーヌに連なる血筋の方でしょうか?」
「聖女マルティーヌ……あぁ、確かに遠い昔、うちの先祖にそんな名前の聖女がいるよ」
リースリットの問いにローランは驚きつつ頷いた。
(やはり家系の子孫……そのような方がいても不思議はないか)
「しかし、どこでその名を? そう言えば先程の遂行者を君達は……」
訝しむ騎士は、真相に気付いたのか眉間に皺を寄せた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
早速始めましょう。
●オーダー
【1】『赤騎士』オディロンの撃破
【2】焔の獣の撃破
【3】『剣の聖女』マルティーヌの撃退
●フィールドデータ
燃え盛る森林部の一角です。
まだ燃え上がってない木々が幾つか存在している以外は遮蔽物はありません。
フィールド効果としてターン開始時に【火炎】系列、【窒息系列】のBSが付与される可能性があります。
●エネミーデータ
・『剣の聖女』マルティーヌ
灼髪を1つに結んだ灼眼の少女、遂行者の1人です。
正確には魔種ではなく、『聖遺物となった本物のマルティーヌの肋骨』に滅びのアークが蓄積して生じた滅びのアークの塊。
聖遺物の持ち主である本来のマルティーヌはテレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)の遠い親戚にあたる人物だとか。
世代が遠すぎて赤の他人ですが、筋肉量を減らして髪の色と瞳の色を変えるとテレーゼに似た風貌が出てきます。
物神両面に長け、高い身体能力を持ちます。
熱を帯びた長剣による攻撃は【火炎】系列や【出血】系列、【呪い】が予測されます。
なお、それ以前の2度の戦闘時よりもスペックが上昇しています。
より正確には受肉後、時間が経過したことで戦闘行動に慣れてきたという方が正しいでしょう。
・『赤騎士』オディロン
焔を纏った赤い騎士です。
人々の姿を炎の獣へと変化させ、滅びのアークを纏わせた『終焉獣まがい』の存在へと至らしめます。
精神力が強い存在や、戦力的に強大な存在はそうなったとしても自我を有し、ある程度の抵抗可能ですが時間経過で終焉獣まがいの存在へと変化して行くのです。
抵抗が強かった存在であればあるほどに強大な『炎の獣』へと変化します。
・灼焔の兵士×5
炎の獣と化した聖騎士達です。
聖騎士らしく抵抗をしていますが、やがて終焉獣紛いの存在へと変化していきます。
どうやら炎の獣になったことで皆さんの事を敵と誤認しているようでイレギュラーズ陣営を攻撃してきます。
不殺攻撃により撃破した場合、オディロンの撃破後に元の姿に戻ります。
・焔の獣×5
炎で出来た狼のような獣です。
赤騎士の能力により炎の獣に変質しきってしまった存在。
こちらは撃破しても元に戻すことは出来ません。
既に自我もなく、ここで殺すしかないでしょう。
●友軍データ
・『赤髪の騎士』???
オープニング中でマルティーヌにぼこぼこに叩きのめされていた聖騎士隊長です。
気のせいでしょうか、本当にどことなくマルティーヌに似てる気もしなくもありません。
治療が必要です。このまま戦力と認めるのは難しいですが、剣の腕でも悪くはなく、清廉かつ高潔な性格です。
赤騎士の能力を考えると対処は考慮した方が良いかもしれません。
・聖騎士×5
未だ決死の抵抗中の聖騎士隊です。
戦力として期待は出来ますが、炎の騎士の攻撃により撃破されると灼焔の騎士に変じる可能性があります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
Tweet