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シナリオ詳細

<信なる凱旋>巡礼の終わり、裁定の時

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「……はぁ」
 ぼんやりと、面倒くさそうに白装の美女は吐息を零す。
 艶めかしく、悩ましく、けれどどこか驕りのようなものさえ滲ませて。
(流石に、そろそろ好き勝手するのも難しくなってきたわね)
 手元のグラスを遊ばせながら、オルタンシアはまた吐息を漏らす。
(四騎士まで動き出しちゃうと、流石にねえ……
 今まではまぁ、神の国の定着と帳さえ降ろして置けば良かったけど……)
 実のところ、オルタンシアという女は崇めるべき彼の男が余裕を滲ませ続けることを察していた。
(……『冠位』と付くほどの傲慢なら、使徒の失敗なぞ俺が出れば十分、ぐらいに考えてると思ってたけれど)
 だからこそ、ここまで自由にやって来た。
 命じられた神の国の定着、帳降ろし、それさえしていれば少なくとも仕事はしているのだから。
 そして圧倒的なる冠位だからこそ、部下の失策程度で一々目くじら立てるはずもないと。
(そろそろ、私もちゃんと動いておかないと拙いかしらねぇ)
 分かっていてもやる気は起きない。
 もう少し、もう少しだけ、準備が必要だった。
「仕方ない、始めましょうか。これ以上は時を失うばかりでしょうし。行きましょう、ベル」
「はい、姫様」
 椅子を引いて立ち上がる。隣に立っていたベルナデッタと共に、くるりと身を翻せば帳の向こう側へと足を踏み入れた。

「こんにちは、『巡礼の聖女』」
 昏い金色の髪の下、瞼を震わす1人の少女。
 星を呑むような穏やかな黒に僅かばかりの煌めきを残して、瞬く瞳は静かにオルタンシアを見た。
「どう、馴染んだかしら?」
「えぇ……魔剣が無いなりに集めたほうでしょう。精々、3割?」
 オルタンシアの問いかけに少女は静かに首をかしげる。
「十分ね、帳は既に払われた。ふふ、地の国の英雄さん達はすごいわ。
 もう少し、時間がかかると思っていたのだけど、3つ目の帳と4つ目の帳もあっという間に剥がされたもの」
 くすりとこぼすようにオルタンシアは笑った。
「――最後に私というわけですか」
「そう、最高のサプライズよね、あるいはいっそ王道かしら?」
「……どっちでもいいでしょう。それよりも――オルタンシア」
「なぁに?」
「私は、あの子に勝ちますよ。3割程度とはいえ、たかが数ヶ月の使い手に劣る道理が無いでしょう」
「あはっ♪ 貴方だって、伝承にそう伝わる再現体のだけでしょうに」
「――だからこそ、だと。貴女が言ったのですよ? 『伝承は史実とは限らない』は誰の言葉でしたか」
「ふふっ♪」
 視線をあげた聖女に、オルタンシアは楽しそうに笑ってみせた。
「所で、オルタンシア。そちらの騎士は?」
「ふふ、彼の名前は……何だったかしら? まぁ、誰でもいいわ。
 これはあの方の権能の一端、勝利を齎す白き騎士とと、戦を引き起こすべき赤き騎士。
 私もね、そろそろ本格的に仕事をしないといけないみたいでね」
 笑みをこぼすままに、オルタンシアは言う。
「だから――巡礼の聖女、貴女には彼らと一緒に戦場に来てもらうわね」
「そうでしたから。ならば私も相応の態度でもって応じなくてはなりませんね」
 騎士を見た聖女はそう言って目を伏せた。


 遂行者オルタンシアによって仕掛けられた連鎖する帳はすでに払われた。
 聖女の功績を砕き、その道程を鎖する帳は再現という名の伝承を破棄し、封じられていた魔物達を今度こそ討ち果たす。
 第一の帳に全てを溶かしたエアリーズ、トラス。
 第二の帳に全てを沈めたアギニ、ガニュメデス。
 そして、第三の帳、双子一体のジェミニ、大地の癌たる巨蟹カンケル。
 第四の帳、英雄殺しの大蠍スコルと強靭なる射手サギタリウス。
「長かったわね」
 オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は少しだけ疲れた様子を見せながらそう呟いた。
「うむ、フラヴィア殿、魔剣の様子はどうでござる?」
「よく分からないです……なんだか力が湧き上がってくるような気も……」
 如月=紅牙=咲耶(p3p006128)に声を掛けられたフラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)が鞘に納めた剣を手に首をかしげている。
「残っているのは……どこでありますか?」
「『断絶の咆哮』ネメア。洞窟に潜み、度々人や家畜を殺していた不死身の獅子……みたいです」
 ムサシ・セルブライト(p3p010126)が問えば、フラヴィアが手元の本を見て答えた。
 それはペレグリーノ家に伝わる家伝であるらしい。
(……次に行く場所で何が起こるんだろうか。そして、オルタンシアはフラヴィアさんに何を求めているんだろう)
 マルク・シリング(p3p001309)はぽつりと呟きながらフラヴィアの手元の本と、鞘に収まる魔剣を見やる。
 次が巡礼の旅の終わり、であろう。
 何かが起こると仮定すれば、そこだと思いながら。


 けれど、帳は降りなかった。
 その代わりとでも言わんばかりに、オルタンシアが姿を見せたのは天義国内部。
 それも聖都『フォン・ルーベング』にもほど近き田舎町だった。
 そこは一度、オルタンシアが姿を見せた場所。
 ペレグリーノ聖教会――ペレグリーノ家にとっては一族の共同墓地たる場所だ。
 イレギュラーズが到着した時、既に教会の扉は開け放たれていた。
 教会の内部は火の海であった。
 炎の獣に成り代わりつつある人々は聖騎士だろうか。
 十字に交わる中央塔の真下、パルチザンを手に握りしめ、片膝をついた老騎士が1人。
「はぁ……はぁ……ぐぅ……」
「せ、セヴェリン卿!」
 呻き声をあげる老騎士を見たフラヴィアが声を引きつらせながら目を瞠った。
「フラヴィアちゃん」
 セシル・アーネット(p3p010940)はそんなフラヴィアを庇うようにその隣に立った。
 セヴェリンの向こう側、祭壇の手前には――敵が複数。
 最奥にはオルタンシアが見え、その手前に純白の馬にまたがる騎士が1人と赤い焔を纏った騎士2人。
 その3人を守るように立つのは昏い金色の髪の少女。
「オルタンシア……その少女が『巡礼の聖女』ですか?」
 マリエッタ・エーレイン(p3p010534)はオルタンシアへと問うた。
 その視線はオルタンシアよりも手前、昏い金髪の少女に向いている。
「えぇ、その通りよ」
 オルタンシアは短くそう笑みをこぼす。
「……巡礼の旅は終わる。旅路を終えた巡礼者は再度の審判に委ねられた。
 有り得ざる勝利である、その勝利は偽りであろう――と。
 聖女は語る。誓って清廉であり、嘘偽りなく試練を乗り越えたと。
 さすれば天秤は揺れた。潔白は証明され、巡礼の乙女は神の祝福の下に天義の末席に連なるだろう」
 そのままオルタンシアはペレグリーノの家伝に伝わる聖女の終節を口ずさむ。
「どこにも、『そこ』がどこか記されてないでしょう? それもそのはずよね。
 だってそれは、そればっかりは――記すまでもないのだから」
 そう言って、オルタンシアはぽんぽん、と祭壇を叩く。
「……ここが彼女の旅路の終着点――待ってください。だとしたら、どこにネメアがいるんですか?」
「目の前にいるでしょう」
 トール=アシェンプテル(p3p010816)の問いかけに、オルタンシアの前に立つ少女が短く告げた。
「私は『巡礼の聖女』フラヴィアの再現であり、『断絶の咆哮』ネメアの再現体なのですから」
 静かに答える聖女の手に握られた剣が、星の海を纏う。
「……オルタンシア」
「何かしら魔女さん?」
「私は……貴女にも――いえ、貴女の方に興味があるのですよ」
「あはっ♪ なら、たっぷりとお話を聞いてあげましょうか。
 ねぇ、死血の魔女?」
 そう言って微笑むオルタンシアからも魔力が溢れだし、炎がちらついた。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
 早速始めましょう

●オーダー
【1】『巡礼の聖女』フラヴィア=ネメアの撃破
【2】預言の騎士の撃破
【3】『熾燎の聖女』オルタンシア及び『致命者』ベルナデッタの撃退

●フィールドデータ
 天義国内に存在する小さな教会。
 ステンドグラスに照らされ、静謐に支配された空間です。
 人が巡礼に訪れるための場所ではないため椅子の類もなく、空間としては広めです。
 立地上、フィールドとしては少し縦に長く、横の射程は取りにくい部分があるでしょう。

 ペレグリーノ家の所有する物件であり、一族の共同墓地の管理地でもあります。
 質素で厳か。落ち着いた雰囲気があります。

●エネミー初期位置

↑出入口

イレギュラーズ&フラヴィア

セヴェリン 聖騎士

巡礼の聖女

赤騎士×2 白騎士

オルタンシア ベルナデッタ

↓祭壇&聖域

●エネミーデータ
・『熾燎の聖女』オルタンシア
『遂行者』と呼ばれる者達の1人。傲慢の魔種です。爆炎を操る魔術師です。
 恐らくは預言の騎士が出張っていることもあり、今回はかなり本気め。
 預言の騎士たちが撃破されない限り撤退はしません。

 神攻アタッカーに寄せたハイバランス型。
 様々な射程を持ち、【火炎】系列、【飛】、【乱れ】系列、【足止め】系列のBSを駆使します。
 その他に【追撃】や【弱点】の可能性もあります。
 また、【物無】や【神無】とまでいかずとも、攻撃に対して何らかの特殊な守りを有しているようです。

・『巡礼の聖女』フラヴィア
 現在、巡礼の聖女と呼ばれる人物の巡礼の旅にて最後の試練であったネメアの獅子と『旅路の最後』の逸話をワールドイーターが捕食し顕現した存在です。
 やや暗い金色の髪に星雲の輝きを纏う剣を握る10代半ば~20代前半の少女。
 心臓がある辺りが淡い輝きを放っています。
 エネミーではありますが、どこか皆さんの為した道程に安堵と称賛を向けている印象を覚えるかもしれません。

 HP、AP、物神攻、EXF、回避、抵抗、EXA、命中、反応を高く整えた強力なエネミーです。
 体を高火力で叩き潰しにかかる反面、防技自体はそれほど高くありません。
 また個人戦を主体とする分だけ範囲攻撃の手段を苦手としています。

 主なBSとして【凍結】系列や【痺れ】系列、【弱点】【致命】【変幻】などを駆使します。
 また、一部には【追撃】も考えられます。
 このほか、パッシヴで【反】、【王道の肉体】、【覇道の精神】を有します。

・預言の騎士〔赤〕×2
 炎で出来た馬に乗り、焔を纏った赤い騎士です。
 人々の姿を炎の獣へと変化させ、滅びのアークを纏わせた『終焉獣まがい』の存在へと至らしめます。
 精神力が強い存在や、戦力的に強大な存在はある程度の抵抗可能です。
 しかし、抵抗が強かった存在であればあるほどに強大な『炎の獣』へと変化します。

 手に握る炎槍を巧みに操り攻勢を仕掛けてきます。
 あらゆる攻撃から【火炎】系列のBSを発生させる効果を持ちます。
 その他、【邪道】や【多重影】、【変幻】などを有します。

・預言の騎士〔白〕
 美しい白馬に跨り、純白の鎧を纏う白き騎士です。
 何が描かれているのかは分かりませんが、旗を掲げています。
 このエネミーが存在する限り全ての敵の能力が強化されます。
 バッファー型の分、攻撃性能は少し低めですが、防御性能は高め。

・『致命者』ベルナデッタ
 長髪の女性聖騎士の姿をした致命者です。
 後述するフラヴィアの母親の姿を取ります。
 オルタンシアが撤退する場合には同じく撤退します。

 手数を重視するサポートアタッカータイプ。
【スプラッシュ】や【連】属性の攻撃を持ち、
【出血】系列、【痺れ】系列、【呪縛】、【恍惚】などのBSを駆使します。

・囚われの騎士×5
 赤騎士の能力に変質させられた聖騎士達。
 不殺により撃破すれば赤騎士撃破後に元に戻ります。

●友軍データ
・『黒銀の烈鎗』セヴェリン・ペレグリーノ
 天義の聖騎士。パルチザンを獲物とします。
 『夜闇の聖騎士』フラヴィアから見て大叔父(父親の叔父)にあたる人物。
 白髪交じりの闇色の髪と暗めの金色の瞳をした武人。
 
 冠位強欲との戦いでは聖都の中枢を守る任務に就いており無事でした。
 その代償とばかりに自分以外の全ての一族が戦死するという凄惨な過去を持ちます。
 理性的で執務に忠実、武人としての力量と経験も豊富な騎士らしい騎士。
 その高潔さゆえに抗っていますが、敵陣営に叩きのめされ、炎の獣へと変質しかけています。

・『夜闇の聖騎士』フラヴィア・ペレグリーノ
 夜のような闇色の瞳と髪をした女の子です。
 元はアドラステイアで『オンネリネンの子供達』の部隊長を務めていた少女。
 紆余曲折を経て遠縁の親戚に預けられ、聖騎士見習いとなりました。
 後見人でもある大叔父から譲られた家宝『巡礼者の魔剣』を手に頑張ります。

 皆さんよりは強くありませんが、オンネリネンで部隊長を務めた経験は馬鹿にできません。
 信頼できる戦力であり、自衛も可能です。素直な物理アタッカー、単体であれば回復も出来ます。

●参考データ
・『巡礼の聖女』フラヴィア
 ペレグリーノ家の家祖であり、『夜闇の聖騎士』フラヴィアから見て遠い先祖にあたる人物。
 海を隔てて天義にも接する海洋王国領のある小島の生まれ。
 故郷の海を凍土に変えていた本物の『近海を閉ざす』コキュートスを撃破、封印し、村の人々に恐れられ国を出奔。
 隣国・天義へと亡命し後に列聖されるに至る『巡礼の旅』を行ないました。

 判明した史実によればその旅路は魔物を『討伐』するのではなく『封印』することで討伐を遥かな未来に託すという代物であったようです。
 しかし時を経て真実は忘れ去られ伝承に成り代わられ、『巡礼の聖女』フラヴィア以上の実力者も輩出されず現代に至っていました。

・ペレグリーノの魔剣
『巡礼者の魔剣』とも呼ばれる巡礼の聖女の愛剣です。
 形状は夜空を思わす青がかった黒く美しい長剣、長さは成人にとっては少し長い片手剣程度。
 現在は巡礼の聖女の子孫でもあるペレグリーノ家の家宝、一応は聖遺物の1つとも言われます。

 歴代ペレグリーノ家ではこの剣を『そこらへんにある魔剣』以上の業物として振るった人物はいませんでした。
 どうやら巡礼の聖女は魔物の封印に際し、『魔剣の力を封印の要』に使用していたようです。
 このため、巡礼の旅が始まるまでは常に『最大出力の1割程度』しか発揮できなかったようです。
『夜闇の聖騎士』フラヴィアが『巡礼の旅』に関するワールドイーターの発生を把握できたのもワールドイーターの発生=封印の破棄、という理由からのようです。

・エリーズ
『夜闇の聖騎士』フラヴィアがアドラステイアにいた頃の所謂『ティーチャー』であった女性。故人。
 アドラステイア崩壊以前に(恐らくは)病死により亡くなっています。
 オルタンシアはエリーズの事を『私を最期まで信じた最愛の妹』と評したことから実妹であることが判明しています。

 また、マルクさんの調査により、30年ほど前に聖都に姿を見せるまでの経歴が一切存在していないことが判明しました。
 以後30年、亡くなるまでエリーズと名乗ることから偽名というよりも改名に近い行動、何らかの理由でそれまでの経歴が使えなくなっているものと思われます。
 また、『等価交換』を重視するオルタンシアが情報を出し渋ったことから、彼女にとってもエリーズの経歴がかなりクリティカルな話題であると予測されます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <信なる凱旋>巡礼の終わり、裁定の時完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年09月19日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス
セシル・アーネット(p3p010940)
雪花の星剣

サポートNPC一覧(1人)

フラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)
夜闇の聖騎士

リプレイ

●聖女の道Ⅰ
 燃え盛る教会の内部、『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は短く嘆息する。
「私をその名で呼ぶという事は……まったく、剣かを売るのもほどほどにしてください」
 マリエッタは自身を挑発した女に視線をやった。
「オルタンシア、これでも私は貴女に対して、似た者同士なんじゃないかと思ってるというのに。
 ……だから、その悪意の裏にある何かを見定めてからじゃないといけないと感じているんですよ?」
「あはっ♪ だからこそ、じゃない?」
 笑む。戦場の最奥、オルタンシアが楽しそうに笑っている。
「この際、今は良いでしょう。今はそれよりも……貴女です、フラヴィア」
 向けた視線の先には、暗い金色の髪の少女が静かに立っている。
「――何を満足しているのですか? 私達の行動で救われたような顔をして」
 刹那に放つ血の魔術はかつて嘗ての聖女を象る娘をを絡め取るべく駆け抜ける。
「巡礼の聖女兼最後の魔物が登場とはなかなか急くじゃない。
 ちゃんと試練を乗り越えたかどうかその魔剣の力で証明してみろって感じかしら」
 金色の髪をした聖女の模造を見やり、『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は少しばかり思うところがあった。
「ふふ、そんな感じだと思ってくれれば十分よ」
 応じるようにオルタンシアが笑う声がした。
(しかし私は巡礼の聖女が生み出されるなら魔剣からだと思っていたのだけど……一安心ってところかしら?)
 その身体を侵す炎から解き放たんと眩く輝く閃光を聖騎士達へと叩きこんでいく。
(皆を……守らなきゃ……ね……)
 戦場を焼く熱に少しの苦手意識を感じつつも、『玉響』レイン・レイン(p3p010586)は意識を強く持ち敵を見る。
 日差し避けの為に広げていた桜色の傘の下から騎士達の方へ視線をやった。
(……まずは攻撃に専念しよう……)
 傘を閉じたレインはそのまま空に向けて傘を振り上げた。
 魔力の輝きがクラゲの職種のように伸びて囚われた騎士達へと撃ち込まれていく。
 瞬く光は優しい輝きを保っていた。
「セヴェリン卿! 気を確り持って! 獣に意識を食われないように!」
 老練な騎士へと発破をかけながら『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)はキューブ状の魔力を展開、上空で輪を描いたキューブ状の魔力が幻想の鐘の音を降ろす。
「すまない、手間をかける……諸君、言わずもがなだろうが気を付けろ。紛い物と言えどあの巡礼の聖女は、強いぞ」
「分かった……僕達はまず囚われた騎士達を助け出す。貴方は彼らを頼む」
「承知した……そちらは任せる」
(フラヴィアさんのたった一人の家族なんだ。絶対に失わせない……!)
 腹部を抑えながらこくりと頷いた騎士の様子を確かめ、マルクは改めて胸に決意を抱く。
(敵の陣構えは、随分と深い様子。こりゃ、大将首まで取るんは難しいやも知れませんの)
 敵陣の配置を見据え『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は冷静に分析していた。
「セヴェリン殿、もう少しだけ耐えて頂いてもよろしいか。敵はすぐに片付けますけえ」
 火明の剣を軽く振るって輪廻の術式を自らに掛けながら言えば、老騎士が短く笑った。
「あぁ、言われずとも、だ。老兵なれど――容易くは落ちんさ」
 そう言う騎士の表情が空元気のそれであることは明らかだった。
 丹塗りの小刀を投擲すれば、着弾の刹那に巫術が起動される。
 瞬く間に硫化水銀の燃え広がる真紅の沼が姿を見せる。
「フラヴィアちゃん! セヴェリンさんはきっと大丈夫!」
 隣に立つフラヴィアの手を取って落ち着かせ、『氷雪剣舞』セシル・アーネット(p3p010940)は愛剣を振るった。
 雪花の剣は煌きを放ち、囚われた騎士達へと瞬きを放つ。
「此処が旅の終わりの場所……」
 ぽつりと呟いた『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)は不意に目を瞠る。
 抜きはらったのは間に合わせの剣ではなく輝剣。刀身がオーロラに輝いて伸びていく。
 それに合わせて光を放つAURORAもまた、輝きを取り戻していく。
「壊れたはずの輝剣とAURORAが急に輝き出した!?」
 思わず視線をあげた先で、金色の髪の少女が眩しそうに目を細めた。
(……まさか、ネメアの持つ剣に反応して力を取り戻してるのか……!?)
 それだけではなく、鮮やかな閃光を警戒するように聖騎士達の様子もトールの方に向きつつあった。
(セヴェリン卿さん、すぐ助けます……!)
 会敵の刹那、『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)はすぐさま彩波揺籃の万華鏡を放つ。
 鮮やかに輝く万華鏡の術式はその美しき光景とはあまりにも隔絶とした破壊力を以って戦場を穿つ。
 恐るべきほどの天運を掴む才能の長けたユーフォニーの術式は赤き騎士2体を含む空間を抉り取る。
 煌く硝子が砕けるように散った空間に巻き込まれた騎士達は、あまりの破壊力に馬から転げ落ちた。
(巡礼ツアーも終着点という訳でござるな。
 魔剣を開放させる目的はやはりエリーズ殿となにか関係が……?)
 ちらりと聖女の姿をしたワールドイーターを見やり『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は思う。
「セヴェリン殿、聖騎士達も含めて何とかいたす。もう少しの間の辛抱でござるよ!」
 術式を展開しながら咲耶がいえば、セヴェリンが小さく頷く。
 痛みが引きつつあるのだろう。先程よりは幾分か落ち着いた声だった。
 手甲から凄まじい速度で撃ちだされた小さなゴム製の塊が騎士達へと一気に打ち込まれていく。
「巡礼の旅の終わり……残すは『断絶の咆哮』ネメアを対処するのみと思っていた矢先に……!」
「そのような分かり切った単調な繰り返しはつまらないでしょう」
 思わず拳を握り締めた『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)に答えたのは他ならぬ巡礼の聖女の模造品だった。
(いずれにせよ最後の旅……ならばここで打ち勝ち騎士の方を救い、巡礼の旅を終わらせるのみ……!)
 やや腰を落として、出力を高める。
 炎のマフラーがブーストの速度を上げ、飛び込んだムサシの速度を跳ねる。
 踏み込みの刹那、握りしめた拳を騎士の懐へ叩きつけた。
「諦めるな、セヴェリン卿! 貴方の責務を忘れてはならない……! 立つんだッ!」
 声をあげて後ろに行った老騎士へと声をあげる。
 高潔な人物ならば、きっと耐えてくれるとそう信じて。
「ふふふ――さぁ、始めましょうか。
 騎士様たちに見られちゃっていることだし――今回は、ちょっぴり本気で行くわ」
 戦場の最奥、オルタンシアが笑う。
「私は熾燎の聖女オルタンシア。全ての人に等しく救済があることを祈る者。
 悪意に果て歴史に葬られた魔女。慈悲を以って、この国を焼き滅ぼしましょう」
 十字架が濃い黒炎を纏い、その背中に浮かび上がるのは小さな黒き大陽。
「――穿ちなさい」
 刹那、漆黒の炎で出来た矢が太陽から降り注いだ。

●聖女の道Ⅱ
 炎の獣と化した聖騎士達の対処を終えたイレギュラーズは預言の騎士らの下へと殺到しつつある。
(まずはこっちから……)
 射線が通ったと判断した刹那、レインは傘を閉じて預言の赤い騎士に先端を向けた。
 銃のように構えた傘の先端から放たれた魔力は、溶けだした鉄のような赤い海月のような形を作り上げて射出される。
 海月は傘の部分を向け、くるくると回転しながら赤い騎士へと炸裂。
 その瞬間、傘の後ろに隠された触手が一斉に赤い騎士へと突き立っていく。
 追撃を伴う海月はどろりと溶けだし、赤い騎士へと痛撃を刻む。

「被造物たる『巡礼の聖女』と、魔剣を携えたフラヴィアさんが対峙する。
 これが君の見たかった光景なのか、オルタンシア」
 マルクは赤き騎士へとブラウベルクの剣を一閃すると同時に、オルタンシアへと問うた。
(行く末を見たいと言っていた。聖女の『終わり方』に興味があると言っていた。
 確かにこの戦いで、どちらかの聖女が『終わる』事になる)
「そうね、このためにここまでやったのはその通りよ?」
 愉しそうに笑って、オルタンシアが答えた。
 そのまま、オルタンシアは傍らの十字架から黒い炎を放つ。
 放たれる爆炎は戦場を奔り、こちらに向かって炸裂する。
「亡者どもよ、喰らいつけ!」
 支佐手は言いながら深淵の鏡を赤い騎士へと向けた。
 粘ついた泥がどろりと鏡の向こうから溢れでる。
 扇状に広がりながら戦場を穢す黄泉の泥の内側よりヌッと姿を見せた腐った手が伸びる。
 それらは騎士の乗る馬の脚を確かにつかむと、そのままずるずると這い出してくる。
 半ば骨と化した顎がガパッと開いて馬を越え、騎士本体に食らいつく。
「咲耶殿!」
 その刹那、支佐手は声をあげる。
「うむ、任された!」
 飛び込むままに赤い騎士を抑え込めば、後ろからそんな頼もしい声が聞こえてくる。
「――おぬしらに時間はかけられぬのでござるよ」
 刹那、飛び込んできた咲耶が一気に預言の騎士へと肉薄する。
 すらりと抜いた愛刀、飛び込むままに放つ斬撃は忍びの真骨頂とでもいうべき壮絶たる連撃。
 それは確殺自負、闇を生きたもののふ達の作り上げた集大成とでもいうべき周到な斬撃の連鎖。
 数多の傷が瞬く間に預言の騎士の身体を切り刻み、夥しいまでの黒い靄が溢れ出す。
(なんだかよく分からないけど、手を貸してくれるのなら――)
 トールは改めて愛剣を握り締めた。
 ボロボロなれど槍を構えて押し寄せてくる赤騎士。
 その炎の槍を弾いて一歩前へ。
 勢いのままに飛び込み、渾身の刺突を叩き込む。
 煌く極光の三ツ星が瞬きを放ち、赤い焔の騎士を撃ち抜いていく。
 三連突きは苛烈な昏い星のような穴を3つ生み出した。
「何の罪もない人々を苦しめるあなた達は、許せない」
 任せられると信じて、ユーフォニーは手を伸ばす。
 溢れる燐光はやがて一つ一つが刃と成り代わって騎士へ向かって飛んでいく。
 それは向けられた騎士でさえも魅入るように動きを止めるものだった。
「人を炎の獣に変えてしまう邪悪な存在ッ! 必ず断ち切る!
 ――行くぞ!! ハイパーレーザーソードッ!!」
 強烈な一撃に揺れる赤い騎士へと、ムサシはレーザーブレードを握り締める。
 限界を無視して高め続けたレーザーソードの出力は大型の光刃を作り出す。
 本来ならば対艦技とでもいうべき壮絶極まる一閃。
「ぬぅ!」
 初めて、赤い騎士が声をあげた。
 しかし赤い騎士はそのまま光刃の輝きの向こう側へと消えていく。
「――もう少し、付き合っていただきましょうか」
 マリエッタはその光景を横目に見ながら、目の前の聖女が小さく笑っているのに気づいた。
「何か面白い事でもありますか?」
「いいえ。きっと本物なら、貴女達を見て喜んだのでしょう、と思っただけですよ」
 そう言って、聖女は柔らかな笑みをこぼす。
 聞くに、本物の聖女は魔物達を殺しきれず、未来にきっと出てくる自分よりも強い者に討伐を託し封印したという。
「――それは誉め言葉として受け取っておきましょうか」
 柔らかな笑みを残しつつ打ち出された剣閃がマリエッタに襲い掛かってくる。
 マリエッタはそれを鮮やかに打ち上げると、懐へ飛び込んだ。
 鮮やかな鮮血の軌跡を描いた切っ先が弧を描いて聖女の身体へと進む。
「あとで厳かな雰囲気を壊してしまったことも謝らないとね」
 オデットは周囲を揺蕩う精霊達の事を思いながら、友人たる精霊へと願う。
 願いを聞き受けた精霊が戦場に風穴を開け、内側から黒い手が姿を見せる。
 赤い騎士を掴んだ黒い手は開いた穴の中へと騎士を引きずり込む。
 苦悶と共に全身から黒い靄を溢れださせ、赤き騎士が吐き出された。
「あなた達にも痛い目にあってもらいましょうか!」
 吐き出されたばかりの赤い騎士へ向けてオデットは魔力を向ける。
 温かな日差しにも似た閃光は戦場を爆ぜ、預言の騎士やベルナデッタを焼きつける。
「あとは……こっちも」
 レインは続けるままに傘をさっと宙に薙いだ。
 振り払われた傘から溢れだした魔力は極小の海月の姿を形取り、一斉に預言の騎士へ向かって飛んでいく。
 武器で振り払おうとする騎士達をふわりと掻い潜り、海月たちは一斉に炸裂する。
 圧倒的な爆発の連鎖はオーケストラの織りなす演奏の如き壮麗さを轟かす。

●燃え尽きた真意
「マリエッタさん、お待たせしました!」
 トールは聖女とマリエッタの間に割り込むようにして飛び込み、剣を振るう。
「――後は任せますよ、トール」
 聖女が微かに後ろに下がった刹那を衝いて、小さく笑みをこぼしてからマリエッタは飛び出していく。
 目指すべき場所は1つしかない。
「なら、ここからは貴方が私の抑えですか?」
 星をちりばめた夜空のような瞳を瞬かせ、聖女がトールと向き合ってくる。
 信頼と共に託された役目、目の前には平然として立つ古の女傑の逸話より生まれた聖女。
 トールは真っすぐに剣を聖女に向けた。
「えぇ、星雲と極光、どちらの輝きが強いか勝負です! ネメア!」
「ふふ――挑まれては、斬り結ばずにはいられませんね。
 大半があちらにある以上、無茶は出来ないのですが……一度ぐらいならその眼に免じて見せてあげましょう」
 交わった視線、聖女が挑戦的に笑みを浮かべた。
 腰を落として少しだけ身を引くように構えた聖女の剣が、輝きを増していく。
(――魔剣の熱が上がっていく?)
 それに合わせて、トールは確かにそれが見えていた。
「――よく、目に焼き付けておくことです……いえ、焼き付けさせてあげますよ、嫌でも」
 その輝きが魔剣を越えて聖女の髪や身体にまで呑むような星の海を生み出していく。
(これは……どう見ても大技ですね……ですが、負けるわけにはいきません!
 輝剣、どうか――もってくださいね)
 トールがなんとか対応できるまで輝剣の出力を上げた所で星の海が動く。
 トールはそれに合わせ、剣を振り抜き――衝突と同時、教会の内部全てを眩く煌く星の光が呑み込んだ。
 満天の星空の中に放り出されたような感覚を受けるトールのパンドラの加護が輝いた。
「今までと同じ様に本物の記憶は……無いのでござろうな」
 咲耶は戦場を駆け抜けていく。
「ええ、所詮は伝承を喰らっただけですから」
 交えた視線、聖女が小さくそう言って答えた。
 飛び込むままに振り抜いた斬撃は三光梅舟、一歩の踏み込みから身を低くして、咲耶は速度を跳ね上げた。
「なれば、今まで同様、斬ってすてるのみ!」
 手甲から伸ばした忍刀を一気に振り払う。
 変幻自在なる忍びの剣は確実に紛い物の命を削るべくその切っ先を揺らす。
 極まった連撃が幾重にも重なり、確かに聖女の身体を貫いた。
(ようやく、折り返しであります)
 ムサシは聖女へと肉薄しながら、一つ息を吐いた。
 気持ちを入れなおす――彼我の戦力を考えれば『折り返し』ではあっても『前半戦』でしかない。
(心を燃やせ、負けるわけには、いかない!)
 どくんと心臓が跳ねる感覚と共に、ムサシは愛剣の出力を上げた。
 解けて散った炎のマフラーがムサシの身体を包み込み、光剣に焔の剣身を加えて輝きを放つ。
「――焔閃抜刀・焔!!」
 飛び込む刹那、ムサシは紅蓮の炎を振り払った。
「あなたが聖女ね?」
 巡礼の聖女へと肉薄したオデットは視線を交えて問いかけた。
「ええ、そういうことになりますね」
 夜の闇のような瞳に金色の瞬きを抱いて聖女が笑う。
 オデットは掌に魔力を注ぎ込んでいく。
「なら、あなたを倒せば巡礼は終わりってわけよね。
 私達の力が嘘じゃないことを証明してあげるわ!」
 生み出される太陽の光。極小の太陽を手に、飛び込むままに手を伸ばす。
 優しく暖かい――けれど圧倒的なる熱量を以って敵を焼く光。
「そう簡単には負けませんよ。紛い物なりにも、聖女なので」
 そう言って笑った聖女は、くるりと身体を回して回避してみせる。
(巡礼の聖女の……光ってるの…何だろ……)
 レインは傘を広げ、聖女の方を見やる。
 興味が向いたのは聖女の心臓部にある輝き。
「それは…壊してもいいもの…なのかな……」
 魔力を籠めたレインの頭上に浮かび上がったのは半透明でありながらも柔らかに輝く巨大な海月。
 海月は一斉に触手を放つと、聖女の心臓部めがけて殺到する。
「ええ、出来るモノなら」
 そう言って笑った聖女が、跳躍や剣閃を以って触手を振り払いながら退避していく。
「それは…なに……?」
 レインの問いかけに、聖女は笑みを刻む。
「これは私は私として成立するための中心ですよ。
 帳を降ろすのなら、絶対に必要なものでもありますね」
(――どうして何も分からなかったのか、そういうことなんですね)
 アナザーアナライズを試みていたユーフォニーはその話を聞いて理解するものだ。
 アナザーアナライズは未知への解析を試みる非戦スキル。
 何も分からないのなら、それは『既知の物』だ。
「それ、聖遺物ですね」
 例えばユーフォニーが戦ったアギニやガニュメデス。
 例えば、あの時同時に出現していたエアリーズやトラス。
 そう言った物達は、帳の核であり封印の核の部分が淡い輝きを放っていた。
 であれば、最後の試練『ネメアの獅子』の再現体でもある目の前の聖女にも相当部分があることに不自然性は無い。
 意識を切り替え、ユーフォニーは視線をもう1人の重要人物に向けた。
「オルタンシアさん初めまして、この旅路、私たちが勝ってもあなたの目的は果たされるんですよね」
「あら、丁寧なお嬢さん。ええ、その通りよ、貴女達が勝っても私の目的は果たされます」
 ユーフォニーが問えば、オルタンシアは柔らかく笑って肯定する。
「……力になれることは無いですか」
 ユーフォニーは彼女の目論みに遂行者としてではない何かがある気がしていた。
 それはもしかすると遂行者としての目的にさえも反するような、そんな気がしていた。
「そうねえ? 最後まで付き合ってもらえるのが一番だけれど……」
 首をかしげるオルタンシアは何か考えているようにも見える。
(――たとえ力になれることは無いって振られちゃっても、きっと絶対、次への道を掴んでみせる)
 見つめた視線に気づいたらしいオルタンシアが、小さく柔らかな笑みを浮かべた。
「まぁ、そうね。それなら、精一杯、戦いなさい。
 私は熾燎の聖女、全てを焼いてでも人々を救いましょう。
 ――冠位傲慢の使徒として、貴女達の障害として立ち塞がるでしょう。
 精々、努力して、殺すための牙を研ぎなさい。まぁ、負けるつもりはないけれど」
 そんなユーフォニーの前で微笑んで見せるオルタンシアの下へ、マリエッタが飛び込む。
「お待たせしましたねオルタンシア。少し話をしましょう……もちろん戦いながら。
 そのほうが貴方にとっても都合がいいでしょう?」
「あはっ♪ なら、楽しみね?」
 マリエッタはオルタンシアへと到達すると共に血の鎌を一閃する。
 放たれた一閃は燃え盛るオルタンシアの黒炎に勢いを掻き消され、僅かに彼女の守りを削るにとどまってしまう。
「これは魔女の独り言、狂言ですけど……貴女は遂行者ながら獅子身中の虫なのでは?」
「あはっ♪ そんな大層なことでもないと思うわ?」
 オルタンシアはその問いに愉しそうに笑った。
「君が否定したい歴史は、聖女に全てを背負わせる、殉教を是とする『正義』なのかい? オルタンシア。
 君が磔にされた後、妹がエリーズと名を変えて、そう生きたように」
 マルクはワールドリンカーの出力を高めながら、オルタンシアへと問いかけた。
「……まぁ、それもあるわね」
 その問いかけにオルタンシアは首を傾げたのが見えて、マルクも思わず訝し気に見やる。
「まるで、それほど気にしてないみたいだね……」
「あはっ♪ 実際、それほど興味もないもの――ねえ、貴方達。
 自分達の過ちの犠牲に対して、謝罪の1つもしない連中って、どう思う?」
 そう言って笑うオルタンシアの声は、今まで聞いてきた物に比べて幾分か冷たい。
「謝罪の1つ……?」
「そう。挙句の果て、自分達は罪に対する罰を受けた、だから前を向く。
 我々は生まれ変わるのだ! だなんてほざくのよ? 最悪でしょ」
「それは……」
 思わず声を詰まらせた。
 天義は、冠位強欲との戦いを経てようやく立ち直った。
 そうして、今までの強引すぎる正義を掲げる国から、過ちを認め、やり直せる国になろうとしている。
「物分かりが良くて助かるわ。私はね、この国の民の事は哀れに思ってるの。
 彼らは充分に傷ついたから、前を向く、そこまでは良いでしょう。
 その通りでしょうし、好きにすればいいわ。
 ――でも、『お前達は』その前にすべきことがあるでしょうよ」
 そう言って微笑む彼女の『お前達』に含まれるのはきっと、天義という国家そのものや――あるいは教皇を指すのだろう。
 それに加えた、『謝罪の1つ』の言葉を踏まえれば、言わんとすることは、何となく想像できる。
「これまで過剰に断罪されてきた人への、歴史の闇に葬られた人達への謝罪……」
 数え切れば切りが無い、『今までの正義は間違っていたと否定する』こと。
「出来なくても、受け入れられなくても、それをすることこそがこの国の贖罪でしょうよ。
 そんなことをしたら、国が立ち行かない? それで滅びる程度の国なら、滅べばいい。
 そもそもそれは私達が――葬られた側が、自分を慰めるために使うものよ。
 葬ってきた貴様らが自分を正当化したいためにほざくな――って話よね。違う?」
 静かに揺らめく黒炎は彼女の憎悪を示しているようでいて、小さく笑う表情には言うほどに執着を感じないのは、何故なのか。
「……それは本心かい?」
 だからこそ、マルクは自然、そう問いかけていた。
「あはっ♪ 言ったでしょう? 実際問題、私はそれほど興味もないから。
 聖女としての私は魔女呼ばわりされて故郷と共に死んだもの。ここにいる私には、もう関係のない事よ。
 あの子が生きてた頃なら、もう少しぐらい怒る気も合ったでしょうけれど」
 懐かしむようにオルタンシアが微笑する。
 きっと、エリーズの事を思い起こしているのだろうと、マルクはなんとなくそう思った。
「……『謝罪を求めてない』のと、『最初からされない』のは話が違う、ということでしょう。
 それは……理解できぬ話ではありません」
 支佐手は小さく呟いた。
 やられてきたことを、やってきたことを、終わった事と勝手に斬り捨てられてはたまったものではない。
 それは支佐手自身の胸の内にも多少なりと思うところだ。
「あはっ♪ 大正解。そういうことよ、巫術師さん。お礼にもう少しだけ――全力を出してあげる」
 オルタンシアが明らかな腹いせを籠めて笑い、彼女の背中に遭った太陽がゆっくりと浮かび上がる。
 それはそのまま、ゆっくりとこちら側へと向かってきて――その内側から、黒い炎が溢れだした。
「くっ、これは!」
 険しい表情をしていた支佐手は降り注ぐそれが、広域へと広がる呪いのようなものだと直ぐに理解できた。
 ――だが、理解できた時には遅い。
 戦場を黒炎が呑み込み、多数のパンドラの輝きが戦場を満たした。
「これ以上、好きにさせる訳にも行きません。わしの相手をしてもらいましょう」
 支佐手は宙に浮かぶ太陽を見やる。
 あれは呪術や魔術の類だろう、どちらかというと技(スキル)の部類だ。
(あれだけ大きければ抑え込むことは可能と思いますが……)
 体力は、まだある。巫力も、まだある。
 けれど、これ以上あの規模の術を撃たれれば力尽きるのは時間の問題だ。
(――三輪の大蛇の天変地災!)
 握る愛剣に力を籠めて、支佐手は蛇神を呼び起こす。
「……これはわしが抑えましょう。今の内に立て直しを。わしもそう長くは持たんと思います」
「あはっ♪ 面白そうなものを使うわね」
 オルタンシアが楽しそうに笑う声がした。

●巡礼の終わり
「これがオルタンシアの本気ってわけ?」
 パンドラの輝きを引きながら、オデットは一つ息を吐いた。
(……これ以上無理するわけにはいかないわね)
 受けた傷の重さを思い、オデットは一気に後退すると、精霊たちへと呼び掛けた。
 高位の精霊へと呼び掛け、発動する界呪。
 大いなる権能が巡礼の聖女の身動きを封じ込めていく。
「聖遺物…つまり……フラヴィアの剣の一部…だね。
 それなら…あれだけ取り外せたり……しないかな…」
 レインはユーフォニーの分析結果を改めて思い直して、海月を顕現させる。
 魔力を練り上げ、放たれた触手がまた一斉に戦場を奔り抜ける。
 跳躍してそれを躱そうとした巡礼の聖女の脚を触手が絡め取る。
 生じた隙を突いて、一斉に心臓部めがけて触手が駆け抜ける。
「取り外し――ですか、ふふ、面白いことを言いますね」
 そう言って笑った聖女が剣を薙いでそれだけは防がれた。
 だがその動きは心臓部以外を無防備にしたことと変わらない。
 幾つかの触手が傷を与え、黒い靄が溢れ出る。
「……君はどうして聖女の事が気にかかるんだい?」
 マルクは幻想福音を仲間へと用いながら、オルタンシアへと問いかけた。
「……そうね、もうそろそろ良いかしら。
 オルタンシアっていう名前の聖女は歴史上に2人いるのよ。
 私は、初代の妹の末裔――っていう家に生まれたわ。
 私はね、生まれた瞬間に『聖女』になるって決められたの」
「聖女になるって決められた?」
 突然のカミングアウトにマルクは驚き、目を瞠るものだ。
「そう。うちの親はね、今思い出すとクソの極みなのだけれど。
 生まれたばかりの私の髪と眼の色を見て聖女の生まれ変わりだと思ったの。
 都合よく妹まで生まれちゃったから猶更ね」
 まるで昔話を語るように、別人の話を語るように笑いながら彼女は言う。
「両親はね、私に聖女のお話をよく聞かせてくれたわ。自然と私が『聖女様みたいになりたい』って思うように」
「それだけじゃあ、そこまで不思議な話じゃない。ただ君が憧れただけで」
「あはっ♪ 私の名前を決めたのは両親なのに?
 まぁ、でもそうね。憧れなければよかったと言われれば、その通りでしょう。
 ――でもねえ、あいつら、私が火刑に処されて十字架に括られた時、恍惚として笑ってたのよね。
 念のために後であの子――エリーズに聞いても、言ってたわ。
『あぁ、あの子は聖女様の生まれ変わりだった! まさか、死にざままで同じとは!』だって。
 流石にドン引きを通り越して笑っちゃったわ。まぁ、翌日には魔女の両親だって断罪されて死んだけど」
 嘲笑とも呆れとも取れる声で、オルタンシアは笑った。
「それなら、君が聖女と呼ばれる者達に興味があると、『終わり方』に興味があると言ったのは……」
 マルクは、声を漏らす。
 聖女の生まれ変わりとして誘導され、自分なりに聖女らしく生きて、結果として火刑に処されたのなら。
(その興味は、『聖女として生き抜くのなら、どうするのが正解だったのか』という、君の迷いだ)
 自分の失敗が、どうしてだったのかを知りたい――それはあまりにも人間臭い悩みだった。
 黒き太陽が浮かんでいる。
 オルタンシアの手の動きに合わせ、黒い太陽から一斉に放たれた黒い矢が支佐手の周囲へと降り注ぐ。
「自由にはさせんと、申したでしょう」
 支佐手はそれを見上げながら、蛇神を奔らせた。
 いったん、蛇神の身体を渦巻かせて盾代わりに、そのまま太陽めがけて飛び込ませた。
 口を開いた雷神が太陽に食らいつき、絡み付きながら互いに互いを貪り合いながら天井に輝きを残す。
「あはっ♪ 素敵ね、巫術師さん。折角ならずっと遊んでいたいくらいよ?」
「そうしてもらえるなら、それが一番です」
 支佐手はそう言って表情を険しくする。
 少なくとも、こちらに視線を釘付けに出来ていることの証拠だ。
「……派手にやってくれますね」
 オルタンシアの全力の余波を受けた巡礼の聖女が呼吸を整え、その手に抱く星の剣がまた熱を帯び始めたのをトールは感じ取った。
「――2度とは、喰らいません!」
 刹那、トールは動いた。
 2度とは喰らわない――否、もう一度、喰らうわけにいかない。
 既にパンドラの加護を使ってしまった以上、次は無い。
 彼女の魔剣が準備を完成させる前に、やるしかなかった。
 持ち得る限りのAURORAエネルギーを剣身に籠めて、撃ち込んだ三連星の刺突。
 聖女がそれに魔剣で対応する。それで十分だった。
「ここしか――ないんです!」
 それは、緊張というよりも、危機感に近かった。
 全力を尽くした刺突が聖女の身体に確かに突き立ち、黒い靄が溢れ出る。
「ぐっ――全くもう。私は所詮、聖女の伝承を喰っただけですが――いい時代が来たものですね」
 口から黒い靄を零しながら、聖女は払った。
 これはきっと、吐血のようなものなのだろう。
「――旅を終わらせる……今日、ここで!」
 ムサシは高らかに宣言するように焔心を全開に光剣に魂の炎を纏う。
 遠い昔、未来に託した聖女へと宣言するように。
 今、目の前でどこか安堵したように、喜ぶように笑っている聖女の形をした獣へと、付きつけるように。
「焔心、全開!!」
 限界まで高めた炎が、光剣に渦を巻いて層を描く。
「――焔閃抜刀・焔ッ!!!」
 全身全霊、余力の全てを使い潰すぐらいの気持ちで聖女めがけて叩きつけた。
「フラヴィアさん、魔剣であの輝きを狙ってみませんか」
 ユーフォニーはその瞬間、フラヴィアへと声をかけた。
「えっ……」
 目を瞠った少女に視線を合わせ、ユーフォニーは語る。
「旅の終点、聖女の再現、魔剣の力、同じ名前……ないかもですが、何かある気がするんです」
「うむ、ネメアの獅子――最後の封印も含まれているのであれば、なおのことでござろう!」
 咲耶はそう続ければ、少女がごくりと固唾を呑んだ。
「――私が、聖女様を?」
「大丈夫です、みんなで戦っているんですから!」
「……分かり、ました。やってみます」
「――私が道を開きますから!」
 ユーフォニーの放った一撃で僅かに身体を揺らした刹那を、咲耶は奔る。
「――不謹慎ではござるが、あの魔物達の戦いの旅もそう悪くはなかった。
 向こうで本物の彼女にもそう伝えておいて下され」
 刹那の内に肉薄すれば、咄嗟に反応した聖女が退避行動を取ろうとしたところに苦無を投擲する。
「ふ、面白いことを言いますね!」
 苦無が腹部に突き立ったのを見るのと同時、咲耶は一気に速度を跳ね上げた。
 そのまま飛び込んだまま、咲耶は再び忍刀を振るう。
 優れた刀の軌跡は再び聖女の命を刈り取るべく駆け巡る。
 連撃を受けながら、心臓部辺りの光を庇うような彼女はそれゆえにたたらを踏んだ。
「――」
 その刹那、飛び込んだ黒髪が咲耶にも見えた。
「行くでござる、フラヴィア殿!」
 目を瞠ったのは、聖女だった。
「あぁもう。こんな風に負けるなんて――」
 そう言った刹那、聖女が足を踏みしめて持ちこたえ――心臓部めがけてフラヴィアの一閃が入った。
「――お見事です、当世の英雄さん」
 安堵したように笑って――聖女は黒い靄になって消えた。
 変わって残ったのは、真っ二つに斬り開かれた、天秤のようなもの。
「あら、終わってしまったわね。おめでとう、それじゃあ――裁定の時ね」
 そして、オルタンシアが笑い――直後、絶叫が戦場を劈いた。
 痛みに叫ぶ声は、たった今、聖女を斬り裂いたはずの少女のもの。
「だ、大丈夫ですか! 手を離してください!」
 すぐ隣にいたユーフォニーは驚きながら走り込む。
「だ、ダメ――です、さわっ、ちゃ――」
 叩き落とそうとしたユーフォニーにフラヴィアが首を振る。
「焼けるみたいに、手が剣に張り付いて、――いま剥がしたら……!」
 唸りながら、少女がそのまま膝をついて表情を歪める。
 苦しみながら、話すことも出来ぬ手を抑え、叫ぶ。
 夜のような魔剣は今まで聖女が握っていた時のように、星雲の輝きを纏い暴走するように渦を巻き、少しずつフラヴィアを呑みこんでいく。
「フラヴィアさん! 剥がすのが無理なら、落ち着いて。座って息を整えるんだ!」
 マルクは急いでフラヴィアの隣まで駆け寄ると、幻想福音を掛けながら声をかける。
 涙目になりながら、少女が幾度か頷き、声を殺しながら少しずつ座り込む。
 そのまま手を抑え、唸りながら耐えていた少女は、魔剣が輝きを収める頃にふらりと倒れこんだ。
「……良かった、息はあるみたいだ」
 まだ多少、息は荒いがそれも落ち着いていくだろう。
 外傷は呑み込まれていきつつあった身体に焼き付いている火傷ぐらいか。
(……このぐらいなら、治癒魔術でどうにかなる。傷も、残らないはず)
 汗を掻いている少女の顔を、そっと拭ってやってから、マルクは顔を上げた。
 後ろからは、フラヴィアの叫び声に気付いたらしいセヴェリンの声が聞こえてくる。

●裁定の時
「……こうなるってわかってましたね?」
 マリエッタはさっとオルタンシアの方を見やる。
「あはっ♪ そりゃあそうでしょうよ。アイツらを殺したのは貴女達であって、フラヴィアじゃないもの。
 だからこれは、裁定の時。本当にあの魔剣を握るに足るだけの人物かどうか、見定めるための時間よ」
 笑いながら答えたオルタンシアが十字架に魔力を籠めていく。
 黒い炎が渦を巻いて、姿を見せたのは黒い炎で作られた一角獣。
「それは初めて会った時に貴女が連れていた……」
 マリエッタは思わず目を瞠った。
「ふふ、ワールドイーターじゃないわよ? というより――こっちがオリジンよね」
(……あの時のワールドイーターは彼女の力の一部と聖遺物を核に成立したもの、ということですか)
 振り返り思えば、あの時も随分と親しげにユニコーンを撫でていたりもしたか。
 なんてことを考えていたら、オルタンシアはユニコーンの背に跨っていた。
 話を聞きながらマルクはふと気づくことがあった。
 聖女と同じ髪と瞳の色の娘にフラヴィアと名付ける慣習。
 聖女が為した道程を駆け抜け、彼女に出来なかったことを為す今回の旅路。
 遠い昔に生まれた聖女に似た風貌に生まれ、聖女のように生きることになった――という境遇そのもの。
「生き方は何もかも違うんだろうけど……フラヴィアさんの旅路は、まるで君の人生を参考にしてるみたいだね」
「あはっ♪ そうね」
(……それじゃあ、これは)
 マルクは、更に考察を進めていく。
「……まるで君がフラヴィアさんを育てているみたいに聞こえるのは、きのせいかな?」
「ふふっ♪ 私は魔女で魔種よ? ――育て方が悪辣なのも、おかしな話じゃないでしょう?」
 あっさりとそう認め、目を細めて笑うオルタンシアは、慈愛に満ちた聖女のように見えた。
「なるほど……それなら、そのまま貴女の願いも教えて貰えませんか?
 貴方の願い――あるいは、叶えられなかった誰かの夢、なんて。叶える手伝いぐらいできるかもですよ」
 マリエッタは血鎌を手にオルタンシアへと斬り込むまま問いかけた。
「ふふ、それは面白いわね……私の願い? まぁ、それもそろそろ良いかしら」
 マリエッタの一閃を受け止め、オルタンシアは愉しそうに笑っている。
「私の願いはね、ちっぽけなものよ。『好きに生きる事』ただそれだけ。
 私という人間じゃなくて、『オルタンシアの生まれ変わり』として生きてきた私は、本質的に自由に生きて無かった」
 反転するまで聖女として生きてきた。
 例えそれが誘導されていたとはいえ自分なりに行きたとて。結局それは聖女の焼きまわしにすぎない。
 断罪され魔女として公的には死んだから、オルタンシアという人物は存在しないに等しい。
 だから今度は、自由に生きる――それは最悪の開き直りに違いない。
「傲慢ですね……それが貴方の罪ですか」
 思わずマリエッタが言えば、オルタンシアはまた楽しそうに笑う。
 実際、今の人生を最大限に謳歌しているのだろう。
 それはマリエッタだって分かる。
 刹那的に、享楽的に、まるで遊ぶようにイレギュラーズと触れあってきた彼女が人生を謳歌していないはずがない。
「……なら、猶更の事です。貴女は何故、遂行者をしているのです?
 誰にも縛られず生きていくことこそが貴女の傲慢なのなら、冠位傲慢の指示を受ける遂行者とは相性が悪いはずです」
「あはっ♪ そうね。全くもってその通りでしょう」
 愉しげに笑ったオルタンシアは慈愛に満ちた笑みを静かに抑えて妖しく笑った。
「あのお方への忠誠心? 実際、特にないものね。
 でもほら、火刑で焼け死んだりせず生き延びることが出来たのはあの方の呼び声のおかげだから。
 だからまぁ、多少は? 恩義だってあるのよ」
「……恩義、ですか」
 トール剣を握り、オルタンシアへと向かわんとしたトールは随分と自分の剣が軽く感じて、視線を下ろす。
(剣身が作れない? そうか、フラヴィア=ネメアと戦う為に無理して力を貸してくれたんだね……ありがとう)
 再び機能停止した剣をそっと下ろすしかなかった。
「……恩義って言いましたよね」
 ユーフォニーはオルタンシアへと問うた。
「それって、フラヴィアさんに関することは『自分を生き延びさせてくれた恩義よりも優先されること』ってことですよね」
 問いかけに対して、オルタンシアの浮かべる優しい微笑みは、それが肯定であることを示している気がした。
(……オルタンシアさんにとって、冠位傲慢よりも優先事項が上になることがあるとしたら)
 ユーフォニーには思い当たることが1つしかなかった。
「……妹御でござるか」
 警戒のままに忍刀を構え、咲耶は問いかける。
「フラヴィア殿を助け育てるのが、貴女とエリーズ殿の最後の約束でござるか?」
「ふふ、バレちゃったかしら――なんてね、別に隠してるつもりもなかったものね。
 だって、言ったでしょう? 『私を最期まで信じた最愛の妹が気に掛けた子の行末』を見たいって」
「おぬしの言葉ではないが、随分と悪辣すぎるのではござらぬか?」
「あはっ♪ それで折れて砕けるのなら、それまででしょう?」
 つぃ、と笑むオルタンシアの笑顔は正に悪女だとか魔女だとか呼ぶに相応しい色合いがあった。
「――さて、いつまでもいるわけにはいかないし、そろそろ帰りましょうか」
 そう、オルタンシアが笑みをこぼしてユニコーンの首筋を軽くぽんぽんと叩いて見せる。
「逃がしません。おんしらを逃がせば、また多くの人死にが出るでしょう。
 悪いですが、ここで死んでもらいます」
 支佐手はオルタンシアの前に割り込み、剣を構えた。
「あはっ♪ そんなボロボロの身体でどうするのかしら」
「こうするので!」
 火明の剣を振るい呼び起こすは蛇の神。
 剣身より飛び出した蛇神がオルタンシアへ向けて這いずり、渦を巻く。
 局所的に作り出されるは局所的な雷嵐。
「あはっ♪」
「オルタンシアッ……! 逃がすものか!」
 続け、握りしめた拳ともにムサシは一気に飛び出した。
 肉薄と共に撃つ右ストレートから始まる連打は守りを砕き、相手の体勢を崩すもの。
 それは決して命を諦めず、最後に開いて手でその手を繋ぐための想いの拳。
(防護が作動しても構わない……いや、むしろそれが狙い! 護りをブレイク出来たなら良し、出来なくとも――)
「ユーフォニーッ! ……『どう』だ!?」
 叩きつけた拳、自身とオルタンシアの間、立ちふさがる黒き炎を纏いし十字架――ムサシは声をあげた。
「我儘付き合ってくれてありがと、ムサシ!」
 ユーフォニーの海を思わす瞳はその光景を目に焼き付けていた。
「あはっ♪ 熱烈ね? 羨ましい、素敵なことね。私にはできなかった関係よ、そういうの」
(オラクル、私のギフト、お願い力を貸して!)
 ユーフォニーも続け、オルタンシアに術式を叩き込む。
 聖痕を狙った一撃は、するりと躱された。
(違う、多分、今のはただ聖痕の位置が胸元だから……だとしたら!)
 真っすぐに見据えた視線、その先でオルタンシアが笑った。
(オルタンシアさんの周り、何か――)
 それはオルタンシアの上に一枚層のような、あるいは鎧のようなものがあるような、そんな感覚。
(怪我人もいる中で強引に詰めるのは得策ではござらんが……)
 咲耶はその後に飛び込む用にして肉薄する。
 描く斬撃はオルタンシアへと触れる直前、黒い炎に纏わりつかれ勢いを削られていく。
「――姫様」
「なぁに、ベル? あぁ、そういえば遊んでいるおかげで思い出したわ。
 魔導師さん♪ 代表して、貴方に言っておくことにするわね」
 立ち去らんとするオルタンシアが、笑みをこぼしてマルクへと振り返る。
「ふふ、あの糞野郎を殺してくれてありがとうね?
 あれが生きているのは、私としても耐え切れないのよね」
「ディオニージさんのことですか?」
 ユーフォニーはオルタンシアの胸元に目をやった。
 そこには十字架の聖痕が見える。
 それを剣に刻んだ男を討ち取る時、ユーフォニーもその場にいた。
「そう。そんな名前」
「……オルタンシアさんなら、出来たんじゃないですか?」
 ユーフォニーの問いかけにオルタンシアは小さく笑って。
 どこか蠱惑的な――けれどたっぷりとした憎悪と、悪意に彩られた笑みを浮かべた。
「否定はしないけれど――私が殺しちゃったら、正当な復讐の被害者でしょう?
 遂行者に討たれた、天義の聖職者になっちゃうでしょう?
 ふふふ、そうなってたまるもんですか、あいつは理不尽に私を殺したのだもの。
 だったら不正義の側で殺されなくっちゃあ――ね?」
 そう言って、オルタンシアはウインクと共に悪意を潜めていく。
「何ひとつとして、彼には殉教者としての終わりを与えない――それが貴女の、貴女なりの復讐ってことかい?」
 マルクの問いかけに、オルタンシアは穏やかに笑みだけ返す。
 否定をしないその笑みは、何よりも明らかに肯定を示していた。
「あぁ、それからね、魔女さん。これは小娘からの、ちょっとしたアドバイスなのだけれど」
 マリエッタは不意に声を掛けられた。
「貴女も自由に生きたらどう?」
 楽しそうにオルタンシアは笑っている。
 マリエッタはその視線を真っすぐにオルタンシアへと注ぐものだ。
「……私は、自分のやりたいように生きていますよ?」
 マリエッタが向けられた視線と交え、静かに答えれば、オルタンシアは分かっていたように微笑んだ。
「――本当に? なら、彼の憎しみなんて知ったこっちゃないでしょう。
 あいつが連れてた……なんだったかしら。あの貴女とちょっと似てる気もする彼女だってそう。
 貴女は、もう少し自由に、行きたいように生きてみるべきだわ。
 考えてみて――その時が来たら、答えを聞かせてね?」
 くすくすと、愉しそうに笑ったオルタンシアを見て、ぞくりと背筋に寒いものが走る。
『答えを返せない』というよりも、『出しては拙い』と、本能的に察した。
 貴女が背負うべき罪なのか――と、きっとお遊び半分とはいえ、マリエッタは目の前の女に誘われたのだ。
「……さて、と」
 一つ、息を入れてオルタンシアが静かにイレギュラーズを見た。
「お兄さんたち、私を抑え込もうとするのは立派な心掛けなのだけれど……『貴方たちが気になっていた物ががら空き』だとは思わないかしら?」
 刹那、オルタンシアの周囲に爆炎が舞った。
 抑え込まんとしていた2人は吹き飛ばされ、一角獣が戦場を奔り抜ける。
 煽られ吹き飛ばされた支佐手はオルタンシアが腹心の名を呼ぶのを聞いた。
「――もしや!」
 咄嗟に振り返る――そこには気絶してしまったフラヴィアの姿がある。
「……フラヴィア……手出しさせない……」
 傘を銃のようにして構え、レインはオルタンシアの前に飛び出した。
 クラゲの触手のように揺らめく魔力の糸を展開して取り囲まんとした魔力を放つ。
 銀閃が閃き、そこへと飛び込んできたのはベルナデッタだった。
「……邪魔しないで……」
 咄嗟に傘を閉じて魔力で強化すると剣の代わりにして何とか抑え込む。
「申し訳ありませんが、私の相手をお願いします」
 鎬を削るその後ろをオルタンシアの跨る一角獣が駆け抜けた。
 動こうとしても、目の前の致命者を退かさなくては、どうしようもない。
 その間にも、オルタンシアは倒れている少女を抱き上げ、そっと優しくその顔を撫でたように見える。
 駆け寄ろうとしたらしいセヴェリンは降り注いだ爆炎に煽られて後退を余儀なくされていた。
 反撃に撃つべき攻撃は、気絶したままの無防備なフラヴィアをも巻き込む可能性が高い。
「それじゃあ、また会いましょうね、英雄さん達♪」
 改めてこちらを見たオルタンシアが微笑むと共に指を鳴らせば、爆炎が戦場を包み込む。
 炎の熱と爆発の衝撃が収まる頃、既にそこに3人の姿はなかった。
「……やられたわ」
 最初に声をあげたのは、オデットだった。
「……でも、そうよね」
 元々、あの魔剣で聖女を蘇らせようとしていたのかと思っていた。
「旅路が終われば魔剣は力を取り戻し、フラヴィアは魔剣の継承者候補になる。
 力を取り戻した魔剣と、その継承者になれるかもしれない子がいるのなら――」
 そもそもとして、わざわざ蘇らせる必要もない。フラヴィアごと、貰って行ってしまえばいいのだ。
 これから、オルタンシアがフラヴィアに何をしようというのか。それならば、何となくわかる。
(フラヴィアに聖痕を刻む……とか?)
 口にこそ出さず、オデットは思った。
「そのためにも……やるべきことが残ってる」
 オデットは顔を上げた。
 その視線の先には、祭壇の奥にある聖域が見える。
「あそこを調べたら、何かあったりしないかしら? ねえ、調べていい?」
 念のためにセヴェリンへと問いかけ、彼が頷くのを見てから、オデットは聖域へと足を踏み入れた。

成否

成功

MVP

物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇

状態異常

物部 支佐手(p3p009422)[重傷]
黒蛇
ムサシ・セルブライト(p3p010126)[重傷]
宇宙の保安官
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)[重傷]
死血の魔女
トール=アシェンプテル(p3p010816)[重傷]
ココロズ・プリンス
セシル・アーネット(p3p010940)[重傷]
雪花の星剣

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。
成功条件達成のため、戦果としては文句なしの勝利です……が、フラヴィア・ペレグリーノはオルタンシアに捕縛されどこかへと消えました。

連れ去られたフラヴィアがどうなるのか、オルタンシアが何をしようとしているのかは――次回をお待ちくださいませ。

また、当シナリオ公開後、近々オルタンシアの情報が追加・公開されます。

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