シナリオ詳細
美食家たちの最後の楽園。或いは、悪趣味の終焉…。
オープニング
●家畜と猫
「なぁ、アンタ。レストラン・オセロットって、今どこにあるか知らないカ?」
砂漠のどこか、古い遺跡の入り口で玄野 壱和 (p3p010806)は1人の少女にそう問うた。
白い衣服に身を包んだ、10代前半の幼い少女は目をきょとんと丸くして、壱和の姿を頭のてっぺんから爪先まで、舐めるように眺める。
少女の手には、水のたっぷり詰まった樽が抱えられている。少女が首を傾げた拍子に、樽の中でちゃぷんと澄んだ水が跳ねた。
「お客さん?」
「うン? 客と言うか、取引先と言うカ……何かおかしいカ?」
少しだけ、壱和の口調には棘がある。
少女は慌てて首を振ると「そうじゃないの」と両手を顔の横へと上げた。その拍子に抱えていた樽が地面に落下して、盛大に水をぶちまける。
「あ……」
しまった、と言う顔をする少女。
だが、手遅れだ。零れた水は、2度と樽には戻らない。
がっくりと肩を落とした少女は、再び視線を壱和の方へと向ける。
「君みたいな子供が来るのって珍しいから。レストランのお客さんは、高そうな服を着た、偉そうなおじさんばかりだもの」
「“お客さん”カ。あぁ、きっと舌の肥えた美食家たちなんだろうナ」
なんて、言って。
酷薄で、残虐で、嘲るような笑みを浮かべて壱和はそう呟いた。
「そうだね! 私のことも早く食べてくれるといいな!」
対して少女は、まるで花が咲くように、うっとりとした顔で笑った。
●地図に載っていない街
壱和が訪れた遺跡は、ラサの地図に載っていない。
遥か昔に滅んだ遺跡で、近くにはオアシスや他の街も無い。過酷な砂漠を旅して、何も無い砂漠の果てまで訪れるようなもの好きもいない。
この遺跡のことを知っている者など、この世界には何十人か程度しかいない。
「10数年前にグーグー・ハンニバルが造った、人肉を喰わせてくれる“美食家”たちの最後の楽園。それがレストラン・オセロットだったナ」
現在、遺跡には10歳前後の子供を中心に、合計30人が生活している。
否、生活しているという言い方は正しくない。
彼らは遺跡と言う名の“人間牧場”で飼育されている“食材”なのだから。
「さっきの少女……エトナって言ったカ? 彼女は何番目ダ?」
薄暗い地下室で、壱和は尋ねた。
壱和の言葉を聞いているのは、黒い衣服を纏った痩身の男性だ。
痩身の男は、右手で自分の喉を何度か叩いて見せる。言葉を発せられないという意思表示だ。
彼だけじゃない。
レストラン・オセロットの従業員は、誰1人として喋れない。
「……仕方ないカ」
ふん、と小さく鼻を鳴らした。
それから壱和は、遺跡についての記憶を探る。
遺跡にレストランを構えたのはグーグー・ハンニバルという美食家だ。だが、グーグーが何処かへ去った後、レストランを引き継ぎ、遺跡を“人間牧場”にしたのは、5人の役人だったと聞いている。
5人の役人……中には、ラサの治安を守る官憲も含まれていたという……は、何組かの男女を遺跡に連れ込んだ。連れて来られた男女は全員、死刑を待つばかりの重罪人だ。
罪人たちを連れて来て、一体、何をさせたのか。
「まったく、いい趣味をしているよナ?」
子を産ませたのだ。
育てるためではなく、食べるために。
生まれた子供には栄養価の高い食事が与えられ、適度な運動が義務つけられた。それから、最初の5人が用意した“特別な教育”も。
この遺跡で生まれ、育った子供たちは“食われること”に何の恐怖も感じていない。
それどころか、レストランの客人に喰われる日を、今日か明日かと待ち望んでいるのだ。
そのように教育されたから。
そうなることが“幸せ”なのだと信じているから。
「だけどナ。それもそろそろ終わりダロウ」
テーブルに身を乗り出して、壱和は笑った。
「従業員は昼までにどこかへ逃げロ。この遺跡の存在が、ラサのお役人に見つかッタ」
ピクリ、と。
黒衣の男の肩が跳ねる。
じぃ、と壱和の顔を見て、彼は深く一礼をして厨房の方へ去っていく。きっと、他の従業員に壱和の話を伝えに行ったのだ。
あと数時間もしないうちに、従業員は遺跡から去っていくだろう。
そうして、後には20数人の子供たちだけが残される。
「それも、すぐに居なくなるがナ」
人間牧場、およびレストラン・オセロットの証拠隠滅。
夕方までに、それを完了させることが壱和に下された任務である。
- 美食家たちの最後の楽園。或いは、悪趣味の終焉…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年09月06日 22時10分
- 参加人数6/6人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 6 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(6人)
リプレイ
●レストラン・オセロット
ぐちゃぐちゃ。
ざくざく。
ぐちゃぐちゃ。
ざくざく。
切って、切って、潰して、切って、潰して、切って、切って、切って、切って、切って、骨は別に取り分けて、内臓は別に取り分けて、脳とか少し味見したりして、切って、切って、切って、切って……。
「シチュー、ステーキ、団子、腸詰めetc.…おにくは無駄なく美味しくいただけます」
『ザクロ』襞々 もつ(p3p007352)は機嫌が良かった。
広いとは言えないが、それなりに衛生的なキッチンで、誰に憚ることもなく存分に“おにく”を解体できるのだから、これが楽しく無いわけがない。
「人っつって何種よココの。海種と、あと飛行種の卵は食ったコトあんだケド……幻想種も食ったっけ?」
ひょい、とキッチンを覗き込むのは『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)である。ことほぎの手には包丁が1本。
もつはことほぎの方に一瞥さえくれることなく、手際よく調理を進めていく。
「獣種が多いですね。繁殖力とか強かったりするんですかね。食べませんか?」
切ったばかりの新鮮な肉を指で摘んで、ことほぎの方へ差し出した。
ことほぎは一瞬、まだ温かい、血の滴る肉を見やる。
「まーいーや、養殖の味も気になるし食っとこ」
口を開けて、調理前の生肉をぱくりと口腔に含む。
滴る赤い血液が、唇の端から顎の方へと伝って落ちた。
正直言えば、見込みがある奴は助けようかと思ってなかったわけではない。
大蛇に、ワームに、ワニにラクダ……砂漠の魔物の遺体を積み上げ、『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)はため息を零した。
辺りには濃い血の匂いが充満している。
渇いた砂には、赤い血がじわりと染みている。
狩れた獲物はどれも地を這う生き物ばかりだ。大蛇に、ワームに、ワニにラクダ。彼らが命を失ったのは、ひとえに“翼が無かったから”だ。だからサンディから逃げられなかった。追いつかれて、首を斬られて、息絶えた。
「もっとも、仮に翼を与えたところで、空に逃げねぇなら意味はねえ」
空を自由に飛ぶ習慣を持たない魔物に、ある日、突然、翼を与えたところで何かが変わるはずもない。大蛇も、ワームも、ワニも、ラクダも……きっと、翼を得たところで飛んで逃げるような真似はしなかっただろう。
「要はまぁ、運が悪かったよ、お前らは」
その言葉は、狩った獲物に向けたものか、それとも別の誰かに向けられたものか。
「ハッ、食品衛生管理法ってねぇのかァ?」
足元に転がる瓦礫を蹴飛ばし『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)はそう吐き捨てた。
砂漠の遺跡のそこかしこには、小さな子供の足跡が残っている。
「“食べられること”が、至上の悦び、か。ふざけた話、だ」
『金の軌跡』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の視線は足跡へと向いている。
「ただの人が、魔種さえ及びもつかないような悍ましいことを、やってのけるなどと」
砂漠の果ての小さな遺跡。
そこに残る子供の足跡。
ここに暮らす子供たちは“遺跡で生まれ、遺跡で死に行く”宿命を背負った者たちだ。捕らえられた犯罪者たちの生んだ子供だ。幼い頃から“人に食われること”が幸せであると、教えられて育った子供たちである。
「……全く以て、度し難い、な」
「あぁ。金持ってる奴の考えることは分かんねぇよ」
所が変われば常識も変わる。
とはいえ、ここの常識はなんぼ何でも“異常”に過ぎる。
そんなことを考えながら、2人は“飼育場”へと向かう。
人の呻く声がした。
苦し気な呻き声ではない。肺から漏れた空気が声帯を震わせることで発される類の声である。
暗く、黴臭い、湿った部屋だ。
饐えた臭いが充満している。
「ったく、あの役人ときたラ……」
鍵の束をちゃりちゃりと指で回しながら、『ねこの料理人』玄野 壱和(p3p010806)が暗い部屋へと立ち入った。
壁際には幾つもの檻。檻の中には、10名近い男女が閉じ込められている。
薬物か何かで既に脳を破壊されているのだろう。
視線は虚ろで、半開きの口からは呻き声や唾液を零し続けていた。
「いくらウチの茶屋のお得意様だからって面倒な依頼を押し付けてくれたもんダ」
壁にかかっている燭台に火を灯す。
ぼんやりとした赤い光が部屋を照らすが、誰も何も反応を示すことは無かった。
「やるカ」
そう呟いて。
壱和は鎌を振り上げた。
●砂漠のクッキング
「ようキッズども。出荷だ。俺とそこのパツキンについてきな」
飼育場。もとい比較的、元の形を保った家屋の中を覗き込んだ英司に、幾つもの視線が向けられる。
5歳から10歳前後の少年、少女たちである。
彼らにとって英司は初めて見る相手のはずだが、怯えた様子も、訝しんだ様子もない。
(恐怖も、疑問も抱いていないの、か)
エクスマリアは、内心でそんなことを思いながらも、そっと右手を顔の横へ挙げた。
「あなたに付いていけばいいのね! もしたして、沢山のお客さんが来るの? 皆、食べてもらえるの?」
嬉しそうにそう言ったのは、茶色い髪の幼い少女だ。
たしか、エトナと言う名前だったか。エトナの胸には、生後数カ月ほどの赤ん坊が抱かれている。
「この子も食べてもらえるの?」
「……どう、だろうな」
少しだけ言葉に詰まる。例えば、もつであれば赤子だろうが何だろうが、躊躇うことなく調理するだろう。壱和であれば“そう言う宿命ダ”と切り捨てて、その柔らかな首をへし折るだろう。
だが、無垢な赤子に、自分では何の判断も出来ず、何の選択も出来ない赤子を調理することが正しいとは思えない。
「いいか、けっして自分が食品だとか、出荷されてるとか言うなよ。じゃないと食べてもらえないぜ? 俺達がいいと言うまで、にこにこ笑っていいこにしてな」
家屋の外を指さしながら英司は言った。
子供たちは、英司の指示に従って1人ずつ家屋を出ていく。誰にも怯えた様子は無いし、泣いたり喚いたりすることも無い。
「それと……出荷されたくねぇ奴には生きたままやってもらう仕事がある。安心しろ」
「? 出荷? 生きたまま? なんで?」
心から意味が分からないといった様子で、エトナはこてんと首を傾げた。
思わず、喉の奥から零れそうになった“言葉にならない声”を飲み込み、エクスマリアは視線を伏せる。
(……疑問を抱くという“思考”が無いのか。随分とシステム化した教育を施しているらしい)
人として当たり前に持つはずの生存本能。成長する上で自然と育まれていく“死にたくないという常識”。それを失わせるためにここの大人たちは何をしたのだろうか。一体、どれだけの子供が、死にたくないと泣きながら、命を落としていったのだろうか。
「あー……では、グルメツアーへ出発進行!」
苛立ったようにマスクを数度ほど叩き、英司はくるりと踵を返した。
見上げるほどに巨大なワニが、血を噴き上げて息絶えた。
不可視の刃に全身を刻まれ、血塗れになって砂漠に倒れるワニを中心に、衝撃と砂塵が巻き起こる。飛び交う砂から顔を庇うサンディの耳が、背後で馬の嘶きを拾った。
「そこの君。こんなところで何をしている」
背後にいたのは、20人ほどの馬に乗った大人たち。
レストラン・オセロットの調査にやって来た官憲たちだろう。どうやら、獲物を探しているうちに、随分と遺跡から遠くへ離れてしまったらしい。
自身の迂闊を呪いながら、サンディは敢えて人好きのする笑顔を顔に貼り付けた。
「何って、見ての通りだよ。ワニやら蛇やらを狩ってるのさ」
「こんな辺鄙なところでか? この辺りだと、討伐依頼も出ていないだろう? それに、こんなのを狩ってどうするつもりだ?」
訝し気な様子で官憲は問う。先ほどから発言するのは、先頭の1人のみである。おそらく彼がこの集団のリーダーなのだろう。
その視線には、幾らかの心配や憐みの感情が滲んでいた。
「なんだ、知らないのか? 骨とか皮とか、けっこういい値段で売れるんだ。毒が無ければ肉もな」
「素材屋なのか、君は」
「そんなもんだ。ちなみに毒のある肉も使い道はあるからな、種類を問わずに色々狩ってるよ。でかいから、喰いでがあるんだ」
数瞬、官憲は言葉を途切れさせた。
それから、何かを探るような視線でサンディに問う。
「もしかして、近くの遺跡に人が住んでいるんじゃないか? 肉は、そこで消費するものなのでは?」
「遺跡? 何言ってんだよ、あんな辺鄙な場所に誰も住んでるわけねぇって。俺が獲物の解体だとか、素材の保管に使ってるだけだ」
もちろん、嘘だが。
騙される方が悪いのだ。
1人の男が遺跡に近づく。
身に纏った衣服から、彼が官憲の仲間であることは明白だ。20人ほどの集団と訊いていたが、なるほどつまり、身軽な1人を斥候として放ったのだろう。
「ちっ……気付いた以上は手を打たなきゃいかんよなぁ」
咥え煙管から紫煙を燻らせ、ことほぎはため息を零す。
懐から取り出した化粧品と、黒い紅、それからラサで仕入れたローブを身に着けて、最後の仕上げに煙草を一服。
ふぅ、と吐いた煙草の煙が空に昇っていくのを眺めて、官憲の方へと近づいていく。
「お仕事ご苦労様です」
物陰から、そっと声をかけて見れば官憲の肩が大きく跳ねた。
随分と臆病な男だ。内心で嘲りながら、ことほぎは笑顔で言葉を続ける。普段は浮かべない類の、優し気な笑みを浮かべているせいで頬の筋肉が吊りそうだ。
「兵士様方は何故こんな辺鄙な場所に?」
問うた。
何をしに来たのか、と。
「辺鄙なところにいるのは貴女も同じだろう。いや、なに、ちょっと所用でな」
そう言って、男は視線を左右へ揺らす。
近くに人がいないかどうかを確認している風である。
「この辺りに“牧場”は無いか? “レストラン”の併設された“特別な牧場”なんだが」
「はぁ、牧場がここに。レストランも併設されてるなんて、新鮮な食材が食べられて人気が出そうですねぇ」
「しらばっくれなくていい。こんなところにいるんだ。君もレストラン・オセロットの関係者なんだろう?」
ぴくり、とことほぎの繭が震えた。
男は構わず、言葉を続ける。
「なぁ、今頃は撤収準備の途中か? 後片付けは済んだのか? あまりものでいいんだ。肉を幾らか譲っ」
男の言葉が、ピタリと止まった。
驚愕に目を見開いた男は、自身の胸へと視線を落とす。
そこには、拳大の穴が開いていた。胸の穴から、滂沱と血が零れていた。
口から血を吐き、男は白目を剥いて倒れた。
遺体の頭部を爪先で蹴って、ことほぎは言う。
「なんだ、官憲にも客がいたのかよ。強欲な野郎だ。欲をつっぱるから、こんなことになる」
男の胸に穴を穿ったのはことほぎだ。
今回の依頼……オーダーは、レストラン・オセロットの証拠隠滅。つまり、施設も、人も、物も、肉も、何もかもを一切合切、消し去ってしまうと言う仕事である。
となれば、当然。
レストランのことを知る、この男もまた消さねばいけない“証拠”の1つなのである。
額に汗して、もつは労働に従事していた。
肉の解体は重労働だ。おまけに急いで仕事を済ませなければいけないとなれば、休んだり、怠けたりしている時間は無いのである。
「官憲とかいうおにくにおにく全部持ってかれるのはいけません。独り占めしたいって謂うなら皆で分けましょうよ」
もちろん、労働の対価は十分なほどに約束されている。
肉を部位ごとに切り分けながら、もつはにぃと口角を上げて不気味に笑った。もつの傍には、20人近い子供たちが列を成して並んでいる。
誰もがにこにこと笑いながら、自分の番が来るのを今か今かと待っているのだ。まるで所以地のアトラクションを順番待ちしている風に。
「其処のおにく、仔牛! 順番に、列を乱さず、きちんと並んでくださいね!」
肉を次々に解体しながら、並行して調理も行うもつの姿は、まさしく職人そのものである。
今日のメニューはシチューにステーキ、肉団子。それから腸詰。
産地直送……否、SAN値直葬待ったなしの光景であるが、その場の誰もが惨状を意にも介していない。寸胴鍋から飛び出た肉をお玉で底に押し込みながら、もつは次の“おにく”の手を引いた。
「お名前は?」
「エリーです! 8歳です!」
「はい、元気が良くてよろしいですね。皆さん“いい教育”を受けているようで、肉質も最高だと判ります」
にこり、と笑って。
真っすぐに包丁を振り下ろす。
「ところで、何人か足りない気がしますね? 気のせいですかね?」
ずらりと並んだ“おにく”を見やって、もつははてと小首を傾げた。その頬には、赤い血がべったりと張り付いている。
●人それぞれの幸せ
血だまりに肉が浮いている。
元々の形も分からないほど、細かく解体された肉片。何人分の血と肉が、そこに撒き散らされているのか。
暗い地下は、むせかえるような血と臓物の匂いに満ちていた。
さっきまで“罪人だったもの”を見下ろして、壱和は呟く。
「どんな仕打ちを受けて来たかは想像出来るが……恨みつらみはあの世で言いナ。罪人」
そう呟いて、壱和は壁の燭台を取った。
それから、血だまりの真ん中に転がした木材……たっぷりと、油を含ませた木材だ……に、火の着いたままの蝋燭を放る。
ごう、と炎が巻き上がる。
そこかしこに撒き散らされた油の上を這うように、炎は四方へ走って行った。血だまりの床を、黴臭い廊下を、それから遺跡の全体へ。
そう遠くないうちに、遺跡は炎に飲まれるだろう。これで証拠の隠滅は完了。
後は肉を処理して、必要な分を持ち帰るだけだ。
呼吸が出来ない。
意識が次第に遠ざかる。血が流れ出ていくにつれ、エトナの自我が薄れていく。
虚脱感。少しずつ、ふわふわして来る感覚が心地いい。
なるほど、これが幸せなのだ。
そんなことを考えながら、エトナは静かに目を閉じる。
眠たい。眠ろう。ゆっくり、ずっと。
後のことは、お姉さんに任せよう。私を美味しく食べてくれるはずだから。
だけど、最後に。
今しがた部屋に入って来たばかりの、猫の耳を持つ少年に向けエトナは一言、伝えたかった。
「ありがとう。おいしく食べてね」
声にならないその言葉は、壱和の耳に届いただろうか。
壱和の前には皿に乗った大きなステーキ。
味付けは塩だけ。
「ソースはいらないんですか?」
「[ねこ]だとしても一介の料理人としての矜持くらいあル。食材に対する誠意は見せねぇとナ」
もつの方を振り向かないまま、壱和はナイフを手に取った。
ステーキにナイフを沈ませれば、じわりと肉汁が溢れ出す。
「肉質、栄養価、衛生面。どれを取っても[ねこ]のエサ(媒介)には上等過ぎる代物だナ。ここまで育ってくれた食材に感謝しないト」
柔らかな肉を一瞥し、壱和は言った。
感情の滲まない声で。
「いただきまス」
味わうように、しっかりと肉を噛み締めて。
ゆっくりと、長い時間をかけてステーキを食べきった。
生後数カ月の赤子をはじめ、1歳から3歳までの少年少女、合計5人。
自我の芽生えていない者と、教育が不十分だったのだろう。血塗れのもつを遠目に見て、怯えた表情を見せた子たちだ。
たった5人。
どこに行ったかも分からない大人たちは、20人もの幼い子供の心をきれいに壊していたのだ。
だから、20人は救えない。
生きようとする意志の無い者は救えない。
「お前たちの望みは、わかる。だが、世界は広い。喜びは、他にも沢山ある。それを知るチャンスが今、だ」
5人の子供たちは、もつの作った料理と一緒に『グラードⅢ』に乗せられている。
居心地の悪そうにしている子供たちへ向け、エクスマリアは言い含めるかのように告げた。
「それでもまだ食べられたいとしても、もっと未来のほうが、いい。長く生きて、多くを知って、己を熟成させて、味わいを深めろ」
子供たちからの返事は無い。
子供は決して愚かではない。馬鹿ではない。きっと今頃は、自分の置かれた状況や、共に育った兄妹たちの結末に想いを馳せているのだろう。
考えて、考えて、自分の頭で考えて。
答えが出るのは、きっとずっと先の未来のことだろうけど。
なんて。
そんなことを考えながら、エクスマリアは『グラートⅢ』の扉を閉めた。
「これでよかったの、か」
誰にともなくエクスマリアは言葉を吐いた。
「これから時が経ち、知識を得て。新たな隣人を得て……その上で食べられたいというのなら」
答えを返したのは英司だ。
『グラートⅢ』に背中を預け、空を見上げたままの姿勢で言葉を紡ぐ。
彼がどんな表情を浮かべているのかは、マスクのせいで窺えないが。
「きっと、優しく殺そう」
それだけが、俺の得意技なのだから
なんて。
最後に聞こえた言葉だけ。その言葉だけを、エクスマリアは聞かなかったことにした。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
レストラン・オセロットの痕跡は一切合切消え去りました。
遺跡は炎に包まれて、後には灰しか残っていません。
残った灰も、砂漠の風に吹き飛ばされてすぐにどこかに消えるでしょう。
依頼は成功となります。
この度はシナリオリクエストおよび、ご参加いただきありがとうございました。
GMコメント
●ミッション
レストラン・オセロットおよび人間牧場の痕跡を隠滅する
●ターゲット
・子供たち×25人
エトナを始めとした子供たち。
年齢は2歳~15歳までと幅広い。
生まれた時から遺跡で過ごしており、“食べられること”を至上の悦びであると教育されている。
・大人たち×?
レストラン・オセロットの居住区に住まう大人たち。
外部とは完全に遮断された場所に隔離されており、正確な居場所は不明。
・官憲たち×20名ほど
ラサの役人が、遺跡に遣わした兵士たち。
レストラン・オセロットの調査に訪れるらしい。
遺跡への到着は、夕方ごろと予想されている。
●フィールド
ラサ。地図に載っていない、オアシスや街から遠く離れた砂漠の果て。
現在時刻は、昼より少しだけ前の時間帯。
ごく小規模な古い遺跡で、形を保っている建物は少ない。
遺跡の中心部にある無事な建物で、子供たちは“飼育”されている。
玄野 壱和 (p3p010806)はレストラン・オセロットと何らかの関りがあり、今回、証拠の隠滅を依頼されるに至った模様。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『傭兵』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
また、成功した場合は多少Goldが多く貰えます。
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