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シナリオ詳細

<アンゲリオンの跫音(外伝)>比類するものなき偶像として

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●少年の策謀
 “彼女”が“それ”ではないことを、彼はよく知っていた。
 ツロなる預言者が示したという、世界の破壊と再生の未来。預言の信奉者たる遂行者どもが作り上げんと欲する『神の国』は、今の世界の無価値さを知っているという意味ではさほど悪くない。
 しかしながらその国は、決して“彼女”を神とはしていない。ご立派なお題目を掲げていながらも、結局のところは真実を知らぬ者の妄言にすぎない。

 だとしてもその囁きが、虐げられてきた者たちにとっての福音であることに違いはあるまい。
 であれば遂行者どもの主張に便乗し、“本物の『神の国』”を用意してやればいいのではないか? 人々は『神の国』の存在を畏れるが、結局のところ誰もその正体を知らないのだから。

 そうと決まれば為すべきことは、たった一つに限られていた。
 人々が“彼女”の素晴らしさを理解したならば、“彼女”は、本物の神へとなれるのだから。

●魔種アイドル集団『華仙』のみんなで新しい世界を創り出そうライブ!in天義
「昨今の預言云々の話でクソ忙しいのは承知ですけれど、どなたかこれをお受け取り下さって!?」
 今日の『俗物シスター』シスター・テレジア(p3n000102)は、朝からチラシ配りに精を出していた。
「だって、通りすがりの少年にこのビラの束を渡されて、こう言われてしまったんですのよ……『これを見てライブに来てくれた人がいたら、入場料の一部をキックバックしますよ』と」

 中華風アイドルグループ『華仙』。
 そのリーダー『桃仙』とはかつて反転した特異運命座標ミリヤ・ナイトメア(p3p007247)であり、『三貴仙』と呼ばれる中核メンバーは全て魔種であった。
 その歌声は微弱な原罪の呼び声であり、彼女らのライブにより人生のどん底から救い出された者は、次々に魔種へと変じてしまう。不幸中の幸いは、その呼び声は広範囲に届く一方で、「アイドルのライブを見て人生を救われる」なんていう体験は、よほどのことがなければ起こらないということだ。

 それでも起こる時には起こるから、今の華仙は結成された。遂行者が世界の転覆を画策する天義では、彼女らに救いを見出す誰かがいないとも限らない。テレジアは目先の小銭に目が眩んで気づいていないかもしれないが……このライブは特異運命座標が向かわなければ悲劇の温床となるかもしれぬのだ。

●堕ちてなお
 自分が魔種であるなんて、意識したことなんて限られていた。歌で誰かを喜ばせたい――その愛に満ちた願いは、反転を経た今も変わっていない。
 ミリヤにとっての天義は苦しい思い出をもたらした祖国だが、それでも皆に笑顔でいてほしかった。遂行者たちに滅ぼされていいとは思っていないし、もう一歩踏み込むのなら遂行者たちにも笑顔でいてほしい。
 だが、世界から争い事全てを消し去るがごとき願望を成就するには、力が必要だった。そして反転は自分にそれを与えてくれた……だから今日まで温めてきた新曲で、この諍いを終わらせる。

『アイドル創世宣言!!』

 それが世界の片隅にすぎない天義という国の、わずか一角のことにすぎないのだとしても。

GMコメント

 天義の人々に迫る危機を察してライブ会場に向かった皆様は、なんと、状況が思ったより悪いことを知ってしまいました!
 遂行者たちに対する不安に駆られた人々の中には、反転にまでは至らないものの華仙の影響下に入ってしまった者が多々。戦闘で解決することは著しく困難だと判明してしまいました!
 ところで、華仙が歌で人々を支配しているのなら、こちらも歌をぶつければ支配を解けますね?
 桃仙はアイドルなので、皆様がライブ対決を挑むのであれば快諾してくれます。華仙のファンになってしまった人々に「こっちもいいな」と思わせるパフォーマンスを披露して、世界を破滅から救いましょう!

●ライバル:華仙
 ミリヤ・ナイトメアが中心になって結成した、中華風ポップアイドルユニットです。新曲『アイドル創世宣言!!』で、「みんなを幸せにするためになら世界だって創ってみせる」と主張し、ファンの支持を集めています。
 少なくともリーダーの桃仙は、できることなら誰もを幸せにしたいと本心から願っているようです。他のメンバーも(少なくとも今のところは)桃仙の意向に従っています。

●ライバル:YOGEN
 皆様と同様に華仙の脅威に気づいた遂行者たちが結成した、ヴィジュアル系デスメタルアイドルユニットです。おどろおどろしい預言をちりばめた歌で聴衆の支持を集めようとしていますが、皆様が触れなければ特段描写されることもなくファンを皆様か華仙に奪われ、なんやかんやで全員討伐されます。

●アイドル活動!
 重要なのは、『誰に』『どんな主題を』『どのような形で届けるか』です。どれだけ素晴らしいパフォーマンスも誰にも刺さらなければ意味ありませんし、届けたい内容が間違っていれば誰も支持してくれません。そして、どれほど届ける相手と内容が正しくとも、パフォーマンスからそれが伝われなければ何も伝えてないのと一緒でしょう。
 適切な非戦スキルを活性化していればパフォーマンスはより良くなるでしょう。が、伝えたいことさえきちんと伝わっているのなら、非戦スキルがなくとも「下手だからこそ応援したい」とも思ってもらえるのがアイドルというものです。
 なお、曲の演奏や照明などの裏方は、皆様とは別にいるものとします。用意する必要はありません。

●ユニット
 何ユニットに分けるかはご自由にどうぞ! ソロ×8でも、8人で1グループになるのでも。
 ただし、ある程度の人数で1グループを作るほうが表現できる事柄が(プレイング文字数的に)増えるでしょうから、そのあたりは上手く決めてください。

●サポートについて
 応援などでライブを盛り上げておくと、ファンの獲得に役立つかもしれません……。

  • <アンゲリオンの跫音(外伝)>比類するものなき偶像として完了
  • 魔種と遂行者とライブ対決だ!!
  • GM名るう
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年08月24日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC1人)参加者一覧(8人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
シュテルン(p3p006791)
ブルースターは枯れ果てて
一条 夢心地(p3p008344)
殿
柊木 涼花(p3p010038)
絆音、戦場揺らす
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼

リプレイ

●YOGEN――
 煌びやかで明るかった華仙の曲の余韻を掻き消すように、ステージを突如覆った暗雲に、聴衆たちは残らず恐怖した。
 雷鳴。
 噴火。
 大海嘯。
 数多の天災を混ぜ合わせたかのような轟音が、実際にはギターとベースとドラムのみから発せられている――そんな当たり前の事実さえ、はたして聴衆たちは信じられたかどうか判らない。

 そんな印象的なステージ乱入が、遂行者デスメタルバンド『YOGEN』の、記念すべき初パフォーマンスであった。そして、彼らのヴォーカル『ザ・ディジーズ』がステージ上に置かれたマイクを奪うように鷲掴みにし、これまた初のデスヴォイスを発さんとした、その時――。

●――with YUMEGOKOCHI!
〽YOGEN YOGEN 預言 明言
 アイドル気取るギャドペカドル

 乱入に対する乱入という珍奇な登場を果たした新たな闖入者の声が、ザ・ディジーズの声の代わりに響き渡った。

〽んなモンじゃお前ら救えねえ
 誓文じゃスープは掬えねえ

 挑戦的なラップはまだまだ続く。YOGENの出で立ちと相まって、まるで冥府からの使者のようにさえ映る蒼白なメイクから、一切の他力本願を拒否する歌詞が飛び出してくる。
 その様子をライブ会場後方に設えられた快適なソファーに腰掛けて眺めつつ、『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は良しとした。手には、琥珀色に輝く蒸留酒。それも何十年か熟成させた、高価で知られるヴィンテージものだ。
「安心なさいYOGEN。この敏腕プロデューサー兼ゼシュテルの女神たる私が、貴方たちを華仙に勝たせて差し上げますわ……!」

 完成度、という観点から言えば、YOGENは華仙に到底及んでいなかった。世界に仇なす覚悟でアイドル道を選んだ桃仙と、世界に仇なす手段として同じ道を選んだだけのYOGEN。どちらがより技術の向上に貪欲かなど、酔いどれ自称女神にだって解るほど簡単な事柄だ。
 だから『殿』一条 夢心地(p3p008344)がヴォーカルに成り代わったことによりYOGENの曲が本来では辿りつけない高みに至るまでになったことは、ヴァレーリヤが贔屓目なしに見たとしても明らかだった。YOGENの本来の歌声を知らない聴衆たちも、夢心地のものと聴き比べればたちどころに察するだろう。YOGENは「世界よ滅びよ」と歌うつもりだったらしいが、それでは華仙の「(だから)新しい世界を創ろう」に勝てるはずもなかった。ところが殿は両者の主張をさらに発展させて、「だがその新しい世界を創るのは、(華仙ではなく)聴衆たち一人ひとりなのだ」と説いている。そして、誰もにそれを為す力があると訴えている。

「それで殿――せっかく私が用意した“分かりやすいキャッチーなフレーズ”はどこへ?」
 荷物の中をごそごそと漁り、『アル中創生宣言!!!』やら『みんなをアル中にするためなら世界だって創ってみせる』やらと書かれた横断幕(創生はたぶん創世の誤字じゃなくて生酒のこと)を取り出してみせたヴァレーリヤだったが、殿は一度彼女のいる特等席のほうにチラリと目を遣ったきり自らの歌に集中しはじめた。
 そりゃお前さん、「アイドルに頼らなくても誰もに新しい世界を創る力がある」って訴えてるところに「代わりに酒に頼りましょう!」は通らんじゃろて。
 だが……どうしても殿の歌詞を信じられない者たちが、酒の力を借りて信じられるようになる。そんな選択肢があること自体は素晴らしい――という可能性までは否定しきれないかもしれない。
(ついてくるがよい、麿という光へ!)
 殿様とは領民も家来も導く者のことである。ゆえに、聴衆も、裏方も、そして出演者すらをも新たなステージへと導く義務がある。痺れを切らしたヴァレーリヤが自ら周囲の聴衆に高級酒を振る舞いはじめ、終いにはシャンパンファイトならぬ高級酒ファイトを始めたのさえもがその義務の一助となるのならば、夢心地はYOGENという闇の悪夢の中で、輝きつづける吉夢になってみせよう――その酒代の支払いが一体誰に押しつけられることになるのかからは目を逸しつつ。

●舞台裏にて
「排除する?」
 膨れっ面の桜仙は今にもその鋭い爪でYOGENに飛び掛かりたそうにそわそわしていたが、桃仙は顎に手を当てたまま首を振った。
「宣戦布告なのは解ってるっス。でも、あんな形で挑まれた以上、こっちもライブで受けて立つしかないっスよ」
 その遣り取りを横で聞きながら、不満そうに眉間に皺を寄せる杏仙。相手が恩ある桜仙でなければ、妹分の提案を否定する相手など、呪いくらいは掛けてやったところだ……が、そこへと。

「まあまあ。これも今後の活動の布石みたいなものさ」
 突如として楽屋の片隅の闇の中から、割れた仮面の少年が現れた。
「黒仙」
「確かに敵対的な歌詞ではあるけれど……聞きなよ、観客席から届く声援を。突然のライバルの出現に、盛り上がりは今や最高潮だ」
 観客が洗脳状態に置かれているのは、華仙にとっても所詮は副作用。そんな状態にこだわるよりは、この盛り上がりを味方につけて、華仙の名を広めるほうが都合いいではないか。そう、少年――黒仙はアイドルたちへと語ってみせる。
「もっとも──だからって、本当に彼らが華仙の歌を破れるかは別の話だけどね」
 黒仙は仮面の下でほくそ笑む。さあ、お手並み拝見といこうじゃないか、と。

●汝の隣人を愛せ
 冷めやらぬ歓声と揺れるペンライトの輝きが、『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)の背筋を伸ばさせた。
 歌の力とは時に武力よりも厄介なものだ。あの観客席を埋め尽くす光のひとつひとつが、魔種に心を揺さぶられ、今にもその在り方を変えられんとしている人々なのだから。
 だが……同時にそれは幸いでもある。何故なら歌の力とは、誰にでも備わっているものなのだから。
(そして、誰も傷つける心配がない。私たちの選ぶべき戦い方など一つしかない)

 とはいえ強い意気込みとは裏腹に、ゲオルグの心はまるで明鏡止水のごとく落ち着いていた。
 この時点では聴衆たちの間には、今も華仙に焦がれている者、逆にYOGEN with YUMEGOKOCHIに傾倒してしまった者、そして熱気に流されたまま自分が何を決意すればいいのか解っていない者たちがいる。このまま闇雲に熱を加えつづけたところで、全てが終わって冷めた後には、亀裂ばかりが残ってもおかしくはあるまい。
 だからゲオルグは、落ち着いたサキソフォンとピアノの旋律が始まるのと同時、「夢を見よう」と穏やかな歌詞にて訴えかけた。振付らしい振付なんて、まるで演説する政治家が自然としてみせるように、指を立て、力強く天を指し示すことくらい。

 年経た男だけが醸し出せる渋さを武器に、訥々と語りかけるように歌ったジャズ・バラードの歌詞は、理不尽も、悪意も受け流すコツがある、それは見失いそうになる幸せを、もう一度見つめなおすことだと説いている。
 誰だって独りで生きているわけじゃない。まずは寄り添い支えてくれる相手に目を向けて、互いに手と手を取り合おう……確かに偶像(アイドル)は誰かを勇気づけてくれこそするが、本当の幸せは隣人愛あってこそ得られるものなのだから。

●見捨てられし者
 ところが観客席の誰かが呟いた。
「確かに、どれほどアイドルを応援したところで、目の前の危機を脱する役に立つはずもない。けれども……自分に、頼るべき隣人に力がなかったら、結局は助からないのではないか? だったら全てが幻想だと解っていても、アイドルに夢を見るほうがいいのではないか? そうすれば押し寄せてくる不安をしばし忘れて、心穏やかに過ごせるのだから」
 その吐露は誰かの耳に入る前に周囲の喧騒に掻き消されたが、しかし、その疑問に応える者がいた。
「Improvisation!」
 次の演目を待つ人々の間に、『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)の呼びかけが響く。YwYの時も、ゲオルグの時も、そればかりか華仙の時も率先してペンライトを振り声援を送りつづけて場を盛り上げた男が挙げた名は、『即興』の名を掲げた特異運命座標たち!

●Improvisation!
 その呼びかけに応えるように始まったドラムが軽やかなリズムを刻み、底抜けに明るい前奏へと繋がった。スポットライトがステージ上を順番に照らし、『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の、『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)の、『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)の、『星の瞬き』シュテルン(p3p006791)の、『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)の姿が次々に明らかとなる!
 保守的な人々が見たらけしからんと憤慨しそうなほどフリフリのミニスカートを遠心力で広げ、シフォリィは華麗なターンを決めるのと同時に観客席へととびきりの笑顔を向けた。
「皆さーん! 楽しんでますかー!?」
 すると轟くような肯定の声。けれども彼女は知っている。その中には無理にでも自分は楽しんでいるのだと言い聞かせ、不安を紛らわせようとする人々のものだって混じっているのだと。

 そう、現実はいつだって苦しいものばかり。自分とて消せない蹂躙の記憶に苛まれる度に、何度理不尽な世界を呪ったものかと、シフォリィは過去を回顧する。
 でも……そのうえで、この世界を護りたいと願う。それは、自分に立ち上がるための力をくれた皆がいる世界なのだから。
 だから今度は自分の番だ。自分が皆を良き隣人として護ってみせる!

〽生まれ落ちた世界で浴びた どんな夢も悪夢も
 今ここにいるボクを 立ち上がらせてくれたから
 キミと出会えたこの現実(せかい)を ボクは否定したくない
 まだ未来がどうかなんて わからないから!

 スポットライトの中で汗ばむ肌も、目まぐるしい振付も、戦いの中で培ってきた力の証。まるで悲劇も絶望も振り払ってやらんとばかりに最初のソロパートを歌いきったシフォリィを見れば、皆がそのことに気付いてくれていることだろう。
 だから高らかにハイタッチを決めて、次なるメッセージへと曲を繋げる。同じく誰かのために自らが傷つくことを恐れなかった涼花に次のパートを託す。

 瞬間――それまで明るかった曲調が、一転して力強いものに変化した。

〽理不尽に命が奪い去られたり 想いが踏み躙られたり
 そんな時に抱いた怒りや憎しみ 悲しみは、どこにぶつければいい?
 そんな時 何を支えにして生きていけばいい?

 メドレー第2の曲目は、たった今、聴衆たちがライブの熱狂に身を委ねることで紛らわせようとしていた不安と苦しみを、敢えて言葉にして問いかけるところから始まった。
 ただ現実逃避を助けたいだけならば、世界がむごいものだなんてこと、わざわざ思い出させる必要なんてない。けれども涼花はただ上手いだけの演奏を、歌唱をしに来たわけじゃない。今、目の前にいる聴衆たちと一緒に特別な時間を作り上げ、悲しみや憎しみ、絶望を、挫折を乗り越えられるような灯火を一人ひとりの心に燈せたらいいと思ってここにいる。

 現実をただ忘れるだけの癒やしの時間なら、シフォリィが――さらに言えば華仙もが十分に用意してくれていたはずだった。であればそろそろ改めて現実へと目を向けて、苦しみを乗り越えるための勇気を絞り出す頃合いではなかろうか?
 先頃の依頼で傷ついた身体は、踊るたびに痛み軋みつづけた。誰もを助けられるなんて豪語できるほどの力がないことは誰よりも涼花自身が身に沁みているし、このステージに集まっているのが実際に自分の手から取り零してしまった人々だということも解ってはいる。
 それでも……皆を、信じたい。観客たちが本当は縋るものなんかではなくて、自らが戦うための後押しを必要としていることを!

〽心を叫べ
 綺麗じゃなくても
 少しずつでも
 その声が 明日を創るから

 ロックンロールに観客席を巻き込んで、涼花は反動的な爆発を生み出してみせた。やはり誰もが逃げだしたくなる境遇の中で本当は立ち向かっていて、そんな自分を応援してもらいたかったのだ――その事実を確認できたことに一旦は満足した雲雀が、メドレーの次のメインシンガーだ。

〽見知らぬ誰かは 言うだろう
 逃げることとて できたのに と
 違う いつでも逃げられるから
 立ち向かうのに 意義がある

 聴衆たちは自分たちには力がないと嘆くかもしれないが、それでも耐えていた彼らを雲雀は肯定したい。本当に彼らが弱かったなら、今頃この会場は華仙の原罪の呼び声に応え、反転した者ばかりになっていただろうから。
 そして、桃仙――ミリヤ・ナイトメアもまた魔種として誰かを傷つけることを是としているわけではないらしいことが、何よりも雲雀をほっとさせていた。
 自らを魔種に堕としてでも、妹を、誰もを幸せにすることを第一にする。それは決して正しいことではなかったし、褒められたことでもなかったかもしれない。
 それでも、彼女の勇敢さもまた皆の勇敢さと同じように称えたい。少なくとも雲雀はあの日痛いほど解ってしまった彼女の想いを、誰かに無駄だっただなんて蔑んでほしくない。

 運命と、誰かを幸せにしたいという願いを何もかも背負い。いつか全員が笑顔になれる日のため特異運命座標は戦うと、雲雀は確信していると言ってよかった。もちろん、彼が背負いたいものの中には、今や魔種と化したミリヤ自身さえもいる。
 いいや本当は、彼女にこそ伝えたい。けれども、それは今すぐではなくていい。この一大フェスが終わったその後に、彼女ときちんと顔を合わせる機会は来るだろう。だけど、今訴えかけるべき相手たち――眼前に広がるあの灯りの主たちとは、このステージを通してしか語り合えないものだ。

 特別な場所でしか語らえない相手。歌を通じてのみ心を通わせられる相手。
 それは“お父様”から聞いた“かみさま”と同じだという気付きが、ふとシュテルンの頭によぎってしまった。
 空中神殿への召喚により外の世界を知った今の彼女なら、信じるもののためならば全てを捧げてしまう天義の悪意を――娘の人生すら供物とすることを厭わぬ信仰の闇に、恐怖と憎しみしか感じない。
 それでも――悪いのは“お父様”やその手駒であった兄たちであり、“かみさま”に罪はない。歌そのものは素晴らしいこと。その証拠にこの場はあの頃とは全てが逆で、暗い部屋から明るい外の世界を羨むのではなく、明るいステージで暗い観客席から羨まれているから。

〽星々の歌は煌めいて 愛はあると囁くよ
 哀しみや憎しみは 長く続かない
 明日を迎える為の力 あなたの中にもあるから……!

 だから彼女は信じたい。悪意を識り、心を込めて歌う方法を忘れつつあった自分ではなく、今ならば何も知らなかった純粋だった頃に戻って歌えていると!
(私だけの歌だったら中身なんてないかもしれないけれど、みんなの歌のなかでなら、きっと力のひとつになれる……!)

 あの頃には決して作ったことのないとびきりの笑顔を作って、シュテルンはステージの上で空高く跳んだ。まるで星のように輝く照明に触れにゆくかのような躍動に、思わず観客席からもどよめきが起こる。
(かみさま……かみさま!)
 きっと神様は自分を見守ってくれている。だから、自分はやっぱり歌が好きなんだ。星を掴むように伸ばした手を空中で握りしめ、改めてそのことを自覚した。そして……だからこそ。

 歌の力を悪いことのために使わんとする試みは、もう、二度と許さない!

 そうして再び重力に引かれて落ちてきたシュテルンを、広げた両腕で受けとめたのはゼフィラ。そのまま彼女は次のフレーズに繋げてみせた。

〽だから 歩きつづけよう

 シュテルンとともに空を指差すゼフィラの左右に皆が並んで、星空の下をどこまでも続く道をこの場の誰もに連想させる。シュテルンが予定にない天を掴むような仕草をしたのにはゼフィラも思わず目を見張ったが、そういったアドリブをも捌いてこそ『即興』の名に恥じないアイドルだということだ。
(元より、私たちはローレットの特異運命座標。目的だけを同じくする仲間たちと即興で行動を合わせるなんて、普段の依頼でもいつもこなしていることさ……それはアイドルになったからって変わらないとも!)
 時には強敵と戦うこともあり、時には未知の交易路を求めて旅をすることもある。『予測できること』はあっても『予定どおりのこと』なんてないのが冒険であり、その道なき道を見つけるのが冒険家というものだ。
(私はこの世界に招かれて、そんな冒険に恵まれてきた。予定にない苦難なんてあるのは当たり前。だって、それを乗り越えた先にこそ何よりも眩しい景色があるなんてこと、冒険家なら誰だって知ってることなのだから)
 旅先で奢られた酒の味。地元の人しか知らない知識。そういった光景を教えてくれた人々が、世界がいかに素晴らしく映ったことかと、希望に満ちて弾んだ音色で奏で説く。
 君たちは皆、そんな素敵な景色を自らの中に持っているではないか。だから、君たちが一歩踏み出せば、必ずやその景色をこの世界に映し出すことができる……たとえ、それが身の回りの僅かな範囲だけであるのだとしても。

 理屈っぽい自分が紡いだ歌詞が本当に聴衆の心を打つ自信はなかったが、それでも共感はしてくれると願う。
 だから手のひらを上向きに広げて、それを彼らに向けて差し出そう。

〽さあ 冒険をしてみないか?

●舞台裏にて――Side.B
 大喝采。それからアンコール。
 その余韻も冷めてそれぞれの勇気を胸に帰宅の途に就く人々を見送りながら、桜仙は唇を尖らせていた。
「あーあ。ファン、かなり取られちゃった」
 けれども黒仙だけは首を振って曰く。
「それでも華仙のファン数も大幅プラスさ。今回はテーマを後出しされたというだけで、技術的にはこちらに比肩する相手は少ない……そうだね、今回やって来たメンバーの中では3~4人といったところかな? 賛美歌を通じて歌には目の肥えた国だけあって、ファンたちもその辺りは厳しいよ」
 大規模なライブにもかかわらず聴衆を誰も反転させられなかったことは、確かに残念ではあった。が、それ以上に華仙の名を天義に知らしめたことが価値あると、黒仙は信じて疑わない。

 魔種なのに、自分たちを傷つけるのではなく楽しませてくれる。
 ローレットですら、敵ではなくライバルとして注目している。

 今回のライブは、それらの嘘ではないが真実とも言えない宣伝に好都合なものになった……ローレットがいつまでもそれを放置してくれるなどとは彼とて思いもしないが、少なくとも華仙のアイドル活動は少しだけやりやすくなることになる。
「それに……気付いたかい? ローレットも、遂行者も、僕たちと同じ舞台で戦ったんだ。彼らは皆思っているだろう――全ての争いがこういった形で解決できるなら、誰も血を流すことなんてなくて済むのに、とね。つまり『アイドル創世宣言』自体は実現したのさ。……おっと、遂行者たちはそうは思っていなかったかな?」
 華仙たちから4本の光条が閃いて、ファンを失った今ならばと当初の予定に戻って襲撃を企てたYOGENの首を1つずつ落とした。不快そうに、そして残念そうに地に落ちた首を見下ろす桃仙。そんな彼女に黒仙は恭しくかしずいてみせる。
「これらの処理は私めが後ほど。そういえば、元同僚の方が我が君への目通りを願っておりました」
 桃仙が頷いて出ていったのを確認し、黒仙もまたその場から忽然と消えた。
 桃仙の素晴らしさを広めるための、次の計画を進めるために。

成否

成功

MVP

ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲

状態異常

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)[重傷]
願いの星

あとがき

 ライブプレイングというのは難しい。何故なら、歌詞も振付も曲調も、イントロ時点から演出を積み重ねるからこそサビの瞬間に輝くものなのに、それらを事細かに書いていたらプレイング文字数がどれだけあっても足りなくなるから。だというのに、リプレイは振付解説書ではないので折角書いた細かい演出は省略されてしまう。
 ですので今回の「各自がソロパートで伝えるメッセージと演出に注力し、それらの組み合わせでライブの流れを表現する」という遣り方は、(半分くらいは偶然だったような印象はあるものの)上手い遣り方のひとつだったのではないかと感じます。
 だがアイドル道に終わりはない。今回成功した遣り方が次も必ずしも成功するとは限らないと考えて、アイドル性の核となる部分は守りながらも常に新しい表現を考えつづけるのがアイドルでしょう……!
 皆様の次のライブも楽しみにしています!

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