PandoraPartyProject

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ヨートゥンの口付け

 行くも、戻るも暗闇ばかり。否、戻る場所など無い事をベルナール・フォン・ミーミルンドは知っていた。
 知っていても、尚も考えずには居られない。
 もしもばかりを並べ立てるのは昔からの悪い癖だ。
 ああ、けれど。
 クローディス・ド・バランツは私の為に策を講じてくれたでは無いか。
『尊き血族』と『王権の象徴たる角笛(レガリア)』が此方にはある。どれだけ腐りきって居ても、根は変わる事ない。この国は悍ましい程に血に重きを置いているのだから。
 尊き青き血でさえあれば、此方の正当性が認められる可能性とてあるのだ。
 所詮、ローレットなど神話に気触れた者共の寄せ集めだ。揃いも揃って英雄や勇者の振りをしているが……。

「――どれだけ綺麗な言葉を重ねたって、虐げられる者は居るのよ」

 それは亡き妹マルガレータのように。貴族であれども、格差は生まれる。
 それはイミルの民のように。和平を望み手を取り合おうとも、振り払われれば一瞬で転落する。

 ベルナールにとってフィッツバルディもアーベントロートもバルツァーレクも、穢れた血であった。
 あの卑しいクラウディウス氏族の血を引いた王侯貴族共。彼等は罪を犯そうとも罰されることなき特権階級として日々を過ごしている。
 だと、言うのに――『私達は』……。
 ああ、イミルの血を引いた家門に対する迫害は水面下で続いていると言うのか。ミーミルンドも、バランツもイミルの血を引いた存在は彼等にとっては敵でしかないとでも言われるように。
 クラウディウス氏族の子孫共はイミルの血族を容易く虐げる。己を満たす為なら其れを罪とすら思わずに。
 マルガレータを『暗殺』したのもそうした貴族達だった。イミルの血を引くミーミルンドの令嬢が暗殺されようとも、彼等は事故死であると口を揃えた。
 薄暗い事情を背負っていたとしても。どの様な罪を犯したとしても、彼等が――そして、王家が――首を縦に振れば全て正しくなる。全て罪でなくなる。
 勇者とクラウディス氏族は何時だってイミルの民を迫害し続けるのだ。

 悔しい、悔しい、悔しい、悔しい――

「まあ、怖い貌。淑女(レディ)は何時だって優雅でなくってはいけませんことよ?」
 ベルナールは身体を硬直させた。一体誰が――悍ましい気配は肌を撫でるように伝う。
「ええ、ええ、分かりますわぁ。愛しい妹を殺され、異を唱えても『事故』であると誰もがそっぽを向く。
 相も変わらず、この国はぐずぐずに腐って居て、愉快で、そして愛らしい。人の悪意を煮詰めたシチューは美味ですものね」
 室内に誰かがいる。誰も居ないはずであった。クローディスは戦の準備に向かい、フレイスネフィラさえ今日は来ていない。
 ミーミルンドの使用人や保護した奴隷達も自身の戦に巻き込まぬように出来る限り暇を出した筈だ。
「……誰なの」
「あら……ふふ、私は貴方の心に寄り添う者ですわぁ」
 近寄る気配が頬を撫でた。蠱惑的な金の眸が笑っている。鉄のブーツを慣した鉄の乙女がくすりと笑う。
 ベルナールは息を飲んだ。その女は楽しげに笑い続けているのだ。
 女を見て居ただけなのに。

 ああ、頭が。
 頭が痛い。吐き気がする。
「もう、諦めてしまいなさいな」
 酩酊にも似た心地。ふわりと浮き上がる感覚。ついで、体中の全てが変化するような。
 一体、何だ。女の唇が笑っている。
「愛しい人を取り戻したいのでしょう。さあ、私に身を任せて」
 身体が引き千切られるような痛みに続いて、多幸感が身の内を溢れ出した。
 眼前の見知らぬ『彼女』の事が愛おしくて堪らなくなる。
 嗚呼、今、私は彼女から産まれたのだ。産まれた? ――どういう意味だ?
 ああ、もう分からない。分からないけれど、幸せだ。
「貴女は――」

 ―――――――――
 ――――――
 ――――


「『誕生日おめでとう』、ベルナール。……元気?」
「……ええ、ありがとう。おはよう、リュシアン。『お母様』はお帰りになったの?」
 痛む頭を抑えてベルナールは起き上がった。先程まで感じていた体調不良など忘れたかのように身体が軽い。
「オーナーは多忙だから。
 ……それで? 戦うんだろ。準備は出来てるの? 俺は『お手伝い』さんだけど、どうする?」
 ソファーに座っていた少年にベルナールはにんまりと微笑んだ。
 多幸感に満たされる。愛しい我が妹マルガレータを取り戻せるかも知れないと、浮き足だって仕方が無い。
 ベルナールは少年に答えるようにうっとりと微笑んだ。

これまでのリーグルの唄(幻想編) / 再現性東京 / R.O.O

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