PandoraPartyProject

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アーベントロートの死棘

「態々報告に来た位です。まさかつまらない話は聞かせないでしょうね? クリスチアン」
「ええ、一先ずは首尾良く。どうせ上手く行かなければ私の責任にされるのでしょう?
 ならば、逆説的に。上手く行かなかったならばとうの昔に私は国外に逃げておりますよ」
「埃っぽくて嫌になりますわね、この男は!」
 鈴を転がしたような音色で笑う――整い過ぎた華美なる美貌はまさに文字通りの毒。薔薇の邸宅でクリスチアン・バダンデールを出迎えたのは言わずと知れたリーゼロッテ・アーベントロートその人だった。
 成る程、『一連の小細工』はクリスチアンの発起である。
『故にその策謀の結果如何に拠らず、このお嬢様は関知しない』。
「クリスチアン殿、国外逃亡なさる時には是非私に一声を。お手伝いいたしますからね」
「嫌味な男だね、君は!」
「クリスチアン、私にも声をかけて頂戴ね。そうしないとあんまりに水臭いというものでしょ?」
「……君に声を掛けたら国境を越える前に断頭台(ギロチン)の露になりそうだけどねぇ」
 余りに仲間甲斐のある、善と悪を敷く天鍵の女王(レジーナ・カームバンクル)(p3p000665)新田 寛治(p3p005073)の言葉にクリスチアンは肩を竦めた。
 アーベントロート派の能吏達はお互いに余り仲が良くはない。クリスチアンは兎も角、レジーナは判りやすく、寛治は些か捻くれてはいるものの、極めてリーゼロッテに忠実で彼女の為とあらば総ゆる手を肯定するような所はあるのだが、それはそれとして互いに牽制し合うような関係はもう長く続いている。
「では、改めましてご報告をば。
 このクリスチアン・バダンデール、『情報網より砂嵐の怪しい動きを掴みまして』。
 彼等が近く伝承に攻め入ってくるという確証を得るに到りました。
『この報に私は自信を持っておりますが、上の方々にお知らせするにはまだ不足がある』事は確かです。
 故に一先ず取り急ぎ『独自のチャンネルで彼等と水面下の接触を行い、彼等を牽制して参りました』。
 まぁこれは――正規の外交筋には厭な顔をされるでしょうがね。
 伝承の諜報を司るアーベントロート麾下、名代である私の動きとしては問題はございますまい」
「それで?」
 ストーリーはそういう味付けで良い、とお嬢様は仰った。
 促す主人にクリスチアンは薄く笑う。
「私としてはこれが間違いである事を信じ、必死の工作で彼等の動きを牽制しましたが、どうやら情勢は有り難くない方に転んでいるようだ。
『鋼鉄が跡目争いで混乱している機に乗じ、砂嵐は我が国の国境を攻めるようなのです』。
 ええ、本当に――全く困った連中ですよ」
「クリスチアン殿、鋼鉄が動けないとあらばむしろ伝承の戦力は彼等に集中するのでは?」
「いえ、それがそうともいかないのですよ、新田君。
 君が伝承に来たのは比較的最近だから、本当の意味では二国間の関係を理解していないかも知れないが。
 むしろ鋼鉄の中枢がコントロールを失えば末端の暴発の確率は高くなるのだ。
 北部戦線のザーバ派が軍閥化しているのはその証左と言えるだろう?」
「ザーバ司令がコントロールを失う、ね。
 クリスチアン殿が私にチェスで負けるような確率と変わらないと思いますがね」
「呆れた。そういうストーリーで押し切る訳」
 寛治とレジーナの冷たい言葉にクリスチアンはわざとらしい咳払いをした。
「まぁ、枝葉(ディティール)はさて置き、そういう訳でして。
『我々、アーベントロート派は北の要衝を預かる身として尚更鋼鉄への警戒を緩める訳にはいかない』。
 敵国の跡目争いが却って我々を動き難くするとは嘆かわしいお話ですが、背に腹は変えられませんからな。
 西部(バルツァーレク)や南部(フィッツバルディ)が如何にもな連中に襲撃されようと、我々は軽挙に動けないし、中央の防備は緩められませんな」
「……成る程ね、クリスチアン。ではその報告は二世陛下に差し上げても宜しくて?」
「とんでもない、お嬢様。まだ尚早です。
 先程も申し上げた通りこれはあくまでクリスチアンめの独自情報です。
 確証もない情報を上にあげたとあらば、諜報部がお叱りを受けましょう。
 故に『もう少し話を詰めてから』です。そうですね、急いては事を仕損じる。
 タイミングはたっぷりあと数日安眠してからで宜しいでしょう」
 クリスチアンの長広舌にリーゼロッテは「分かりました。良きに計らいなさい」と頷いた。
 伝承自体が崩壊するような事はあってはならない。それは間違いで、彼女にも何の利益ももたらさない。
 されど、砂嵐の一暴れ如きが伝承という国体に致命傷を与え得る事はあるまい。
 鋼鉄なる刃が健在ならば伝承に綻びを繰るのは危険なゲイムになるだろうが、彼等がまともに動けぬのならば死なない程度に『他』が痛めつけられるのは歓迎だ。
 攻め手も引き際も良いならず者共の事である。彼等はさぞかし嫌な具合に頭も切れ、腕も立つ事だろう――
 そう考えたリーゼロッテの脳裏に赤髪の傭兵の顔が過ぎった。
(……あの方ならば、尚更ね。お会いする機会がないのは少し残念だけれども)
 淑女たるもの、駆け引きを任せる相手にも好みがあろうというものだ。
「しかし――これは忌避すべき、悲しいお話ですわね。
 身共が受け持つ北部は兎も角、それ以外の方々は――少し大変な事になるやも知れないのですから」
 形の良い眉を芝居っ気たっぷりに顰めてみせたリーゼロッテは白磁のカップに薄い唇をつけて呟く。
 当然ながら彼女の口調は全く他人事のままであった。


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