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追憶・常帝

 ――その老人が豊穣の世に召喚されたのは、いつであっただろうか。
 正眼帝が崩御し、干戈帝がその座から堕ち。
 それから……さて……

「……ふむ。いずれだったか……まぁいい。いずれでも関係のない事だ……」

 ある日。彼は、自室にいた。
 陽光が降り注ぐ、よい天気の日であった――
 茶を淹れれば渋き味がする。やれやれ、かつては淹れて、飲ませる側であったというのに。
 この地にバグ召喚されてから――全ての生活が一変してしまった。
 彼の名は雲上。『常帝』と称されし……古き帝の一人である。
「ふむ……ふむ……」
 彼はゆっくりと、縁側に座る。
 ……彼は静謐をこそ求められた。
 正眼帝の様な変革は要らぬ。
 干戈帝の様な闘争の地獄も要らぬ。
 ただただ平穏と静寂こそを――望まれた。
 そして彼もソレで良かった。彼は元々、矢面に立つ様なタイプではなかったが故に。
 望まれる事をしてきた。
 望まれる事を、望まれるままに――民に。官僚に、与えてきた。
 騒乱により破壊された都市区画を整理し。
 兵部省一辺倒であった税を適時、適格に差配し。
 蔑ろにされがちであった式部省や治部省に力を入れ、内政を立て直さんとし。
 天変地異や人災悪道により、再び国が乱れる事が無いようにし。
 信仰を妨げず、悪法を敷かず、中庸であるべしと心に刻み――
 それだけを只管に繰り返してきた。
 それだけで。何十年使ったろうか。
 それだけで。何十年――あり続けただろうか。
 故にこそ彼は『常帝』と呼ばれた。それははたして敬称であったか、蔑称であったか。
 ……この時代に特筆して語るべき事はないと、後世の歴史家は述べる。
 技術の発展。
 人的意識の更新。
 華々しき戦の歴史すら何もない――静寂の時代。その時代を勤め上げた帝が、彼だ。
 彼には、傲慢にして、しかし眩く人々を酔わす『干戈帝』に付き従う様な狂信者はいなかった。
 彼には、慈愛にして、何者をも抱擁し許容する『正眼帝』に付き従う様な信仰者もいなかった。
 彼は、歴代の帝の中でも平凡であった。

「……少し。疲れたものだ」

 緩やかな、時の中であった。
 鬼と八百万の関係はその間に一切変わりはしなかった。
 乱が起こらぬ様にと、ただただ平静である事が至上と……
 願い、波風を立てぬ様に振舞い続けただけであった。
 この国は、停滞した時の中にあったかもしれない。
 或いは、時計の針が騒乱の以前に巻き戻っただけ――であろうか。
 ……いや、まぁ。なんでもいい。
 次代の橋渡し役としてはまずくない一生ではあっただろう。
 だが最近、体の調子が悪い。恐らくそう、長くはない。
 まぁいい。私が死んだとて、左程大した問題ではない……だろう。
 そのように振舞って来たのだから……
「あぁ」
 だが。
 もしも、次の一生というものがあるのなら……
 私は誰かの光に導かれたい。
 人を導くより、人に尽くす方が性に合っている。
 あの寒き北方の国が一角で。主に暖かき紅茶を振舞っていたように……
 私は――

『――ねえ。貴方のお名前は、なぁに?』

 常帝・雲上はやがて、その言葉を聞くようになる。
 彼が天寿を全うし。そして――歴代の帝の遺骨が納められし場に、至った時に。


 ※――『変革』の時代。『追憶・正眼帝』
 ※――『騒乱』の時代。『追憶・干戈帝』

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