PandoraPartyProject

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追憶・干戈帝

 ――その男が豊穣の世に召喚されたのは、偲雪が殺害――
 いや。表向き『病死』になってから暫くした後であった。
 突然の帝の崩御。
 それを暗殺だと看過する者。或いは八百万の横暴であると『決め込む』者。
 様々現れ、各地にて暴の嵐が吹き荒れていたのだ。
 更に乗じて現れるは数々の妖――大発生とも言えるほどの数が生じる。
 ……これの原因は世の人々の心が荒んだが故と、後世では言われている。人々の間に巻き起こった負の淀みが形を成したのだと……ともあれ小さな村など容易く呑み込む群を成して各地では乱が起こっていたのは事実だ。
 そればかりか混乱に乗じ国の中枢を狙わんと、八百万の中にすら我欲の儘に動く者も。
 鬼。八百万。妖。
 いずれもが暴力に身を任せんとする騒乱の時代。

 故にこそ『彼』は帝の地位へと至った。

 この暴虐なりし時の狭間を終わらせる帝である事を――願われて。
 その男の名はディリヒ・フォン・ゲルストラー。
 混沌の外より訪れし神人にして、『戦』に関しては屈指の才を抱きし者であった。
「ほう――東部の二ノ宮が謀反か」
「ハッ。不遜にも兵を束ね、中央へと徹底抗戦を唱えている様子……
 二ノ宮の城は堅城にして、早々に陥落せしめるは容易ではないかと……」
「面白い。征堂に向かわせよ、ひとまずは包囲し私の命を待て」
「ハッ。然らば続きまして南の佐貫にて妖の大群が……」
「抑え込めぬか? やむを得ん、馬廻を集めよ――私が潰す」
 彼が帝の地位に就いて以降――主だたる役目は只管に闘争であった。
 東に鬼の反乱あらば潰しに赴き。
 西に八百万の下剋上あらば叩き伏せに赴き。
 北に南に妖の軍勢あらば切り伏せに赴いた――
 彼は常に嬉々としていた。右を見ても左を見ても騒乱だらけの、この世の惨状に。
 なぜなら彼にとって闘争こそが己が血を沸かす全てであったから。
 その一点において彼は精力的であった。国防を担う兵部省を再編し、効率化させ、軍備を増強し、戦に備える。各地で戦火に塗れていた豊穣の世にとって彼がいなくば、この雲泥とした騒乱はまだあと十年は続いていたやもしれぬ――と後世の歴史家は語る。
 が。一方で彼が統治者として優れていたかは議論の余地が残っている。
 彼は兵部省以外を軽んじる傾向があった。
 戦時であればこその判断――と言えば聞こえはいいが、それにしても兵部省のみを特化させていた。いやそれだけならばまだしも……
「ディリヒ様。西部における復興事業の案につきまして天香より奏上が……」
「捨て置け」
「はっ?」
「『些事』だ。天下静謐を前に、斯様な事は些事――捨て置け」
 彼は復興という概念に関して無頓着極まっていた。
 ただただ今、目の前の闘争だけを見据えている――
 死の帝。戦狂い。
 そんな単純な事実に気付く者が少なかったのは当時の混迷さが深刻極まっていたからだろうか……人々は戦を潰えさせる英雄の誕生をこそ待ち望んでいた。その一点においてディリヒは正に人々に待ち望まれていた人物であったのは間違いなく。
 だからこそ人々は彼を称えた。
 豊穣を救う英雄であると――信じていた。
 瑞神より得た加護すら、己の我欲を満たす為に使っていたというのに。
「干戈帝……! しかし、戦はただ勝てば終わりでは……!」
「貴様! 帝のご方針に歯向かう気かッ!!」
「もしや……謀反者の手先ではあるまいな……!!」
 彼の行いを諫めんとする者は、彼を崇める狂信者によって阻まれる程に。
 ……それほどに『強い』という事は、この時代にとっての『正義』でもあった。
 暴力を制する、より強大な暴力に惹かれる者が多々。
 そして『実』はともかく、ディリヒの態度は堂々たるものであり。先代――つまり正眼帝――よりも威厳のありそうな雰囲気が、また人を間違いへと酔わせた。あぁこの人物ならば、幾重もの乱にも、八百万の陰謀にも敗れたりはせぬだろうと――

「行くぞ。勝利の美酒を味わいたい者は続くがいい。
 如何なる存在であろうと私は必ず勝利してみせる――
 我が影を追え。我が天に続け。修羅の果てに、諸君らに栄光を齎してみせよう!」

 それは事実であったろう。実際、彼は先代と異なり一切弱くなかった。
 毒殺される隙も見せず。周りを取り囲もうと薙ぎ倒すだけの力があり。
 ただただ強かった。歴代の帝の中でもその点は屈指であったと言えよう。
 だが――彼は同時に歴代の帝の中でも屈指の、豊穣の世に迎合しない帝であった。
 ただただ『彼』は『彼』の儘で在り続けるのだ。
 例えば。偲雪がバグ召喚される前に――大陸側で生活していた時の本当の名前は『■■■■■■』なのだが、彼女は豊穣の世と共に在りたいと願い、豊穣に近しい名前に改名した。後の世に現れし常帝にしても本名が別にあるのだが、しかし彼も豊穣の民に接しやすいようにと、名を豊穣の雰囲気に変えている。
 されど――ディリヒだけはどこまでも己の儘で在り続けた。
 自らの名は変えぬ。自らの在り方は変えぬ。
 神使はイレギュラーズと呼び。自らを神人ではなくウォーカーと呼ぶ。
 いやむしろこの豊穣の世を、自らの色に塗りつぶさんとする意志があったかもしれない。
 もしも彼の統治が続いていれば如何様になっていたか。
 完全に豊穣が平定され、静謐足り得る世があれば満足していたか――?
 否。
 彼は闘争の我欲から抜けられぬ。
 軍勢を束ね、次なる敵を求めて彷徨う悪鬼たりえていただろう――
 『だから』

 ――これ以上はまずい。あの者は打ち倒さねばならん。
 ――勝機が薄いのは百も承知。しかし誰かがやらねば豊穣の未来は……
 ――やはり決行だ! 今宵逆賊となろうと、成さねばならん事がある!
 ――然り、然り! 我らが豊穣の大地の為に!

 その危険性に気付いていた一部の者らが――命を賭さんとしていた。
 この国の為に。この豊穣の民の為に。
 あの悪鬼の眩い光に騙されていない者達が、成さねばならぬと。

「 ――然らば行こうか! 豊穣の地の未来はこの先にあり! 」

 動き出していた。
 その内の一人が若かりし頃の――玄武であった。
 干戈帝暗殺計画まで、あと二時間三十八分前の事だった。


 ※――『変革』の時代。『追憶・正眼帝』
 ※――『静寂』の時代。『追憶・常帝』

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