PandoraPartyProject

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追憶・正眼帝

 ――その少女が豊穣の世に召喚されたのは遥か以前。
 朗らかな少女であった。なんの穢れも知らぬ、無邪気な程の。
 しかし、故にこそ彼女は虐げられし『鬼』に寄り添った。
 どうして彼らが差別されるのだろうかと。
 彼らと私達に如何なる違いがあるのだろうかと――

「――正眼帝。本日の目録に御座います」
「うん、ありがとう! むむむー。また難しい言葉が並んでる……」

 彼女の名は『偲雪』
 正眼帝と称えられし――古き帝の一人である。

 優しき心を宿す彼女が帝としての地位に就いたのは数多の支持もあったが故……かもしれない。
 折しも偲雪が豊穣に辿り着いた時期を前後して、この地を統括していた帝も崩御していた。
 次なる帝が求められていた――そんな時代でもあったのだ。
 そして詳細は省くが、彼女は瑞神とも交流を経た末に認められ。
 加護を経て帝へと実際に至る。
 ……尤も、彼女に集団の長としての適性があるかは話が別であったが。
 例えば毎日の様に届く帝への奏上――はたしてどこまで理解出来ていた事だろうか。
「ぷええ。判子押すだけの毎日だよ~~」
 ただ、周辺の八百万たちも『だから良し』としていた面もあったかもしれない。
 優しいだけの天など八百万の治世や平穏を揺るがすものではないと。
 そう思っていたし、彼女単独では実際にそうであっただろう。
 彼女に格別なる知はなく。彼女に隔絶した力はない。
 彼女は優しかったが故にこそ、特に鬼人種らから支持を受けていた――其れだけに過ぎなかったのだから。
 しかし。そんな彼女でも『帝』は『帝』である。
 彼女が帝として成しえた功績――或いは事業といようか――は、明確に一点ある。
 其れは。
「でもでも前よりは各段に楽になったよ~やっぱり、私の補佐をする人達を置くってのは正解だったね!」
「はい、帝のおかげで……鬼の者めらも政への参画が進んでおります。
 中務の皆も、日々に光を見据え、邁進している次第ですよ――で、これが次の目録です」
「ぴえ~~~!」
 鬼を。政治の場へと引き上げた事である――
 厳密には帝の傍に鬼を置く事によって、彼らの存在感を今まで以上に示したと言おうか。
 そう、作り上げたのだ。帝の地位を補佐する役職を。
 ――鬼人種が政に介入しうる『中務省』誕生の一端が此処にあったのである。
 かの組織が出来るまでに鬼の者らが政に一切参画出来ていなかったか――? と問われれば、そうではなかった事だろう。
 しかし、この国は遥か以前から八百万が主体であった事だけは間違いなく。
 中枢中核に鬼の者らが混ざるには、高き壁が幾つも存在していた。
 ……それを数段飛ばしで偲雪は引き上げたのである。
 偲雪は瑞神の加護を持つ。そんな彼女の言と在らばおいそれと蔑ろには出来ぬ事であったろう。
 好機と見た鬼の者達が、彼女の言を御旗が如くとし。
 やがて――中務省は成立する。

 ……『其れ』が誕生したのは、根源としては偲雪の優しさが故であったろう。
 しかし。元よりお飾りでいてほしかったという思惑を抱く八百万が、この時代にはいた。
 故にこそ。彼女の成したその行いを『快く思わぬ』輩は多く。
 また、彼女は斯様な『敵意』の察知には乏しかった。
 ……これが今代の豊穣を治める霞帝であれば――或いは聡明な八百万でもいれば――話は別だったのかもしれないが。
 だけど『そんな事』は一切なかったのだ。誰も、いなかったのだ。

「ふえぇ。これで終わりかな?」
「はい。お疲れさまでした――それではまた明日お伺いさせていただきます。正眼帝」
「やったー! 明日はね、城下の方に行って、鬼の皆とまた話してみようかなぁ、ふふ。楽しみだなぁ!」
「……帝。民にお優しいのは結構ですが、しかし御身の安全も見据えねばなりませんが故に――」
「分かってるよぉ! 勝手に一人で行ったりはしないから、ね?」

 彼女は、側近である鬼の一人と軽口を交わしながら、ただただ明日を夢見るものだ。
 今日はとってもいい日だった。だから、きっと明日はもーっといい日になるだろう、と。
 ただただそう信じていた。

「うんうん! 今日もいい天気だね――夜は、星がとってもよく見えるかなぁ!」

 性急なる改革は、同時に強き反発をも生む。
 ――彼女が暗殺されるまで、あと11時間前の事であった。


 ※――『騒乱』の時代。『追憶・干戈帝』
 ※――『静寂』の時代。『追憶・常帝』

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