PandoraPartyProject

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月影の女

 思い出したくない事程、強く印象に残っているものだ。
 幸福な記憶は掌からすぐに零れ落ちていく割に、忌避すべきワンシーンは頭の中にこびり付いて離れない。
 聖都の端で人知れず起きていた異変の件が知らしめたように、『黄泉還り』による狂気の伝播が『サーカス』の一件と同様の規模となって居ることに特異運命座標は気付いていた。
「……それで、『先生』?」
 助手役を気取る『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が件の探偵に冗談めかして問い掛けた。今回の事件も状況への対症療法に過ぎなかったが、これまでと違う話があったのも確かだった。
「黄泉還りの足取りに『黒衣の占い師』の影があり、か。
 それが真実か、証拠も確証もどこにも存在してないけど……」
「そうね。もしもお兄ちゃんだったなら『確かめるべき』というと思うわ。
 憶測だけれど――きっと、この事件にその『黒衣の占い師』が関わっているのは確かだもの」
 『青の十六夜』メルナ(p3p002292)は、兄の代わりを務めるように、あくまで兄の思考を選択する。焔と続いたメルナの言葉に肩を竦めたコートの男――『先生』こと探偵のサントノーレは「お兄ちゃんが言うなら確かだ」と笑っていた。
「『先生』? 笑う所なの?」
「笑えない冗談を言うのが大人の男の余裕ってモンだぜ。
 焦ったって仕方ない。こんな時には無理矢理にでも――やせ我慢でも『余裕』を取るのさ。
 それで頭もハッキリする――それはそうと、助手役も板についたね、焔ちゃん」
「むう」と難しい顔をした焔にサントノーレは「オーケー、マジで行こう」と頷いた。
「確かに例の話は――俺も気にはかかってる。
 聖都への帰り道で寄り道をしたけど、占い師の女の話を何度か聞いた。
 全く関わりの無い複数の人間が似たような証言をするって事は――『何かある可能性』は十分だ。
 問題は俺にもその女の足取りは掴めてないって所なんだが」
「それは……彼女の足取りを掴もうとも……
『黄泉返り』が終わった後では私たちにはそうするすべがないからでしょう」
 踊り子として村人の注目を集め続け、広場での情報を耳にしていた『銀月の舞姫』津久見・弥恵(p3p005208)は苦々しくそう言った。
 現状までにローレットが取ってきた対処は根治療法足り得ない。都度、問題や――潜在的な被害――を解決する役には立っているだろうが、事件に先回りして根源を捕まえるには到っていないのが現実である。
 証言者の何人かも或いは好奇心の為か――占い師の女を探したそうだが、それは烟のような存在だという。
 噂を聞けど、影は見えず――煌々と明るく存在する『月光人形』の裏に暗躍する存在が闇に溶け込むかのように、月影で静かに蠢く気配は霞の様に脆く消え去ってしまう。
 噂話は所詮、その域を出ず、確信を持って情報を得ることもできないのが悔しい所だ。
「これから、サントノーレさんはどうするんですか?」
「考えはある。例の占い師、しがない探偵の話じゃお上も何の参考にもしてくれないだろうが、『特異運命座標』やローレットの要請なら中央も多少の協力はするだろうよ。
 いよいよ、友達――リンツァトルテの事も、心配だしさ」
 真面目な彼の事だ。まさかおかしな事はすまいが……
 コンフィズリーの顛末は天義市民ならば誰でも知る大事件だ。
 いざ、彼が深刻な事情で『黄泉返り』に相対した時にどんな動きを取るのかは流石に読めない。
 サントノーレは「これでも友達想いなんだぜ」と嘯いて、ウィンクをひとつ。いい歳をした男のそんな茶目っ気を気にも留める様子はなくメルナは「探偵業務頑張ってね」とだけ告げた。
 ざわつく酒場の中には、様々な人が行き交う。
 疲れを癒す騎士に、別の表情を見せた聖職者。旅の行商人に変哲のない一般人。
 その誰もが明るい側面の影を持っている。その誰もに『生命』という確かなリミットが存在し、それに付随する悲哀を抱く事だろう。
 この中で酒を酌み交わす誰かが黄泉還りの守護者であるかもしれない。聖都には禁忌をも越える何かが存在しているような気がしてならない。
「ほんと、俺らって歩く爆弾だよな」
「……何て?」
 焔の言葉にサントノーレはいいや、と掌をひらひらと振った。
 もしも、自分の親しい人がそうなった時に自分は『黄泉還り』を断罪できるのだろうか――?
 そんな『不正義』な問いかけは、口にしても意味は無い。
 ここはネメシス、正義のお膝元、偉大なるフォン・ルーベルグに違いないのだから――


※探偵サントノーレと彼に協力したイレギュラーズが新たな情報を得たようです!

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