PandoraPartyProject

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<不正義の騎士>

「リンツァトルテ殿、此方の警備は万全です」
「ああ……ご苦労様」
 この所、辺り一帯は『騒がしい』。
 恒例の夜の見回りをするリンツァトルテ・コンフィズリーに敬礼をしてみせた兵士の顔にも不安と疲れが見て取れた。
「しかし、一体これはどういう訳なんですかね」
「さて、ね。実際の所、真相はまるで見えないが――どうやら噂話で済むレベルの事態じゃないらしい」
 休憩がてら足を止め、そう応じたリンツァトルテに兵士は「やっぱり」という顔をした。
 初めは取るに足らない噂に過ぎなかった筈だ。
 しかして、まさに今フォン・ルーベルグを騒がせる事態の正体を中央が知らない筈が無い。
 よりにもよってこの聖都で、よりにもよって死者が黄泉帰る等と。
 冗句にも何もなりはしない――最悪の中の最悪は、しかし最悪であるからこそ誰もを嘲笑うかのようにそこにあった。
 恐らく――恐らくは、である。黄泉帰りを仮に一側面を捉えた類似の事実と認ずるならば――聖都においてはこういった冠言葉は処世術上、意見表明に必要不可欠である――何らかのからくりが存在するのは明白だ。
 死んだ生物は蘇らないし、何より。この聖都を中心に短期間で爆発的に広がった『事例』は余りにも特別性を欠いていた。
 惜しまれなくなった聖人のみならず、ペットや、幼い子供、年老いた両親、果ては酷い悪党まで――現実の指し示す圧倒的なまでの異常、異様に対してその選別は出鱈目であり、統一感というものが欠けていた。その癖、噂でもちきりになっているのは聖教国の中心をなすフォン・ルーベルグ一帯に限られているのだから、そこにある恣意性に気付かぬ人間等無い。
「此方も全力を尽くして事態の収拾は図っているのだが」
「ええ。それにあのローレットも手を貸してくれているようで」
「……ローレットか。うん、彼等ならば適任だろうからね」
 部下のイル・フロッタが上気した顔で彼等の話をしていた事を思い出し、リンツァトルテは頷いた。
 何故彼女の顔が上気しているか、単にイレギュラーズを気に入っているから、と思っている辺り彼は彼と言えるのだが。
「民心を惑わすのが幻術か、悪意の工作かは分からないが――俺達も一層努めなければならないな」
 しかし、普段は自身の後ろをついて離れないイルもここ暫くは少し様子がおかしかったのは事実である。
 リンツァトルテはその事情を知らなかったが、朴念仁の彼とてそれを心配する気持ちが無い訳ではない。

 ――在りし日に還る死者は、時計の針を逆に動かす存在である。
   現在は生ある者のみによって紡がれるもの。
   厳粛たる終わりを戻す事は神と死者そのものへの悪罵に他ならない――

 フェネスト六世の言葉は当然ながらネメシスの正対せねばならぬ深刻な事態を重く受け止めていた。
 規律正しく秩序をもって生活していた聖都の市民の『非協力』はこの国では類を見ない規模に膨れ上がっている。『本来ならば』率先して悪を告発し、間違いを正してきた市民達が今となっては聖騎士団の目を盗むように『戻ってきた何者か』を庇い立てている。
 これはネメシスの最も嫌う状況だ。
 中央の絶大な力はネメシス国民自身の支持によって成り立っている。つまる所、民心の混乱こそ最も危険な事態であり、『敵』がその民心自体であるが故に強権的な対処さえ難しい。
 完璧な統制に生まれた一分の隙は歪に膨れ上がり、何かの時を待っているかのようである。
 杞憂に済むならばどんなに良いか――リンツァトルテは考えたが、それを保証する者は何処にも無い。
「……どうした」
「いえ、その……」
 深く嘆息したリンツァトルテにふと、兵士が何かを言いたそうにした。
「言ってみろ。ここには俺以外誰も居ない」
 彼の言葉には小さな皮肉が混ざっているが、多少気心の知れた上官に促され兵士はおずおずと一つの問い掛けをした。
「――――」
 一瞬だけ面食らったリンツァトルテの表情が苦笑いの形になるに時間は掛からなかった。
「成る程、他の人間には言わない方がいい」
「恐縮です。愚かな事を問いました」
「いや」
 リンツァトルテは口元を歪めて兵士の問いに『答え』を返す。
「この目で事態の確認をする事は必要だ。肯定はせずとも、真相に興味が無いと言えば嘘になる。
『何より俺は天義騎士としてより正しくあるにはどうするべきかを何時も知りたいと思っている』」

 ――コンフィズリー殿は、仮にそれが叶うとしたら、誰かの、黄泉帰りを望みますか?

 知れた事だった。問いたい事等、山とある。
 例えばこの国に本当に正義はあるのか、とか――

 ――ねぇ、父上。


※フォン・ルーベルグを中心に多数の『黄泉帰り』が確認され、民心が乱れているようです……

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