幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
雲間にて
雲間にて
関連キャラクター:チック・シュテル
- 桜流し
- ●
チックと一族の邸へ行った別の日、刑部卿が視察に行くとのことで、俺も遠津へ向かった。
宴会をし、夜桜も愛で、綺麗だねと空いている傍らへと声を掛けて驚いた。
そうだった、遠津に君は来ていない。
(……眠れているのかな)
不安そうにしている顔ばかりが浮かんで、心配になった。
そんな彼の顔を思い浮かべると、邸へ行った日の事を思い出す。
『――あの、ね。さっきの……』
桜花の下で、聞こえてしまったのだと『置いてきた名』をチックが口にした。
知られてしまったことへの気まずさは、君をずっと騙していたせい。
置き去りにした『俺』が喜んでいることに気がつく、苦い気持ち。
煙に撒くことは出来たけれど、そうしなかった。
そうだよと認めるだけで話を逸らし、団子を買い求めた。
(呼んでいいよとか、言ってあげればいいのに)
きっと彼は困っただろう。
(でもチックは皆の前では口にしないだろうし)
俺は宴席を抜け出し、手水川へと向かう。
懐から取り出すのは、昼間にスペアと誤魔化してふたつ彫った大蛇、の片割れ。
綺麗な桜花を大蛇へと載せ、黒黒とした川へと流した。
(チックの願いが叶いますように)
あの日願えなかった最低な俺の代わりに。
君の幸せを、今、願う。
例え君の傍らに俺が居なくても、君が幸せならそれでいい。
花弁の行方を見守らず、俺はその場を立ち去った。 - 執筆:壱花