PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

雲間にて

関連キャラクター:チック・シュテル

魅惑のイトラ、幕間

 バザール内は香辛料の香りで満ち、アルニール商会の芳しい香りとはまた違う。ストールをぎゅうと握っていたチックは少しだけ顔を上向かせた。
「チック、口を開けて」
「……」
 雨泽がバクラヴァを指で摘んでいる。もう少し上向かねば、蜜まみれになった指が口に入るかもしれない。
 彼が嫌いな訳では無いが――それは今のチックには、恐ろしいことだ。
「……失敗して噛んでもいいのに」
 言葉とは裏腹に、器用な指はチックの口に甘味を届けて離れていく。
 脳が痺れそうな程に甘い蜂蜜とバターの香りが腔内を満たした。どうやら付属のピックが折れたらしいが、雨泽は指が蜜まみれになるのも構わず甘味を楽しむつもりらしい。
「僕に噛みつかないの?」
「どう……して」
 その言葉で、チックは『知っているのだ』と理解した。
 チックの瞳が丸くなる。哀しい事を言わないで。
 雨泽の瞳も丸くなる。不思議そうに。
「君が言ったんだよ」
 がおーって。あやかしの夜に。
「鬼は、噛みつくものなんでしょ」
「でもそれは……」
「今の君も、僕も、豊穣では鬼だよ」
「でも」
「あ。君が僕を噛んだら、僕も噛むし……すごく痛くする」
「……え」
「やられたらやり返す。当たり前でしょ?」
 血が出たのなら、舐めるのは医療行為。そうでしょ?
 だから深く考えないでと、雨泽はチックの口に甘味を放り込んだ。
執筆:壱花

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