PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

雲間にて

関連キャラクター:チック・シュテル

●わがまま
 魘され意識が浮上し掛かると、ごほんと咳が溢れた。一度溢れればそれは止まることを知らないのか、空気が喉に流れ込む刺激で新たな咳を生じさせる。
 視界が滲んでいる。熱で瞳が潤んでいるのか、生理的な涙なのか。それとも心が弱っているのか――解らない。思考を働かせる余力はあまりなかった。
 天籟とチックには文(ふみ)は出した。後は天籟が何とかしてくれるだろうし、チックが案じることもないはずだ。優しい性根の子が心を痛めるのは、どんな時でも少し悲しかった。
(会いたいな)
 儚げで、けれども穏やかに笑む顔を思い浮かべれば、自然とそう思った。
(違う)
 即座に否定する。違わないことなど解っているのに。
 ミィの姿よりも先にチックの姿を思い浮かべたことに、自嘲した。
(会ってどうする)
 看病のされ方も、仕方も解らない。幼少期は健康すぎて、された記憶がないから。
(一般的にはどうするのだろう)
 とりとめなく詮無きことばかりを考え続けてしまい、心が弱っていることを実感する。
(会いたくないな……誰にも)
 会ったら、きっと――。

 天籟と医者が去ってから、渡された紙片を開いた。
『早く元気になってね。ゆっくり休む、するの。大事だよ』
 拙い文字が綴る手紙。
 彼の文字はいつだって一生懸命な感じがして愛らしいと思う。字は心の鏡とも言われるくらいだ。常に一生懸命なのだろう。己とは大違いだと口角を上げれば、また咳き込んだ。
 チックまで押しかけて来なくて良かったと心底思った。
(きっと我儘を言って、困らせる)
 匙を握る手は普段より全然力が入らなくて。
(食べさせてと願ってしまいそう)
 頑張って玉子粥を完食し、薬を飲んだ。
 枕に頭を預ければ、手に触れる紙の感触。
 掴む、握る。『代わり』に。
(チックが居なくて、本当に良かった)
 ――眠るまで手を握っていて。
 そんな言葉を吐かずに済んだ。

 眠気でふわふわとした意識が閉ざされる寸前、強く決意する。
 ――会う時は、完璧な俺で。
 この思考は全部、熱のせいなのだから。
執筆:壱花

PAGETOPPAGEBOTTOM