PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

雲間にて

関連キャラクター:チック・シュテル

おもかげ香、幕間
●割れた林檎
 まるで空を飛んだような浮遊感とともに、意識が覚醒した。
 目尻に溜まっていた涙が瞬きで零れ落ち、指先で触れてから手の甲で拭う。
 香を焚いた皿の上には灰だけが残っており、それを確認してからチックはベッドを抜け出た。
 寝間着から着替え、朝食の支度をしようと髪を縛る。鏡に映る己の顔は、幸せな夢を見たというのに何処か物憂げだ。
(……まだ、いつもより早い……)
 時を刻む針は随分と早いところに留まっていたから、チックは少し悩み――そうして決めた。

 アップルパイを、焼こう。

 朝からアップルパイだなんて、一緒に暮らしている子たちは驚いてしまうかな?
 でもきっと、その驚きは喜びへと傾いた驚きだ。みんなは「美味しそう!」ってキラキラと瞳を輝かせてくれることだろう。
 チックはキッチンへと向かい、林檎を切る。夢の中で『あの子』がそうしていたように。
 夢の中のチックはひとりでは出来ないことが多くて、助けてもらってばかりだった。
(……でも、今は)
 チックはひとりでも出来ることが増えた。今ではもう、アップルパイを作ることだって出来てしまう。
 出来ることは日々を重ねるごとにひとつひとつ増えていく。それはとても嬉しいことのはずなのに、かたわれの夢を見たせいか、チックの胸はズキリと痛んだ。

 もし、叶うのなら。
 君とまた、アップルパイを焼けますように。

「おにいちゃん、おはよう」
「わあ、いいにおい」
 レムレースと、それから一緒に暮らしている子たちも起きてくる。
 朝日よりもキラキラな瞳と穏やかな空気。
 幸せだ、と思う。
 焼きたてのアップルパイを囲んで、切り分けて。美味しいねと笑い合う。
 本当に、幸せだ。明日も明後日も、こうしていたい。

 けれどもそこに、君だけが居ない。

 チックの『新しい家族』が笑っている。
(……いつか、君に……会えたら)
 あの子にも家族を紹介して、一緒に暮らしたい。
 それからまた、一緒にアップルパイを食べたい。
 ゴロリとした林檎は甘くて、とても美味しくて――少しだけ、胸が苦しくなった。
執筆:壱花

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