PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

契約の魔性

関連キャラクター:セレマ オード クロウリー

テオフィールの賞賛。或いは、次の舞台で会いましょう…。
●夜の湖畔
 湖の傍に、青白い女が立っている。
 血の色をした豪奢なドレスを纏う女だ。そこにいるだけで誰もが目を奪われて、それと同時に心の臓に悪寒が走る。そんな不吉で、退廃的な雰囲気を纏う彼女の名はテオフィール。
 人ならざる"求血鬼" サン・テオフィール・ド・アムールヘィン。
 風が吹いた。
 テオフィールが、ゆっくりと背後を振り返る。
 どこか憂いと、狂おしいほどの情熱を秘めた瞳が何かを捉えた。
 只人であれば、テオフィールの瞳を目にした瞬間に脳髄の奥が痺れただろう。それが情欲によるものか、それとも恐怖によるものかも理解できずに、呆けたように動きを止めたはずだろう。
 だが、彼は違う。
 セレマ オード クロウリー(p3p007790)はそうじゃない。
 つまらなそうに鼻を鳴らして、顔の前で手を振った。視認できない甘い薔薇の香りを手で振り払ったセレマは、十数メートルの距離を空けたままテオフィールを睨んだ。
 敵意と憎悪と軽蔑の入り混じった眼差しを、テオフィールは愉快そうに受け止める。
 そして、テオフィールは笑った。
 堪えきれないといった様子で、テオフィールはくすりと嗤った。
「何がおかしい? 貴様にとって、今日の舞台は決して望む結果に至らなかったはずだが?」
 胸の前で腕を組んで、セレマは口角を吊り上げた。
 だが、テオフィールは笑っている。
 腹を抱えて、口元を手で覆い隠して、愉快で愉快で仕方が無いという風に嗤っている。
「嘲笑するのはボクだ。嘲笑されるのが貴様だ。会話をしろ。さもなくば、ここから去れ」
 ギリ、と軋む音がした。
 セレマが奥歯を噛み締めたのだ。
「えぇ、えぇ。そうね。そうだわ。たしかに貴方の言う通り」
 目尻に浮かんだ涙を拭い、テオフィールは答えを返した。
 それから、するりと細く白い指を夜闇に走らせる。
 刹那、セレマの背筋に悪寒が走った。
 その首筋に何かが触れる。
 どろりとして、生温かい……それは鮮血だ。
 手の平の形をした血液が、セレマの喉に添えられた。
「貴方は舞台に上がったけれど、その結末は“観客”の望むものではなかった」
「……言葉は正しく使え。“貴様という、招待されていない観客”の望むものではなかった、だ」
「まぁ、それはあまりにひどい言い草ね。そんなのじゃ、女の子にモテないわ」
「どこまでも人を馬鹿にした奴だな。心臓が息の根を止めていなければ、脳の血管が切れているところだ」
 新郎に対して「モテない」とは、実に空気の読めない台詞だ。
 きっと、意図的にテオフィールはそう言う言い回しをしたのだろう。
「でも、許してあげる」
 パチン、と指を鳴らす音がした。
 それと同時に、セレマの首から血が離れた。
「惨劇を回避しようと、最悪の結末から逃れようと、必死にもがく貴方やお友達の姿は愉快だったわ。それを思えば、多少の期待外れぐらいは許してあげてもいいかしら」
「……」
 舌打ちを零す。
 これだから、テオフィールやその他の魔性と会話をするのは疲れる。
 魔性たちに話は通じない。
 魔性たちの感性は独特で、例えば風が冷たかったからという程度の理由で村の1つぐらいはあっさりと消滅させるし、花が綺麗だったから、と哀れな捨て子に生きる糧を与えもする。
 土台、理解しようと思う方がどうかしているのだ。
「でも、いつも期待外れでは面白くないわね。次は望む結末を見せて?」
「いいや。残念だが、次も、その次も、貴様が観たい結末には至らない」
 セレマがそう言い返せば、テオフィールはにぃと笑みを深くした。
 唇の隙間から、唾液に濡れた犬歯が覗く。
「いいえ。いいえ。今でなくとも、次でなくとも、いずれ貴方は破滅する。その日が来るのを、ずっと待っていてあげる。だから、ねぇ……最前列のいい席は、いつだって空けておきなさい」
 なんて。
 そう言い残して、テオフィールは姿を消した。
 最初からそこには誰もいなかったかのように。
 ただ1つだけ。
 テオフィールのいた辺りには、血のように古いワインのボトルが転がっている。
「祝いの品のつもりか? ……随分な値打ちものを寄越すじゃないか」
 古いワインの瓶を見つめて、セレマはそう呟いた。
執筆:病み月

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