PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

妖怪の見る夢

関連キャラクター:鏡禍・A・水月

青と赤のコントラスト
 鴎たちが鳴き、潮の香りが漂う桟橋の上に鏡禍とルチアは立っていた。
 この時期の海は少し冷えるな、なんて思いながら鏡禍は腕を擦った。
 隣には想い人のルチアが居て桟橋に立つ彼女の赤い髪を風が悪戯に揺らしていた。
 綺麗だ、と鏡禍は思った。
「ねぇ、あなたにずっと言いたかったことがあるの」
「え? 僕に?」

 ルチアの目と唇が弧を描いた。

「――あなたなんて嫌いよ、大嫌い」
「え……?」

 ぞっとするほど冷え切った蒼い目。
 普段彼女の、ルチアの目が陽光に煌めく暖かな海だとしたら、今の彼女の目は何物も拒絶して、暗い底へと鎮めてしまう極寒の海。
 暗く、光が届かない深海の眼。
 いつも彼女といる時とは決して覚えない全身の血の気が引く感覚が鏡禍を襲った。
「る、ルチアさん。何か、僕気に障ることでも」
「別に? 前から嫌いだったけど我慢してただけ。でも、もう我慢ならないわ、私の前から消えて頂戴」
 ルチアの形の良い唇から、凡そ想像もつかない言葉が躊躇いなく飛び出しては鏡禍の心を抉った。
「これももういらないわね」
「あ、待って……! それは」
 溜息を吐いて左手の薬指から引き抜かれたリング。
 薄紫の煙を纏った鏡禍の愛と想いを、無慈悲にもルチアは目の前の海へと放り棄てた。
「あっ、ああ……!」
 慌てて手を伸ばしたが間に合うはずもなく、『ぽちゃん』と断末魔にしては短すぎる音を遺して、それは水底へと沈んでいった。
 鏡禍の目から大粒の涙が零れて、桟橋に染みが一つ二つと作られていく。
 その度に鏡禍の目から光が喪われて、ぴしりと心に罅が入っていった。
 きっと彼女はこの後自分ではないダレカを好きになって、その人と幸せな未来を掴むのだろう。
 『人』として彼女の幸せを願うなら、此処で彼女の言う通り彼女の前から消えて、今までの思い出も何も過去も捨てるべきだ。

 ――だが、本来。
 水月・鏡禍 は『妖怪』である。

「なら、お望みどおりにしてやるよ。尤も」
 消えるのはお前だがな。
「え?」
 何時から握っていたか分からないが、手ごろなナイフがあったので彼女の腹を刺した。
 ぐちゅり、と湿った音と肉を裂く感覚に鏡禍は悦を覚える。
「あ、何……!?」
 今度は鮮血がルチアの唇から零れた。なんて綺麗な色なんだろうか。もっと見たい。
「次は脚」
 今度は美しいラインを描いていた脚を思いっきり刺した。腹よりも筋肉質だからか、やや硬い気もするがこれはこれで面白い。
「いっいたい!いたいいい!!」
「うーん、次は……顔は最後に取っておきたいし。よし腕にするか!」
 まるでテーブルの上のご馳走を何から食べるか迷っている子どもの様に、恐ろしい程無邪気な声で鏡禍は言った。
「やめ、やめて。あああああああ!!」
「そうだ、僕一度でいいから見てみたいものがあったんだ」
 そういうと、鏡禍は徐に血まみれになったルチアを抱え『先ほど彼女が自身の指輪をそうしたように』海へと放り棄てた。
 酸素を求めて藻掻くルチアを鏡禍は見下ろしていた。
「だ、だずけ、ごぼっ」
「溺死って一番苦しい死に方らしいな。でも、見たいのはちょっと違うんだよな、来てくれっかな」
 くれるかな、などと希望のように言っているが。
 此処は夢鏡の世界、全ては王たる鏡禍の想いのまま。都合のいいことに血の匂いを嗅ぎつけた鮫達ががまだ意識のあるルチアを喰い荒らしていく。
 水面が真っ赤に染まり、食い残された衣服の切れ端やら臓物だったと推測される何かが赤の中に見えた。
「……あんまり見えないな。想像通りにはいかないモンだなぁ」
 

「――ッ!!」
 がばりと鏡禍は跳び起きた。だらだらと嫌な汗が流れて悪寒が止まらない。
 口を手で覆い、トイレへと駆けこんで胃の中の物をすべて吐き出した。
 ルチアに嫌われるところで終われば良かったのに。
 海の青と、海を染めた彼女の赤い血の対比が目に焼き付いて離れない。
 夢だと分かっているのに、海馬に深く刻み込まれてしまった。
 
「どうして、僕は妖怪なんかに生まれてしまったんだろう」
 その問いに、答えてくれる者は誰も居なかった。

 
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