幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
妖怪の見る夢
妖怪の見る夢
関連キャラクター:鏡禍・A・水月
- 鏡の中の世界の王様。或いは、饗宴は終わらない…。
- ●鏡の世界
鏡の中は水月・鏡禍(p3p008354)の庭である。
静かで、暗くて、誰も訪れることの無い、陰鬱な閉ざされた世界。それが鏡禍の全てであった。それが世界の全てであった。
そのはずだった。
混沌とした世界に招かれ、鏡禍は多くの友を得た。
そして、恋人も。
例えば、クウハ(p3p010695)。同じ人外の存在として、友誼を結んだ大切な友達。内向的な鏡禍とは、まるで正反対の性格をしている。だが、同じ人外だからだろうか。それとも、別の理由によるものか。クウハと鏡禍は仲良くなれた。
人の……人ではないが……縁とは不可思議なものだ。
縁と言うなら、ルチア・アフラニア(p3p006865)もそうだ。鏡禍の恋人。赤い髪の、正しく、まっすぐな尊敬できる恋人だ。
暗い世界で膝を抱えて、1人、静かに過ごしていると思い出すのはクウハとルチアの顔ばかり。鏡の中の世界で1人、孤独だった頃からは想像も出来ない、満ち足りた、そして幸福な日々を過ごした証だ。
2人の、そして仲間たちとの大切な記憶は、色褪せることなく胸の奥で輝いている。
だからこそ、辛い。
だからこそ、気が狂いそうになる。
ぽたり、と血が滴った。
鏡禍の指先から、ぬらりとした真っ赤な血が足元に零れた。
鏡禍の流した血ではない。
この地は、クウハとルチアの身体から流れた血だ。
ただ広く、暗いだけの空間。1人佇む鏡禍の足元に、2人の遺体が転がっている。
半壊した頭部からは脳漿が零れている。
見慣れたクウハとルチアの瞳は、眼窩から零れて潰れていた。
2人の胸部には何も無い。
皮膚も、筋肉も、骨も、そして内臓も。
全部、鏡禍が抉り取ってしまったからだ。
その手で皮膚を引き裂いて、骨を砕いて、暖かな体内に手を突っ込んで引きずり出してしまったからだ。
鏡の中の世界でなら、鏡禍は容易にそれが出来る。
クウハも、ルチアも、誰であろうと、一切の抵抗を許すことなく殺めてしまえる。
鏡の中の世界において、鏡禍は正しく“王”であるからだ。
絶対的な支配者を前にしては、何者だって抗えない。
血に濡れた手には、今も暖かな血と臓物の感触が残っていた。
きっと、一生、忘れることは無いだろう。
泣き喚き、悲鳴を上げるクウハとルチアを、鏡禍は笑って解体した。
狂ったように笑いながら、2人をバラバラに引き裂いた。
なぜそんなことをしたのか。
理由など無い。
残酷にして、残虐、そして醜悪なほどに淀んだ悪意は、いつだって鏡禍の中にある。
鏡の中の世界で、2人を殺めたその行為は、鏡禍にとって至極当然のことなのだ。
「1回だけじゃ、足りないな」
なんて。
愉悦の滲んだその呟きは、鏡禍の口から零れたものだ。
●夢から覚めたら
目を開いたら、星空だった。
夏の熱気を孕んだ風が吹いている。
どこかの丘だ。日陰で微睡んでいるうちに、眠ってしまっていたのだろう。
頭の奥がぼんやりとする。
脳髄が、痺れた感覚がする。
何か悪い夢を見ていた気がする。
或いは、とても素敵な夢を見ていた気がする。
なんとなく、鏡禍は自分の手へと視線を落とした。
瞬間、その手を濡らす“赤”を見た。
赤い赤い血の色を幻視した。
フラッシュバック。
瞬間に、鏡禍は夢の全てを思い出した。身の毛がよだつ、醜悪極まる行いを思い出した。
クウハとルチアを殺めた瞬間の、ほの暗い悦びを思い出した。
「っ……ぇ」
そして、鏡禍は嘔吐する。
胃の中身の全てを、鏡禍は足元にぶちまけた。
吐いて、吐いて、泣きながら胃の中身を吐き続け、そして胃の中に何もなくなったころ、鏡禍は気づいた。
遠くから、自分の名前を呼ぶ声がする。
大切な友達の声だ。クウハの声だ。
愛しい恋人の声だ。ルチアの声だ。
あぁ、2人が鏡禍のことを探しているのだ。
それに気が付いた瞬間、鏡禍は笑った。
なぜ笑ったのか。鏡禍にも分からない。
2人に逢いたい。
そんな感情が、胸の奥で強くなる。
感情は胸を熱くして、脳髄の奥を甘く痺れさせた。
あぁ、逢いたい。
今すぐ、2人のところへ駆けていきたい。
駆けて行って……そして。
「そして……?」
そして、どうするというのだろう。
自分の手を見て、自問自答。
答えは出ない。
ただ、赤色を幻視した。
- 執筆:病み月