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幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

妖怪の見る夢

関連キャラクター:鏡禍・A・水月

ゆりかごのきみ

 ひどく冷えた指先が喉元に触れる。
 そのままゆったりと、皮膚の表面をすべっていく。脈打つ血潮をなぞらえていくように動くそれであったが、どこか首をしめられているような息苦しさがあった。
 はくりと、息を吸おうとした動きだけがむなしく残る。ぼんやりとした意識の向こうで何かが警鐘を鳴らしているのに、この両の腕は力なく垂れ下がったまま。微睡みにも近い状態ではあったが、それでも瞼は閉じられず、愛おしげに身体を這いまわる白い腕をただ見つめることだけしかできなかった。
 ゆるやかな死を迎えているのだろうか。感覚を失っていく己の身体とは対照的に、白い腕から与えられる刺激は鮮明になっていく。
 ふと、視線が逸れていった先に新しい色が見えた。黒く錆びついているような、汚らしい色。よくよく見れば、それは周辺に散らばっていた。あれはなんだろう。見覚えはあるけれど、靄がかった頭の中から知識をすくい上げるのは容易ではなかった。
 ――きょうか。
 どこからか声が聞こえる。優しく抱き込んできた白い腕がそっと持ち上がり、何かを摘み上げた。その指先は、美しく甘美な赤い色で染まっていた。
 はくはくと、口が動く。息苦しさの奥から乾きが込み上げてくる。滴り落ちる赤の向こうから、澄んだ水面を映し込んだ瞳がこちらを見ていた。見ているように、見えた。けれど、そこに意思は存在しない。
 鼓動を速めた心臓を慈しむように、空いていた白い腕が左胸を撫でる。呼吸を忘れた口元に触れ、頬を包み込む。鉄の匂いが鼻をつくと、自然と喉が鳴った。
 ――鏡禍。
 虚ろだった存在を思い出させるように、繰り返し名前が呼ばれる。徐々に世界に色がついていく。誰かの悲鳴と、肌を焼く熱。焦げた臭いと、ぬめる足元。
 渇きを覚えていた喉はひりつき、痛みを感じるほどだった。赤く焼けた景色の中、立ち尽くしたまま視線を動かす。
 ずしりと重たい右手には、赤黒く濡れた刀が握られていた。滴り落ちるのは、真新しい血液。じゃあ、左手には?
 決して大きくはない手のひらに収まってしまうほど、小さなものがそこにはあった。澄んだ水面のように、きれいな、きれいな、


 誰かの悲鳴が、ずっと止まない。

執筆:倉葉

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