PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

馬です。お任せします!

関連キャラクター:シフカ・ブールカ

優しき夜
 鉄帝の夜に、寒い風が吹く。
「私の故郷じゃあ、沢山の馬がいたんだよ」
 女は四十半ば、人生に飽きたような顔をしていた。シフカ・ブールカは何も言わず、愚直にたてがみを梳かす女の手を感じている。彼女の骨ばった手は労働の跡を感じさせた。
「道理で、撫でるのが上手なものだ」
「さすがに喋る馬はいなかったけどねえ……」
 女は労働力として家から売り飛ばされ、工場を転々とし、気が付けばごみだめのような街にいた、と疲れた顔でぼやく。月も星もない曇った夜に、二人は何となく出会い、そして人のいない広場にいる。
 女はシフカ・ブールカに体を寄せる。
「あったかいねえ。草原の太陽の温かさだ。短い夏の日の喜びだ……」
「なるほど? 君はどうやら詩人の才があるらしい」
「私の作じゃないよ、弟が昔言ったのさ。今はどうしているか知らないけど」
 なるほど、と言いたげに馬はぶるる、と身を震わせる。
「馬さん、タバコ吸うかい?」
 慣れた手つきでマッチを擦り、女は紙巻きタバコに火をつけようとする。
「そういったものは嗜まない流儀でね。それに、君、これで五本目だぞ?」
「いいのさ。肺が悪くなって死のうが、誰も困らない独り身だ」
 魔法の馬は女の手を器用に尾で叩く。火のついたタバコが地面に落ちる。女は恨めし気な目でシフカ・ブールカを見るが、やがてあきらめたように息を吐いた。
「ほんと、あんたは弟に似ているよ。弟には尻尾はなかったけどね。口うるさくて、尊大で、声がいい……そして、こんな寒いってのに、側にいてくれる」
「お褒め頂き恐悦至極。私のありかたにかけて――この夜は君が望むかぎり、ずっと側にいようとも」
「富豪ならいいけれどねえ。馬にそう言われてもときめいた心はどこにも持って行きようがない」
 低い声でシフカ・ブールカは笑う。
「望むならば、君を姫君にすることはできるがね――」
「片耳から通れば、だろう。耳を通るという言葉が意味不明だけどさ。ま、喋る馬ならそれくらいはできるだろうね」
 なぜ試さない、と言いたげに馬は女を見つめる。爆ぜる光のような叡智を称えた瞳で。
 女は返す。疲れ果てていながらも、己を己たらしめている意地だけはどこまでも持って行こう、と言いたげな瞳で。
「馬鹿言いなさんな、お馬さん。私は貧乏な独身女だけど、人の施しを受けるまでは落ちぶれちゃちゃいないよ」
「それはそれは、失礼をしたな、ご婦人!」
 魔法の馬は、低い声で笑う。優しく、ひたすらに優しく。
執筆:蔭沢 菫

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