PandoraPartyProject

幕間

サイボーグ

関連キャラクター:チャロロ・コレシピ・アシタ

皆と違う自分だけど
「やあ、おつかれ!」
「おう、おつかれ」

 酒場にて集まる冒険者達に気さくに話しかけたチャロロ。
 彼らとチャロロは薬草の採取のためにパーティを組んでおり、それぞれの地点で採取をしようという話になっていた。
 時間を取り決めて、納品数確認のために1度集まることになった4人のメンバーはそれぞれ袋を開く。

「オイラの方はいい感じに終わらせられたよ。そっちは?」
「こっちは魔物が巣食っていてな。一旦全員で集まって追い払わないと難しい」
「1房足りないからそこに行かなきゃならないかもなぁ……」

 あれやこれやと情報を取り交わした結果、納品数が足りないので魔物が巣食う薬草の群生地へと向かうことに。


「お、あったあった」
「アレで納品クリアだよな?」
「そうだね。……でも……」

 チャロロは気になっていた。
 魔物が巣食うという話だったが、この場所に辿り着くまでには魔物の気配がなかった。
 しかし薬草の納品を急がなくてはと、パーティは一旦群生地を離脱するためにもと来た道を引き返していく。

 だが、既に道は多数の魔物によって封鎖されており、戦わざるをえない状況となってしまっていた。

 一応想定されていた動きでもある。だが、彼らの予想を遥かに上回る魔物の群れが集まっており、このままでは全員が殺されてしまう可能性が高い。
 リーダーである男が退路を作るように指示を繰り出し、全員それに従い戦い続けるが……人間には疲労が溜まっていくもので。

「っ、やべっ!?」
「リーダー!」

 疲労で足がふらついたリーダーに、魔獣の爪が襲いかかる。咄嗟にチャロロがその爪を受け止め、持ち前の怪力で魔物の爪ごと吹っ飛ばした。
 しかしその衝撃で彼の身体の皮膚は剥がれ落ち、自分を構築する肉体――機械の体が露出してしまう。

 痛みもなければ、血も流れない。其れは守った人間とは違うとはっきりと示し、見せつけてくる。
 わずかに、精神の奥底がグラリと揺らいだチャロロ。自分は機械で人とは違うという歪みが少しだけ彼を支配した。

 けれど、その歪みはすぐに止まった。

「チャロロ、助かった!」

 リーダーの声が、チャロロの耳を通り抜けて、脳内機械に届けられる。
 『助かった』。その言葉がインプットされると、チャロロの歪みはいつの間にか消えていたのだ。

「リーダー、このまま離脱しましょう!」
「ああ!」

 反復するインプットされた感謝の言葉を脳内で繰り返しながらも、チャロロはもう一度魔物の群れを吹き飛ばし道を作り出す。
 この機械に宿った魂は誰のものでもない、チャロロ・コレシピ・アシタのものだと信じたその一撃は、見事全員生還させる道を作り出したのだった。
どっちつかずなこの手を
●疑問
 人間と、人間じゃない存在の違いとは、なんなのだろうか。
 これが、最近のオイラの思考回路を支配している疑問だった。
 そんな疑問を抱いた、はっきりとしたきっかけは覚えていない。けれど、とても些細な出来事が積もりに積もった結果だとオイラは思う。

 それは、例えばいつまでも変わらない自分の身体だったり。
 それは、例えば切れた指の先からチラリと見える機械のパーツだったり。
 それは、例えば普通の人が普通に使うグラスやカップを、無意識に壊してしまった時だったり。
 それは、例えばみんなが綺麗だと言って仰いだ青空を、オイラも仰いでみた時だったり。

 どれもこれもが、些細な事。だけど疑問が浮かんでしまったのだから仕方がない。
 オイラはどうにかこの疑問が解消できないもんかと、色んな本を読んでみた。けれどすぐに、きっとその中に答えはないのだと気が付いた。
 例え本の中に答えが書かれていたとしても、今のオイラじゃそれに気が付けないだろう、とも。なんでか分からないけど、そう思った。
「よし……行こう!!」
 オイラはノートとペンを手に、部屋を出た。疑問があったら、人に聞いてみよう。
 幸い、オイラの周りにはたくさんの人たちがいる。

●Q&A
 Q:「人間と人間じゃない存在の違いって何だと思いますか?」
 A:「思考能力の有無では? いやしかしそうなると思考さえ可能ならなんであれ人間という事に……ブツブツ……」(研究者風のお姉さん)
 A:「俺から言わせりゃあ、酒が嫌いな奴は人間じゃねぇなあ! ガハハハハハハ!」(酒場に居た酔っぱらいのおじさん)
 A:「ほう、面白い事を聞くね……!! でも答えは簡単さ……!! 愛を! 愛を!! 愛をその胸に宿しているか否か、さ……!! 分かったかい少年……?」(金髪イケメン風のイレギュラーズのお兄さん)
 A:「四足歩行か二足歩行かとか?」(黒くて大きい犬のイレギュラーズさん)
 A:「え…………分かんない…………」(ソフトクリームを食べていた女の子)

「うーん、うーん……逆に分からなくなって来たぞ……」
 オイラは自分が全身機械のサイボーグだから、生身じゃないから。どこか普通の人間とは違う。そんな前提で話を聞いていた。
 けれどオイラは思考能力はあるし、まあお酒は飲まないけどあのおじさんはちょっと違う気がするし……愛は、んー。多分胸に宿してる? のかな? あと二足歩行だし!
 じゃあ、オイラはちゃんとしっかり完璧に人間? いや、でもなあ……。

 Q:「オイラは全身改造したサイボーグなんですが、人間だと思いますか?」
 A:「サイボーグならサイボーグなのでは?」(研究者風のお姉さん)
 A:「サイボーグ! そりゃいいなあ。俺もカンゾーをカイゾーしたらいくらでも酒飲めるようになんねぇかなぁ、ガハハハハ!!」(酔っぱらいの人)
 A:「ふむ、なるほどそういう事かい……!! なるほどなるほど……!! しかしそれも愛!! 結局愛さ少年!! 例え人間でなくとも愛を胸に宿せばなんの問題もないさ!!」(愛の人)
 A:「二足歩行なら人間じゃね?」(黒犬イレギュラーズさん)

●正解がどちらだったとしても
「え、結局どっち……? お姉さんと愛の人はさっきと言ってることが微妙に違うし……いや、まあオイラ自身そこまで気にしてる訳でもないけど……」
「あ、お兄ちゃん!!」
「え?」
 声をかけられ、振り返る。そこにはさっきのソフトクリームの女の子が居た。
「お兄ちゃん、いれぎゅらーずなんでしょ! 前にお父さんが助けて貰ったって言ってたよ!」
「君のお父さんが? えっと……」
 女の子が指さす先に、1人の男性がいた。オイラに向かって深くお辞儀をしていた。
 どの依頼だろう。こっちに来てから色んな依頼を受けてきたからなあ……悪人を成敗したり魔獣を討伐したり……他にもいろいろ……。
「ありがとうございました!」
 女の子がペコリと頭を下げる。どうしようかと一瞬だけ迷ったけど。オイラは。
「……どういたしまして! もしもまた困った事があったら、いつでも頼っていいからね!! お父さんにも、そう伝えておいて!」
「うん! ありがとうお兄ちゃん!! またね!!」
 手を振り、笑顔で走り去っていく女の子。オイラも手を振り返す。

 完全に姿が見えなくなった所で手を止めて。オイラはじっと自分の掌を見た。
 その手は、どこからどう見ても人間のもの。けれどその中身は金属、配線。機械で出来ている。
 だけど。その手が人間のものであったとしても、サイボーグのものであったとしても。オイラは何も変わらない。この身体が何で出来ていようとも。目の前に助けられる人がいたのなら。オイラはきっと、どっちつかずなこの手を差し出すだろう。
 それがオイラ。チャロロ・コレシピ・アシタだ。

「結局、はっきりとした答えは出なかったけど……うん。ま、いいか」
 ノートとペンを懐にしまう。そして大きく伸びをして、歩き出す。オイラの胸は、不思議な満足感に包まれていた。
「明日からも、いつも通りやっていこう」
執筆:のらむ
心を一つに
 放課後の教室はがやがやと騒がしい声で満ちていた。クラスメイト全員が教室に残っており、それぞれが発声練習をしたり、暗記するために歌詞をぼそぼそと呟いている。クラス対抗の合唱祭まで後一週間ちょっとであった。
「上手く合わないからパート別での練習をもっとしようよ」
 指揮者になったクラスメイトの提案にチャロロ・コレシピ・アシタはソプラノ担当の生徒たちのもとへと駆け寄る。男であるものの、サイボーグであるこの身は幼い頃のまま成長を止めている。未だに高い声を出すチャロロは自然とソプラノパートを担当することになったのだ。
 奇麗な高音が教室に響き渡り、チャロロは声を張り上げながらクラスメイトを見る。みんな真剣な表情で精一杯口を開けている。チャロロも絶対みんなで勝とうと心に決めながら張り切って声を出す。
 そんな中、一人の少女だけが俯いているのをチャロロは見た。体は少し震えていて手はぎゅっと握られている。
「大丈夫? すごい辛そうにしてたよね?」
 練習が終わりみんなが帰りの支度を始めたところで、チャロロはさっき震えていた少女に声をかける。無口な子で関りはあまりなかったが、あの姿を見て見ぬふりなどできなかった。
「あっごめんなさい。なんでもないの……」
「本当に? 何か困ったことがあるなら、オイラにできることは何でもするよ」
 その言葉に、少女は少し考えるように首をひねると協力してほしいことがあるとチャロロに告げた。

 放課後の練習から数時間後、チャロロたちはカラオケで歌の練習をしていた。とは言っても歌うのは主に少女の方でチャロロは聞くのに徹していた。
「さっきのところどうだったかな?」
 少女は苦手なパートを歌い終えると、顔を液晶画面からチャロロへと移す。少女の頼みとは歌の練習に付き合ってほしいというものだった。
「うん、すごくよくなったと思うよ」
 少女は昔から歌が苦手らしく、最初の方は声も不安げでか細かった。しかし、次第に緊張が解けて来たようで、今ではだいぶ声も出ている。それがまるで自分のことのように嬉しかった。
 少女はよかったと胸をなでおろす。そして、時計を見て慌てて口を開いた。
「こんな遅い時間までごめんね」
 その言葉にチャロロは全然気にしないでと笑顔で手を振る。そして、ふと気になったことを尋ねた。
「きみはどうしてこんなに必死に練習してるの?」
 クラスメイトの中に歌が苦手な人はそれなりにいたはずだ。だが、彼女ほど多くの時間を割いて練習している人をチャロロは他に知らなかった。
「みんなの仲間になりたいからかな」
 少女はゆっくりと話を始めた。
「私は歌が一番下手だから、誰よりも頑張らないと。そうやって自分の力でみんなに追いつけた時、私はきっとみんなの仲間になれると思うから」
 その言葉を聞いてチャロロは少し胸がざわつくのを感じた。それは一つの疑問。自分のこの声は自分の物なのかということだった。チャロロの体はサイボーグだ。自分は自然に歌えていたが、それはもしかすればこの身が機械だからなのかもしれない。
 今まで意識もしていなかった考えに、次第に頭は不安な気持ちで埋まっていく。普通の人は出来ないことがあった時、彼女みたいに必死に挑戦する。何度も壁にぶつかりながら試行錯誤して成長していくのだ。
 しかし、自分はどうだろうか。今後そういった成長ができるのだろうか? 機械仕掛けのこの体が成長することはない。そして自分の持つ力はサイボーグの体に由来するものが多い。力の強さや頑丈さは、生身の体で努力して身につけたものではない。
 そう考えていると、ふと気づいてしまったのだ。自分は普通の人間とは違う存在であることに。その寂しさにチャロロは強く手を握る。
「大丈夫?」
 急に黙ったチャロロを見て心配になったらしく、少女はチャロロの顔を覗き込む。チャロロは心配をかけないようにと無理やり笑顔を浮かべる。だが、一度生まれた寂しさはまだ消えずに頭の中に残っていた。

 放課後の練習や少女との練習を繰り返し、とうとう合唱祭の日になった。クラスメイトはみんな顔を輝かせて、頑張ろうと意気込んでいる。
 チャロロもそんなみんなにまざり、笑顔で声をかける。だが、気づくと自分は人間ではないという考えが頭に浮かんでしまう。そのたびにチャロロは首を振って合唱祭に集中しようとしていた。
 他のクラスの発表が終わり、とうとうチャロロたちのクラスがひな壇に上がる。クラス全員で話し合って決めた位置取り通りに立ち、練習の時にいつも横にいてくれた友達と笑顔をかわす。
 チャロロの隣は一緒に練習したあの少女だった。チャロロは無理やり笑みを浮かべて頑張ろうねと声をかける。
 そして、とうとう歌が始った。ピアノの優しいメロディーにクラスメイトの歌声が重なっていく。練習の時はばらばらだったソプラノとアルトが一つに合わさり美しいはもりを作る。クラスが一つになった瞬間だった。
 それが嬉しいはずなのに、チャロロの中で同時に寂しさも膨れ上がる。クラスみんなが一つになっている中、人間でない自分はその中に入れているのだろうか。この機械仕掛けの声はみんなの音と一つになっているのだろうか。
 長い伴奏が始った。チャロロは気持ちを切り替えようと胸を張る。そんな時、横の少女がチャロロの手を優しくつついた。少し驚きながらもチャロロは首を横にやる。そこには少女の笑顔があった。まるで一緒に歌えて楽しいというような屈託のない笑顔だった。
 伴奏が終わりチャロロは再び声を出す。その声にはもう迷いなどなかった。最後まで全身全霊で歌いきる。自然と温かな気持ちが胸に広がる。
 自分たちの歌が終わり、チャロロはクラスメイトと共に舞台袖にはける。
「すごく楽しかった。チャロロの優しい気持ちが私に力をくれたからだよ。ありがとう」
 少女の笑顔にチャロロは強く頷いた。やっとわかったのだ。確かに自分の体はこの先成長しないだろう。この先、みんなとの違いはきっと生まれ続ける。
 しかし、そうじゃないものもある。確かに自分のものと言えるもの。チャロロの心は他の人たちと一つになることができる。この体がみんなとの差を作っても、心だけはずっと繋がっている。
 チャロロはクラスメイト達とハイタッチする。その軽やかな音がいつまでも耳に残り続けた。
執筆:カイ異
自分は自分、オイラはオイラ
●依頼の帰り道
「今日は結構単純な依頼だったなぁ」
 チャロロ・コレシピ・アシタは海の近くの道をパーティと一緒に歩いていた。今日の依頼はいわゆる雑魚な奴らの討伐で、数も多くなかったのでそこまで張り合いのある内容ではないと感じていたチャロロ。
「まぁそう言うなって」
 依頼を受けたパーティリーダーが苦笑いする。
「あ、ごめん!」
 うっかり口からこぼれた愚痴に慌てて手で口を塞いだチャロロ。

 ――海の近くには崖があった。

「あれ、小石が落ちて来た」
 チャロロは崖の上から落ちて来た小石を摘まんで拾い上げる。特に大した石ではない。何だろう、転がってきたというか――そこで嫌な音が聞こえた。この小石が落ちて来たのは、落石の前触れだったのだ。
「転がって落ちて来る!!」
 勢い良く転がりスピードを増す落石。ぶつかったら大怪我は避けられない。
「みんな、下がって!!」
 チャロロは――両手で落ちて来た岩を受け止めた。

「チャロロ!!」
 パーティの仲間達が心配そうにチャロロを見つめる。指の先は機械が露出し、腕も少し肌が壊れていた。
「みんな――今のうちに通って!! 早く!!」
 上を見るとまだ落石は続いている。偶然にも、全てチャロロに向かって落ちて来るように見えた。
「し、しかしそれだとチャロロが!」
 心配するパーティリーダー。
「オイラの事はいいから!!」
 そう言っている間に次の岩がチャロロにぶつかる。耐えるチャロロ、剥ける肌。機械がどんどん露出する。
「――っ、すぐ助けを呼んでくるからな!!」

 パーティーリーダーは次の岩が落ちて来る前にチャロロ以外を引き連れて即座に通り抜けた。

「はぁ、はぁ……」
 この時のチャロロは集中していた。『絶対に止める』意志があった。

 落石が収まった頃、パーティーメンバーが増援を呼んできた。
「あれ、チャロロは……」
「まさか、海の下に落ちたんじゃ……」
 心配するパーティをよそに、チャロロは岩の中からひょっこり手を出した。
「おーい! オイラはここだよー!」
「無事だったのか! 良かった……」

 全員で力を合わせてチャロロを引っ張り出すと、チャロロの体はボロボロだった。それでも耐えていたのは、彼が機械の身体だったから――なのだろう。

「まったく、一人で無茶するなと出発前に言っただろう!」
「ごめんよ、すぐにメンテナンスするからさ」
 後ろの呼ばれて来た人々は、チャロロの露出した機械を見て驚愕しているようにも見えた。

(――ああそっか、普通の人には怖いかな。オイラが機械だっていう事)
 顔をうつむけたチャロロ。

「いやぁ、凄いですよ!」
「え?」
 逆に驚愕したのはチャロロだった。
「あの量の落石を止めるなんて! 下の海岸には人も居ましたし」
「えっ!? そうなの!?」

 実は岩を塞ぎ止めた時、パーティだけではなく、人知れず幾つもの人命を救っていたのだった。

「そ、そっかぁ……!!」
 思わず笑って、地面に寝そべったチャロロ。
(そうだよね。怖がられるような事をしたんじゃない。きっとオイラはとっても勇敢な事をしたんだよね)

●夕刻
 メンテナンスには少し時間がかかったが、今日中に何とか終わらせる事が出来た。酒場に集まるパーティメンバー。
「それじゃあチャロロの快復を祝って、カンパーイ!!」
「カンパーイ!!」
 と、乾杯する時にうっかりチャロロの握っていたグラスが割れた。力を込め過ぎたようだ。
「あっ……」
「良いって良いって、心配するな」
 リーダーがグラスの破片を片付ける。

「何か……オイラって、人っぽくないよ、ね?」
 うつむきながら、恐る恐る聞いてみるチャロロ。
「? チャロロはチャロロだろ。それ以外の何物でもないさ」
 リーダーは突然の質問にも普通に答えてくれた。
「そっか……オイラはオイラ、かぁ」
 今日は色々あったけれども。人間らしいかそうでないかは、この際、関係ないのかもしれない。そう胸に刻んで、ついでにペンを取り出しメモを取って。

『オイラはオイラ!』
 そう、ノートに書き記したのち、今度は慎重にグラスを触って乾杯をしたのだった。
執筆:椿油
オイラはオイラのままでいい
 チャロロはときどき、ふとしたときに寂しさのような、ぼんやりとした不安のような感情を抱く時がある。
 そういうのは決まって周りの人間と自分とを比較したときだ。
 同級生は16歳らしい年頃の体つきをしているのに、自分だけは10歳ほどのままで成長が止まっている。
 機械の体なので仕方ないと言われてしまえば、それはそう、仕方のないことだ。
 周囲はそんなチャロロを受け入れてくれるけれど、ふとしたときに思ってしまうのだ。
 ――自分は他の人間と同じにはなれないのだ、と。

 そんなことを、体育の時間、運動場でサッカーのディフェンスをしながらボーッと考えていた。
 試合はチャロロのチームが優勢で、彼の出番は今のところはない。
 たとえチャロロに出番が回ってきたとして、彼の機械の足でボールを少し蹴るだけでゴールネットにたやすく届くだろう。
 それを相手チームは「チャロロがそっちにいたら勝てるわけないじゃん、ズルい!」と泣き言を漏らしていた。

(オイラ、力の加減を間違えたら誰かに怪我させちゃうかも……)

 自分は周りの人間とは違う。
 周囲が年相応に老けていく中で、自分はやはり10歳の姿のままなのだろう。
 機械の体に死は存在するのだろうか?
 同級生の墓の前でちっとも変わらない姿のまま、立ち尽くす自分を想像すると背筋に寒いものが走る。
 そんな先のことを考えても仕方ないとはいえ、怖いものは怖いのだ。

 再びボーッと思案に暮れていると、不意に運動場に悲鳴が響いた。
 ハッとして声のする方を見ると、大型の獣が同級生に襲いかかろうとしている。

(魔獣!? なんで、こんなところに……!?)

 ライオンほどの大きさの魔獣は、口からよだれを滴らせながら、牙をむき出し、逃げ遅れた同級生に食らいつこうとしていた。
 チャロロはとっさに近くのカゴからサッカーボールを取り出して、魔獣に向かって蹴り飛ばす。

「オイラの友達から離れろ!」

 ボールは勢いよく飛び出し、魔獣の横っ面を直撃した。
 怯んだ隙に、同級生に駆け寄り、「早く逃げて!」とかばう。

 その刹那、怒り狂った魔獣の爪がチャロロの胴体を切り裂いた。
 服と人工皮膚が剥がれ、機械の体が露わになる。

「――ッこの!」

 しかし、チャロロの硬質な体は、逆に魔獣の爪を折ってしまっていた。
 魔獣はそれでも彼を喰らおうと腕に噛みつく。
 だが、チャロロは腕すらも機械。魔獣の牙も粉々に折れた。

「いい加減にしろーッ!」

 チャロロは魔獣を殴り蹴り、完膚なきまでに叩き潰して討伐したのである。

「大丈夫? 怪我はない?」

 チャロロが腰を抜かした同級生に歩み寄ると、彼らは一様にぽかんとしていた。

(あ……)

 チャロロは自分の状態を見て察した。
 機械部分が露出した体。
 人間のものではない体。
 それをまざまざと見せられて、戸惑わない人間はいないだろう。

(……やっぱり、オイラは他の人間のようには……)

 思わずうつむいてしまったチャロロに浴びせられたのはしかし、彼の予想外のものだった。

「やっぱ、チャロロってかっけぇ……」

「え?」

「すげぇよ、そんな小さな体であんな凶暴な魔獣に立ち向かって、勝てちゃうんだもん」

「ち、小さい体は余計だよ!」

 ムキになって反論するチャロロに、同級生たちは朗らかな笑い声を出す。

「それにさ、その体かっこいいじゃん。まさにヒーローって感じ」

「……みんなは、怖くないのか? オイラのこと……」

「ぜーんぜん?」

「どのくらいチャロロと付き合ってると思ってんだよ!」

 同級生たちがあっさりとした口調でそういうものだから、チャロロはなんだか調子が狂った。

(……でも、そっか。機械の体でも、みんな受け入れてくれるし、機械じゃなかったら、友達を守れなかったもんな)

 チャロロはノートとペンを取り出し、書き込む。

『オイラは、オイラのままでいい』

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