PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

生誕の日

関連キャラクター:クロバ・フユツキ

ファルカウにて夢を見る
 それは遠い記憶だ。
 それは平凡な記憶だ。
 それは懐かしい記憶だ。

 ――それは、もう叶わない記憶なのだ。

「きょうはダメです!」
「せ、雪雫?」
 ぐいぐいと背中を押され、キッチンに入ろうとした黒葉は肩越しの妹を見下ろす。やけに必死だ。何か失敗してしまったのなら後片付けは自分も手伝う――。
「ぜったい、ダメ!」
「ええ……?」
 断固とした妹の姿勢に、しかしこれを跳ね除けて泣かれたら嫌だと黒葉は折れた。しかたない、それなら剣でも降ってこよう。妹は素直で優しい良い子なのだ、何か理由があるに決まっている。
 後で話してくれるだろうと深く考えず、黒葉は外へ。あのどうしようもない保護者を、今日こそはのしてやるのだ。
 結果から言えば、彼が増やしたのはいつものように黒である。まだクオンと黒葉には実力の差があるのだから、当然といえば当然。しかし黒葉は早くあの背中を越えてやりたくて仕方がないのだ。
 早々に姿を消したクオンに歯軋りしながらも、黒葉は帰宅して――鼻を擽る甘い匂いに目を瞬かせる。
「雪雫? と、」
「おたんじょうび、おめでとうございます!」
 家は拙くも飾り付けられ、テーブルには不恰好なケーキが鎮座する。先に帰ってきていたらしいクオンが、ぽかんと口を開けた黒葉を鼻で笑った。
「まだまだガキンチョだな」
 なにおう、と黒葉が吠えれば、ケンカはだめと妹が眦を釣り上げる。
 3人がまだ共にいた、自身も妹も幼い頃の――。

「――クロバっ子、昼寝かい?」
「……いや、起きるよ。悪戯はやめてくれ」
 ヴィヴィが残念だ、と笑みを含みながら呟いて、クロバは居眠りしたのだと気づいた。心地よい風が、どこからか眠気も運んできたらしい。
(――そうか、今日だったのか)
 だからあのような夢を見たのだろうかと、クロバは秋の空を見上げる。父が自分を見てくれた時の視線も、言葉も、声の温度も、まだまだ鮮明で。

 随分と大人になったじゃないか。

 ストレートに『おめでとう』とは言わない父の声が、風に乗って聞こえた――そんな気がした。
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