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幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

子竜伝幕間

関連キャラクター:シラス

諷忌写本について
 貴族の有形財産といえば土地屋敷に宝飾美術、そして書物が挙げられる。
 書斎の壁を埋め尽くす本棚があれば合格。図書室があるのならば有力。更に資料室があれば一流。
 最低でも貴族年鑑、家系図が目の届くところに掲げられているのがフィッツバルディ派貴族の邸宅であった。
 己が血を誇っているのだ。目立つ場所に掲げるのは当然と言えば当然だった。 
 黄金色の調度品が眩しい玄関ホールに掲げられたタペストリーに織り込まれているのは樹形図のような家系図だ。
 屋敷の中に一歩足を踏み入れた瞬間、熟れた苺のような眼差しがそれを凝視する。月長石の髪を持つ華奢な幻想種――ドラマ・ゲツクだ。
「お客様?」
 案内を務めるメイドが困惑したようにドラマへと呼びかけた。
「気にしないで。仕事に取り掛かっているだけだから」
 木漏れ日のように柔らかな眼差しでマルク・シリングが告げた。
「……それでは依頼品を持って参ります」
 メイドが去って行ったことを確認すると。
「よく飽きずに眺めていられるよな」
 俺には何のことやらさっぱりだと言いながら、シラスはドラマの視界の邪魔にならぬように後ろへと下がった。
 貴族が率先して本を集めている時には大抵二種類が考えられる。
 一つは稀覯本、貴重書に学術的価値を求めている場合。もう一つは有形財産としての価値を求めている場合である。
 ドラマ、マルク、そしてシラスの三人は後者タイプの貴族に招かれた。
 家名、オーゲルミール。
 ローレットの情報屋曰く「稀覯本の一部をとある商会に売ることにした。書物の扱いと知識が豊富な、或る程度の信がおける者を家までよこせ」という依頼らしい。
 要するに使い走りだが怒らせると怖い幻想貴族。相手の満足する人選に決まるまで少しの時間がかかったが、これ以上ない面子が揃った。
 書を愛するドラマに学者肌のマルク。
「そこに何故俺が加わるんだ? 浮いてるだろ」
「そんなことないよ」
 声に呆れが滲むシラスにマルクは微かに笑った。
「相手方からの条件に『信がおける者』と入っていたから、僕たち二人の監視役として呼ばれたのかもしれないね。この家の人とローレットを仲介した人物が君を推薦したのかも」
「お待たせしました」
 ドラマが二人の元へと戻ってくる。
「何か分かった?」
「はい。お名前は全て古い時代の文字で刺繍されておりスペルミスもありません。歴史ある有力貴族と言うのは間違いないようです」
 穏やかな羊雲のようにふわりとドラマは告げる。
「その割には家名に聞き覚えが無いんだよなぁ、おっと」
「お待たせしました」
 戻ってきたメイドが焦茶色のレザートランクを恭しく差し出した。
 シラスが受け取ったそれは意外と重く、揺らしても重心が動く気配がない。
「これを指定された商会まで届ければ良いんだな?」
「左様でございます」
「中身は一冊?」
「お答えできません」
「書斎や図書室は見られないのですか?」
「ご主人様はそれをお望みではないようです」
 締め出されるようにして屋敷を後にした三人は煮え切らない表情で互いを見つめた。
「取り敢えず指定された場所に届けるか」
「そうですね」

 三人が依頼を遂行した数後日、新聞に「強盗か、商会員惨殺」の見出しが小さく踊る。
 見覚えのある商会の名にシラスは眉を顰めた。

執筆:駒米

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