PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

人形少女食事録

関連キャラクター:ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド

おいしさのわけ
「お嬢ちゃん。新作のケーキ、試食してくれないかい?」

 昼食のために立ち寄った喫茶店だった。どうやらここは主人が半ば趣味で経営しているところらしく、客との距離も近い。ころころとした笑い声が響く中、柔らかな声がヴァイスに向けられた。

 この喫茶店に来たのはたまたま目に入ったからで、もちろん常連ではない。だからそんな風に声をかけられるとは思わなくて、思わず首を傾げた。

「私?」
「そう、君さ」

 手元のメニュー表に目を落とす。スパゲッティやサンドイッチ、サラダが並び、最後のほうにドリンクやケーキが書かれている。この店のものは、まだ食べたことがない。

「女の子に好かれそうなケーキを出したくてね」

 だからお嬢ちゃんに食べてもらいたいのさ。そうからりと笑う主人。本当にいいのかしら、という疑問が湧き上がるが、そう主人に見つめられては断りにくい。私でよければ、なんて口にして、それからグラタンとサラダ、紅茶も一緒に注文した。

「ちょっと待っててね」
「ありがとう」

 人らしい生活に、憧れている。精巧に作られてこそいるが、自分はどこまでも人形だ。普通の人のように過ごすことはできても、人になりきることはできない。
 だけど、それと同時に、「人の生活」に憧れるのだ。

 運ばれてきたサラダとグラタンを、そっと口に運ぶ。
 サラダはドレッシングがうっかり垂れないようにしないとといけないけれど、出来たては冷たくてしゃきしゃきしている。グラタンは口の中をやけどしないように、最初はふーふーと息を吹きかける。冷めたらそんな心配しないでいいのだろうけれど、やっぱりあつあつの時に食べてしまうのが、「おいしい」。

「おいしそうに食べてくれて嬉しいよ。はい、これがケーキ」

 紅茶と共に置かれたのは、さくらんぼのタルトだった。瑞々しい果実が、鮮やかな色の生地の上で輝きを放っている。店主が見守る中、タルトにさくりとフォークを刺す。

 口の中にタルトを運ぶと、生地が口の中でさくさくと崩れた。柔らかなカスタード、甘酸っぱいさくらんぼと混ざり合って、ひとつの味わいを作り出していく。

「おいしいわ」

 手のひらを頬にあてて、ふわりと微笑む。

「きっと人気のメニューになるわね」
「本当かい?」

 頷いて、再びフォークをタルトに刺す。うっかり生地をぼろぼろにしてしまわないように、そっと、優しく。

 おいしい食事をありがとう。そう伝えると、店主は心底嬉しそうに笑った。
 その表情に、おいしさのわけが詰まっているように思えた。

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