PandoraPartyProject

幕間

食べないでください!

関連キャラクター:ベーク・シー・ドリーム

酔っ払いのおっさんども
 宵闇には少し早いか。夕暮れ時にその二人組はゲラゲラとくだらない話で腹を抱えながら歩いていた。
 だが互いにピタリと歩みを止めて、スンと鼻を鳴らして周囲を見回す。
「オイ、なあ、待てよ。なんか匂うぜ」
「ああ、なんとも香ばしい──それでいてプーンと甘い香りが漂ってやがる」
 ローレットの依頼を終え、帰路につくためすいすいと町中を泳ぐように移動していたベークは、そんな不穏な会話を不幸にも耳にしてしまった。
(間違いない、僕のことだ……か、隠れなきゃ)
「あっ! あれは鯛焼き屋の屋台の看板か? ちょい酔っ払いすぎたか……!? なんか動いてるように見えるぜ」
「いや、間違いねえぜ。あの鯛焼き、デカすぎんだろ……俺、酒飲んだあとは甘いモン食いたくなるタチ」
「俺も~~! おーい、おーーーい! お前、いくらだ~~!? おいくら万円だ~~!?」
「おい逃げんなよ! そのデカい鯛焼き、売ってくれよ!!」
「ヒィィイイ!!! 僕は食べ物でも売り物でもありません!!!」
 実際酔っ払いのおっさんにお前いくらだ~~!? とか言われながら迫られたら恐怖でしかない。ので逃げる。
 酔っ払い二人と鯛焼き(ではない)の地獄みてえな追いかけっこが不本意にも始まった。
 周りの人々は「ああ、いつものことね」とニッコリ和やかに見ていた。助けろ。
執筆:りばくる
子供ってすごく残酷
 今日の1日は何をしよう。今日はきっと楽しい日になるだろうな。などなどを考えながらも、うきうきるんるんとベークは街の中を歩く。
 その姿が周りからどう見えているかなんて気にすることなく、わっくわくでスキップまで交えて歩いていた。

 そんなふわっふわゆるっゆるな1日を彩るように、子供達の姿が目に映る。
 子供達は皆楽しそうに遊んでいたが、ベークが近くを通りがかった瞬間に子供達の視線が移される。

「あっ! たいやき!」
「たいやき!? どこどこ!?」
「ほらあそこ!」

 まあなんて可愛らしい子供達の声なのだろう。ベークはやっぱり気にすることなく、むしろ注目浴びてるなぁ、ぐらいにしか思っていなかった。
 おかげで子供達が散歩中なベークの後ろを一緒に歩いていることなんて気づかないまま。キラキラとした眼差しさえも見えないまま。

 どのぐらい歩いたか覚えてないけど、止まる度になんだか尻尾辺りが触られたような気がする。っていうかちょっと触られた。きゃーえっちなんて言う暇も無く。
 それだけ子供の好奇心というのは強く、そして離れないもので。

「ねえねえ、食べてみてもいいかな?」
「バカ、食べたら怒られるだろ!」
「でももう、いい匂いで限界だよぉ」

 ベークが歩けば歩く度に辺りには良い匂いが広がるのは、街の中では常識だ。
 香ばしく焼けた小麦粉の皮はほんのりとした甘さが含まれており、良い焼き加減なのだと知らしめて。
 ついでにちょっぴり固めに焼けた尻尾は、また別の香ばしさを含んだ風を周辺に送り込む。

 その中身はなんだろうな。あんこかな。カスタードかな。チョコレートかな。
 ああ、齧り付いてしまいたいと、子供達の食欲が止まらない。

 ……とは言えベークは本来たい焼きではないので、食べても鯛の味しかしない。
 それだけが子供達には残酷な事実となるのだが、その事実を伝えられる人物――ベークは今や命の危機だと汗がダラダラ。

「ううう、我慢できない我慢できない!」
「た、たた、食べちゃう? 食べちゃう?」
「逃げられる前に食べちゃおうか……??」

 なんか子供達の相談話まで聞こえてきた。
 ちょっとそろそろヤバい気がしてきたベークは、すさささーと音もなく走って逃げた。

「あっ、逃げた!」
「だめー! おやつー!」
「おやつ!? いやいやいや僕はおやつじゃないんですが!?」
「たいやきのくせにおやつじゃないなんて嘘だーー!!」
「食べさせろーー!!」
「ぎゃーー!!??」

 この日、楽しくなるだろうなと思った1日は子供達との追いかけっこで全部消化される。
 後日ベークは本当に食べられたが、食べた後の子供達の表情は……お察しください。
焼きたては冬のご馳走
 さて、まるっと時節を無視するが、今は冬真っ盛りであった。
 それはそれは寒い冬の夜。ベークは寒さを肌に……皮に? 感じながら家路を急いでいた。
 いくら温度変化に強いとはいえ、寒さは厳しい。このままでは雪が降って皮がふやふやになってしまうかもしれない。
「たい焼き……」
 ふと声が聴こえる。無視できずに辺りを見渡したベークはぎょっと驚いたように目を見開いた。
 なにせ振り返れば、寒さで顔を真っ赤にした男が虚ろな目でこちらを見ているのだ。驚くなという方が無理な話だろう。
「あのー……何か御用でしょうか?」
「いや、ほんと寒くって。たい焼きって……」
 焼きたてはあったかいんだろ? その言葉を聞いた瞬間にベークは走り出していた。
「あのあの! 僕って全然焼きたてでもあつあつでもほかほかでもないんですけど!!」
「いやいやわからないじゃねえか! ほらちょこっと齧らせてみ? 実は焼きたてかもしれねぇじゃねえか!!」
 だめだこのおじさん。寒さで訳が分からなくなっている。
 話の通じなさを察して逃げるたい焼……ベーク。それを追いかける男。
 ふたりの追いかけっこが終わるころにはきっと寒さなんて忘れるくらい温まっていることだろう。頑張れ。
執筆:凍雨
心頭滅却すれば暑さもまた……?
 今日はとても暑い日だ。暑すぎて暑すぎて溶ける、焼ける、煮える。なんでこんな日に出歩いたのかとベークは後悔するが、出ちゃったものはしょうがない。さっさと用事を済ませて帰ろうと、そう思っていたのだ。
「あ、たい焼きだ」
 後ろから聞こえたその声にビクリと動きが止まる。そーっと振り返ると子供たちの集団が。これはまた襲われるのではと逃げ道を考える。とりあえず広くて人の多い通りに出よう、後は助けを叫んで走っていたら何とかなるはず……そこまで考えたところでベークの耳に入ったのは意外な言葉だった。
「たい焼きって言ってもおいしいけど熱いじゃん」
「そーそー、今はアイスとか食いてぇよ」
「わかるわかる」
「暑い日に熱いたい焼きを食べようって気にはなー」
 なんと、襲撃回避! ベークは今日初めて真夏のクソ暑い日差しに感謝した!
 暑い日に出てきてよかったぁとルンルン気分で歩みを進める。進めていた。
「いや、でもさ、心頭滅却すれば火もまた……とか言わねぇ?」
 あ、なんかヤな予感がするなってベークの第六感が言う。
「つまりクソ暑い中で焼き立てのたい焼きを食ったら暑さがまぎれる?」
 まぎれませんが!? と突っ込みたかった。だが突っ込んだらダメな気がした。歩みが早くなる。
「それならあの焼き立て熱々のたい焼きを食べないとだなぁ」
「焼きたてでも熱々でもありませんが!?」
 今度は駄目だった。つい振り返って突っ込んでしまう。そしてそれを聞いた子供たちの目がぎらついた。獲物を狙う肉食獣の目とかそういうのに似てる。暑さで頭がおかしくなってるのかもしれない。
「熱くない?! じゃあ冷たいってことか!?」
「アイスたい焼き!? 食いてぇ!」
「横取りすんなよ、俺のだからな!!!」
「ひぇっ、僕はアイスたい焼きとかそういうものでは……た、助けてぇぇぇ!!!」
 嫌な予感というものはやっぱり的中するもので。結局ベーグと子供たちは真夏の殺人的な暑さの中で汗だらけになりながら追いかけっこをする羽目になったのだった。

 熱中症には気をつけようね!
執筆:心音マリ
夏の思い出。或いは、空腹はすべてを凌駕する…。
●僕と原住民の夏休み
 陽気なレゲエに、灼熱の砂浜、それから高くあがる波。
 波のざわめき、風の音。
「あのぅ? 僕はこれからどうなるんでしょうか?」
 木の棒に縄で括りつけられている鯛焼きが、そんな疑問を口にする。
 2人の男に抱えられ、ベーク・シー・ドリームは砂浜を行く。
 視線の先には、焚き火で熱された巨大な鉄板があった。
「辟シ縺」
「鬟溘≧」
「螳エ莨壹☆繧」
 ベークを運ぶ2人の男と、鉄板に獣脂を滑らす若い女が答えを返す。
 獣の皮と蔦で編んだ衣服を纏う、褐色肌の男女である。木の実の汁で体に描いた奇妙な模様には、いったいどんな意味があるのか。
 彼らが何を言っているのかは分からない。
 しかし、何となく言葉の意味は予想が出来た。
 それも当然。
 何しろ、これまでの人生で何度も繰り返して来たやり取りなのだから。
「僕は鯛焼きではないです! 食べないでくださーい!」
 夏の空に、ベークの叫びが木霊する。

 夏の嵐に巻き込まれ、ベークは海を漂った。
 数日の漂流生活の末、辿り着いたのはどこかの陽気な島である。
 白い砂浜には、古めかしい巨大なスピーカー。
 流れるレゲエのリズムに合わせ、揚々と踊る褐色肌の男たち。
 纏う衣服や使う言葉から、彼らが所謂“原住民”と呼ばれる類の人間たちだと理解した。
 誰もが痩せこけ、疲れた顔をしているように見える。
 きっと、満足な食糧を得られていないのだろう。
 となると、この踊りは「食料を乞う儀式」の一環なのではないか?
 一瞬の間にそこまでを予想し、ベークはひとつ溜め息を零した。
「……せっかく流れ着いた島ですが、すぐに脱出した方がよさそうですねぇ」
 砂浜に横たわったまま、ベークは這うようにして海へと向かう。
 と、その時だ。
 ひゅう、と強い風が吹き抜け、ベークの放つ甘い香りを男たちの方へと運んでいったのだ。
 嗅ぎ慣れぬ甘い香りに、男たちが踊りを止めた。
 くるり、と。
 男たちは一斉にベークの方へと視線を向ける。
「鬟溘>迚ゥ縺具シ」
 誰かが放ったその一言をきっかけに。
 ベークと男たちによる、ごく短時間の鬼ごっこが始まった。

 疾走の末、ついにベークは捕まった。
 空腹の限界を迎えた男たちの執念が、ベークの逃走力を上回ったのだ。
 そうしてベークは、数人がかりで抑え込まれて、木の棒に括りつけられる。
 その間に、砂浜の真ん中では焚き火が炊かれ、鉄板が熱されていた。つまり、調理の準備は整っているというわけだ。
 鉄板の横に転がっているのは岩塩か。
「……塩は合わないと思うんですよ」
 熱々の鉄板へと視線を向けて、ベークは己の運命を悟る。
 言葉は通じない。
 しかし、気持ちは伝わった。
 にこり、と鉄板を準備していた女性が笑って……岩塩を脇へと押し退けた。
執筆:病み月
哀れなオヤジの物語。或いは、在りし日の妄執…。
●Go! Go! Swim! Swim! Taiyaki!
 ある晴れた日のことだ。
 ベーク・シー・ドリームは釣り上げられた。
「あぁ、やっと見つけた。まったく随分と長い間、探し回ったよ」
 鉄板を火で加熱しながら、その男は「ははは」と快活に笑う。
 一見すると、人の良さそうな中年男だ。
 長い間、陽の当たる場所で仕事をしてきたのだろう。腕や顔は、すっかり日に焼けている。
「喧嘩したのは、どれだけ昔のことだったかなぁ。お前は怒って、海に逃げ出したんだったよなぁ。あん時は俺も若かったし、腹も立てて怒鳴り散らしたけどもさぁ」
 高温となった鉄板に、中年オヤジはたっぷりのバターを乗せた。
 とろり、とバターが溶けるにつれて辺りには上質なバターの香りが立ち込める。
「あのぅ……人違いじゃぁないですかね? 僕はあなたのことを知らないのですが」
 恐る恐る、と言った様子でベークはオヤジに声をかける。
 ベークとオヤジが遭遇したのは、今から数十分ほど前のことだ。穏やかな海を、たいやき姿で漂っていたベークの傍に小舟に乗ったオヤジが寄って来たのである。
 小舟には『Taiyaki! Go!  Go!』の文字がある。きっと会社か店の名前だ。
 オヤジは一時、漂うベークに視線を向けた。
 まるで観察するような目つきだったように思う。
「……あなたも僕が美味しそうに見えますか?」
 思わずベークはそう問うた。
 瞬間、オヤジはにぃと口角を吊り上げる。
 これ以上に嬉しいことなど無いとでもいうような、満面の笑みだった。
 直後、ベークは全身を糸に絡めとられた。
 ほんの刹那の、瞬きをする間の出来事だった。
「っ!?」
 船の甲板に釣りあげられたベークを覗き込むようにして、オヤジは言った。
「やぁ、探したよ! 何年も何年も! 俺ぁ、ずっとお前を探し続けていたんだよ!」
 この時点で、嫌な予感がしていたのである。

「毎日、毎日、鉄板のうえで焼かれるのが辛いってお前は言っていたよなぁ。俺ぁ、それがたいやきの仕事だっつって、お前の話に耳を貸そうとしなかった」
「いえ、あの……何の話をしているんですか?」
 手際よく調理の準備をしながら、オヤジは上機嫌に鼻歌なんて奏でているのだ。
 その耳は、ベークの声を拾っている。
 その目は、ベークの姿を見ている。
 その言葉は、ベークへと投げかけられている。
 けれど、ベークのことを別の誰かか……或いは、何かと勘違いしている。
「海は広かっただろ? 心が弾むようだったろ? どこに住んでた? 難破船とかかなぁ? 鮫にいじめられたりしなかったか? あぁ、いいんだ。お前が元気でいてくれたなら、どうだっていいことだよなぁ」
 
 これは、在りし日の妄執に囚われた哀れなオヤジの物語……。
執筆:病み月
猫VSたい焼き。路地裏での決戦

「ニャー」
「あー……まあまあ、まあまあまあ。まあ待ってくださいよ。話し合いましょう。いや、話し合いましょうニャア」
「……」
 突然だが、ベーク・シー・ドリーム(たいやき姿)は猫の軍団に取り囲まれていた。
 ぶらぶらと上機嫌で町を散歩していたベークは、上機嫌のままに路地裏へと不用意に足を踏み入れた。
 そこが、獲物に飢えた猫共がひしめく魔の路地裏だとも知らずに……。
「ね? ほら、今時猫が魚をくわえてどうのこうのなんて流行りませんし。それよりピーナッツとか食べません? おいしいですよ、ピーナッツ。あれ、猫ってピーナッツ大丈夫だっけ……あー、やっぱりピーナッツじゃなくてカシュ―ナッ」
「フシャーーーッ!」
「ごめんなさい」
 猫たちは数を増やしながら、徐々にその包囲網を狭めていく。
 喰われる。しかし猫相手に暴力を振るのはあんまり良くないと思う。
 いやでも道に落ちてるたい焼きを貪ろうという考えも、それはそれで良くない考えだと、
「グルフシャーーーーーーーッ!!」
「ごめんなさい」
 怒られた。
 猫達は舌なめずりをして、瞳を細めギラつかせる。そしてその鋭い牙がキラリと光ったかと思うと――。
「「「「グルグルフシャーーーッシャッシャッシャーーーッ!!」」」
「うわあきたあああ!! 鳴き声が全然可愛くないーーっ!!」
 一斉に飛び掛かる凶猫共。ベークは尾びれをバシンッ!! と地面に叩きつけて跳び上がると、スレスレの所で強襲を避ける。
「あぶ、あぶ、あぶない……!!」
 空中で必死にパタパタと身をくねらせながら回転し、ベチャっと地面に着地する。
「ギニャガグルギシャァアアアアアアアッ!!」
「うわあああ!! もう来ないから許してください!! 鳴き声が怪物じみた猫さん達ーーッ!!」
 華麗なる跳躍により包囲網を突破したベークは、尾びれをバタつかせながら駆け出した。
 飢えた凶猫の執念は凄まじく、表の路地に抜けて酒場の中を突っ切り、屋根の上から上へ飛び移って池を泳ぎ渡っても決して諦める事は無かった。
「ゼエ……ゼエ……なんという食への執着……!! でも、僕の勝ちの様ですね……!!」
 だが、ついに振り切る事に成功した。最後はどこを走っているのか分からない位必死だったが、どうにかなった様だ。
「フゥーー……ん?」
「ワン」
 息を整え前を見ると、舌を出し涎を垂らしながらこちらを凝視する黒犬がいた。
 周りを見回す。周りにもいた。
 そう、ここは飢えた犬共がひしめく路地裏だったのだ……。
「あー、まああまあまあ。ほら、あれですよ。魚をくわえてどうこうするにしても、それをやるのは犬じゃなくてやっぱり猫」
「グルバァアアアウッ!!!」
「ごめんなさい」
執筆:のらむ
シモン・マーサの後悔と悦び。或いは、あの日の続き…。
●毎日毎日
 シモン・マーサが海に出たのは、今から数年ほども昔のことだった。
 かつて共に過ごし、そして喧嘩別れした、1匹のたい焼きを探すためだ。
 たい焼きの屋台を改造した武装船に乗り、シモンは目的もなく海を彷徨った。
 それはまさに、妄執と呼ぶにふさわしい。
 あの日、別れたたい焼きとの再会を願えばこそ、死にそうな目に遭いながらも航海を続けることが出来たのだ。
 南海では巨大なマッコウクジラと激闘を繰り広げた。たい焼きはこいつに食われてしまったかもしれない……そう思ったシモンは、わざとクジラに食われて腹の中を探した。
 北海では巨大な牡蠣の怪物に逢った。通称UFO(unidentified flying oyster)と呼ばれるそれに追われながらも、彼は一心不乱に氷の海を突き進んだ。
 南へ、北へ……そんな過酷な毎日を送り続けて、数年ほども海を彷徨って。
 そして、ある晴れた日。
「やぁ、探したよ! 何年も何年も! 俺ぁ、ずっとお前を探し続けていたんだよ!」
 彼はついに、あの日に袂を分かったはずの、愛しいたい焼きと再会したのだ。

 鉄板の上で、巨大なたい焼きが焼けている。
 逃げ出そうと暴れるそれを押さえつけ、シモンはにこりと微笑んだ。
「おいおい、照れているのか? 俺とお前の仲じゃないか。そんなに怒らないで、またお前を焼かせてくれよ」
 甘い香りが漂っている。
 焦げ目がついたたい焼きを、シモンは慣れた手つきでひっくり返した。
「いえ、ですから。おじさんの知り合い? らしいたい焼きと僕は無関係なんですってば。僕はベーク・シー・ドリーム。たい焼き違いですよ?」
 焼かれながらもベークは言った。
 鉄板の熱程度、ベークの耐久力からすれば虫に刺された程度のダメージしか残らない。だからと言って、焼かれ続ける日々にもすっかり疲れているが。
「ベーク? お前、ベークって名乗ることにしたのか? あぁ、分かった。お前の意思を尊重しよう。俺ぁ、お前のことをベークって呼ぶよ。そうだ! この店の名前も“たい焼きベーク”に変えるってのはどうだろう?」
 シモンの目は、不気味なほどに爛々と輝いて見えた。
(あぁ、駄目ですね)
 シモンに言葉は通じない。
 彼はすっかり、おかしくなってしまったのだ。
 たい焼きを探す旅の中でそうなったのか。それとも、最初からそうだったのか。
「さぁ、それじゃあ味見といこう。って言っても、俺とお前が組んだんだから味はいいに決まっているよな」
 なんて。
 シモンがナイフを取り出したのを見た瞬間、ベークはその場で激しく跳ねた。
 振り回されるベークの尾が、シモンの顔面を殴打する。それから、シモンを打った反動でベークは海へと跳び込んだ。
執筆:病み月

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