PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

よろずな日々

関連キャラクター:ヴェルグリーズ

ファーストステップ
「待たせたかな?」
「……お、いい匂い」
「いえ、そんなことは。二人とも来てくれてありがとうございます」
 ヴェルグリーズが合鍵を使って星穹の部屋の扉を開ければ、ふわりと鼻を擽る優しい香り。
 エプロンをつけた星穹がぱたぱたとキッチンへ戻っていくのを横目に、クロバとヴェルグリーズはそれぞれ靴を脱いで、部屋へと上がった。
「どうせ空に出す前に試食して欲しいとかそんなところだろう?」
「ふふ、その割には毎日頑張ってるみたいだったけどね。隣の部屋からいい匂いがしてきたから」
「……お見通しでしたか。適当なところにかけてください。……空は?」
「眠ってるよ。起きても此処にいるって解ると思う」
「ま、必要なら迎えに行こう。子供だしな」
 四人がけのテーブルに隣り合って座ったクロバとヴェルグリーズ。米と味噌汁、それから野菜炒めは用意されていた。の、だが。
「……今日練習したのは、こちらなのです」
 緊張した面持ちで出されるのは、ふっくらと焼き上がり綺麗な黄色をした――
「玉子焼き、かな?」
「おお、上手いじゃないか」
「クロバ様の御指南もありましたから。味付けが……好みがあると聞いたので、どうすればいいのかわからなくて」
 凝り性だ、とクロバは思う。
 料理なぞ拘る必要がないところもある。だがしかし星穹にそれは無理だろう。
 ただでさえ自分に無頓着で子育てもしたことのない人間が、ひとりの子供の命を預かってしまうことになったのだから。
 焼き立てをすぐに持ってきてくれたのだろう、湯気のたつそれは口のなかでじゅわり、ほろりと形を崩していく。
「……どう、でしょう」
「……うん、美味しいよ」
「だな。心配することはないと思うぞ」
「そうですか……良かった」
 ほっと胸を撫で下ろした星穹は、安心したように笑みを浮かべた。

 それはまだ夏の始まった穏やかな日のこと。
 星穹が、銀鞘を置き消える前の、夏の日の話。
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