幕間
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『仮面の舞姫』
『仮面の舞姫』
関連キャラクター:雨紅
- それは美しく
- 特段、芸術が好きというわけではなかった。舞台やら踊りやらも見たことがほとんどなくて、だから友人に旅芸人の公演に誘われたときも、「断るのが厄介だな」程度のことしか思わなかった。
目をきらきらと輝かせる友人の隣に、静かに舞台を眺める僕。周囲はそわそわと公演を楽しみにしているのに、自分だけが浮いていた。
「ほら、始まるよ」
演目は、人形回しや歌が多かった。よく飼いならした生き物と一緒に芸をするものもあったけれど、「おお」という声が漏れたのもそれくらいだった。友人のように何度も拍手を送ろうと思うほど、のめり込むことはできなかった。
好きな人ならば、きっとこれは面白いものなのだろう。だけど、残念ながら僕には、友人に付き合って暇つぶしをする程度のものにしかならないのだ。
残りの演目をどうやり過ごそうか。そう、思ったときだった。
会場の空気が、急に変わった。がやがやとした熱気に包まれていた場所が、興奮を閉じ込めたまま、ぐっと静かになった。
舞台を見れば、目元を仮面で覆った女性が、扇を手に佇んでいる。赤く塗られた唇がゆっくりと弧を描き、ゆるりと客席を見渡した。
厳かで、凛とした雰囲気に、会場が支配されていた。
彼女が一歩踏み出すたびに、衣装が艶やかにひらめく。軽く柔らかい足音が、耳に心地よい。
雰囲気は力強いままなのに、その舞は穏やかで優しいものだった。動きの一つひとつに繊細さが感じられて、気が付けば食い入るように見つめていた。
ふと、彼女と目が合ったような気がした。途端、身体の内側から熱が湧き上がっていく。
芸術が好きではないなんて、嘘だった。触れたことがないからと避けていただけだった。目の前で披露されているこの舞に、僕はこんなにも惹かれている。
この女性の舞は、そう、美しいのだ。
舞が終わり、僕は周りのひとに負けないように拍手をした。この舞で、僕の価値観がくるりと変わってしまったのだと、心を動かされたのだと、伝わればいいと思った。
後から、女性の名前を知った。雨紅、というらしい。どうやら、旅芸人の一団に呼ばれて舞を披露した人だったようだ。
彼女の舞を再び見ることができるように、彼女の名前とあの輝きを覚えていよう。心から、そう思った。
- 執筆:花籠しずく