PandoraPartyProject

幕間

『仮面の舞姫』

関連キャラクター:雨紅

時雨れの君
 黒死、接吻されたような、ゾクリとなる気分に触れたのはおそらく、私の気の所為なのだ。悪魔に誑かされた、天使に剥奪された、如何しようもないほどの異端性が脳髄に突き刺さっている。成程、全ては私の妄想なのだろう。総ては私のヒネクレ具合なのだろう。しかし観察すれば観察するほどに地獄とは『こう表現すべき』なのだと踊り子が微笑む。
 感情――人間には必要不可欠な、ひどくグロテスクな要素が仮面に隠されている。嗚呼、そうで在ればどんなに、良かったのだろうか。奇怪な事に口元、厭の赫々とした艶めきが喜怒哀楽を感染していくのだ。まわる貌は私よりも大きく、まるでブラック・ホールが如くに人々を魅了し、吸い込んでしまう――終いは何時なのかと、隣の誰かさんに訊ねてみた。アンタが満足するまでだよ。アンタが楽しめなけりゃ、意味がないじゃないか。
 私はようやくお姫様に出会えたのだ、と、思い始めていた事に気付く。深々と投げ込まれたコインがからからと幻想を嗤うかのよう。つまり私こそが一番、踊り子に酩酊していたのだ。もっと見ていたい。もっと覗き込んでいたい。もっと、溌溂と、鮮明と、病的な儘に――あなた様に笑顔を。現こそが自然体なのだと諭されたのか。
 日常を手放してはならないと人間は跪くものだが、私は非日常、オペラに狂わされても仕方がないと感じた。沸騰する拍手の中でふらりと盲目のような性質に囚われる。あ、あの――無意識の最中、私はアナタに息をかけた。
 ――また、魅せてくれませんか?
 がらがら、がらがら、蛇行じみてキャラバンが歌う。
 謳い、仄めかす通り雨が瞼をたたいた。
執筆:にゃあら
それは美しく
 特段、芸術が好きというわけではなかった。舞台やら踊りやらも見たことがほとんどなくて、だから友人に旅芸人の公演に誘われたときも、「断るのが厄介だな」程度のことしか思わなかった。

 目をきらきらと輝かせる友人の隣に、静かに舞台を眺める僕。周囲はそわそわと公演を楽しみにしているのに、自分だけが浮いていた。

「ほら、始まるよ」

 演目は、人形回しや歌が多かった。よく飼いならした生き物と一緒に芸をするものもあったけれど、「おお」という声が漏れたのもそれくらいだった。友人のように何度も拍手を送ろうと思うほど、のめり込むことはできなかった。

 好きな人ならば、きっとこれは面白いものなのだろう。だけど、残念ながら僕には、友人に付き合って暇つぶしをする程度のものにしかならないのだ。
 残りの演目をどうやり過ごそうか。そう、思ったときだった。

 会場の空気が、急に変わった。がやがやとした熱気に包まれていた場所が、興奮を閉じ込めたまま、ぐっと静かになった。

 舞台を見れば、目元を仮面で覆った女性が、扇を手に佇んでいる。赤く塗られた唇がゆっくりと弧を描き、ゆるりと客席を見渡した。
 厳かで、凛とした雰囲気に、会場が支配されていた。

 彼女が一歩踏み出すたびに、衣装が艶やかにひらめく。軽く柔らかい足音が、耳に心地よい。
 雰囲気は力強いままなのに、その舞は穏やかで優しいものだった。動きの一つひとつに繊細さが感じられて、気が付けば食い入るように見つめていた。

 ふと、彼女と目が合ったような気がした。途端、身体の内側から熱が湧き上がっていく。

 芸術が好きではないなんて、嘘だった。触れたことがないからと避けていただけだった。目の前で披露されているこの舞に、僕はこんなにも惹かれている。
 この女性の舞は、そう、美しいのだ。

 舞が終わり、僕は周りのひとに負けないように拍手をした。この舞で、僕の価値観がくるりと変わってしまったのだと、心を動かされたのだと、伝わればいいと思った。


 後から、女性の名前を知った。雨紅、というらしい。どうやら、旅芸人の一団に呼ばれて舞を披露した人だったようだ。

 彼女の舞を再び見ることができるように、彼女の名前とあの輝きを覚えていよう。心から、そう思った。
執筆:椿叶
運命的な小雨の日。
 雨を背景に舞うそれは、美しく妖艶なものだった。
 簡易な屋根しかない野外劇場、旅の一座の後、登場した彼女はあっという間に世界をものにした。
 爪の先まで白く美しい手が繊細な感情を伝えるべく一本一本、独立した動きを魅せる。
 それでいて足先も滑らかに動き、此処がどこだったのか忘れさせる。
 視線なんて仮面で遮られて分からない筈なのに、色気ある目線を感じて胸が高鳴り続ける。
 衣装もまた、全ての動きを計算した上で作られているのだろう。
 強烈な赤の袖が、金魚のように優雅に泳ぐ姿は悪戯な恋心のよう。
 金の装飾が雨によって幾つもの反射を生み、手の届かない宝石のように煌めく。
 惹き付けられて目が離せないほど、美しい世界観が構築されていた。
 ……果たしてどれくらい彼女は舞っていたのだろう。
 きっと時間に直して仕舞えば数分の出来事だったろう。
 にもかかわらず、その場いた全員が座席から立ち上がって拍手していた。
 大量の金を渡すついでに握手を求める人もいた。
 私は彼女の名前と特徴を記録してその列に加わった。
執筆:桜蝶 京嵐

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