幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
アンデッド・リデンプション
アンデッド・リデンプション
redemption
〔抵当に入れた財産の〕取り戻し、受け戻し、買い戻し、回収
〔義務・約束の〕履行
《神学》罪のあがない、贖罪
《金融》償還、兌換
◆あらすじ
失った記憶を取り戻すべく、マリカは近親者の眠る墓を探す旅に出ます。
その道中で人や死者を助けたり、『お友達』を増やしたり、悪霊を鎮めたりもするでしょう。
旅の邪魔をする墓荒らしや墓守をかわいそうな『お友達』に変えてしまうこともあるかもしれません。
しかし一向に探し物は見つかりません。
それもそのはず、彼女は本気で探してなどいないのですから……。
この物語はやがて訪れる贖罪に至るまでの前日譚。
関連キャラクター:マリカ・ハウ
- 白の森の小さな冒険
- ●噂話
幻想の片隅に、白の森と呼ばれる不気味な森が存在していた。
この森に不用意に立ち入れば、それが獣であろうと人間であろうと。動き彷徨う白骨死体のモンスター、スケルトンの集団に襲撃される。と、言われている。
そしてなぶり殺しにされた後、その肉を綺麗に削ぎ落され、残った白骨はめでたくスケルトンの仲間入りを果たすか、適性が無ければそのまま打ち捨てられるのだとか。
無数に彷徨うスケルトン、地面に散らばる無数の白骨。
それらの異様な光景から、この森は白の森と呼ばれているのである。
だが、この森の奥地には大きな墓場が隠されているというという噂も、同時に存在していた。
噂に寄ればその墓場には、かつて一国を滅ぼした強大な魔獣を討伐した勇者の遺骨だったり、千人を惨殺した大悪党の遺骨であったり。その様な明暗様々な伝説を持つ者の遺骨が納められているという。
実に眉唾な話だ。だが――
「話としては面白いし、観光としても悪くないよね♪」
この話を聞きつけたマリカ・ハウは、さっそくこの森の探索に出かけるのであった。
●白の森
「へー、ほー、ふーん……確かにいるなあ、色々と!」
一歩踏み入っただけで、マリカは全身で感じ取る。
この森を彷徨う無数の魂。彷徨う死者、怨嗟の籠った悪霊の嘆き。そして純粋な死の香り。
「匂いも声も過剰な位だね! それじゃ、さっそく行こっかな♪」
敵意、殺意の量も半端ではない。マリカは行ける屍の鎌『The Sweet Death』を構え、軽やかな足取りで探索を開始する。
歩みを始めるや否や、どこからか無数の矢が飛んでくる。マリカはヒョイと身を屈め、矢が飛んできた方向を見る。
そこには弓を構えた複数のスケルトンが弓を構え、次の射撃準備を行っていた。
「危ないじゃん! そういうの、よくないと思うな♪」
だが次の矢が放たれるよりも早く、マリカは一気にスケルトンたちの眼前に飛び出すと、鎌をひと薙ぎ。
赤黒い軌跡を伴った斬撃がスケルトン達の身体を両断した。
「なんだか……今日はいつもより機嫌が良い?」
鋭い一撃を放った骸の鎌を軽く撫で、マリカは呟く。
「空気に当てられたのかな? ま、いいか!」
その後、幾度にも渡ってスケルトンの襲撃にあうマリカだったが、どれも大した戦闘能力を持っていなかった。あるいは、マリカの調子が絶好調だったのかもしれない。
ともかくバッサバッサとスケルトンを両断し、吹き飛ばし、粉々にしながら。マリカはズンズン森の奥地へと進む。
「結構歩いたけど、ほんと深いなあこの森! 本当にこんな場所に墓場があるんだったら、確かにすごく凄い人のお墓があっても不思議じゃないよね♪ キミもそう思うでしょ?」
背後から剣を振り上げ襲い来る1体のスケルトン。しかしマリカがパチンと指を鳴らした瞬間、斧を担いだ『お友達』が出現し、その剣を弾き飛ばす。
「答えないかぁ。無口な人なんだね! やっちゃって♪」
マリカの声に応える様に、『お友達』は斧を振り下ろし、スケルトンを抉り壊した。
「でもほんとにスケルトンは多いし森は広いなあ! そろそろ見つけられても……ん?」
その時、マリカは視界の先に小さな人影を見た。明らかにスケルトンとは違う。赤いローブをその身に纏い、深くフードを被っていた。
「普通にこの森を歩いてるなんて、何か知ってるかも♪ すいませーん、ちょっと良いですかー!」
ブンブンと手を振りながら、マリカはその人影に向けて駆け出した。
「あぁん? 何じゃお前さんは……迷子かい?」
振り向いたその人物は、顔に刻まれた大きな傷と皺が目立つ、老婆であった。
「通りすがりのマリカちゃんだよ! この森に凄いお墓があるって聞いてやってきたんだ♪」
「そうかい」
老婆はボリボリと頬を掻きながら、その窪んだ瞳でマリカを見返すのだった。
●墓守
「ま、そうさね。その噂っちゅうのがどんなもんかはアタシゃ知らないけどね。大きな墓場があるってのは本当だよ」
「あ、本当に本当なんだ! 半信半疑っていうか、一信九疑って感じだったからビックリ!」
「そうかい。まあ、こんな場所に来る物好きも早々いないからね。いや、いないというか……興味本位で来る奴は大体死んじまうからねぇ」
老婆は目を細めながら森を見渡す。そして地面に転がる白骨も。
「確かにそうみたい! おばあちゃんは、この森に住んでるの?」
「ああ。アタシゃその噂の墓の、墓守をやっとるのさ」
「墓守! なるほど道理で! あの、だったらマリカちゃんをそのお墓に案内してくれないかな♪ マリカちゃんは、色んな場所でお墓を探してるんだよね!」」
「ほう、そうかい。珍しい話だねぇ……ま、荒らさないんなら別に構わんよ。付いといで、嬢ちゃん」
「ありがとうお婆ちゃん♪」
「アタシの名前はアニタだよ。この森は霧も出る。さっさと行くよ」
「はーい♪」
マリカは、アニタと名乗る墓守の老婆に連れられ、森を進む。
道中、やはりスケルトンから襲撃を受ける事もあったが、マリカが軽く蹴散らしてしまう。
「そんだけ実力がありゃあ、ここまで来れたのも納得だね」
「ありがとう♪ でも、お婆ちゃんは普段どうしてるの? どのスケルトンにも見つからず森を移動するなんて出来ないよね?」
「今はアンタがいるからサボってるだけさ。これでもアタシゃ、若い時はそりゃあ有名な魔術師だったんだよ」
「へー……」
全くそうは見えないが、事実この森を1人で悠々と歩いていたのだから事実なのだろう。
草と骨が彩る悪路を踏み越え、2人はその歩みを進める。
そして、その光景は唐突に目の前に姿を現した。
「これはまた……さっきまでと全然違うわ♪」
白の森の奥深く。そこにその噂の墓場があった。
スケルトンに溢れ、辺りに白骨が転がっていた道中とは、明らかに空気が違う。
赤と白の花に包まれたその空間には、いくつもの大きな墓標が立てられている。
豪華な装飾に彩られたそれらの墓標は、少し見ただけで丁寧に手入れがされている事が伺えた。
「アンタが探している墓がここにあるかは知らんが。ま、好きに見回りな。この辺には一応結界が張ってあるから、そこらをうろついてるスケルトン共はやってこないから安心しな……アタシは小屋で茶でも啜ってるよ」
「うん、ありがとうアニタお婆ちゃん♪」
ひらひらと手を振り去っていくアニタを見送り、マリカは早速墓標を見て回る。
墓標に刻まれた名前と、その者が成した偉業を見て回る。けれどそのいずれも、マリカがピンとくるものは存在しなかった。だが、興味を惹かれるものがあったのは間違いなかった。
「かつて小国を滅ぼした魔獣を打ち倒せし勇者の墓……千人切りを果たした凶剣士の墓……人々に英知を授けし賢者の墓……大悪魔を封印せし偉大なる聖職者の墓……うーん、本当なら確かに凄いけど、本当に? なんでわざわざこんなスケルトンだらけの森に?」
「スケルトンだらけの森に墓を建てた……というより、こんな連中の骨ばかりを集めてしまったこの森に、スケルトン共が寄って来た、ってのが本当の所じゃないかとアタシゃ睨んでるけどね」
「あ、アニタお婆ちゃん!」
墓守アニタは、温かいハーブティが入った2つのマグカップを手に再び姿を現した。その内の1つをマリカに手渡すと、墓を見上げる。
「アタシは実際にこの墓を建てた訳でも、生前のこいつらを知ってる訳でもないが……この墓からも、ここに収められた骨からも、尋常ならざる魔力を感じる。その強大な魔力のおかげで、この森そのものが変容しちまった、とかね。まあ根拠はない与太話だ。真に受けなくて構わんが……嬢ちゃんの目当ての墓とやらは、ここにあったのかい?」
「ううん。どれも立派なお墓だけど……ピンとくるものは無かったかな」
「そうかい。ま、そう気を落とすんじゃないよ。世の中に墓なんていくらでもあるからね」
「うん」
実の所、気を落としてなどいなかった。
それどころか、心のどこかで安堵している自分すら――
その時。ズシン、ズシンと地面を揺らす音と衝撃が伝わって来た。音と衝撃は徐々に大きくなり、段々『何か』がこちらに近づいてきているのが分かる。
「……ここって結界が張ってあるんじゃなかったっけ? お婆ちゃん」
「一応とも言っただろう、嬢ちゃん。生憎結界は専門外でね。たまーにデカいのがやってくるのさ。仕方ない……嬢ちゃん、そのハーブティと道案内の礼に、もう一働きしとくれるかい? アタシも手伝うからさ」
「このお茶って有料だったんだぁ……ま、いいよ! マリカちゃんに任せて、お婆ちゃん♪」
●白の森のお片付け
無数の白骨をめちゃくちゃに繋ぎ合わせ、巨大な人型を形成した『ソレ』は、全身からカタカタと不気味で乾いた音を響かせながら、ズシンズシンと墓場に近づいていた。
その目的は分からない。仮にその墓場に到着したからといって、一体どうしようというのか。
「まあ、そんなのは知らないし興味もないけど、マリカちゃんに出くわしちゃったのが運の尽き! 粉々にしちゃうから覚悟してね♪」
マリカは再び『The Sweet Death』を構え、その巨大な骨の怪物の前に躍り出る。
怪物は一瞬足を止めると、その顔らしき部分をマリカに向ける。
全身の骨をカタカタと揺らしながら巨大な腕を振り上げると、一気にマリカ目掛けて振り下ろす。
「よっと」
ひらりと身を翻し、最小限の動きでその一撃を避ける。それとほぼ同時に振り上げた鎌の刃が、一瞬にしてその大腕を斬り落としていた。
「遅い遅い♪」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、マリカは怪物を見上げた。怪物はその巨体から唸り声の様な音を発し、数歩後ずさる。
「なんだい。アタシの助力は不要みたいだね」
「お婆ちゃん墓守でしょ! ちょっとは仕事して♪」
「仕方がない」
墓守アニタは懐から杖を取り出し、軽く振るう。すると怪物の頭上から氷の槍が降り注ぎ、怪物の全身に突き刺さった。
「ほれ。後は任せたよ」
「もう、しょうがないなあ! みんな、一気にアイツを仕留めちゃって♪」
マリカの右目が妖しく光を放つ。するとマリカの周囲にわらわらと無数の『お友達』が姿を現した。それは大鎌を携えた骸骨であったり、青い炎に身を焦がす死体であったり、ケタケタクスクスと嗤う亡霊の群れであったり。様々な姿形を取った死者の群れであった。
「アンタ、死霊を操れたのかい」
「怒った?」
「いや別に。アタシが手入れする墓に手を付けなけりゃ何でもいいさ。それよりさっさと終わらせちまいな」
「了解! やっちゃえみんな♪」
マリカの号令を切っ掛けに、無数の死者が怪物に攻撃を仕掛ける。マリカの斬撃、アニタの氷槍によって大きく動きを鈍らせていた怪物は成すすべもなく『お友達』の群れに斬られ、燃やされ、溶かされた。そしてお友達が消えたときに残っていたのは、まるで灰の様に砕け散った、怪物の残骸のみであった。
「みんなおつかれーありがとー♪」
マリカがそう言うと、騒がしかった『お友達』の群れは一瞬にして姿を消した。
「中々やるね。よくやった嬢ちゃん。ほれ、駄賃にこいつをやるよ」
「……ん、これはなにかなお婆ちゃん!」
墓守アニタが差し出したのは、一枚の大きな地図であった。その所々にバツ印が刻まれている。
「こいつは、アタシが把握してる、あまり人に知れ渡っていない、いわくつきの墓場の場所を記した地図さ。極端に人里離れた山奥にあったり、呪いがあるだとか言われていたり、怪物が住み着いていたり。滅多に人が近づく事が無いが、どれも中々の大物達の骨が納められてる隠れ名物さ。ま、名物といってもどれも墓場だけどね。事情は知らんが、色んな墓場を見て回りたいんだろ? だったらこれが手助けになる筈さ。受け取りな」
「………………」
そっかー。色んな珍しいお墓の場所が記された地図かぁ。
これがあったらきっと冒険もはかどっちゃうなー。
マリカちゃんの記憶も、取り戻せる日も近いなー、なんて。
…………。
「うん、ありがとーお婆ちゃん♪ ありがたく受け取っちゃうね!」
結局、マリカはその地図を受け取る事にした。
「ああ。ま、こんな場所に二度訪れる事は無いだろうから、今生はもう会うこともないとは思うが。嬢ちゃんの願いが達せられることを祈っとるよ。生きとるうちに、それが達せられる事をね」
「……うん!! じゃあねお婆ちゃん♪ 色々とありがとー♪」
「長生きしなよ、嬢ちゃん」
こうして、マリカ・ハウの白の森における小さな冒険は幕を閉じた。
手にしたのは、1枚の大きな地図。これはもしかすると、マリカの記憶を取り戻す大きな一歩……だったのかもしれない。
マリカ自身が望むか望まざるか、それはさておいて。『ソレ』を取り戻す日は、いずれ訪れてしまうのだろう。 - 執筆:のらむ