PandoraPartyProject

幕間

アンデッド・リデンプション

redemption
〔抵当に入れた財産の〕取り戻し、受け戻し、買い戻し、回収
〔義務・約束の〕履行
《神学》罪のあがない、贖罪
《金融》償還、兌換

◆あらすじ
失った記憶を取り戻すべく、マリカは近親者の眠る墓を探す旅に出ます。
その道中で人や死者を助けたり、『お友達』を増やしたり、悪霊を鎮めたりもするでしょう。
旅の邪魔をする墓荒らしや墓守をかわいそうな『お友達』に変えてしまうこともあるかもしれません。

しかし一向に探し物は見つかりません。
それもそのはず、彼女は本気で探してなどいないのですから……。

この物語はやがて訪れる贖罪に至るまでの前日譚。


関連キャラクター:マリカ・ハウ

鋼の騎士
「そこな娘、動くな」
 背中の側に殺気を感じる。おそらくは剣を突き付けられているのだろう。
 面倒くさい性質の奴につかまった――。マリカ・ハウは心の中で舌を出しながら足を止める。闇の中を走り続ければ、『それ』から逃げることは出来るだろうが、少々からかってみたいという興味が勝った。
 時は宵闇、空は曇り。天義の国境地帯にあるうち捨てられた墓場では、霊魂が寄る辺なくさまよっている。
 後ろをちらりと見れば、サーコートを羽織った全身甲冑の人影。声は壮年の男のもの。真面目さが鎧を着こんでいるような響きだ。
「えー、職務熱心☆ もう日は沈んだってば♪」
 マリカにはサーコートの紋章に見覚えがあった。鋼で出来た飾り気のない天秤は、世にあるべき生死の巡りが訪れることに命を懸ける『鋼秤修道会』のもの。
 ありていにいえば、死霊と死霊術師の天敵である。
「貴殿が漂わせているのは不正な死の気配。よからぬものに憑かれているか、使役者か。どちらにせよ、生死の法を守るために、生かしてはおけぬ」
 これだからクソマジメは、とマリカは向き直る。
「そんなことをいってもさぁ、おじさん、骨と肉はどこにやっちゃったの?」
 死霊術を操るマリカには、騎士の正体が一目でわかっていた。
 『バー』、即ち霊魂のみが、執念で古びた鎧を動かしているのだと。暗闇でも、音はごまかせない。鎧は長年手入れをされていないのだろう。ぎしぎしといやな錆のこすれる音を立てている。
「どうせ、怖くて本当のこと認められないんだよね♪ 死霊を殺すのがお仕事なのに、死霊になっちゃったんだもの☆」
 騎士は何のことかわからぬ、と言いたげに剣を構え直す。かつては聖別されていたであろうそれは、今や昏い瘴気を纏っていた。
 現状を認める気は、ないらしい。完全に不浄の存在と化したかつての聖なる騎士は、己の誓いに縛られたまま、宿命の手から零れ落ちて地上をさまよっている。
「ほらほらそんなのしまってしまって! 連勤は体に毒だぞ♪」
(クソマジメそうだし、お友達にしたら、からかい甲斐があって面白そうかも?)
 マリカの魔性の右目が輝き、墓場全体がざわめき始める。
 バンシーの悲痛な叫び声が、魔宴の開始を告げた。
執筆:蔭沢 菫
中身知れずのウィッカーマン
 舞ら提げた魔除けの名を誰が記憶していたと謂うのか、餓羅餓羅と嗤う骸の厚い面、肉と血と皮がひどく綺麗に『直されて』いる。継接めいた糸の痕もなく、ただ注入された緑は此方と彼方を干渉し、謳わせる悪夢なのだろう。お菓子を渡さないと悪戯されてしまう。そんな夢現も忘れた愚かな者がぐつぐつと冒涜の限りを尽くしていた。まったく、お粗末な化粧だと何者かが嫌悪を吐いた。謂わなくたって知ってるさ、彼も彼女も最初から『死後のこと』なんて欠片も信じちゃいなかったのさ――その末路が虚のザマだ、お友達と見做すには些か、中途半端で醜いだろう。可もなく不可もなく。カーも無くイブも無く。本当に狂い、腐れた程度の、ただのハー、崩壊寸前の色薄な緑眼の怪物……。
 死霊秘宝を紐解いてしまったのは運命に依る、ある種の残酷な展開だ。到れるほどの罪すらも重ねず、怠惰に探し物へと虚つく。もう如何しようもない『あなた』だ。外道に縋り憑いた何方かも既に白骨、コツコツと集らせた塩気も風の魔物に攫われる。それで、消えるしかない死者の君「ついてくるんだね♪」――そうする他にないのだろう。絶望は絶望、在りの儘、真直ぐに、歪んで這い蹲る以外を忘れる。
 にやけ面のパンプキン・パイが大渦巻きを孕み、情け容赦のない墓穴を破壊する。土に塗れた棺は番を失くし『なくした主』を求めて叫ぶ。腹が空いた、腹が空いた、腹が空いたよぅ……蓋した事に後悔はなく、莫迦げた御伽噺に加わるのだ。これにてハッピー・エンド、これにてトゥルー・エンド。「そっちの方が楽しめるよね☆」意味を殺された言の葉が脳味噌――洟垂れとして漏れ、あふれる。ラバース或いはリ・バース、粘つく混沌の坩堝――ロリポップで要らないものを掻き出す。ウィッカーマンを薙ぎ斃せ!
 ハロウィンだ、ハロウィンだ、昨日も今日も明日も明後日も、ウィリアムの嘆きが届く。巻き付けた木乃伊の布に木々が発狂し新たな道として見做されたのだ。子供の背を羨み、嫉むかのようにピーカブーが従う。
執筆:にゃあら
たとえ死が分かとうとも
 "誰でもいいから、死霊術師は来てほしい。"
 そんな依頼を耳にして、マリカはとある屋敷に訪れた。話によると、依頼人も死霊術師の心得があるらしい。同じ術を扱う者ならば、きっと自分の過去も――とは別に期待していなかったが、同好の士がどんな助けを求めているのか、軽薄な興味が彼女を動かした。
 針葉樹が聳える林の奥。世間から隠れるように屋敷は存在していた。トントンと、ハロウィンにお菓子を貰いにきた気軽さで、マリカは扉をノックしてみる。
「あなたが死霊術師ですか!?」
 即座に扉は開け放たれた。痩せぎすの女が飛び出し、ぎょろりと血走った眼を向ける。
「ちょっとちょっと。顔近いってばー」
「付いてきてください」
 有無を言わせず女はマリカの腕を掴み、引き摺っていく。更年期も大概にしてほしいと、マリカは少しむくれる。
 辿り着いたのは重厚な扉の一室だった。暗い部屋に入るや否や、噎せ返る程の腐臭が鼻を突く。蝋燭の灯だけが、床や壁に隙間無く描き込まれた魔法陣を、薄っすらと照らし出していた。
 中央には一人の遺体が横たわっている。
 ――遺体、だろうか? 四肢は無く顔は抉られ、ただの肉塊に等しかった。数多の屍を従えるマリカには、直観的にそれが人間の死体だと感じ取れたが。
「私の、愛する人です。彼が帰ってくる術を、探しています」
「へぇー! 見せてみてよ♪」
 若干やる気を失っていたマリカだったが、馴染みの無い死霊術を前に、再び好奇心が蘇った。
 肉塊に近づく。一つの弱々しい魂の周りに、複数の魂が混ざり合い、縛り合っている。離れかけの魂を他の魂で抑えてるのだろうか。
「戻ってくるも何も、彼氏クンの魂はここにいるよね? こんなに混じっちゃったら、ふつーに話すのは無理っぽいケド」
 瞬間、女の形相が憤怒に燃えた。
「彼が帰ってこないと言いたいのですか!?」
「だからぁ、帰ってくるも何も――」
「あの人が! 帰ってこないと!?」
 あ、ダメだこの人。気が触れちゃってる。
 血塗れの短剣を突きつけられ、マリカは冷め気味にそう思った。だがそれも束の間、悪戯な笑みを浮かべる。
「結局さ、彼氏クンと一緒にいたいだけだよね♪ 大丈夫、マリカちゃんに任せてよ☆」
 唯一つ、愛を取り戻せる方法を思い付いていた。
 彼が戻るのを望むよりも、ずっと手っ取り早くて、確実な方法。
 マリカは大鎌を振るった。

 ●

 涙を流す男達の魂に、女の霊は延々と愛を囁く。
 意思疎通が成り立ってるとは思えないが、まぁいいやとマリカは放り投げる。どうやら女はマリカに感謝してるようだし、一人の魂に沢山纏わりついてたお陰で、『お友達』のコスパも良かった。

「マリカちゃん、またイイコトしちゃったな❤」
執筆:
400年。或いは、グレイタローンの墓場島…。
●グレイタローンの墓地
 海洋のとある海域で数千人が命を落とした。
 当時、勢力を増していた海賊艦隊と、ある島の船団による大規模な戦い……歴史の本に“グレイタローンの海戦”の名で記されたその出来事は、海賊艦隊の壊滅といった形で幕を閉じた。
 それから時は流れて400年。
 海戦によって命を落とした者たちの亡骸は、今も船と一緒に海の底にある。

 墓場島“グレイタローン”。
 海戦のあった海域にある小さな島だ。
 命を落とした者たちが安らかな眠りにつけるよう、島を1つ丸ごと彼らの墓地とした。
 島の中央には礼拝堂。
 それから、島を埋め尽くす数千の墓標。
 年に1度、海戦の終結した日には近くの海域に船を寄せ、花束や酒を海へと投げ入れるという催しが、当時から今に至るまで続けられているという。

 ある夏の晴れた日。
 マリカ・ハウは墓場島を訪れた。
 なんとなく、強いて言えば誰かに“呼ばれた”気がしたからだ。
「わぁ! びっくりするほど沢山の“お友達”♪ あなたたちがマリカちゃんをここに呼んだの?」
 マリカの目には、数千に及ぶ亡者の姿が見えている。
 海賊も、軍人も、生きていたころの恨みや怒りは現世に置いてきたのだろう。肩を組んで、歌を歌って、酒を傾け、煙草を燻らす。
 400年の間、きっと彼らはこうして過ごして来たのだろう。
 けれど、それももうじき終わる。
 一説によれば、霊の寿命は400年ほど。それを過ぎると、次第に元の姿を忘れ、自然と消滅するか、霊ではない別の存在に変質するらしい。
 もっとも、ほとんどの霊は400年が経過する前に成仏してしまうそうだが……。
 ここに残った数千人も、そう遠くないうちに消えてしまうのだろう。
「うぅん? もう声が聴こえなくなっちゃってるね? マリカちゃんとは“お友達”になれなさそうかな?」
 墓石に腰かけ酒瓶に口を付けている海賊の霊へ視線を向けて、マリカはそう呟いた。
 海賊は、困ったように肩を竦めて、それからニカッと笑ってみせる。
『お前もどうだ?』
 声は聞こえないけれど、海賊はきっとそう言った。
 差し出された酒瓶を押し返し、マリカは笑う。
 言葉が通じなくても、マリカと死霊は意思の疎通ができている。
 ならば、それでいいではないか。
「皆は仲良くパーティーをしていて、マリカちゃんがそこに来て……それってつまりハロウィンだよね☆」
 食べて、飲んで、騒いで、歌って。
 仲良くなったら「一緒に来ないか」聞いてみるのも悪くない。
 海で死んでから400年。
 きっとすっかり、島での暮らしに飽きているだろうから。
「最後の航海になるかもしれないけど、絶対に後悔させないんだからっ♪」
 なんて、言って。
 今日もマリカは死霊と遊ぶ。
執筆:病み月
白の森の小さな冒険
●噂話
 幻想の片隅に、白の森と呼ばれる不気味な森が存在していた。
 この森に不用意に立ち入れば、それが獣であろうと人間であろうと。動き彷徨う白骨死体のモンスター、スケルトンの集団に襲撃される。と、言われている。
 そしてなぶり殺しにされた後、その肉を綺麗に削ぎ落され、残った白骨はめでたくスケルトンの仲間入りを果たすか、適性が無ければそのまま打ち捨てられるのだとか。
 無数に彷徨うスケルトン、地面に散らばる無数の白骨。
 それらの異様な光景から、この森は白の森と呼ばれているのである。
 だが、この森の奥地には大きな墓場が隠されているというという噂も、同時に存在していた。
 噂に寄ればその墓場には、かつて一国を滅ぼした強大な魔獣を討伐した勇者の遺骨だったり、千人を惨殺した大悪党の遺骨であったり。その様な明暗様々な伝説を持つ者の遺骨が納められているという。
 実に眉唾な話だ。だが――
「話としては面白いし、観光としても悪くないよね♪」
 この話を聞きつけたマリカ・ハウは、さっそくこの森の探索に出かけるのであった。

●白の森
「へー、ほー、ふーん……確かにいるなあ、色々と!」
 一歩踏み入っただけで、マリカは全身で感じ取る。
 この森を彷徨う無数の魂。彷徨う死者、怨嗟の籠った悪霊の嘆き。そして純粋な死の香り。
「匂いも声も過剰な位だね! それじゃ、さっそく行こっかな♪」
 敵意、殺意の量も半端ではない。マリカは行ける屍の鎌『The Sweet Death』を構え、軽やかな足取りで探索を開始する。
 歩みを始めるや否や、どこからか無数の矢が飛んでくる。マリカはヒョイと身を屈め、矢が飛んできた方向を見る。
 そこには弓を構えた複数のスケルトンが弓を構え、次の射撃準備を行っていた。
「危ないじゃん! そういうの、よくないと思うな♪」
 だが次の矢が放たれるよりも早く、マリカは一気にスケルトンたちの眼前に飛び出すと、鎌をひと薙ぎ。
 赤黒い軌跡を伴った斬撃がスケルトン達の身体を両断した。
「なんだか……今日はいつもより機嫌が良い?」
 鋭い一撃を放った骸の鎌を軽く撫で、マリカは呟く。
「空気に当てられたのかな? ま、いいか!」
 その後、幾度にも渡ってスケルトンの襲撃にあうマリカだったが、どれも大した戦闘能力を持っていなかった。あるいは、マリカの調子が絶好調だったのかもしれない。
 ともかくバッサバッサとスケルトンを両断し、吹き飛ばし、粉々にしながら。マリカはズンズン森の奥地へと進む。
「結構歩いたけど、ほんと深いなあこの森! 本当にこんな場所に墓場があるんだったら、確かにすごく凄い人のお墓があっても不思議じゃないよね♪ キミもそう思うでしょ?」
 背後から剣を振り上げ襲い来る1体のスケルトン。しかしマリカがパチンと指を鳴らした瞬間、斧を担いだ『お友達』が出現し、その剣を弾き飛ばす。
「答えないかぁ。無口な人なんだね! やっちゃって♪」
 マリカの声に応える様に、『お友達』は斧を振り下ろし、スケルトンを抉り壊した。
「でもほんとにスケルトンは多いし森は広いなあ! そろそろ見つけられても……ん?」
 その時、マリカは視界の先に小さな人影を見た。明らかにスケルトンとは違う。赤いローブをその身に纏い、深くフードを被っていた。
「普通にこの森を歩いてるなんて、何か知ってるかも♪ すいませーん、ちょっと良いですかー!」
 ブンブンと手を振りながら、マリカはその人影に向けて駆け出した。
「あぁん? 何じゃお前さんは……迷子かい?」
 振り向いたその人物は、顔に刻まれた大きな傷と皺が目立つ、老婆であった。
「通りすがりのマリカちゃんだよ! この森に凄いお墓があるって聞いてやってきたんだ♪」
「そうかい」
 老婆はボリボリと頬を掻きながら、その窪んだ瞳でマリカを見返すのだった。

●墓守
「ま、そうさね。その噂っちゅうのがどんなもんかはアタシゃ知らないけどね。大きな墓場があるってのは本当だよ」
「あ、本当に本当なんだ! 半信半疑っていうか、一信九疑って感じだったからビックリ!」
「そうかい。まあ、こんな場所に来る物好きも早々いないからね。いや、いないというか……興味本位で来る奴は大体死んじまうからねぇ」
 老婆は目を細めながら森を見渡す。そして地面に転がる白骨も。
「確かにそうみたい! おばあちゃんは、この森に住んでるの?」
「ああ。アタシゃその噂の墓の、墓守をやっとるのさ」
「墓守! なるほど道理で! あの、だったらマリカちゃんをそのお墓に案内してくれないかな♪ マリカちゃんは、色んな場所でお墓を探してるんだよね!」」
「ほう、そうかい。珍しい話だねぇ……ま、荒らさないんなら別に構わんよ。付いといで、嬢ちゃん」
「ありがとうお婆ちゃん♪」
「アタシの名前はアニタだよ。この森は霧も出る。さっさと行くよ」
「はーい♪」
 マリカは、アニタと名乗る墓守の老婆に連れられ、森を進む。
 道中、やはりスケルトンから襲撃を受ける事もあったが、マリカが軽く蹴散らしてしまう。
「そんだけ実力がありゃあ、ここまで来れたのも納得だね」
「ありがとう♪ でも、お婆ちゃんは普段どうしてるの? どのスケルトンにも見つからず森を移動するなんて出来ないよね?」
「今はアンタがいるからサボってるだけさ。これでもアタシゃ、若い時はそりゃあ有名な魔術師だったんだよ」
「へー……」
 全くそうは見えないが、事実この森を1人で悠々と歩いていたのだから事実なのだろう。
 草と骨が彩る悪路を踏み越え、2人はその歩みを進める。
 そして、その光景は唐突に目の前に姿を現した。
「これはまた……さっきまでと全然違うわ♪」
 白の森の奥深く。そこにその噂の墓場があった。
 スケルトンに溢れ、辺りに白骨が転がっていた道中とは、明らかに空気が違う。
 赤と白の花に包まれたその空間には、いくつもの大きな墓標が立てられている。
 豪華な装飾に彩られたそれらの墓標は、少し見ただけで丁寧に手入れがされている事が伺えた。
「アンタが探している墓がここにあるかは知らんが。ま、好きに見回りな。この辺には一応結界が張ってあるから、そこらをうろついてるスケルトン共はやってこないから安心しな……アタシは小屋で茶でも啜ってるよ」
「うん、ありがとうアニタお婆ちゃん♪」
 ひらひらと手を振り去っていくアニタを見送り、マリカは早速墓標を見て回る。
 墓標に刻まれた名前と、その者が成した偉業を見て回る。けれどそのいずれも、マリカがピンとくるものは存在しなかった。だが、興味を惹かれるものがあったのは間違いなかった。
「かつて小国を滅ぼした魔獣を打ち倒せし勇者の墓……千人切りを果たした凶剣士の墓……人々に英知を授けし賢者の墓……大悪魔を封印せし偉大なる聖職者の墓……うーん、本当なら確かに凄いけど、本当に? なんでわざわざこんなスケルトンだらけの森に?」
「スケルトンだらけの森に墓を建てた……というより、こんな連中の骨ばかりを集めてしまったこの森に、スケルトン共が寄って来た、ってのが本当の所じゃないかとアタシゃ睨んでるけどね」
「あ、アニタお婆ちゃん!」
 墓守アニタは、温かいハーブティが入った2つのマグカップを手に再び姿を現した。その内の1つをマリカに手渡すと、墓を見上げる。
「アタシは実際にこの墓を建てた訳でも、生前のこいつらを知ってる訳でもないが……この墓からも、ここに収められた骨からも、尋常ならざる魔力を感じる。その強大な魔力のおかげで、この森そのものが変容しちまった、とかね。まあ根拠はない与太話だ。真に受けなくて構わんが……嬢ちゃんの目当ての墓とやらは、ここにあったのかい?」
「ううん。どれも立派なお墓だけど……ピンとくるものは無かったかな」
「そうかい。ま、そう気を落とすんじゃないよ。世の中に墓なんていくらでもあるからね」
「うん」
 実の所、気を落としてなどいなかった。
 それどころか、心のどこかで安堵している自分すら――
 その時。ズシン、ズシンと地面を揺らす音と衝撃が伝わって来た。音と衝撃は徐々に大きくなり、段々『何か』がこちらに近づいてきているのが分かる。
「……ここって結界が張ってあるんじゃなかったっけ? お婆ちゃん」
「一応とも言っただろう、嬢ちゃん。生憎結界は専門外でね。たまーにデカいのがやってくるのさ。仕方ない……嬢ちゃん、そのハーブティと道案内の礼に、もう一働きしとくれるかい? アタシも手伝うからさ」
「このお茶って有料だったんだぁ……ま、いいよ! マリカちゃんに任せて、お婆ちゃん♪」

●白の森のお片付け
 無数の白骨をめちゃくちゃに繋ぎ合わせ、巨大な人型を形成した『ソレ』は、全身からカタカタと不気味で乾いた音を響かせながら、ズシンズシンと墓場に近づいていた。
 その目的は分からない。仮にその墓場に到着したからといって、一体どうしようというのか。
「まあ、そんなのは知らないし興味もないけど、マリカちゃんに出くわしちゃったのが運の尽き! 粉々にしちゃうから覚悟してね♪」
 マリカは再び『The Sweet Death』を構え、その巨大な骨の怪物の前に躍り出る。
 怪物は一瞬足を止めると、その顔らしき部分をマリカに向ける。
 全身の骨をカタカタと揺らしながら巨大な腕を振り上げると、一気にマリカ目掛けて振り下ろす。
「よっと」
 ひらりと身を翻し、最小限の動きでその一撃を避ける。それとほぼ同時に振り上げた鎌の刃が、一瞬にしてその大腕を斬り落としていた。
「遅い遅い♪」
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、マリカは怪物を見上げた。怪物はその巨体から唸り声の様な音を発し、数歩後ずさる。
「なんだい。アタシの助力は不要みたいだね」
「お婆ちゃん墓守でしょ! ちょっとは仕事して♪」
「仕方がない」
 墓守アニタは懐から杖を取り出し、軽く振るう。すると怪物の頭上から氷の槍が降り注ぎ、怪物の全身に突き刺さった。
「ほれ。後は任せたよ」
「もう、しょうがないなあ! みんな、一気にアイツを仕留めちゃって♪」
 マリカの右目が妖しく光を放つ。するとマリカの周囲にわらわらと無数の『お友達』が姿を現した。それは大鎌を携えた骸骨であったり、青い炎に身を焦がす死体であったり、ケタケタクスクスと嗤う亡霊の群れであったり。様々な姿形を取った死者の群れであった。
「アンタ、死霊を操れたのかい」
「怒った?」
「いや別に。アタシが手入れする墓に手を付けなけりゃ何でもいいさ。それよりさっさと終わらせちまいな」
「了解! やっちゃえみんな♪」
 マリカの号令を切っ掛けに、無数の死者が怪物に攻撃を仕掛ける。マリカの斬撃、アニタの氷槍によって大きく動きを鈍らせていた怪物は成すすべもなく『お友達』の群れに斬られ、燃やされ、溶かされた。そしてお友達が消えたときに残っていたのは、まるで灰の様に砕け散った、怪物の残骸のみであった。
「みんなおつかれーありがとー♪」
 マリカがそう言うと、騒がしかった『お友達』の群れは一瞬にして姿を消した。
「中々やるね。よくやった嬢ちゃん。ほれ、駄賃にこいつをやるよ」
「……ん、これはなにかなお婆ちゃん!」
 墓守アニタが差し出したのは、一枚の大きな地図であった。その所々にバツ印が刻まれている。
「こいつは、アタシが把握してる、あまり人に知れ渡っていない、いわくつきの墓場の場所を記した地図さ。極端に人里離れた山奥にあったり、呪いがあるだとか言われていたり、怪物が住み着いていたり。滅多に人が近づく事が無いが、どれも中々の大物達の骨が納められてる隠れ名物さ。ま、名物といってもどれも墓場だけどね。事情は知らんが、色んな墓場を見て回りたいんだろ? だったらこれが手助けになる筈さ。受け取りな」
「………………」
 そっかー。色んな珍しいお墓の場所が記された地図かぁ。
 これがあったらきっと冒険もはかどっちゃうなー。
 マリカちゃんの記憶も、取り戻せる日も近いなー、なんて。
 …………。
「うん、ありがとーお婆ちゃん♪ ありがたく受け取っちゃうね!」
 結局、マリカはその地図を受け取る事にした。
「ああ。ま、こんな場所に二度訪れる事は無いだろうから、今生はもう会うこともないとは思うが。嬢ちゃんの願いが達せられることを祈っとるよ。生きとるうちに、それが達せられる事をね」
「……うん!! じゃあねお婆ちゃん♪ 色々とありがとー♪」
「長生きしなよ、嬢ちゃん」
 
 こうして、マリカ・ハウの白の森における小さな冒険は幕を閉じた。
 手にしたのは、1枚の大きな地図。これはもしかすると、マリカの記憶を取り戻す大きな一歩……だったのかもしれない。
 マリカ自身が望むか望まざるか、それはさておいて。『ソレ』を取り戻す日は、いずれ訪れてしまうのだろう。
執筆:のらむ

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