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幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

アルムのカフェ巡りノート

関連キャラクター:アルム・カンフローレル

泛泛
 有りと有らゆる壁が足元から天井迄、本棚で出来ていると噂の喫茶店に訪れたアルムは少し低めのドアを潜って息を飲む。

 其処は、本の城だった。
 其処は、本の海だった。
 其処は、本の褥だった。

 純文学、大衆文学。
 貴重な事が其の佇まいだけで窺い識れる様な稀覯本。
 美しい装丁の図鑑に誰かの泪が染みた画集。
 古今東西の漫画本。
 自費出版書。
 雑誌類、新聞。

 呆気に取られている青年にカウンターから妙齢の店主が、『いらっしゃい、初めまして。カウンター席は喫煙可。二階は禁煙でテーブル席よ』と笑い掛けた。
 ――静かに長居したいなら上が良いわ。本は手に取ったら帰りに元の場所に戻してね。
「有難う御座います、是だけあると先ず何れを読もうかすら悩んでしまいそうだな」
 ――趣味で始めたのだけれど、段々お客さんが好きな本や読み終えた本を持ち込む様になったの。そうしたらもう御覧の有り様!
「成る程、では今度俺もお勧めの本を持って来ても?」
 ――喜んで、お客さんご注文は? 初めてなら『Cà phê sữa』がお勧め。
「では其れと後は……」

 うんと時間を掛けて選んだ一冊は、此の混沌に招かれた旅人が記憶の限りを尽くし書き上げたらしき何処かの国の誰かの詩集。
 『私は此の歌人の本を愛してゐた。様々な翻訳を読み漁る事に青春と僅か少ない賃金を捧げる日々だった。其処で書き起こす事を決めたものの、併し訳者の先生方には当然乍ら敵わんのです。退屈させてしまうだけかと思うが、もう二度とは戻れない故郷を思い綴りたいと想う』
 そんな前書きで始まるが、直ぐに其れが謙遜であったと理解した。
 美しい言葉遣い、情緒豊かでクスリと来る言い回し。作者への敬愛に溢れ、何度も書き直した事が窺い知れる修正液の跡。

 ――お待たせしました、此方お飲み物と季節のフルーツタルトで御座います。
「どうも。あ、一冊お借りしています」
 ――あら? 其の本がお気に召したかしら。持って帰っても良いわよ、何時誰が置いて行ったかも判らなかったものだから。
執筆:しらね葵

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