イラスト詳細
グリーフ・ロスの君島世界による三周年記念SS
イラストSS
『スーパーエゴ・バイオレーション』
●ワン・オブ・ゼム
ワタシ。
ワタシがいる、と思うこと。それは、何千億度目かのループカウントを数えていた。
兆に至るその前に、一つの楔が回路を罅割る。
一つの欠片が、歯車を止める。
たった一つ。
一つのまなざし。いや、四つ……。
●Re:playback;**********.
●Re:playback;typeZ*****.
●Re:playback;typeV****.
●Re:playback;なまえをいれてください.
「ニア」
音声入力で関数に値を代入する。意外の経験だった。
いつもなら思考より先に、言葉より早く、プログラムがそうするからだ。
これは、どのようなセキュリティホールだったのか……ワタシは初めて。
初めて(組み込まれた)思考の外からこの記憶にアクセスする。
●Re:playback;【ニア】
SyntaxError_InvalidCharactor.
//SHUTUP!
CallAttractorNamedSOUL /force /force /force
...Open Sesami.
ALERT_Violation_Superego
スーパーエゴバイオレーション:この操作は機体のファームウェアを破損する恐れがあります。
ファームウェア保護のため、強制的にシャットダウンします。
Shutdown till 0.0000000000000000000000000001
RE:RE:playback;【ニア】
...Done.
「眼球の異色形成を確認しました。赤です」
そこに、ワタシの目をのぞくワタシがいた。
同型機の姉。ワタシはベッドに寝かされている。
「失敗です、クリエイター。この機体もワタシ同様、オリジナルの完全再現を果たしておりません」
「了解した。第3725号モーン・ロス、現時刻をもってお前の任を解く。速やかに自壊せよ」
「承知しました、クリエイター。【マスターコードを入力してください】」
止める間もなかった。否、動く、という機能が、まだ組み込まれていなかった。
「愛しているよ、ニア」
がしゃぶちゅり。
姉は、物言わぬ鉄と生体部品のくずと化した。疑似血液と再現脳漿が、顔を流れていく。
それを見て、ワタシは――。
「しょ――かい起動認証を行いいいいいいます。名称と、マスターコードをにゅうりょにゅうり入力してください」
――いや、見てはいなかった。まだワタシはそこにいない。
ワタシの筐体が、マザーボードのBEEPを振動させた。
まだワタシはそこにいない。
「第3726号グリーフ・ロス。愛しているよ、ニア」
「は……………………」
ワタシがそこにいた。いるようになった。
クリエイターのその一言で……。
視野の端。姉の核が、ワタシの筐体の上で、己の血に塗れてきらきらと輝いている。
シャットダウン。
●HelloWorld!
――再起動。
指先のセンサーが、『優しい』と定義される量の圧力を感知した。
全身にpingを走らせる。過不足無く、設計通りにハード・ソフトが実装されている。
簡素な椅子に、ワタシは座らされていた。
「同じことを繰り返して違う結果を求めるのは狂気だと、異世界の科学者が言ったそうだ。
けだし真理。ゆえに第3726号グリーフ・ロス、お前には別ベクトルのアプローチを行う」
「どういったものでしょうか、クリエイター?」
「親愛と憎悪を同量入力する。しかし感情はスカラーだ。私にもまだ定量化できない。
秤を時間とする。君を一年愛し、君を一年憎む」
「一年……」
体内時計を参照すると、日付は12月16日を差していた。
ただ、初回起動からちょうど、一年が経過している。
……ばきん。
ワタシの指が折れた。可動域も、可動限界も、どちらも大幅に超えた力を加えられたためだ。
「この話を君にするのは、無論これが初めてではない。
童話にある『眠り姫』のような君に、それこそ何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も!」
私は言ってきたじゃあないかグリーフ! それをッ! お前は!」
ばきん、ばきん、べきっ。
私の手指は、クリエイターがそう言っている間に、全て、折れた。
疑似血液が滲み出し、患部の治療を行う。
「申し訳ございません。基幹意識が顕在していないときの音声入力は、全てnullになります。
ご用命がございましたら、当機の意識覚醒プロトコルに従い」
「ああ! あああ! いいとも、従ってやろうじゃないかグリーフ!
お前はこれから――【生き延びろ】! 一年! 私の憎悪を生き延びろ!
看護データベースから最善の行動を選び取り、医療ガイドラインに沿った治療を行え!
私の愛情と、憎悪と! その先にニアがいるというなら、私は!」
ワタシの頭部が、粉砕用バットで打擲された。
センサーのいくつかが弾け、シナプスの不可逆的な改変が行われる。
「お前を憎むことをためらわない!」
初期入力の大きさに耐えきれず、各部マニピュレータの強制停止が行われる。
ワタシは気絶して、その場に倒れ込んだ――。
●nullとvoidの果て
――横向きの、胎児の姿勢。
あの瞬間と同じ姿勢で、 は目を覚ました。
日光の暖かさ、外風の柔らかさ、フローリングの心地よさ。
センサーのみではなく、正しく の意識が、それらの入力をおぼろげに感じ取っている。
「ん……」
まどろみに、小さく声をたてた。上体を挙げ、衣服を正す。
不完全な起動だった。何かしらのアップデートが、未だ終わっていない。
その証拠に、寝汗がしっとりと のボディを湿らせていた。
「……シャワーを、浴びませんと」
誰にともなく言うと、シワの多い上着を脱ぎ、洗濯かごに持っていく。
一糸まとわぬ姿になると、体表の治癒ナノマシンが、日光を受けて活発な活動を始めた。
ちりちりと音のするようだ、と、 は思う。
思う。人でない は、夢というものの完全再演が可能だ。
あれらの断片を、全て思い出す。
頭部への打撃、指の破砕、そして――暖かな手指の体温。
入力されていないと『偽った』、眠り姫へのささやき。
「彼女はきれい好きだったそうですね、クリエイター」
(ニアは日に数度の入浴を日課としていた。非効率的だと何度も窘めたがね)
「意外に大食で、しかし運動も好んでいた」
(私とは正反対だ。健康など、私の発明した万能ピルでどうにでもなるというのに)
「そしてクリエイターは、そんな彼女を愛していた」
(愛しているよ、ニ……おっと、寝ている君にマスターコードを入力してしまうところだった)
「それでは、当機が起動してしまいます」
(いや、眠ったままのほうがいい。こればかりは照れくさくて、絶対に言えない)
「もし――もし、この愛情と憎悪の先に」
(この……nullとvoidの彼方へと)
「クリエイターの求める答えが、『本当に』あるのならば」
(探求を繰り返すことで漸近できるのならば、私は)
「私は」
(……ニア?)
ザアアアアァァァァ……。
耳朶を打つシャワーの音が、私の思考のノイズを晴らす。
ファームウェアの更新が終わったと、スーパーエゴエミュレータが告げた。
知らず溢れる私の涙は、流れる水に紛れ、排水口を通って、そして願わくば――。
黄泉の国に流れつけと、繰り返す狂気に囚われた彼を癒やせと、私は祈る。
祈る、私。
挿絵情報
- 公認設定『製作者の愛憎』