イラスト詳細
ベネディクト=レベンディス=マナガルムの古里兎 握による三周年記念SS
イラストSS
食事をしよう、と言い出したのは、『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)だった。
彼と相対しているのは『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)。彼の親友だ。
二人が今居る場所は幻想内にあるドゥネーヴ領。ベネディクトが領主代行をしている領地である。そして、時刻はちょうど昼を迎える頃だった。
ベネディクトの発言も、時間を考えると妥当であり、アカツキもそれに同意だと頷いた。
「それならば、食べたいものがあるのじゃ」
「何だろうか?」
「カレーじゃ。行きたい店も決まっておる」
こういう時、行きたい店というものの定義は広い。いくつかの行きつけの店の中か、新規開拓か。
カレーが大好きというアカツキの性格ならば前者の可能性は高い。ベネディクトは今までに寄った店を頭の中に浮かべては消去法で消していく。
彼が思考を巡らせているとは知らず、アカツキは答えを口にする。
「ほれ、例の喫茶店の」
「……あの店か」
喫茶店とカレーを結びつけて、ベネディクトは得心がいったと頷く。
彼らが話題に上げた店はベネディクトが管理する場所の一つだ。正確には、ベネディクトが領主代行をするにあたって引き継いだ情報網の一つ、なのだが。
彼が結成した黒狼隊の一部のメンバーが贔屓にしている喫茶店。そこはベネディクトも利用した事がある。
アカツキの提案に対して特に異論は無く。ベネディクトは「行こうか」と告げ、先を歩きだしたアカツキが案内をする。
領主代行として市井を歩き回っている事もあり、見慣れない道というものは無い。慣れた道を歩きながら、そろそろ目的地である事を認識する。
やがて、二人の足が並び、一つの店の前で止まった。隠れ家のように存在するその建物には一枚の看板がかかっていた。
『喫茶【Leuven】』
そう書かれた看板を一瞥した後、ベネディクトがドアを開けた。レディーファーストの精神でアカツキを先に店内へ促す。
小規模の喫茶店だからか、席数はそんなに多くはない。代わりに心地よい空間が約束されている。客はあまり居ないが、時間を考えるとそろそろ増えてくる筈だ。
カウンターに居た男が、グラスを磨いていた手を止めて二人に「いらっしゃい」と挨拶した。見慣れた顔を見て、すぐに「なんだ、君達か」と零す。
ベネディクトとアカツキはカウンターに座る。カウンターにはシンプルなデザインのカンテラが置かれており、火が点いていた。この火が消えているのを、まだ見た事が無い。
領主代行の男は、カウンター内に居る男に向けて声をかけた。
「元気そうだな、マスター」
呼ばれた男は「おかげさまで」と笑う。逞しい体が小刻みに震える。
伊達眼鏡をかけた、体躯の逞しいその男はこの喫茶店――――【Leuven】のマスターだ。
マスターと呼ばれた男は注文を伺う。
「今日は何をご希望だろうか?」
「カレーを食べに来たのじゃ!」
「なるほど。もう仕込みもほぼ終わっているから、もうすぐ完成するだろう」
「楽しみなのじゃ」
ニコニコと笑うアカツキとは対照的に、ベネディクトの表情は変わらないままだ。
カレーはこの喫茶店の一押しメニューである。マスターの得意料理がカレーという事もあり、それは客の胃袋を見事に掴んだ一品となっている。
グラスを磨き終えたマスターがキッチンコンロの前に立つ。かけられている鍋から漂うのはカレーの匂い。
その中身を確認してから、マスターは皿を用意し、それにご飯を乗せた。その上にかけられるカレールー。
皿二人分に盛り付けられたそれは、同時に二人の前に置かれた。
立ち上るカレーの匂い。落ち着いた色合いのカレールー。ごろごろと入っている野菜。白く輝くお米。
目を輝かせるアカツキと、相変わらず落ち着いた顔で見つめるベネディクト。
渡されたスプーンを手に持って、いざ実食!
一口目を頬張ったアカツキは、舌の上で転がる野菜とルーとご飯の熱さに苦戦しながらも咀嚼する。
反対に、落ち着いて少量を口に入れたベネディクトは、舌を通じて知覚する辛さを堪能する。咀嚼する度にその辛さを味わう男。
苦戦しつつも一口目を飲み込んだアカツキが二口目を口に運ぶ。まだ口の中の熱さが残っているのか、今度は慎重に運んでいた。そして、先程はじっくり味わえなかった辛さを噛みしめる。
「やはり、カレーは辛くなくてはな」
「そうだな」
「あと、美味しいという事も外せない」
「俺もそれには同意だ」
飲み込んだ後に語った持論へ賛同するベネディクト。
二人のやりとりを聞いていたマスターは「それは良かった」と穏やかに笑うのみ。
ドアを開ける音がした。マスターが客へ挨拶をする。
少しずつ増えていく客を横目に見ながら、ベネディクトは次の一口を口に運ぶのだった。
カレー皿からルーが、野菜が、ご飯が、少しずつ減っていく。
食事の終わりを迎える合図は、スプーンを手放した音。
「美味しかったのじゃ!」
皿を空にして、アカツキがマスターに感想を告げる。
少し遅れてベネディクトも完食した事を、皿を見せる事で伝えた。
二人が完食したのを見て、マスターから「ありがとう」の言葉が返された。
支払いを済ませ、二人はマスターに別れの挨拶をして店を出る。
出る前にチラリと見た店内は、客が殆ど埋まっていた。出た後にも店に入っていく客の姿があったので、もう埋まる事だろう。
早めに入って良かったと胸をなで下ろす二人。
アカツキが舌を短く出しては引っ込むを繰り返す。
「まだ舌がヒリヒリするのじゃ」
「一口目で熱いのをまともに受けたらそうなるだろう」
「好物なのだからしょうがなかろう」
口を尖らせる彼女に、ベネディクトは「次は気をつけるんだな」と返した。もっとも、次もまた繰り返しそうな気はするのだが、そこは本人次第だ。
膨れたお腹を軽くさすりながら、領主代行は親友に一つ提案をする。
「このまま少し散歩をしたいが、どうだろうか。見回りもしておきたいのだが」
「賛成なのじゃ」
異論は無い、とアカツキは笑う。
市井を見回るという名目で、二人は近辺を歩いていく。
快晴の空の下、歩く二人の足取りは軽い。
また機会があれば一緒に食べよう。今度は何の料理を食べようか。
いつかまた迎えたいその時を楽しみに、青年と女性は歩みを進めるのだった。