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イラスト詳細

華蓮・ナーサリー・瑞稀の愁による三周年記念SS

作者
人物 華蓮・ナーサリー・瑞稀
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

2  

イラストSS

『傷痕を辿る』

●秋晴れの空に
 カラコロ、カラコロ。

 練達が発明した『キャリーバッグ』というものは実に便利だ。バッグの下に車輪が付いていて、地面へつけて転がすことで重たい荷物の運搬もそこまで苦にならない。

 カラコロ、カラコロ。

 そこに必要日数分の着替えと、洗面用具やその他エトセトラ。貴重品は肩掛けカバンに入れてある。あとは甘いお菓子。即エネルギーになってくれる優れものだ。口が寂しくなった時にも気軽に食べられる。
「ふぅ」
 華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)はローレットの前で小さく息を吐き、空を見上げた。秋晴れの空、その遠くに浮かぶ空中神殿。イレギュラーズはあそこを通じて各国のギルドへと転移することができるのだ。
 どこからどこへ行こうか。どの辺りを回ろうか。行く場所はなんとなく決まっているけれど、全部を全部きっちり決めているわけではない。旅とは得てしてそういうものだ。
「よし」
 華蓮は1歩を踏み出す。カラ、と車輪が地面を擦った。

 大規模召喚から3年の節目を超えた、今。ほんの少しだけ、イレギュラーズ(私)の活動を振り返ろう。


●熱砂の恋心と月蝕アグノシア
 最初に訪れたのはラサ──砂の都の跡地。風光明媚な場所だったそうだが、一夜にして消え去ったという。
「んしょっ……砂漠でキャリーバッグは沈むのだわ、ねっ!」
 柔らかな砂の上でキャリーバッグを引くわけにもいかず、華蓮は持ち上げて進む。何もないと聞いていたから元々長居するつもりはないが、それでもここまで運んでくれたパカダクラの元に置いて離れるのは危険だと思ったのだ。
 広く見渡せる砂丘を登り、華蓮はそこからの風景に目を丸くする。
(本当に、何も……ないのだわ)
 戦う時はそればかりに集中していて、今はあの時ほど人がいないどころか誰もいないが故に余計閑散として見えた。
 ここが本当に砂の都だったのだろうかと思ってしまうほどに何も存在しない。けれどもあの時、ここでイレギュラーズは確かに戦ったのだ。幻想種を救うため、……深緑の巫女リュミエの妹にして魔種となったカノンを倒すために。華蓮も人身売買されそうになっていた者を救い出し、『楽園の東』の信者とも戦ったのだ。
(あの時は、まだ)
 こんな思いを抱いていなかった、いいや抱いていても気づかないほどだったかもしれないと華蓮は思う。けれどここでの戦いも自身の嫉妬心を募らせるものだっただろう、とも。
 それでもまだ、今よりも自分が輝いていたかもしれない。

「あ、イレギュラーズ!」
「いらっしゃい!」
 ラサを離れた華蓮が向かったのはカノンの故郷でもある深緑、そこから行くことのできる妖精郷アルヴィオン。華蓮の姿に気付いた妖精たちがにこにこと彼女の周囲を舞う。
「少しお散歩してもいいかしら?」
 もちろん! と告げた彼らは華蓮と一緒にアルヴィオンを回ってくれるらしい。彼らとのんびり歩き、今度こそキャリーバッグを引きながら華蓮は混沌とは異なる温かな気候に目を細めた。
(冬に覆われようとしていたなんて思えないのだわ)
 ぽかぽか暖かな陽気が差す常春の世界。けれどもまだそこかしこに冬が襲った残滓は残っている。妖精たちも復興中だが、小さな体では難しいこともあるだろう。「何かあったらまた言うのだわよ」と言えば妖精たちが元気よく返事する。
 ここでは、そう。もう嫉妬の海におぼれていた。戦う間仲間が心強くて、あまりに頼もしくて──羨ましい妬ましい、私だって、と。
(けれど、勝てなかった)
 結局何も変われてなんていなくて。無力でちっぽけなんだと痛感させられた。
「どうしたの?」
「痛いの?」
「苦しいの?」
 妖精たちが華蓮の様子に下から覗き込んでくる。ぱちりと目を瞬かせた華蓮は「そうね」と薄く苦笑いを浮かべた。
「苦しい……うん、苦しいのだわ。私ね、この苦しさを克服するために色々な所を回っているの」
 どうすればいいかなんて、まだよく分からないけれど。分からないからこそ振り返ろうと思ったのかもしれない。妖精たちは不思議な克服方法だね、と言いながらも華蓮へ彼女の冒険譚を強請った。
「私の活躍なんて全然、他の人に比べたらまだまだなのだわ?」
「いーの!」
「キミのが聞きたい!」
 聞かせろ聞かせろと押してくる妖精たちに華蓮の苦笑いへ若干の諦めが浮かび。さてどんな話をしようかと思案を巡らせたのだった。


●Gear Basilica and Refrain Blue
(妖精たちはやっぱり賑やかなのだわね)
 深緑を離れ、今度は海洋へ。アクエリア島へと出ている船に乗った華蓮は静かな波と潮の香りに絶望の青を思い浮かべる。あの海はもっと荒々しく、危険で、死の香りが漂っていた。
(ううん、そっちより先に鉄帝のことだわね)
 今から向かうアクエリア島を見つけるより前。海洋へ鉄帝軍が攻め立ててきたことがあったのだ。それは『第三次グレイス・ヌレ海戦』とも呼ばれ、さらに鉄帝でひと騒動あったのはその直後だったか。
 歯車大聖堂──Gear Basilica。スラムの地上げ問題から発展したこの騒動もまた、イレギュラーズたちによって終結していた。住民たちの避難を助け、首都防衛に参戦し、人々の『大切なモノ』を奪わんとした歯車大聖堂を止めた。そしてイレギュラーズたちは慌ただしくも絶望の青踏破へと戻り、そして──リヴァイアサンと対峙した。
 船がアクエリア島へ着いたことを知らせ、華蓮は島へと降り立つ。ここからはカムイグラへ、あるいは絶望の青──今は静寂の青と呼ばれている──に潜む脅威を退けるために出る船がある。

 この海が静寂の青と呼ばれるようになったのは、仲間の力があったからだ。
 この海の先を見ることができたのは、仲間の想いがあったからだ。
 カムイグラへたどりついたのは、仲間たちが仲間たちが仲間たちが。

 そこに華蓮という1個人はいない。いないと思っているし、誰かが「そんなことはない」と言って納得できるようなことではない。だってこの海で起こった奇跡はあまりにも強大で、人々の心に焼き付いてしまったから。自らのちっぽけさを見せつけられてしまったようで──体はここにあるというのに、心はどこまでも落ちていくようだ。
「……嫉妬の海……未だ抜け出せず、沈むまま……」
 俯いた華蓮はぼそりと呟く。この心の中には深い深い海がある。泳げずに溺れてどこまでも沈んでしまうそれは『嫉妬』という名前なのだと華蓮は知っていた。どれだけ足掻いても浮かんでくることは不可能にだって思っていた。いや、今も思っている、か。
(でも、このままじゃいられない)
 顔を上げた華蓮は波打つ静寂の青にぎゅっと顔を歪める。けれど目を背ける訳にはいかない。この海からも──自分の心からも。

 世界と自らの傷痕を負う旅はここが終着点。そして改めて──心と向き合うための旅の、出発点だ。

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