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アストライア

遠い追憶の欠片

ある所に貧しい姉弟がいた。親は生まれた時から知らぬ。2人は貧しいながらも、寂れたスラム街の片隅で慎ましやかに、しかし幸せに暮らしていた。姉は類稀なる魔力をもち、弟は完全なる記憶を持って生まれていた。しかしスラム街では双方とも役には立たぬ。才能は埋もれて、日々は変わらず流れた。……埋もれたままが、一番幸せだったのだ。

ある日一人の悪魔が戯れにスラム街へとやってきた。知を司る悪魔。移動図書館の主、悪魔フォルカス。彼はスラム街の中で異質な才能をもつ姉弟に目をつけた。その中でも、完全記憶を持つ弟を。悪魔は優秀な司書、知を司る番人が欲しかったのだ。悪魔は姉へと囁いた。


『×××よ、汝は弟の為に命を使えるか?』





悪魔は知っていた。三日後、そのスラム街、ひいてはその都、国が滅びると。神の気まぐれによって、不浄なるものとして天使に一人残らず民が虐殺される事を。





それを悪魔の力で"観せられた"姉は、ただ呆然と立ち尽くした。そして悪魔は再び問う。


『さて、私は完全記憶を持つ君を亡くすのは惜しい。姉である君も弟を失いたくないだろう?さぁ、そこで提案だ……君のその膨大な魔力、君の魂ごと捧げるならば弟の事は不老不死にしてやろう』





その日、スラム街のねぐらで彼は悪魔と共に佇む姉に迎えられた。そして、目の前で彼の姉は血のように紅い焔となり、消え……白い白い灰のみが残った。




その後、1人の少年と悪魔は国を出た。移動図書館に住まい、世界中を旅した。書を集め、管理し、知を磨き、永き時を生き…………その果てにかつて少年だった化け物はは悪魔を欺き殺した。その為に、少年は灰の残火を手放した。姉の記憶は潰えたのだ。そして、彼は喪ったものを、喪ったことすら忘却を望んだ。最後には、その為に一欠片の人間性すら手放したのだ。そこに居るのは最早、ただの化け物だった。3度に渡る悪魔の契約を結び、生まれ落ちた無垢なる獣。灰の魔獣。





かの魔獣の幸せを願った彼女は、今の彼に、何を思うのか。知るものはもはやいない。

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