ギルドスレッド
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陽の当たる煉瓦造りアパルトマン
●めでたしなのです
ユリーカが恐る恐る目を開ければ、ここにいないはずの男が呆れた顔で見下ろしていた。
「レオン? なんでここにいるのですか?」
問いかけに返ってきたのは溜息ひとつ。ゆっくりと地面に降ろされたことで、レオンに受け止められていたのだと気付く。レオンは手袋で額の汗を拭い、腰に手をやるとユリーカに向き直る。
「なんでもなにも、さっき下から呼んだじゃだろうが」
あー痛ぇ、と腰を擦るレオンに、木の上で聞こえた気がした声の正体を知る。
「そんなの聞こえてもスルーです、ボクには大事なみっしょんがあったのですか……そうです、こんなところで無駄話する暇はないのです! 探していた猫ちゃんをあの子に返さ」
「ああそうそれだ、ローレット戻ったら女の子がいて『にゃんたろー帰ってきました』だとよ」
遮られた言葉に「へ」と気の抜けた声を出すしかできなかったユリーカの耳に次に入ってきたのは、
「あ、いた! ニャーゼロッテ、探したぞー!!」
違う名前を呼ぶ、少年の声だった。
「つまり、ボクがにゃんたろーを探している間ににゃんたろーは家に帰ってきて、依頼人は誰もいないローレットの前で困り果てていたと……」
ベンチに並んで座り、帽子を膝の上に抱えて項垂れるユリーカ。その横でレオンは、普段通りどこかニヤついた笑みでユリーカを眺めている。
「なんですかその顔、どうせボクはまだまだ半人前です」
ふんだ、と帽子を被り直そうとするユリーカ。レオンはその手から帽子を奪い取ると、ユリーカの頭に乗せその上の手に力を込めると、ぐりぐりと――乱雑に、その頭を撫で回した。
ユリーカが恐る恐る目を開ければ、ここにいないはずの男が呆れた顔で見下ろしていた。
「レオン? なんでここにいるのですか?」
問いかけに返ってきたのは溜息ひとつ。ゆっくりと地面に降ろされたことで、レオンに受け止められていたのだと気付く。レオンは手袋で額の汗を拭い、腰に手をやるとユリーカに向き直る。
「なんでもなにも、さっき下から呼んだじゃだろうが」
あー痛ぇ、と腰を擦るレオンに、木の上で聞こえた気がした声の正体を知る。
「そんなの聞こえてもスルーです、ボクには大事なみっしょんがあったのですか……そうです、こんなところで無駄話する暇はないのです! 探していた猫ちゃんをあの子に返さ」
「ああそうそれだ、ローレット戻ったら女の子がいて『にゃんたろー帰ってきました』だとよ」
遮られた言葉に「へ」と気の抜けた声を出すしかできなかったユリーカの耳に次に入ってきたのは、
「あ、いた! ニャーゼロッテ、探したぞー!!」
違う名前を呼ぶ、少年の声だった。
「つまり、ボクがにゃんたろーを探している間ににゃんたろーは家に帰ってきて、依頼人は誰もいないローレットの前で困り果てていたと……」
ベンチに並んで座り、帽子を膝の上に抱えて項垂れるユリーカ。その横でレオンは、普段通りどこかニヤついた笑みでユリーカを眺めている。
「なんですかその顔、どうせボクはまだまだ半人前です」
ふんだ、と帽子を被り直そうとするユリーカ。レオンはその手から帽子を奪い取ると、ユリーカの頭に乗せその上の手に力を込めると、ぐりぐりと――乱雑に、その頭を撫で回した。
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その日、イレギュラーズの拠点たるローレット幻想支部は奇妙な静けさの中にあった。新しい闇市が始まっただとか、ぐるぐる目の情報屋主催のキャンプが行われているだとか、あちこちで夏祭りが行われているだとか、競ロリババアが行われているだとか。兎にも角にも、イレギュラーズが軒並み出払った今、このローレットには受付カウンターに座る一人の少女しか存在していなかった。
「暇なのです。みんなボクを置いてさまーばけーしょんを満喫中なのです」
ローレットの看板娘、ユリーカ・ユリカ。見習い情報屋の彼女は、ここローレットの受付嬢も兼務している。例外的にイレギュラーズと遊びに繰り出すこともあるものの、現在絶賛仕事(るすばん)中だった。
「レオンも『ちょっと用事がある』とか言って出かけたきり戻らないのです。どうせ昼間からお酒飲んでおねーちゃんに鼻の下伸ばしてるのです! それか女の子をたぶらかしてるに違いないのです!」
かっこボク調べ、と付け足し受付カウンターに突っ伏すユリーカ。暇だ、何か刺激的な事でもないだろうか――そんな願いは、すぐに叶うこととなった。
「ローレットさん、うちのにゃんたろーを探してください!!」
声を上げながら勢いよく扉を開いてやってきたのは、今にも泣きそうな幼い少女で。
「お、落ち着いてください、話はちゃーんと聞きますから!」
そう言って傍らの椅子に座るよう勧めると、少女は一つ息を吐き、言葉を紡ぎ出した。
「……ふむふむ、つまり飼い猫のにゃんたろーがちょっと窓を開けた隙に外に出てしまったと」
少女曰く。にゃんたろーは非常におとなしく怖がりな性格、普段は家から全く出ない家猫であり、窓から入ってきた羽虫に驚いて飛び出してしまったとか。
「おうちの外も探したんだけど、どこにもいないんです……あの子、今もどこかで怖がってるかもしれなくて」
みるみる内に少女の目に溜まっていく涙に、ユリーカははわわ、と慌てるものの意を決し。
「大丈夫なのです、ローレットにお任せください! にゃんたろーは絶対に見つけてみせますよ!」
そう少女に宣言し、特徴を聞きはじめた。
「困ったのです」
聞き取りで作ったメモは完成し、少女を家に返しいざ依頼をイレギュラーズに託さん――と意気込んだものの、今ここにいるのはユリーカただ一人なわけで。しばらく待てば闇市で惨敗したイレギュラーズが血走った目で「ゴールドチャンス!!!!!」なんて言いながら駆け込んでくるかもしれない。しかしあの少女の涙を思うと、一刻も早くにゃんたろーを見つけてやりたいと思ってしまうのだ。
「これは大ぴちんなのです! 依頼を受けたのに働ける人がいなくてお待たせしてしまうなんて、ローレットの名が泣くのです!」
かくなる上は、そう決意したユリーカはむんずとペンを掴み手近な紙に「外出中」と書くと、荷物をまとめて席を立つ。扉を閉め鍵をかけると、勢いよくその紙をローレットの扉に貼り付け――。
「ボクが、この依頼を解決するのです!!」
●探すのです
「にゃんたろー、出てくるのですよー!」
茂みの中、建物同士の隙間、側溝の中。声を出しながら、ユリーカは猫を探していく。道行く人には聞き込みをし、時には空を飛び屋根の上を覗き。
「ボクが絶対にゃんたろーを見つけてみせるのです」
ぐ、と拳を握り頷く。自分にはイレギュラーズのように戦う力はないし、目立ったスキルがあるわけでもない。それでも、このくらい一人でやってみせる。
「おさぼりなレオンに、一泡吹かせてやるのですよ!」
そう決意し歩き出そうとした瞬間、首元がぐい、と引かれつんのめりそうになるユリーカ。ぐぇ、と乙女にあるまじき声を出し後ろを振り向くと、そこにはおよそ想像していなかった動物の顔があった。
「あっパカお! それはエサじゃねーぞ……って、おーユリーカ!」
名を呼ばれ「ふええ」と鳴くパカダクラの後ろからひょっこり顔を出したのは、バットを背負い遊びに行くのだ、という出で立ちの洸汰。
「うう、コータさん……びっくりしたですよう、もう」
「はは、ごめんなー! こんな所で何してんだ?」
実は、と事情を説明すると、うーんと考え込む洸汰。
「手伝ってやりたいのは山々なんだけど、今から野球の約束してるんだよなー」
「気にしないで大丈夫なのです!ボクが探してみせるので!」
じゃあなーと去る洸汰とパカおを横目に、ユリーカは別の区画へと走り出した。
賑やかな声のする方へ向かう。きっと人が多くいるのだろうそこで聞き込みをすれば効果絶大――そう考え角を曲がると、そこには予想に反して、二人の金髪と一匹のアザラシしか存在しなかった。
「オーッホッホッホッ!」
「オーッホッホッホッ!」
「おーっほっほっほっ!」
順に、タント、ビューティー、ワモン。ワモンまでもが高笑いをしている理由は謎である。多分楽しそうだからだろう。探し猫の特徴を伝え見かけなかったかと聞くものの心当たりがなく、がっくり肩を落とすユリーカ。
「そういえば皆さんは、青雀さんと一緒にキャンプに行ったのですよね? 楽しかったです?」
瞬間、固まる街角。二人と一匹は目を逸らし、「めりぽ」「たかい」「かさ」などと口走りながら、ガタガタ小刻みに震えていた。
「ボクはかしこいから、こういう時はそっとしておくのです」
震える一同をその場に残し、大通りへと向かっていった。
「あっ、リゲルさんとポテトさん!」
前から買い物袋を提げやってきたのは、ようやくの平穏を手に入れた若き騎士とその伴侶。茂みの奥を探そうとしゃがみこんでいたユリーカに、どうしたのかと問いかける。
「猫探し、か。それなら俺達も手伝おうか?」
話を聞いたリゲルが言うと、傍らのポテトも頷く。
「大丈夫なのです! お二人はつい最近まで超絶ドタバタだったのですから、今はのんびりさまーばけーしょんを過ごさないとだめなのですよ!」
ユリーカは、身も心も沢山二人が傷ついたことを知っている。だから、今はゆったりとした時間を過ごしてほしいと願っているのだ。
「それなら、精霊に頼むくらいはさせてくれ」
「俺も、帰り道で気に掛けるくらいはしてみるよ」
それくらいなら、と二人の協力に礼を言い、ユリーカはまた歩き出した。
腹が減っては戦は出来ぬ。そんなことわざは、旅人から聞いただろうか。
「さすがのボクもへろへろなのです」
ベンチに座り、近くの店で購入したパンを一口。溢れるクリームの甘さに一息ついたところを通りがかったのは、「幻狼」の二人だった。
「ユリーカ様ではないですか」
「そこ、クリーム付いてるぜ」
ふわりと微笑む幻に、口元を指さし笑うジェイク。ユリーカは恥ずかしげに口元を拭うと、すっくと立ち上がった。
「恥ずかしい所をお見せしてしまったのです……! ボクはこれにて失礼するのです!」
何か言おうとする二人の横を駆け抜け――振り返る。
「幻さん、浴衣お似合いなのですよ! デート、楽しんできてください!」
(デートのお邪魔虫にはならないのです、ボクってばデキるレディ!)
ぶんぶんと手を振り、町外れへと駆けて行った。
猫集会。この幻想において、しばしば見かけられるというその光景。猫たちが一堂に会し、主人の愚痴からいい昼寝スポットまで、世間話に花を咲かせるというそれ――を、ユリーカは建物の陰からそっと顔を出し、覗き見ていた。
「むむ、たくさん猫さんはいてもあそこににゃんたろーはいないようです……」
諦めて次に向かうか、と思った瞬間。
「ナニ、ユリーカ狙撃でモするノ?」
ぴぎゃ、と驚きに声を上げて振り返れば、この暑苦しい夏に不似合いな二人のガスマスク。
「狙撃をするならもっと高い所、相手の死角から撃つのがセオリーですよ」
「しないしスナイパー知識もいらないのです!」
それは残念、と去っていくジェックとアベルであった。
段々と陽が落ちていく頃。少しずつ賑わい出す裏通りで、ユリーカは依然猫を探していた。酒場の前に置かれた樽の中、裏通りのさらに先の路地。陽が落ちたら、こんな所で探すわけには――!
「あらぁ、ユリーカちゃんじゃないのぉ」
「まったく、子供は帰る時間よ……なによその困り顔、何かあるなら言いなさいよ」
酒場あるところにこの人あり。そんなアーリアと、彼女曰く「飲み友ちゃん」なコルヴェットがユリーカに声をかける。その頬はどちらもほんのり赤らんでいて、これが「今から飲みに行く」のではないことを物語った。
「何でもないです――と言いたいところですが、うら若きボクがこの辺りをうろつくのは危ないので」
うら若き、に一瞬二人の眉が動いたのはさておき。事情を話すと、
「おっけー、この辺はおねーさん達に任せなさぁい」
「霊魂がいれば、聞き込みもできるしね。……あぁ大丈夫、今はいないから安心しなさい」
そう言って、二人連れ立って近くの酒場へと消えていく。ユリーカは一抹の不安を覚えながら、裏通りから駆け出していった。