海洋貴族。
「宝島卿」ホーキンス家からの招きを受けた私を待っていたのは
確かに「宝」、ではあった。

海洋らしい日に焼けた肌。はちきれんばかりのまんまる坊やが頬を真っ赤にして、
その後ろには「がんばれ坊ちゃま」「勇気を出して」なんて応援団、もとい侍従たちが勢揃い。
震える手で手紙が差し出されれば割れんばかりの拍手、喝采。

……ははぁん。
なるほど。

膝を折り、頭を垂れて
「畏まりました、王子様。
この命、必ずや私めが」


――――酷い笑い顔を隠すのに、心底苦労した。

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はじめまして。
いとしのはぐるま姫様へ、この手紙をささげます。

ぼくはユースチス・アーサー・ホーキンスといいます。今年で10になりました。
ゆうかんなあなたの冒険はぜんぶ読んで、きれいにとじて、何度でも読み返しています。
はぐるま姫様がいらっしゃると聞いたので、お父さまにおねがいして、はじめて幻想のダンスパーティーに連れていってもらったとき、
あなたの姿をこの目で見て、その美しさが心に焼きついたような気持ちになりました。
その時のぼくは勇気がなくて、言うことも会うこともできませんでしたが
パーティーのときに見たあなたのダンスや美しい声が、海へ帰ってからもずっと、心からはなれないのです。

ぼくがもっともっと大きくなって、船をあやつれるようになったら、
いつかあなたを、海をこえて、きらきら光る宝石でかざった、しんじゅ貝の船で迎えに行きます。
そうしたら、どうか、ぼくのお姫さまになってください。
あなたのことが大好きです。

どうかこのお手紙が、いとしいあなたにとどきますように。

　　　　　　　ユースチス・アーサー・ホーキンス

（そしていつものように、姫様を呼び出したのである！！）
で？
どう？
どうなの？
（手紙は彼女の目の前に大きく広げられて。
少年らしい癖の強い字が、ところどころ歪みながらもびっしり。……あら、代書じゃなくて直筆なのね。これは本気だわぁ、なんてちょっと感心。ゴキゲンに尻尾をくねらせる）

（いっかい、にかい。文面に何度か目を通して）
（お姫様は、宝石の瞳を、いつものようにぱちくりと瞬かせるのです）
……どう、なのかしら？

（なんだか今ひとつ、文面に書かれたことを、理解しきっていないようです。）

だぁ、かぁ、ら！
（にまぁ。）
つまりねリラ。
これはファンレターどころじゃないわよ。
正真正銘、完璧に、「愛の告白」「ラブレター」！
遠い海の向こうの幼い王子様が、拙くも思いの丈を綴り可憐なる小さな歯車の姫に送った愛の言葉！
（なぁんて言葉で飾りながらもヒドイ笑顔の自覚はある。）
（ゴメンナサイねリラ。今最高に楽しいわ私。骨の髄までゴシップ記者なんだわ）

らぶれたー。
（言葉は聞いたことがあります。というより、ええ）
（文面に書かれていることは理解できるのですから、あとはしばらくの反芻をするばかり。）
……まあ！
これは、わたしに宛てられた恋文、ということなの！？
（素直に驚いたような声をあげて、またお手紙をまじまじと見つめるのでした。）

……けれど、どうしてカタリヤの方がずっと嬉しそうなの？

そ。
王子直々の御命令よ。はぐるま姫様に必ずお渡しして、ってね。
（こほん）
……ホラ、この王子様私の書いてた記事を読んで、ってことだったし。
私の書いた「はぐるま姫」が、こんな情熱的な恋文を生んだと思えば、ね？
（すまし顔でもっともらしいことを、）

……セキニン、感じちゃって。ね？
（言おうと思ったが全然長続きしなかった。）

……カタリヤ、ほんとに楽しそう。
（いつにないほど。自分とお話している時よりよっぽど）
（きしきしと歯車が軋むような音を立てもするのですけど、それはさておき。）

でも、困ったわ。
ええ、ええ。宝島卿の、ホーキンスさん。
お名前は確か、以前のパーティーで耳に挟んだことがあったわ。
……でも、このユースチスという子と、わたし、一度も会ったことがないわ？
一体、どうしたらいいのかしら。

（あまり聞き慣れない音が彼女の胸から聞こえて、ぴくりと耳が動く）
楽しいっていうかこれは……そうね、お酒みたいなものよ。しかもあまり質の良くないやつ。

あー……一応写真撮って来てるけれど、見ておく？
（どこだったかしら、と写真の封筒を開いてバラバラ捲りながら）そうねぇ……私が頼まれたのは「確実に渡して欲しい」だから、私の仕事はここでオシマイ、でもいいのだけれど……
（あ、あった。手紙の横にぽん、と写真を沿える。手紙を頼まれたその場で撮ったものだから、肖像というよりは記念写真。貴族の御前で着飾った私と王子応援団に囲まれて、ガチガチに緊張している紅顔の少年貴族がカメラを見つめていた）

（ちゃんとした肖像画を用意していないのは、少し、意地悪だったかもしれない）

どうしたら、ね。
……貰ってそのまま、でもいいのよ。勿論。
リラがこの手紙を読んで、どう思ったかにお任せするわ。

お酒。お酒を飲むと、気分がよくなるものね。
カタリヤにとっては、新鮮なお話がお酒、かしら？
（そう、なにしろお姫様、普通にお酒を嗜むのです。）

……まあ！
（と、写真を見つめたなら、華やぐような笑顔がぱっと浮かびます。）
カタリヤ、正装もやっぱりとっても似合っているわね！
（……真っ先に目に飛び込んだのが友人の方は、いささか「王子様」がかわいそうでございますが。）

ええと。この、とても顔を赤くしている男の子が、そうなのね？
とても可愛らしいのね。
おじいさんのお店にお人形を買いに来る子供にも、こんな年頃の子がいたわ。
（……もっとも、大半は女の子なのですけれどね。）

けれども。お手紙には、返事を出すべきではないかしら……。
恋文というのは、送るのにとても、勇気がいるものなのでしょう？
（これまで読んできた物語には、そんな風なことがしばしば書かれていました）
（中でも練達で取り扱われていた「らぶこめ」において、特に顕著です。）

わたしだって、親しくしたい相手にお手紙を送って、なしのつぶてでは少しさみしいわ。

（にまぁ。）
そぉ。そーなの。やっぱりそうよね？
んふふ、リラは真面目さんだからそう言うと思ってたわぁ……
（またも酩酊めいたヒドイ笑顔を浮かべる。こうも新鮮なお話を繰り出されては酔いがさめる暇もないじゃないの！）

ええホント、この手紙を私に渡すだけでも勇気を振り絞って、って感じだったわね。
（と、とんとん写真を突く）
あこがれの姫様に会いにわざわざ幻想のパーティーにまでついてきた、その行動力はなかなかなんだけれど、ねぇ……
多分きっと、遠くから貴方を見つめてただけだったのね。

貴方がお返事を書くなら、多分とーっても喜ぶわよ、王子様。
……答えがどちらでも、きっとね。

……ああ、けれども、ますます困ったわ。
お返事を出すにしても、どういう風に書けばいいのかしら。
だって、わたし、この男の子の顔も声もこころも、なあにも知らないの。
（これはつまり、「王子様」になりたいという申し出なのだとは）
（お姫様とて、理解しております。）
……喜んで、わたしの王子様になってください、とは書けないでしょう？
けれど。断るようなことを書いてしまっても、きっと傷つけてしまうわ。
（恋文とはそういうもの。これもまた、物語で学びました。）

……ねえ、カタリヤは恋文を書いたり、受け取ったりしたことはあって？

ま、そこが子供らしいとこよね。（困った、と柳眉を寄せる彼女に肩を竦めてみせる。正直そこは同意見。）
逆に言えば……本気で誰にも推敲して貰わずに、ひとりでこの手紙を書いた、ってことなのでしょうけれど。
「まずは知りあって、親しくなりませんか」なんてテクニック、王子様には思いつかなかったんでしょうね。
（……または。）
（返事なんて期待せずに、ただ全力で今の想いを伝えたかった。多分そっちなんだろうな、と内心思う）
はいかいいえ、二択じゃなくってもいいのよ。
それこそ「大きくなった貴方とお会いできる日を楽しみにしてます」ー、くらい遠回しでも。

……書いたこと？私が？あると思って？
貰ったことは……（指を折る）（片手を折り切って、もう片手も折り始めた）結構あるわね。

ええ、ええ。わたしを好いてくれた、というのは。
お人形としても、お姫様としても、とても嬉しいことだし……。
（カタリヤが、自らの経験を語ってみせれば、これにもやはり尊敬のまなざし。）
まあ！
それじゃあ、カタリヤは恋文をもらう達人なのね。

……ええ、ええ。そうね。
当たり障りのない内容だとしても、わたし、お返事を……。
（言いかけたところで。ふと、今日の日付を思い出し、気づくのです。）