それが愛であったのなら。
　そんなに単純であれば、どんなにかよかったろう。

「……はぁ」
　クレマァダ＝コン＝モスカは、深いため息をついた。
　忙しかった。ひたすらに忙しかった。
　絶海竜を封印し、その足でルル・リェの執務室に蜻蛉返り。父への説明を簡潔に済ませ、海洋と幻想の間で書類をやり取りする手配と遠隔地での意思疎通法の確立、引継ぎを行い祭司長としての業務のうちいくらかの実務を分配しつつ各所へ書簡にてその弁明と陳謝。
　返す刀で早速空中神殿を活用し幻想国へ飛んで早速ローレットへの出頭、諸々の説明を受け各種登録、衣食住の手配を受けひとまずの借宿を確保しさあ一息つけるかと思ったところで無駄に敏捷に本日の祭司長業務が手元に届く。
　鬼の仇のようにハンコを叩きまくって送り返し、さあ食事でもしようかと外に出たところで転んだ子供を助け、泣く子の親を探し、感謝されたはいいがすっかり昼飯時を逃したものだからそれはもう、果てしなく疲れていたのだ。
　そしてそこで、「自分はそもそもこのメフ・メフィートのどこで食事をとればいいのか」ということに気付いていなかったことに気付いてしまった貴族の娘（クレマァダ）は、もうどうにでもなれと噴水にしなだれかかってぐったりしていたようである。
「…………この水、飲んだらだめかのう」

　助けるのは今である。
　見なかったことにするのも、今である。

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参加者向けハンドアウト：
あなたが彼女と出会うのは、凛々しくも雄々しく戦っていたリヴァイアサン戦以来です。
あなたと彼女は幻想にいます。

まだ、彼女とあなたは、ともだちではありません。

「はぁ……」
　その日は忙しかった、ひたすらに忙しかった。
　騎兵隊の参加者は過去最高人数に達し、それらに対して一通ずつお礼状を書く。そこまではよかった、問題はローレットに入るなり渡された大量の報告書で。かの決戦において八面六臂の活躍をした騎兵隊の対リヴァイアサンにおける航路、海戦術、その他あらゆる微細な出来事を戦史科の連中が代表者の私に押しかけてきたのだ。
　インタビューだけならよかったのだが、そうは問屋が卸さない。細かい解説をするにはどうしても図式が必要になったし。他の戦場の資料も必要になり、それら精査も終わっていない資料なんかじゃどうしようもないとつっかえしても、ならばその情報をもっと増やしてくれと言われ講釈を述べること数時間。
　結局終われば昼飯時を盛大に逃してしまい、行きつけのケバブ屋でもう肉も野菜も魚もなんでもいいから突っ込んでくれと言った結果ラグビーボールめいたサイズのケバブを渡された。
　ついでに持っていけとレモネードも2杯Lサイズで渡された。いや重いのだけど。

　かくして両手で抱えるほどの紙袋を手に、どこか適当に座って食べようと思っていたところに、目についてしまったのだ。噴水にしなだれかかる彼の片割れを。

「……ごきげんよう」

盛大に迷ってから、そう声をかけた。

お？　　……おぉ？
あぁ、お主か。
すまないが我は今、忙しゅうてな。構ってやれぬのじゃ。
飯の種は尽きねども飯はなし……いっそ笑えてくるわ。
(そういうとぱちゃぱちゃと噴水の水を手のひらではねつけた。
無遠慮に見えるのに起きた水飛沫は素直に噴水の中に帰っていく)

忙しいと言う割には力尽きてるように見えるけど。さながら路銀の尽きた吟遊詩人かしら、なんてね。
まぁ私も忙しくてかなわないわ。その顔見ればわかるわよ。事務仕事でしょ……（はぁ、とため息を付いて、ドンとクレマァダの前にレモネードLサイズ（700ｍｌ）を噴水の縁に二つ置いて

まぁのぅ。
まったく立場というものは真面目にやればやるほど得るより減るものが多すぎる。
……いっそ詩人の真似事でもしてみるか？

(目の前のレモネードを彼女は一顧だにしない。
それは無視しているとかそういうことでなく、そもそも、自分が食べ物を“分けてもらう“という発想がないからだ。
ある意味でこれもまた、純粋培養ではある)

残念ながらこの噴水広場周辺で投げ銭をする人はいても、おひねりで飯を投げつけてくる奴はいないわよ。そもそも投げられた飯を食うのはダンジョンクロウラーくらいよ。
（そのままブチブチと巨大なケバブをナイフで切って。そうか、この子もそういう子か、と横目に見て）
ところで、私はこれから昼餉なのだけれど。貴方は？（ドンとレモネードの横に更に切ったケバブを置いて、自分はレモネードを啜り始める

我も昼食を食べたいのじゃが……
レストランやらはともかく、この辺りの店‥…露天商はなんか、のう、なんじゃ。
どう買えばいいのかわからぬ。
……街はようわからぬ。
……どう注文

まぁこの辺りは顔なじみの露天商や芸人が多いからね。知らない顔はボられることもあるし。適当に買ってもいいと思うけど、慣れないと気後れするわよね。

（言って、まだ気づかないかと少しうなり）

……あー、じゃあはい。注文おまちどうさま。とりあえずこれだけ食べておけば夜までは動けるんじゃない？　口にあうかは知らないけど（自分で言ってて恥ずかしい、と誤魔化すようにケバブを口に運び）

ーー

……それは、我がこれを食べて良いということか？

私が貴方に食べて貰いたいとお願いしているということね。
安心なさいな、毒も入っていないし、金を取るつもりもないわ。
恩人にそんなことをするほど悪趣味ではないというのは……言伝に聞いていると思うけど。

忝い。いや、金は払う。
しかし……ハ、恩人、恩人か。
(バリッとケバブを齧る。
　獣肉にも慣れた風なのは、彼女が外交に慣れている証である)

……我に何ができたと言うのじゃ。
祭祀長の名が泣くわっ！

「貴方がそれを望むなら」
（勢いよく食べるわね、とその食べっぷりを見ながら自分も一口）

騎兵隊を鼓舞し、あの戦いで背中を押した。
恩人と呼ぶにはそれで十分よ。
……それと祭祀長、あぁいえクレマァダ。往来で食べるときは、あまり大きい声を出すと注目を引くわよ。その身なりでは、特にね

身なりぃ？
我の何のどこが変なのじゃ。
……はっ、もしや海洋風の服はドレスコードに合わんか？

（そういうところに疎いのか、と少し唸り）
確かに海洋の服もちょっと目立つけど。さっきも言ったようにここは人を騙すような連中もちょいちょいいるから。あー……
（言葉を選ぼうとする。けれども、その表情を見ていると。否、いずれにせよいつかはわかることであり。色眼鏡をかけているのは知られているのだからと。レモネードを大きく一口飲み込んでから）
……この辺りはね、あの子がよく歌い歩いてた所なのよ。
だから、貴方があんまり大きな声を出すと……ほんとにおひねりがとんでくるわよ（それでも、最大限ぼかしてしまう）

……あぁ。
なるほど。そうか。
そうじゃな。
今我が……誤解されるにせよ、されぬにせよ、それは好事の的じゃな。……それは、よくない。
どうせ宣伝するのであればもっと場も日も選ばねば。
忠告感謝する。あー……司書殿

（もそもそと食べながら、顔色を伺う）
そうね、理解が早くて助かるわ。
何かしら、クレマァダ？

お主が、「イーチャン」殿か？

――（僅かな逡巡、ケバブを置いて、両手にレモネードを包むようにして持つ）
資料を漁って目星をつけてくるかと思ったけど。
ええ、そうよ。私をそんな珍奇な呼び方をしていたのは、あの子だけ。
いーちゃん、は私よ（クレマァダの方を向いて頷いた