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at no.9

シラスのイビキがうるさい話

シラスが召喚を受けたばかりの頃のお話です。

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暗い部屋にただ立っていた。

どれくらいの間こうしていたのだろう。
頭が温い泥に半分浸かっているような心地だった。

ぼんやりと窓に視線をやれば薄汚れたガラスの先には暗闇が充ちていて、
囀る小鳥たちもいない静けさはまだ夜明けが遠いことを告げてくる。

次第にピントが合わさるように意識がはっきりすると、
途端に甘くすえた臭いが鼻をついてきて、
懐かしさと吐き気がないまぜになって胸を腐らせていくのを感じた。

壁の落書きや背くらべを刻んだ柱の疵。
どこか見覚えのあるものが意識せずとも目に入ってきてしまう。

ああ、俺はこの家を知っている。

心臓が馬鹿みたいに速く鳴るのが分かった。
もうこれ以上は1秒だってこの場所に居たくはない。

追われるように部屋を出ようと踏み出して、
けれどその足が何かに取られてしまう。

足元に人が倒れていたんだ。

つまづいた先の床がぬるりと滑って、
あっと思った瞬間には濡れた床に顔を打ちつける。

痛みはやってこない、感じる余裕がなかった。
だって目を合わせてしまったから。
血を流して横たわる少年の力なく見開いた瞳に。

「……あ、あに……きっ」

喘ぐように声を絞り出したが不意に気配を感じて息が詰まる。


――ヒタ


湿った足音に冷たく背を撫でられて肌が粟立った。
転んだまま這うように逃げると直ぐに壁にぶつかって振り返える。

ゆっくりと近づいてくる人影。
そのあちこちがめくれ返ったようなボロボロの輪郭。

俺と同じ顔の女。

「う――」

跳ねるように体を起こすと薄い毛布が跳ね飛ばされてフワリと床に落ちた。

「――わあああ!!」

身を庇うように両腕で肩を抱く。
ゼイゼイと肩で息をしているのに手は凍えたように冷たい。

自分の叫び声に今度こそ目を覚ましたようだった。
ベタつく汗をぬぐうと窓から差し込む光が眩しくて目をつむる。

遠くに小鳥が鳴くのが聞こえると澱んでいた空気が動き始めたのを感じて、
俺は寝転んでいたソファの上で姿勢を直して溜息をついた。

ここはとある雑貨屋の二階。
良くも悪くも商品の仕入先を選ばない店主には昔から世話になっている。

イレギュラーズとやらになった俺は宿を決めるまでの暫くの間と思い、
ローレットにほど近いこの店で厄介になることにしたのだった。

「ちくしょう……ちくしょう……うう、ダッセェ」

頭を抱えたくなる衝動を必死に抑えて唸る。

前に母さんと兄貴が夢に現れたのはいつ頃だったろうか、思い出せない。
それが召喚されてからは頻繁に同じ夢を見るようになってしまった。
多分どうでもいいことを考える余裕ができたせいなのだろう。
そうやって自答すると乾いた喉を潤すためにトボトボと階下に降りた。

「おい、シラス。今日も酷えイビキだったぜ……ったく、一晩中よォ」

店主の男が笑いかけてくる。
もう勘弁してくれと、言葉にはせず、表情ではっきりと伝えながら。

「ごめんよ、これっきりにするからさ」

どうやら夜通しうなされていたらしい。
うわの空で返事をしながら今日のうちに荷物をまとめようと心に決めた。
申し訳なく思うよりも、こんなザマを晒している自分が嫌で仕方なかった。

これまでだって街の隙間で息を接ぐように生きてきたんだ。
今は金にも困らない、何とでもなるさ。

ぬるいお茶を飲みながら俺はあれこれと考えをめぐらせはじめた。


(終り)
お読みくださりありがとうございます。

シラスが宿を避けたりイビキがひどくて聞かせられないと言ったりするのは、夜にうなされるのが情けなくて他人にそれを見聞きさせたくないからです。

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