ギルドスレッド スレッドの一部のみを抽出して表示しています。 水面にて。 幕間:花冠ヴァジニティ 【風前の塵】 艶蕗 (p3p002832) [2018-02-10 16:52:07] 何て滑稽なのだろう。 ギルド・ローレットで受けた初仕事を終えた夜、安宿の一室で艶蕗は溜息を吐いた。 結婚を控えた子爵を護衛し、花嫁への贈り物として彼が望む霊峰に咲く花を入手する。それ自体は困難と言う程の事では無かった。 心情的にも、遙か昔艶蕗自身が貴族の端くれをやっていた頃の故郷では、貴族の男が贈り物を手に女性の元に通うのは珍しくも無い、と言うか割と基本だった。故に少しの懐旧の念と好感すら持つ程だった。 その頃、結婚に際する催し事は無かったので(と言うか男が継続的に通ってれば結婚、通うのをやめれば離婚扱い。と言うおっそろしく曖昧かつ男性基準な文化だったので)、依頼成功の労いを兼ねてか結婚式に招待されている事には若干の戸惑いがあるのだが……まあ、これも問題はないだろう。当日少し早めに行って貸衣装を頼むべきか悩む必要がある位だ。 多少の問題があったのは、目的の品である花だ。 白い花だとは聞いていた、沢山あるから自由に摘んで良い、とも。「やけど、一面の花畑とはなあ……」 己の胸に手を当てつつ少し情けない声で呻く。トク……トク……少し動悸が早い。流石にあれからずっとでは無いだろう。今思い出したからこうなのだ。「いや、でも普通に考えてそらそうやろ。考えもせんかったうちがあり得んのや。珍しい花って聞いて希少なんやろう言う先入観があったのもちょっとはあるやろけど……やっぱり無意識に思考の外にやってたんやろな……」 トク、トク、トク、トク、心の臓の音が緩やかに着実に早くなって行っている。記憶の中の一面の花畑を思い出したからだ。あの時は慌てて依頼主の背中に隠れた。摘む事を促す体で貴族の恰幅の良い背中で視界を塞ぎ、それ以上花畑を見ないようにした。幸い、依頼主も他の皆も目的の品である花と護衛対象である貴族のどちらかを主に注視していた為、その後周囲警戒を口実に花畑に背を向けていた自分が真っ青な顔をしていた事には気づかれては……多分、無いと思う。自信はないけれど。 白い花は、苦手だ。まして花畑なら恐慌を起こしかねない。 かつての己の死に際し、見た光景に似ているから。 あの日、四方を囲い海一面にはためいていた敵軍の白い旗を。あの絶望を思い出すから。「いや、でもやっぱり。前よりは怖ない……」 脳裏から剥がれてくれない情景に、バク、バク、バク、バクとどんどん激しくなる動機を感じながら、しかし口から零れるのは逆の意味合いの言葉。それもまた事実だった。 かつての自分なら、この『無垢なる混沌』に召喚される前。あの海で化外としての日々を送っていた自分なら、あの場で文字通り錯乱していただろう。最悪、恐慌のまま暴れていたかも知れない。 でも実際には目を逸らすだけで耐える事が出来た。「……うん。こっちに来て。いや、『この姿』に戻れる様になって、変わって来とる」 己の過去の姿に変じる事が出来るギフト。かつて己の心を現世に繋いだ物語に肖り『春の夜の夢』と銘打ったそれは、艶蕗の精神性を確実に『河童』から『人間』にある程度乍ら引き寄せ直している。「…………ケッ」 小さく吐き捨てた。 口元が意図せず嘲る様に歪んでいるのが分かる。 何を嘲っているのか、蔑んでいるのかと言えば……「…………」 ドクンドクンドクンドクン…… 動機は流石にそろそろ頭打ちらしい、だけどその分息が荒い。身体が昂っている。 別に浅ましいとは思わない。死を意識したからだと知っているので。 非戦闘員の身とは言えかつて戦場に身を置いた事があるのだ。死の危険や恐怖を前にしてそう言う事がある事は知っている。 この世界に来てから読んだ本によると種の保存本能と言うのだったか。死によって己の血が途絶える事を避けようとする本能。なるほど道理だ。全く正しく理屈の通った話だと思う。おかしな事など何もない。 この身が、とっくに死を迎えた亡者の分際でさえなければ。 海御前の部下として、怨霊化外の河童として悪逆の日々を送っていたあの頃。何せ悪さをしていたのだから、侍の類に退治されかけた事とて何度もあった。命の危機だ。 けれどその際、身体がこんな風になった覚えはない。 蕎麦の白い花が咲く度に怯えていた。ガタガタと震え頭を抱えて水底に引き籠っていた。毎年毎年そうで、八百余年の歳月を経てもその恐怖が薄れる気配も無かった。 それがどうして今になってこうも変わっているのか。 明白だ。死人に種の保存もへったくれも無いからだ。亡霊は恨みも恐怖も忘れずずっと囚われ続ける物だからだ。当たり前の事だ。だから危険を前に身体が昂る事もないし、トラウマはどれだけ月日が経とうが薄れないのだ。 だから、つまり、今はそこに異常が生じているのだ。 ギフトを得たから。かつての、生前の、未だ自分が生きた人間だった頃の姿に戻る……戻る、ははは違う違う違う、『人間だった頃の姿に変じる』事が出来る様になったから。 たかがそれだけの事で、この身体が、頭が、丸で自分が生きた人間であるかの様に錯覚しているのだ。あの頃に戻れたかの様に勘違いしているのだ。 戻れる訳がないのに。 春の夜の夢は露と消えるのに。 風の前の塵は砕けて散るのに。「ヒヒ、ギヒヒヒヒ…………ギハ、ギハハハハハ……」 何て滑稽なのだろう。 →詳細検索 キーワード キャラクターID 検索する 【風前の塵】 艶蕗 (p3p002832) [2018-02-10 16:53:24] ※以下プレイヤー視点 キャラクターを選択してください。 « first ‹ prev 1 next › last » 戻る
ギルド・ローレットで受けた初仕事を終えた夜、安宿の一室で艶蕗は溜息を吐いた。
結婚を控えた子爵を護衛し、花嫁への贈り物として彼が望む霊峰に咲く花を入手する。それ自体は困難と言う程の事では無かった。
心情的にも、遙か昔艶蕗自身が貴族の端くれをやっていた頃の故郷では、貴族の男が贈り物を手に女性の元に通うのは珍しくも無い、と言うか割と基本だった。故に少しの懐旧の念と好感すら持つ程だった。
その頃、結婚に際する催し事は無かったので(と言うか男が継続的に通ってれば結婚、通うのをやめれば離婚扱い。と言うおっそろしく曖昧かつ男性基準な文化だったので)、依頼成功の労いを兼ねてか結婚式に招待されている事には若干の戸惑いがあるのだが……まあ、これも問題はないだろう。当日少し早めに行って貸衣装を頼むべきか悩む必要がある位だ。
多少の問題があったのは、目的の品である花だ。
白い花だとは聞いていた、沢山あるから自由に摘んで良い、とも。
「やけど、一面の花畑とはなあ……」
己の胸に手を当てつつ少し情けない声で呻く。トク……トク……少し動悸が早い。流石にあれからずっとでは無いだろう。今思い出したからこうなのだ。
「いや、でも普通に考えてそらそうやろ。考えもせんかったうちがあり得んのや。珍しい花って聞いて希少なんやろう言う先入観があったのもちょっとはあるやろけど……やっぱり無意識に思考の外にやってたんやろな……」
トク、トク、トク、トク、心の臓の音が緩やかに着実に早くなって行っている。記憶の中の一面の花畑を思い出したからだ。あの時は慌てて依頼主の背中に隠れた。摘む事を促す体で貴族の恰幅の良い背中で視界を塞ぎ、それ以上花畑を見ないようにした。幸い、依頼主も他の皆も目的の品である花と護衛対象である貴族のどちらかを主に注視していた為、その後周囲警戒を口実に花畑に背を向けていた自分が真っ青な顔をしていた事には気づかれては……多分、無いと思う。自信はないけれど。
白い花は、苦手だ。まして花畑なら恐慌を起こしかねない。
かつての己の死に際し、見た光景に似ているから。
あの日、四方を囲い海一面にはためいていた敵軍の白い旗を。あの絶望を思い出すから。
「いや、でもやっぱり。前よりは怖ない……」
脳裏から剥がれてくれない情景に、バク、バク、バク、バクとどんどん激しくなる動機を感じながら、しかし口から零れるのは逆の意味合いの言葉。それもまた事実だった。
かつての自分なら、この『無垢なる混沌』に召喚される前。あの海で化外としての日々を送っていた自分なら、あの場で文字通り錯乱していただろう。最悪、恐慌のまま暴れていたかも知れない。
でも実際には目を逸らすだけで耐える事が出来た。
「……うん。こっちに来て。いや、『この姿』に戻れる様になって、変わって来とる」
己の過去の姿に変じる事が出来るギフト。かつて己の心を現世に繋いだ物語に肖り『春の夜の夢』と銘打ったそれは、艶蕗の精神性を確実に『河童』から『人間』にある程度乍ら引き寄せ直している。
「…………ケッ」
小さく吐き捨てた。
口元が意図せず嘲る様に歪んでいるのが分かる。
何を嘲っているのか、蔑んでいるのかと言えば……
「…………」
ドクンドクンドクンドクン……
動機は流石にそろそろ頭打ちらしい、だけどその分息が荒い。身体が昂っている。
別に浅ましいとは思わない。死を意識したからだと知っているので。
非戦闘員の身とは言えかつて戦場に身を置いた事があるのだ。死の危険や恐怖を前にしてそう言う事がある事は知っている。
この世界に来てから読んだ本によると種の保存本能と言うのだったか。死によって己の血が途絶える事を避けようとする本能。なるほど道理だ。全く正しく理屈の通った話だと思う。おかしな事など何もない。
この身が、とっくに死を迎えた亡者の分際でさえなければ。
海御前の部下として、怨霊化外の河童として悪逆の日々を送っていたあの頃。何せ悪さをしていたのだから、侍の類に退治されかけた事とて何度もあった。命の危機だ。
けれどその際、身体がこんな風になった覚えはない。
蕎麦の白い花が咲く度に怯えていた。ガタガタと震え頭を抱えて水底に引き籠っていた。毎年毎年そうで、八百余年の歳月を経てもその恐怖が薄れる気配も無かった。
それがどうして今になってこうも変わっているのか。
明白だ。死人に種の保存もへったくれも無いからだ。亡霊は恨みも恐怖も忘れずずっと囚われ続ける物だからだ。当たり前の事だ。だから危険を前に身体が昂る事もないし、トラウマはどれだけ月日が経とうが薄れないのだ。
だから、つまり、今はそこに異常が生じているのだ。
ギフトを得たから。かつての、生前の、未だ自分が生きた人間だった頃の姿に戻る……戻る、ははは違う違う違う、『人間だった頃の姿に変じる』事が出来る様になったから。
たかがそれだけの事で、この身体が、頭が、丸で自分が生きた人間であるかの様に錯覚しているのだ。あの頃に戻れたかの様に勘違いしているのだ。
戻れる訳がないのに。
春の夜の夢は露と消えるのに。
風の前の塵は砕けて散るのに。
「ヒヒ、ギヒヒヒヒ…………ギハ、ギハハハハハ……」
何て滑稽なのだろう。