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文化保存ギルド

【SS依頼】レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)より

●空気からパンを作る
 レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)は呆然としていた。
 夏の暑さに愕然とすることはままあれど、そこはもとより我慢強い商人や貴族という立場の身、暑さを感じさせぬよう立ち居振る舞いをするのは慣れたものだ。
 しかし、イーリン・ジョーンズ(p3p000854)がいつもの書庫におらず。どうやら騎兵隊の厩舎に居るらしいと聞き、相変わらず仕事熱心なことだと赴いた。
 そこまではいい。
 いいのだが。
「なんだこれは」
 厩舎は今や軍馬だけでなく、ワイバーンやドレイク、そして香草をたしなみながらビールを飲むサメで溢れかえっていたのなら。
 呆然とするのを、誰が咎められただろうか。
「もう無理です領主様。飼育方法が確立されたのは知っておりますが、それでもワイバーンと軍馬を厩舎で世話をするのは無理です」
「なんとかなさい、プロでしょう」
「プロだから言っているのです。その上あのドレイクはなんですか。馬車牽引用など聞いておりません」
「飼育方法はマニュアル通りよ。馬にも慣れさせてあげて」
「もう既にビビり散らかしておりますが。なんなら私もさっき頭からいかれそうになりましたが」
 レイヴンは思わず天を仰ぐ。よく見たら厩舎の梁に、小型の白いもふもふの、量産型ハイペリオンが巣を作っていた。もはや動物園である。
 イーリンは資料を片手に、飼育員の一人と怒鳴り合いをしている。正しくは怒鳴るほどの声を出さなければ互いに聞こえないほど、馬は嘶き、ワイバーンは吠え、ドレイクは寝返り一つで柵を凹ませている。
 帰りたい。が、見てしまった以上そうはいくまい
「ああ、すまない。司書殿、今時間を頂いてもいいか」
「レイヴン、いつの間に来てたの。声をかけてくれればよかったのに」
「いや、なに。取り込み中だったようだからな。ワタシとしても邪魔をするつもりはなかった。よければお茶でも」
 彼女が後ろで一括りにしていた髪をかきあげ、レイヴンを見る。そのまま動物園を通り越してサーカスのような混沌を見せつつある厩舎と、ものすごい目つきの飼育員を見回す。
「そうね、昼休みにしましょう」
「それがいい、冷静なようで助かった」
 レイヴンの言葉に、イーリンと飼育員は同時に盛大に溜息をついた。

●鳥の歌よりパンがいい
 レイヴンはイーリンの貸与された領地の事をよく知っている。王都にほど近い街道に位置に居を構え、過剰なまでの井戸、浄水設備の用意と騎兵部隊を各地に輸出する。いわば戦争に何が必要かを理解しているからこそ作られた領地と言っても過言ではない。
 噂では銀行が石畳のように敷き詰められた地下があるとも聞くが、閑話休題。
 二人は厩舎にほど近いカフェで涼を取っていた。豊富な水を利用した人工の小川とその上に作られたテラスは、出されたアイスティーと合わせて猛烈な暑さを少なからず和らげてくれていた。
「しかし司書殿、新しく動物園でも始められるおつもりかな」
「何よ、藪から棒に」
「さっき飼育員とずいぶんとやりあっていたではないか。どんな問題かは知らないが、責任者相手にやりあうとは感心しないな。それに、ずいぶんと騎獣達も騒いでいた」
「私だって困ってるもの。だって」
 ジト目になってレイヴンを見つめながら、不服そうに両手でアイスティーをあおるイーリンは、怒られた子供そのものの反応だった。
「あいつ言ったもの。どんな生き物でも、騎兵隊のためなら立派に育て上げてやりますよって」
「限度」
 レイヴンはむくれた彼女に苦笑いを浮かべる。
「それにレイヴンだって、騎獣(のりもの)を一箇所に集める理由くらいわかるでしょう」
 背もたれに体を預けながら、レイヴンは鼻で笑う。予想通り、一生懸命に不服そうな顔をする彼女をからかう。
「わかっているとも、騎兵隊は即応部隊だ。核となるのは現地への物資搬入と先行到着。兵員輸送。ならば可能な限り一点集中しておけば、管理も楽。そういう理屈だろう」
「そうよ、幸い騎獣たちは基本的に暑さ寒さには皆強いから、あとは適切なスペースと環境があれば十分なのよ」
「だから最も消費の大きい水資源が豊富で、かつ運用ノウハウがある領地に運んだわけか」
「そういうことよ、スタッフは今まで軍馬もたくさん育て上げてきた優秀な連中だからね。私も信頼してるの」
 信頼し過ぎだろう、という言葉は飲み込んだ。彼女がそっぽを向いて茶菓子に口をつけていたから。
「なら、彼らの意見に反対する理由が聞きたい。そもそも、早急に騎獣を一箇所に集める理由は」
 それを聞いた彼女は、唸りながら首を傾げた。
「アーベントロートの一件、そのためには早期に騎獣を慣らす必要がある。明日来るとも限らない状態に対して、少しでも練度を高くしておきたかったの」
「は」
 今度はレイヴンが首を傾げた。言うことはもっともだが、同時に騎獣の訓練が短期間で終わるはずもないことを彼女は重々承知しているはずだと。
 そして思い当たる、彼女の人格的な欠陥に。
 彼女は基本的に他人を「過大評価」する傾向にある。いや、彼女が己を勇者になって以降も凡人と言って憚らず。勇者になる前の謙遜たるや嫌味と捉えられるほどに。
 川の音に耳を傾けながら、レイヴンは逡巡する。
 彼女からすれば、翼を持ち、貴族である自分はさながら空の王のように見えているであろうし。少し勉強のできる子供は天才に見えるのだろう。そして実績のある飼育員が「どんな生き物でも」と言えばそれこそ、数ヶ月前に飼育法が確立されたばかりの代物であっても押し付ける。多分、あの飼育員もイーリンに似て、無茶だろうと理屈があれば全力で突っ走るタイプなのだろう。
「やれやれ」
「何よ」
 思わず口に出してしまい、彼女に咎められる。この欠点が見えにくいのは、彼女が俯瞰的に物事を見る立場なら現れないことだ。例えば戦場の指揮官、領主として全体の経営となれば比較対象があるため正確に物事を見られる。本来なら新顔の騎獣たちを、直近目標のアーベントロート派の動きに即応できるような状態に持っていくには、最大限専門家の意見を取り入れ任せたはずだ。
「司書殿もまだまだお可愛らしいところがあると思っただけだ」
「何よそれ、いきなり。ちょっと恥ずかしいわ」
 逆に彼女が個人的な付き合い、こうして感情を顕にするほどの距離感になると、途端に彼女自身の卑屈さと、相手を過大評価する性質が合わさってすれ違いを起こすことがある。あのベテラン飼育員にも強くあたっていたように見えても、普段は茶を飲み、互いにねぎらい、話し合う仲なのだろう。他の部下には、ああいう態度は取るまい。なぜなら「普通の作業に従事するために」いるのだから。
 ひどく安心した。軽いマネジメントでこの件が解決するなら、それは大きな利益になる。
「どうだ司書殿。この件はワタシに預けてみないか。あの飼育員、やはり使えると思うぞ」
「褒めたら今度は売り込みかしら。商人らしいわ。あとあの飼育員はやらないからね」
「それで構わないよ。今は報酬は喜ぶ顔が見てみたいから、とでも言えばいいかな」
「領地の金融資産を商会にぶっこんで、関係を怪しまれるようにしてやろうかしら」
「はは」
 さて、と頭の中でそろばんを叩く。案外安く済みそうだ、付加価値でも主張してもう少し勉強代を貰うかな、とレイヴンは紅茶に口をつけた。

●あらゆる悲しみはパンがあれば少なくなる
「それではご覧頂きましょう。領主様」
 レイヴンが商談のための正装でイーリンをエスコートして、馬車に乗る。一週間足らずでひとまず終わったぞと報告したときのイーリンの顔は、わざわざ出向いただけの甲斐がある愉快なものだった。
「領主様からのオーダーは2つ、異種族騎乗生物の相互運用が可能になる円滑な訓練環境と、騎獣のできるだけ一曲集中した管理」
「ええ、そうよ。ではポルードイ卿はどのようにこの問題を解決なさったのかしら」
 黒いゴシックロリータ姿で日傘を脇に置いた彼女も、レイヴンの慇懃な態度に合わせて領主様らしく振る舞っている。彼女なりの意地なのだ。
「ええ、まず厩舎はこの領地内の二箇所に分けました。既存の軍馬たちの厩舎と、馬車用の大型車庫を改造したものです」
「なるほど、その意図は」
「ふふ、まずはこちらを」
 レイヴンはイーリンを動物園状態だった厩舎の前に降ろす。エスコートの手は忘れずに。
「こちらには軍馬たちと『陸鮫』を同居させています。肉食動物ですが温厚な酒飲み連中と、繊細な軍馬を慣れさせることでこの手の異形に慣れてもらうようにしています」
「卿、しかしそれではワイバーンやドレイクには慣れられないわ」
「ご心配なく」
 レイヴンが示した先には、量産型ハイペリオン達の巣がちょうど陸鮫と軍馬たちの間に居た。
「これが鍵になります。覚えておいてくださいませ」
「楽しみにさせて頂くわ」
 そうしてまた二人は馬車に乗り、ほど近くにあるもう一つの厩舎に移動する。
 もうひとつの改造厩舎では、ワイバーン、ドレイクがそれぞれの体格に合わせたスペースで待機し、一見何の変哲もない。しかしこちらも量産型ハイペリオンの巣がそれぞれの騎乗生物のそばに用意されていた。外見の凶悪さや気性の荒さが目立つ彼らの中にありながら、白いもこもこたちはのんびりと居を構えていた。何ならドレイクの頭の上に鎮座する者も居た。
「ふむん」
 首をひねるイーリン。まだ閃くには至らないようだ。
 一生懸命柔らかそうな頬に手を当てている。
「本当はワタシとしても一ヶ月は様子見のつもりでしたが、結果が早く出ましたので。このまま併せを御覧いただきましょう」
「ええ」
 また馬車に乗る。エスコートする間も考えて脇見もしない。
 二人の馬車は領地にある放牧場、その物見台の前に停まった。階段で台に登り、オペラグラスをレイヴンが手渡す。
「では頼む」

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