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別邸『イハ=ントレイ』
(意地の悪い言い方をした、と少し嘆息した。
だって、”これ”が何か、自分なぞより彼の方がずっと知っているはずなのに。
ああ、父から愛されていた彼が羨しい。
自由な彼が羨しい。
だけど、彼女は祭司長である。人を教え導く者だから、意地悪をしたままではいられなかった)
我にとってはこれは呪いと言うべきものじゃ。
しかしの。普通は……こういうのはな。
願い、と。そう呼ぶらしいぞ。
……お主、母御はご存命か?
だって、”これ”が何か、自分なぞより彼の方がずっと知っているはずなのに。
ああ、父から愛されていた彼が羨しい。
自由な彼が羨しい。
だけど、彼女は祭司長である。人を教え導く者だから、意地悪をしたままではいられなかった)
我にとってはこれは呪いと言うべきものじゃ。
しかしの。普通は……こういうのはな。
願い、と。そう呼ぶらしいぞ。
……お主、母御はご存命か?
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何もかもを置き去りにして進んでいく。
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コン=モスカは領邦であり、絶海信仰の総本山でもある。
政と教えが結びつくのは当然の理であり、コン=モスカにて要職に就くものは皆、祭司としての顔を持っている。
すると自然、軍事に携わる者もまた僧侶であり、それらは『武僧』と称された。裾野の者は言い訳程度に祭具を頭に据えるくらいで済むが、位が高くなればなるほどそうはいかない。
総主祭司(サンブカス)は全ての政と祀り事を司り、大祭司(カタラァナ)の日々その歌そのものが崇敬されるべきイコンであった。
では、祭司長(クレマァダ)の役目は何かと言えば、人と金の管理である。
政治、祭祀、軍事の三本の柱はコン=モスカの血族の手によって采配が下される。最終決定権を持つのは祭司長であり、それに異を唱えることができるのは総主祭司と大祭司の二人のみだ。
それがどういう意味を持つか。
祭司長とは、それら全てに精通していなければ務まらない職務だということである。
ことに当代の祭司長は、武僧としての才に恵まれた。
そしてそれを喪って、搔き集めている。
そのことに彼女が何を思っているのかは、杳として知れない。
襟を引っ掴んで歩き出したが、嬲りものにするようで気が引けたのと疲れたので、赤い髪の男が大人しくついてくるのを確認してから、海種の少女は手を離してずんずんと大股で歩きだした。
首をさすって、その小さな背中を男は見る。
それは自分の知っている小さな背中に似ていたが、首に残った感触はあの少女のやわらかくてほにゃっとした感じとは似ても似つかない力感だった。
(――オルカの海種ね)
同じく身体的には優れた点が多い蛸の因子を持つ彼には、同じ顔ながら何ゆえそんなに違うように感じるのか、はっきりと理解できた。
強壮。そういう響きが自然と頭に浮かび上がる。
儚くて柳のように頼りないからいつまでも折れなかった姉とは違う。同じしなやかでもそれは竹とかそういうもののそれであり、肌にばちばちんと怒りの気配が漂ってくるのも感じられるほどだ。
大股に進んでいく少女が目指すのは、コン=モスカの別邸。
扉をばん!と開けて帰りに頭を下げる侍女たちにあれこれ指示を出すと、そのまま屋敷を通り抜けて中庭に出た。
中庭には、色々なものがある。
打ち据える為の立ち木のようなものがあったり、持ち上げる重りのようなものもある。
中央には円形の広場がある。
石のモザイクなどで飾り立ててはいなく、むしろそこは無造作に板張りになっているようだった。そこから、用途は自然に見えて来た。
「女々しい……とは言うまい」
目の前の少女が、ここでいつも汗を流している姿が見えて来た。
「じゃが貴様、いつまで立ち止まっておる。
いつまで礼も言われぬコインを投げ込んでおる」
近頃は寒くなってきた。
最近は、『レガドは寒い』などと言って上着を着こんで内股で震えている少女は、羽織っていたケープを勢いよく脱ぎ捨てて動きやすい恰好になった。
「ああすっきりせぬじゃろう。
仇も居らず、敵も居らず、上げた拳の降ろしどころか……振り上げどころすら見つからぬ」
円形の広場の、一歩外で立ち止まる貴方を置いて彼女はその反対側に歩いていった。
振り向いて高く脚を上げると、振り下ろす。
たぁん! と高い震脚の音と共に、左手を手刀の形で前に、右手はみぞおちの前に構えた。
「じゃから――打って来い小童。
貴様の腑抜けた拳で、何ひとつも為せぬことを教えてやる」
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●参加者向けハンドアウト
彼女は、貴方に拳を向けています。