PandoraPartyProject

SS詳細

まだ青き月は昇らない

登場人物一覧

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
アルテミア・フィルティスの関係者
→ イラスト
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女

 幻想王国、フィルティス邸宅の庭園で小さな小さなお茶会が開かれた。真白のガーデンテーブルにテーブルクロスを敷き茶菓子と紅茶を並べたアフタヌーンティーを楽しむように三人の少女が笑みを交わし合う。
 フィルティス家令嬢であるアルテミアとエルメリア。14歳になった二人の少女は仲睦まじい双子令嬢である。彼女ら二人と対面しくすりと笑うのはアルテロンド家令嬢のシフォリィである。双子令嬢よりは歳は一つ下の13歳。実の姉妹のように仲が良く、時折こうして茶会だけではなく交友の場を設けている。今日の茶会はエルメリアの発案らしく、妹が張り切って準備したのだとアルテミアが楽しげに告げていたことを思い出しシフォリィは小さく笑う。
「……どうかした?」
「いいえ。このジャム、美味しいですね」
 手作りです、と頬を赤く染めて笑ったエルメリアに「良い奥さんになります」とシフォリィは茶化して見せた。使用人も交えずに三人だけで姦しく、無礼講だと言わんばかりに紅茶も菓子も自身らで準備を整えた。余所余所しい雰囲気を見せる双子にシフォリィはどうかしたのかと問い掛けるタイミングを失った儘に菓子を齧る。どうした、と口を開き掛けた時――「恐れ入ります、アルテミアお嬢様……よろしいでしょうか」と使用人が恭しく頭を垂れながら顔を出した。曰く、彼女の母からのお呼びらしい。「失礼」と笑みを浮かべて席を外したアルテミアの背を見送って、シフォリィがティーカップへと手を掛けたとき、エルメリアは「シフォリィさん」と小さく呼び掛けた。
「はい?」
「……あの、突然でごめんなさい。実は、私はもうすぐ此処を離れることになるのです。
 近頃は余り調子が良くなくて王国西部のフィルティスの別荘での療養が決まったのです。きっと、アルテミアもその準備でお母様に呼ばれたのでしょう」
 肩を竦めるエルメリア。生まれつき体の弱い彼女が近頃は伏せっていると聞いていたシフォリィは「そうですか」と小さく呟いた。
「……寂しくなりますねえ」
「何時も仲良くしてくれて居たのに、突然の不義理、ごめんなさい。……国内ではあるのだけれど、療養のためには自然の多い静かなところが良いだろうとお父様とお母様の計らいで王都からは随分と離れた場所に往くことになってしまったの」
 馬車でもかなりの時間が掛かり、容易に会うことは出来なくなるとエルメリアは気落ちしたようにティーカップの中の砂糖を掻き混ぜる。
「私もあまり体が強くはありませんから別荘と王都を行き来は難しいでしょうし……こうして三人で茶会をするのも難しくなるので……」
 せめて、最後に。エルメリアはシフォリィにも挨拶をしておきたかったのだと肩を竦めた。急な決定は彼女の病状悪化を畏れた家人が行ったのだろう。勿論、生まれつきの体の弱さが起因しているのだから早々に対処を打った方が良いことはシフォリィだって分かっている。
「ええ。ならば今日は沢山楽しみましょうね。寂しくはなりますが、楽しみでもあります」
「楽しみ?」
「ええ。エルメリアさんが王都に戻ってきた時……いいえ、私とアルテミアさんが別荘まで遊びに行った時、驚くくらい元気になっているかもしれませんね?」
 驚くほどに元気であったならば共に買い物に出かけましょうと提案するシフォリィにくすりと笑った後、エルメリアは小さく声を潜めた。聞いて欲しいことがあるとシフォリィの白い指先にそ、と手を添える。
「……お願いがあるの」
「はい」
「……『お姉様』に伝えたいことがあるの……けれど、許されないことだから、シフォリィさんから伝えて欲しくて」
 だから――せめて、言伝で、と。普段はアルテミアと呼ぶエルメリアの『お姉様』呼びにシフォリィは小さく瞬いた。
「何でしょうか」
 大切な想いなのだろうと息を飲んだシフォリィの鮮やかなサファイアの瞳を覗き込んだエルメリアは唇を震わせる。
「私は――エルメリア・フィルティスはアルテミア・フィルティスを、実の姉を愛しています。
 ……この感情おもいは同性で、双子の姉妹が抱いてはいけないことだと分かっています。許されざる恋であることも……けれど、私が遠く離れた地に行った後ならば……きっと、重荷にはならないと想うのです」
 だからこそ自分がこの地を去った後に、エルメリアの想いをアルテミアへと伝えて欲しいと彼女は言った。
 目を見開いて、シフォリィは唇を震わせる。ぎゅう、と握りしめたエルメリアの指先は緊張をしたように酷く冷たくなっていて。

「嫌です」

 え、とエルメリアは小さく声を漏らした。大きな眸を瞬かせ困惑に満ちあふれた眸には絶望の色さえ差し込んだ。
 シフォリィは再度「嫌です」と言葉を重ねる。エルメリアの手を離さぬように、ぎゅうと握りしめ「エルメリアさん」と静かに彼女の名を呼んで。
「アルテミアさんは貴女の思いを、その心を知って、接し方を変える人ですか? そんなことは無いと貴女が一番良く知っているでしょう?
 ……伝えるのならば自分で伝えた方が良いのです。その想いはとても大切で、かけがえのないエルメリア・フィルティスしか伝えられないものなのですから。アルテミアさんが跳ねのけるか受け入れるか、私には分かりません」
 首を振ったシフォリィにエルメリアは静かにティーカップを見下ろした。悲しみに染まった自分が底には映り込んでいて、唇をきゅっと引き結んだままに「そう」と言葉を振るわせた。
「けれど、アルテミアさんへ想いを伝えたという事はそれが一番では無いですか? 私は、そう思います。
 あ、そうだ。エルメリアさんがアルテロンド家に養子に来るのはどうでしょうか? ならば関係性は姉妹ではありますが一応は他人……そうなれば、家族という枠からは離れ……私も姉が増えて、アルテミアさんも姉になってくれて、万々歳で……ああ、いえ……しかし、そうなると姉の呼び方が難しくなりますね。上姉様、中姉様、下姉様じゃいけない……?」
 む、と唇を尖らせるシフォリィにエルメリアは目を丸くして小さく笑った。どうすればこの想いを伝えられるか、その段取りまで考えてくれるのだから――この友人は本当に私達を大事にしてくれると小さく笑みを浮かべる。
「そうね。貴女の言うとおりだわ。ちゃんと体を治して、自分で伝える。
 ……だから、その時まで――これは二人だけの秘密にしておいて? 姉になるのも、その時に考えましょうね」
 幸福そうに笑ったエルメリアにシフォリィは頷いた。会話を終え、アルテミアが戻ってきたときにくすくすと笑い合う二人を見て彼女は首を傾げる。
「何かあったの?」
「いいえ。シフォリィさんの婚約者さんの話をしていたのです。アルテミア、婚約者って素敵では無いですか?」
「うーん……そうかしら。けれど、恋を出来るのならば素晴らしいわよね。
 私もエルメリアも貴族だもの。何れは何処かの貴族に嫁ぐことになるでしょうし……それまでは皆で幸せに過ごしていましょうね」
 にんまりと微笑んだアルテミアにエルメリアは頷いた.その時の横顔が――シフォリィには途轍もなく寂しげに見えた。

 ――――
 ――
 神威神楽の月は美しい。もうすぐ満月が昇るのだという。
 あの頃、エルメリアとアルテミアと二人くすりと笑い合ったその刻から随分と自分は変わってしまったとシフォリィは小さく笑った。一途に愛を誓った婚約者はいなくなり、幾人もの人に汚されて、剣を握り戦いへとその身を投じた。今は新たな思い人と共に背を任せ合い戦うだけの日々。
 親友、アルテミアはエルメリアが療養先から拐かされ、姿を消してから剣を握りずっと彼女を探し続けている。無数の痕跡を辿るように大切な双子の妹を見つけ出すためにと日々奔走し続ける。

 ――エルメリアさん。貴女は今も、お姉様を……アルテミアさんを愛しているのでしょうか?

 昇る月を視線で追いかけた。中務卿が警戒し、けがれの巫女が畏れる月夜がやってくる。
 その日を待ち望んでシフォリィはゆっくりと自身の剣を引き抜いた。きっと、では想像も付かなかった重み。人の命を奪うために、全てを踏み躙り、終わるための剣だ。

『貴殿らの探す娘とは――エルメリア……エルメリア・フィルティスと言うのではないか?』
『ずっと探し続けている、私にとって掛け替えのない、血を分けた双子の妹なのッ
 だから、お願い……ほんの僅かなでもいい、あの子の消息に繋がる手掛かりを……ッ』

 あの時、此岸ノ辺でその名が出たという事は、きっと。
 首を振った。今まで探し求めても見つからなかったのはこの地が隔絶された場所であったからだ。
 あの滅海竜に遮られていたかたわれの存在が、その翼片の欠片が底に存在するというならば。
 この絶望の海の向こう側、遙か異国なるこの場所に君臨する巫女姫が――エルメリアであると、シフォリィは僅かな予感を感じ取る。
 もしも、もしも、巫女姫が貴女であったならば――

「私はきっと、貴女の想いを踏みにじる。私がこの手で……決着をつけます」

 ――大切な親友は傷つけさせない。その決意は可能性(PPP)を賭けてでもとその剣に誓う。
 明日は眩くも美しい、満月が昇る魔の刻がやってくる。

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