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嘯く希望は風に揺れ
登場人物一覧
ただ風に揺られて。
時折風が運んでくる、同じ学び舎のひと達の声に、目を細め。
なんてことないフリをして、本を読んで。
そうやって、ゆっくりと。
日常が。
過ぎてゆくと。
思っていた。
●春を、待つ
練達、再現性東京2010街に聳える私立希望ヶ浜学園。
その生徒が一人、『赤羽・大地』。
大学部にも制服が適用されているとは、少々想定外ではあったものの、今となってはそれも個性だと受け入れてこの学園に通っていた。
この学園においては大地のみが基本の人格として認識され、そこに赤羽の関与はない。もちろん混沌世界ならば、二重人格者くらいはいるだろうし、この学園でもそれは許容されるだろう。しかし、普通の学園生活が――本会、生きていたならば叶うはずだった、そんな生活を、送りたいのだと。珍しく語気を強めて頼んだ大地に、赤羽は『じゃァ、お前の隙にすればいいダロ』と珍しくうんともすんとも歯向かおうとも揶揄おうともせずに、そんな大地の意志を組んで、学生生活を送ることを、その一歩を踏み出すための勇気を、背中を押した。
今は授業も終わり、今日の厄介な先生による提出物を仕上げるために図書館へと足を運んでいた。
正直なところ、レポート作成はかなり難解で厄介で、好ましいとは言い切れない。それに、こんなところに来てまで提出物が付きまとうとは。
けれど、それも『学生らしさ』だろうか。ほんの少し心が温かくなるのだ。
ああ、これが求めていた普通であり、日常であると。
大切な家族も、友達もいないし、そもそもここは故郷と呼ぶべき世界ではないけれど。
それでも、ありえたはずの未来の続きを、その一ページをやり直すことができているのかもしれないと、そう、大地は思った。
「あ、赤羽君だ。僕はそろそろ帰るけど……まだいるのかな?」
「ああ、うん……そのつもりだ」
「じゃあこれ。勉強すると頭疲れるよなぁ……ってことで糖分チャージ。頑張れよ!」
「助かる。また明日な」
「ああ、明日!」
窓の外はもう橙。そんな時間にもなれば、初等部や中等部の生徒は帰路につき、高等部の生徒は部活動を行っている頃だ。大学部ならばサークル、だろうか。
そんな時間帯にもなって、たった一人で図書室にいることが面白く思えて、大地は少し笑みを漏らした。
『そんなんだかラ、お前は友達が少ねぇんだゾ』
「学生の本文は勉学に励む事だろ」
『さあナ』
「まったく」
そんなやりとりを交わしたのも何度目のことか。
飽きることなく同じやり取りをしているこの日々は、同じではなく毎日がオリジナルなのである。
希望ヶ浜の社会は、怪異の存在を信じて――より正確には認めて――いない。
結局は自分たちも、教員に――或いは、大地のように生徒になることで、夜妖と戦い、青春を謳歌している
或いは。ありえたはずの未来を想い、遠き家族を想い、悲しみ、笑顔で重ね、此方の友と過ごす非日常を、どこか懐かしさを覚えて過ごしてしまう旅人も、少なくはなかった。
再現性東京を襲う夜妖の数は、日に日に数を増し、
学校生活と、
それらを両立しているのだから、文武両道もいいところだろうか。大地は窓の外、だんだん青の溶けてきた空を見て思う。
ブーッ、ブーッ。
aPhoneの鳴動。
大地と赤羽は
参考書にノート、ルーズリーフ、それから忘れると大分痛い目を見る筆箱を乱雑にまとめ、リュックサックに投げ込み、ジッパーを半分ほど閉めたところでじれったくなって図書室を駆けだした。
『図書室ではお静かに』だとか『廊下は走らない』だとか、そういった注意の声も、静止の声も耳に入らなかった。
嗚呼。ここは非日常の保証された、親愛なる混沌であり、ありふれた非日常のかけらを拾い集めるための学園である。
今日も夜妖を退治しなくてはならない。
それが、嘗て憧れた未来への一歩へと近づくのならば。
そして、次の春が来る頃には、夜妖の不安におびえることもなく、誰もが笑顔で入学式を迎えられるようになると良い。などと思ったところで、大地は手元のaPhoneに意識を奪われて。
「いけるか、赤羽」
『オウ、大地』
二人は、一つの未来への一歩を、駆け出した。