モークシャの明日

登場人物一覧

　ぶすり――足の隣に突き刺さったナイフが何者かの貌を反射している。そんな光景を他人事の如く観察して『頭痛』を起こすなど在り得ない。ならば這い寄る『この』寒気は何だろうか。頭蓋骨に貼り付いた粘性の『メルヒェン』が可愛らしさと称される武器を称えていく。ねえ。少しは私の言う事も聞いたらどう……また怒られた。でも幸せだった事に変わりはないのだ。鏡面に映り込んだ掌は『つきだされて』も抱き合う事を辞めなかった。願い事はお星様に届かずとも『目の前』に成されたのだ。嗚呼。美味しそうな林檎がうさぎさんのように跳ね回っている。まるで一人と一つのようだ。目眩く愛くるしさが今日も明日も昨日と同じ様子で歌っている。謳われた救済は君の地獄に花を咲かせたのだ。真っ当ではない。正気ではない。ぐるぐると渦眩いた福音が嘘を吐いて、散らされた綿を手繰っている。るんるんと満たされた感覚が、四角い窓をおかしく装飾して魅せた。実に莫迦げた現実世界だろうか。陽気な舞踏が安定して『いたましさ』を拭い取って笑う――圧倒的なまでの幸福。誰が俺を引っ張り出したのだろうか、校長先生のお話は聞き取れない――ねえ。ねえ。聞いているの？　聞いているともお姫さま。今日はもうおやすみの時間。宿屋のカーテンは夜闇を阻んでいる……ダメだ。眠れる筈がない眠ってはいけない眠りは夢魔の領域だと理解しているのだオフィーリアお喋りしようよもちろんそのつもりよ『あなた』……ふわふわした脳味噌が毒性のない液体に釣られている。お伽噺の狼さんやいじわるなおばあさんはどうなった――そりゃあ皆で面白おかしく永久と暮らしたに違いない。お土産のおにんぎょうさんは生きているのだから。これを残り滓と言うなら『あなた』随分とドッブり沈んでるわよ――ああ。ごめんよお姫さま、大丈夫だよ。ちょっとだけ舐った破片から『円形』のガラスが染み込んできた。睡魔？　ヒュプノスの枕に囚われて。
　諭すように落ちて往った。しかし夢を見る事もなく、目覚めは普段よりも清々しい太陽良質。カーテンの彼方側に指先を込めば『混んだ』思考も鮮明に栄えるだろう。おはようお姫さま。挨拶の為に振り返れば愛おしさの執拗性――楽園なるかな人形劇――おや。昨日の目玉は今日の繋ぎ目だ。確かに『俺』は此処に在る。朝食は何がいいかなオフィーリア。あなたの好きなものにしなさいよ。それならミルクにパンをつけよう。ああ。些細な幸せが君等の『そのもの』だ。ところでジャムを塗る為には何を手に取る？　銀色のナイフだ。視線がオマエの肌に寄せられて――引き摺り込まれる神経――柘榴の味わいは如何だろうか。舌で転がしても普段通り。葡萄酒はながしに破棄してしまったのか。お姫さま、そろそろお出かけの時間だね。外はこんなにも明るいよ。スキップ・ジャンプを繰り返し、戸を開けた先には開放的な『幻想』的――鮭でも降ってこれば良いのだ。塩気が足りていない。
　確かめていた。何度も何度も試みていた。※と記された『脳裡』が浮かび、一歩一歩が酩酊に思える。如何にも異常が直らない。正せない。宙と地を反復する双眸が愈々滅裂に動き始めたのだ――それは気のせいよ。ジャムにブランディでも仕込まれてたんじゃない――そう。そうだよね。あのパンは香り豊かだった。アンハッピーの粉など吹けば飛ぶのだから、ほら、さっきのあの人は俺じゃないか。いいなあ。いいなぁ……葡萄酒とかいう危険物は絶えたんだよね。続けたら真っ赤も無くなるんじゃないかな。綿はもう要らない。

　――動けない自分がもどかしい。

　当たり前だと思われている――もうオフィーリアったら何が言いたいのかな。俺はしっかりとここに立っているよ。顔色がわるいのはいつもの事。どくんどくんと脈打った心臓が『いたくない』と証明している。彼方の少年は決して転ばない。此方の少女は二度といじめられない。どこかの誰かは本当の救いに抱かれた――え。お姫さまどうして泣いてるのかな。俺何かおかしな事――たくさんの、たくさんの幸せがくるくる俺を囲っていく――世界の真ん中。道の真ん中。途中を知らずに達した、キラキラとした真ん中。愉快な皆がいっちばんの正気を表している。

　――無意識に堕ちても仕方がないのだ。
　――手のかかる弟を持ったものだ。

　ダンス・ダンス・ダンス。カタツムリさんがこわれても構わなかった。殻を破る事で中身は溢れ出し、解き放たれた『ふれあい』は液状だろう。周囲の貌々も同じく続き、連なった歓び方は昂ぶり以外を溝におとす。するすると針を通せば立派な人形の完成だ。ここは道端じゃなかった？　そんなツマラナイ事は記さなくてもいい。オフィーリア。新しいおともだちが出来たよ。かわいいかわいい――『あなた』その子――どんなカタチよ。

　――勝手に歩んだ万能感。
　――あの悪魔。おくすりを渡す。

　ごくん……あなたは笑顔をあげた。