PandoraPartyProject

SS詳細

Quis enim est fabula.

登場人物一覧

ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

 ──此の命が、誰かの物語じんせいの為になるのならば。

●subordinantur inde Consilia.
 久々の一日休み。普段は槍を握り鎧を纏い、戦場を駆けるベネディクトもたまの休日を謳歌しようと思案する。
 幻想に構えたドゥネーヴ領、そして神威神楽に持つ二つの領地の管理、これからの発展についての打ち合わせや会議を行おうと考えていたのだけれど。黒狼の従者たる灰銀の彼女が言うには『働きすぎ』。成程、時には従者に叱られるのも悪くはないとやや呑気な思考で珈琲を口に含み書類に目を通していたのだが、書類ごと奪われ執務室を追い出されてしまう。挙句の果てには『戻ってきたら他の方にも叱って頂きます』との進言ちゅうこくも添えて。
 ならば致し方あるまいと立ち上がった先、皮の座り心地の良い椅子から腰を浮かせた途端に『お召し物は既に用意してあります』とまで添えられては、仕方がないというものである。
 そして自室。彼女が用意したというのは、襟口に婚約者フィアンセの色をした、金縁に深紅のガーネット煌めく黒のチェスターコートと、柔らかな白のシャツ。今年の流行だと淑女レディが話していたのだというスモーキーカラー、アッシュレッドのニットのベスト。固くなりすぎぬようにとジーンズを合わせ、ポストマンシューズでカジュアルに。コートと同色のフェルトハットを被れば、成程等では無く、幻想在住好青年代表のように見える。
 足元でじゃれつくポメ太郎は『一緒に連れて行って!』と言いたげにわんわんと鳴いている。その首には『おめかしはもう済ませました』とばかりにお揃い、アッシュレッドの蝶ネクタイ。
「おや、ポメ太郎。そうか、お前ももう仕度を……ふふ、嗚呼。解った、共に往こうか」
「わん!」
 嬉しい嬉しいと尻尾を振るポメ太郎のふわふわの頭をわしゃわしゃと撫でてやればでれっと崩れるポメ太郎の表情。なんと愛らしい使い魔だろうか。
 鏡の前で似合うだろうかとポケットに手を入れてみれば、『絶対に戻って来られないようにおつかいプランを組んであります』と念入り過ぎるようにも思えるメモ用紙。此れは一本どころか五本程取られているような心地。
 伸び伸びと羽を伸ばしがてら、彼女からのお使いを果たそうと、ベネディクトは頷いた。

●Dum candens ferrum illud ferire.
 そして己の領内。メモ用紙に書かれた幾つかのおつかい。其の最初の項目は──、
「ええと、先ずは……ふむ。ポメ太郎、鍛冶屋に行けと書いてあるんだ。行っても構わないかい?」
「わふっ!」
「ふふ、ありがとう」
 『ご主人様のための計画はもう知っているのだ』と誇らしげに歩むポメ太郎。そんなことは微塵も知らぬベネディクトはご機嫌なポメ太郎にくすくすと笑う。
 ベネディクトの手には皮のケース。その中にはベルベットで包まれたベネディクトの相棒ぶきたる蒼銀月が眠る。
 先ずは此の武器のメンテナンスに行くように、とのことだ。
 武器のメンテナンスの重要性は理解している心算ではあったが、多忙を理由に最近は行く時間もなかったのを覚えている。スケジュールの把握までしているとは最早天晴の域である。それほどベネディクトは頑張りすぎているということでもあるのだが、本人が理解するのは一体いつになるのやら。
 そんなこんなで辿りついた鍛冶屋。シュペルの手で産み落とされた其れをも任せられると信頼している、其れほど腕のいい鍛冶屋がドゥネーヴ領内にいることを幸運に思った。
「こんにちは。ええと……十四時で予約していた、ベネディクトだ。武器のメンテナンスを頼めるかい?」
 帽子を取り店内へと入る。カランカランと心地よいベルの音が響いた。
 奥からハンマーを置き、汗まみれでやってきたは、愛嬌のある笑みを浮かべてベネディクトを出迎える。
「嗚呼、まったく。待ちくたびれたぞ、領主サマよ」
「済まない、実は今日のプランは先程聞いたばかりでな」
「応、勿論知っているさ。なんせ其れは電話口越しに聞いているからな」
「……全く。根回しの早いものだな」
「はは、お前さんが若いのに働きすぎなもんで心配されてんのさ。嗚呼そうだ、シュペル品ともなりゃ時間はかかるし取りに来るのは……まあ時間くらいはメモなりなんなりで知ってるか。少し話して行かねえかい?」
「嗚呼、勿論。ポメ太郎を中に入れてもいいかい?」
「おうよ。椅子を持ってくる、一寸待ってな」
「解った」
 扉の外でそわそわとお座りをして待っていたポメ太郎を抱き上げ、店の中に入る。ポメ太郎は嬉しそうに瞳を輝かせてベネディクトに頭を擦り付ける。
「わんわんっ」
「はは、ポメ太郎も大きくなったなぁ」
「よく食べてよく寝ますよ、この子は。最近はほねっこを俺にも勧めてくる……かな」
「がっはっは、そりゃあ大したもんだ」
 『さて、』と促される儘に椅子に座る。ポメ太郎に帽子をかぶせ、地面へ降ろしてやると、ポメ太郎はそのまま地面ですやすやと眠ってしまった。
「最近は、どうだい?」
「お察しの通り……だけ忙しいけれど、まあ何とかやれている、かな」
「……少しじゃないだろうに、嘘はつかなくてもいい」
「嘘じゃあない」
「じゃあ感じ方の違いってやつだぁな……いいか、ベネディクト。老いぼれの忠告だと思って聞くと良い」
 やれやれと小さく首を横に振って。それから、店主は真っすぐとベネディクトの目を見た。
「ベネディクト。お前はよく頑張っている。旅人ウォーカーであるのに、特異運命座標イレギュラーズとして此の世界の様々な困難を解決してくれている。其れは領民にとっての誇りであり感謝であり尊敬だ。だがな」
「……」
「休む時にゃ休まないかん、頼れる人がいるときはできるたけその荷物を降ろせ。
 そうして息の抜き方を、気の休め方を覚えろ。でなきゃ人間、壊れちまうよ」
「……そんなに俺は、エンジンをかけすぎていたかい?」
「若いモンからしたらそれくらいは当然のように見えるのかもしれんが……俺達老人や、お前の従者にはそう映っとる。お前の友人もそうかもしれんな」
 はぁ、と息を吐く店主。立ち上がると、ベネディクトの頭を乱雑に撫でる。
「うぉっ?!」
「お前を見てると息子を思い出すんだ……全く。気負いすぎるんじゃねえぞ。お前には俺達、大人もついてるんだからな」
「……はは、まだ子供に見えるかい?」
「俺からしたらまだまだ子供だな」
「ふふ、そうか」
 『はっはっは』と響く笑い声にポメ太郎は飛び起きる。どうやら和やかな空気らしいと安心して尻尾を振った。時刻は十五時。
「……だが、まあ頑張っているし、頼れる人間だ。お前のことを俺は信頼している」
「真正面から言われると、照れてしまいそうだ。……有難う」
「おうとも。……さぁて、それじゃあ俺もそろそろメンテナンスに取り掛かるとするかね。お前さんも次の目的地へ向かうといい」
「ああ、そうさせてもらおうかな。また後で取りに来よう」
「わふ!」
「応、そうしな。それじゃあまた後で。ポメ太郎も、また後でな」
「うむ、失礼する」
「わん!」

●Have bonum noctis somno.
「さて、次は…………ポプリの店? ポプリというのは……知らないな。どこにあるんだろう」
「わふわふっ!」
 『こっちです!』と飛び跳ねて、ポメ太郎はかけていく。其れを追うベネディクト。中々見られないレアショットである。
「わん!!!」
「此処かい?」
「わん!!!」
「はは、そうか。有難う、ポメ太郎」
「わふ!!」
 小さなレンガ造りの家のような外見の、女性の好みそうな店。店先にある小さな立て看板には『ポプリ、おつくりします!』と書いてあるのだから屹度間違いではないのだろうけど、然し。
(男一人で入るには、少々可愛らしすぎるな……)
 メモを見れば『逃げずに入ってください』と書いてあるが、然し。思ったよりも可愛らしすぎる。想定外だ。
(うーん……)
「くぅん?」
 扉をかりかりと前足で叩くポメ太郎は不思議そうな顔をしてベネディクトを見る。まさか間違えただろうか。それとも帰りたくなった? ポメ太郎はおろおろとベネディクトの足元を右往左往して。
「嗚呼、厭、入りたくないとかそういうのではなくてだな……店も合っているんだよ、ポメ太郎。ただ、」
「くぅん……?」
「……男には少し入りづらいかな」
「あっベネディクトさん!! お待ちしておりました!」
 元気のいい店員が扉を開く。ついにこの時が来てしまったと少しだけため息をついたベネディクトは、せめてものカモフラージュとポメ太郎を抱き上げて店内に入ることにした。
「予約していたベネディクトだ。ええと、頼んでいた品を受け取れるかな?」
「はいっ、少々お待ちくださいね!」
 ぱたぱたと店奥に駆けていく店員を見送り、店内を見渡す。この店はドライポプリを専門としているようで、枯れた花や果物の皮、それからハーブなどが視界に映った。
「……この袋は何に使うんだろう」
「わふ?」
「それはこの花たちを入れるのに使うんです!」
 いつのまにやら近くに立っていた店員は、ふふんと笑うと、紙袋からポプリを取り出した。
「今回の納品物に近い形ですね。当店では魔よけの効果のあるポマンダーとは別の、サシェをメインに作っています」
「ふむ」
「ベネディクトさんにはラベンダーのポプリをお作りしてあります。安眠祈願、ですね」
「……安眠?」
「ええ! この領地やこの世界の為に頑張ってくださるベネディクトさんって、私達同年代からしたら憧れで……見ていたらもっと頑張ろうって思えるんです!
 でも、頑張りすぎたら疲れて、眠りも浅くなっちゃったりする人もいるみいたいなので、ラベンダーです」
「……ラベンダーにはどんな効果が?」
「嗚呼、ええと。心をリラックスさせてくれる匂いなんですよ! 枕カバーの下にいれて使うと、いい匂いになると思います」
 『はいっ!』と渡された紙袋のなかには、いくつかサシェが入っていた。
「こんなに作ったのかい? まさか全部俺用……」
「あはは、そんなことないですよ。お仲間の方にもお渡しください」
「……嗚呼、有難う。また来る」
「ふふ、ありがとうございます!」
 明るく笑う店員は、手を振ってベネディクトを見送った。

●Florum felicitas gesturum.
「さて、最後か。花屋で花を買って帰ればいいらしい」
「わん」
 次第に日も暮れ、空には橙と藍が滲んでいた。
 風が冷たい。過ぎゆく季節の中で得られたものを思う。
(……俺は良い仲間を持ったな)
 笑みを浮かべたベネディクト。難なく花屋にたどり着き、美しく咲く花を眺める」
「花をお探しですか?」
「嗚呼。少し買ってくるように言われてね」
「ふふ、婚約者さんにですか?」
「……どうだろう。従者に言われたんだ」
「成程、でしたら未だ薔薇は大丈夫そうですね」
「はは、そうだね」
 店内を散策する。深い赤。ベネディクトは足を止めた。
「此れは?」
「嗚呼、其れはダリアです。秋の花ですね。テーブルフラワーにも良いと思います」
「じゃあ此れを買っていこうかな」
「はい、有難うございます」
 レジへと向かう。店員は目を細めた。
「まさか貴方に会う日が来るなんて思っていませんでしたよ。案外僕の人生も捨てたもんじゃありませんね」
「そうかい?」
「そうです。騎士様みたい、って街の女性達は言いますけど。そんなも、花を買いに来て、どれにするか悩んで……って。案外近しい人なんだなって。遠くにいるように思っていたから、気のせいで良かったです」
「あまり休んでいる暇がなかったからね……そう思ってもらえたなら幸いだよ。また来てもいいかい?」
「もちろん。素敵な花を用意して待っていますね」
「嗚呼。それじゃあ、また」
「はい、また」
 包んで貰ったダリアは花束に。解くのも惜しいけれど、帰ったら薦められたようにテーブルフラワーにしようと考えて。
 そうして鍛冶屋により、槍を受け取って、ポメ太郎と帰るべき場所に帰る。

 『おかえりなさい』。

 扉を開ければ、そんな声が、自分の為にかけられる。
 優しい日々に笑みを浮かべて、ベネディクトは一歩、屋敷へと足を進めた。

「ただいま、皆」
「わおん!」

 此の物語じんせいは、他の誰でもない。ただ一人の貴方ベネディクト=レベンディス=マナガルムの為の、物語じんせいなのだから。

  • Quis enim est fabula.完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月27日
  • ・ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160

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