SS詳細
黄金よりも価値のあるもの
登場人物一覧
●
闇を纏うように黒い外套を身に纏い、月明かりの下を三つの影が走る。
しんがりの『特異運命座標』トゥリトス(p3p008152)は大荷物を背負い、前を走る2人から少しばかり遅れていたが――それ以上に、持ってきたマントが役立った事が嬉しかったのだろう。目深に被ったフードの奥でも分かるくらい、瞳をキラッキラと輝かせていた。
「くぅ〜っ! 絵になるなぁ私達。なんか、この間読んだ小説の隠密部隊に似てるかも!」
「しっ。そろそろ見えてきたのデス」
先頭を行く『幻想の冒険者』エステット=ロン=リリエンナ(p3p008270)は注意を促しながら、己が力を展開しようと集中力を高める。やがてフードの奥、妖しい煌めきを帯びる漆黒の瞳。
ーーアナザーアナライズ。解析を終えた彼女の首元で、チャリとロケットが弾んだ。
「様子を見に行った人が姿を消したのは
「生きてる石なんだよね? お屋敷だからガーゴイルかも」
エステットが分析し、トゥリトスがモンスター知識で補強する。その流れに続こうと、『大いなる星々の曰く』チェル=ヴィオン=アストリティア(p3p005094)は己のフードに手をかけた。それを合図に散開するエステットとトゥリトス。
「ここからはチェルにお任せですわ」
無人の馬車道を抜けた先は、錆と鉄の匂いが仄かに香る山と、静かに佇む洋館。
大きな鉄柵で囲われた入り口には、二対の翼が生えた悪魔像が立っていた。人の気配に気づくと、瞳に煌々と光が灯る。
「こんばんは、屋敷の守り人さん。今宵の星空をご覧になりまして?」
チェルがフードを脱ぐと、水色の髪が月光を受けてキラキラ輝いた。その瞬きは正に星を導く天使のよう。柔らかな微笑とスピリチュアルな魅力が、唸るガーゴイルの視線を一点に引きつける。
「北西でひときわ輝く青い星、嗚呼――それは嘆きの印。誰かに危害を加えようとすれば、守り人さん達は恐ろしい目に合いますの」
チェルが一歩踏み出すと、ガーゴイルの大翼が開かれた。飛び上がり忠告を無視して襲い来る二匹。
しかし毒牙が届くその前に、エステットとトゥリトスが躍り出る!
「背面の
「どれ!? ……まいっか。とにかく殴ろう!」
奇襲に驚くガーゴイルへ、追い打ちとばかりにチェルは手を差し向けた。青い光が掌に宿り――。
「人の占いは聞くものですわよ」
ワイズシュートと衝撃の青が乱れ飛び、アロガンスレフトが力強く叩き込まれる。程無くしてガーゴイルは砕け去り、勝利した乙女3人、手ごたえありとハイタッチを交わし合う。
そして見上げる立派なお屋敷。依頼の本題はここからだ。
●
かつてその館は『不夜の館』と呼ばれていた。
派手好きな女鉱山主によって夜ごと行われるパーティーは、贅の限りを尽くし豪華絢爛。夜が明けるまで宴は続き、灯りが消える事はなかったという。
「ご主人様は最初から裕福だった訳ではないのです」
館に勤めていたメイドはハンカチを濡らしながら話す。
当初、採掘場は恐ろしい程に何も出なかった。鉱山主の男はそれを悟るや否や、子供を連れて街を出たが、彼の妻だけはそこに留まった。鉱山で働く人々、屋敷の仕様人達――彼らを雇った責任を彼女は全うしようとしたのだ。苦境にもめげず女鉱山主となった彼女は周りを励まし、時に己もつるはしを振り――ついに金脈を掘り当てた。
「ご主人様が自分の財産を湯水のように使い続けたのは、街のためでもあったんです。これだけ豊かに見えれば、噂が人を呼んで街が賑わうだろうって」
街の人達は大なり小なり女鉱山主に恩がある。彼女が亡くなった後、記念館を立てて偉業を後世に残そうという話はすぐにまとまった。しかし屋敷はいつの間にやら魔物の巣窟に。館の様子を見に行った人々が襲われる事態となったのだ。
「お願いです。ご主人様の遺品を少しでも多く、持ち帰って来ては戴けませんか……?」
●
「中に入ってみたら、意外と静かですわね」
「どこもかしこもビッカビカだけどね。うわー眩しっ!」
改めて屋敷の内観を観察すると、そこかしこに金が使われ、床は白の大理石。上に敷かれた赤い絨毯は多少煤けているものの、値打があるのは間違いない。
「頭上に飾られているあのシャンデリアは海洋の名のあるメーカー品。しかも貴重なアンティークなのデス」
「エステットさん、博識ですのね」
「当然、これくらいは貴族の嗜みナノ」
チャンス、と水を得た魚のように目を光らせるエステット。
(わらわの(教わった)知識をひけらかす好機なのデス!)
「早速持って帰りまショウ。きっと依頼人も懐かしくて喜ぶ筈なのデス」
「そうしたいけど……あんな大きいのを、どうやって?」
屋敷に訪れるしばしの沈黙。
「……荷物に詰めれる範囲の物を持って帰る作戦に変更なのデス」
(あっ、何も考えてなかったんですわね)
チェルにじっと見つめられ、滝のように汗を流しながら視線を逸らすエステット。気まずそうな彼女に爆笑しながらトゥリトスが抱き着く。
「あははは! エスっち可愛い!お家に持って帰りたい!」
「持ち帰るのはわらわじゃなくて遺品のお宝ですヨー!」
きゃあきゃあと三人寄れば騒がしく、賑やかにパーティーは屋敷の中央へと向かっていく。目指すは女鉱山主の宝物庫だ。楽し気な空気のまま探索は続く。
背後に迫る、不穏な影に気付かずに――。
●
「本当に宜しかったのでしょうか、チェル達が着てしまって」
戸惑いつつも、鏡の前にチェルが歩み寄る。ブルーを基調としたバッスル・スタイルのドレスは目に鮮やかで、彼女の髪色とよく映えた。合わせてボンネットを被ると、姿はまさに貴族令嬢。いかにもこの屋敷に似合う立ち姿に、トゥリトスが思わず拍手する。
「大丈夫だよチェルさん、着て戻れば記念館への寄贈品が一着増えるし、何よりほら、エスっちなんか凄いよ?」
トゥリトスが視線で示した先では、エステットがとっかえひっかえ宝物庫内のドレスを試着してみている。
「これは布地に金が織り込まれてキラキラしていますネ。嗚呼、このバッスル! ルビーサファイアが埋め込まれているのデス!」
「あらあら」
(普段は強気なところが可愛らしいですけど、暴走しがちと言うか……どこか危なっかしいとろも可愛い方ですのね)
ふわ、とチェルが笑みを零し、着替えに夢中で乱れたエステットの髪を整える。
「おぐしが乱れてますわよ、エステットさん」
「はっ! ……こ、こんなに宝物に囲まれたせいで変にテンションが上がってしまっていたのデス。持ち帰れるものを詰めはじめまショウ」
「その通りだよエスっち! 2人とも、仕舞う場所なかったら私の鞄にまとめて入れちゃうよ!」
意気揚々と声をかけるトゥリトスだが、その姿はいつの間にやら館を訪れた時とは変わっていた。宝物庫の服を着てみたのかと思いきや、そうでもないらしい。というのも、彼女の姿は――
「何でメイド服なのかしら?」
「二人がいかにも貴族令嬢ーって感じの衣装だから、従者のメイドに仮想してみたよ!」
(こうなる想定で用意してきたトゥリトス君の先読み力……侮れないのデス)
身に着けられるアクセサリーから見た事のない調度品まで、持てる物を持てるだけ。
「これだけあれば依頼してくれた人も喜びそうですわね」
「それじゃあ参りましょうお嬢様! メイドな私がエスコートして差し上げちゃいま――」
コケコッコーーーー!!
「びっ……くりしたデス。夜なのに鶏の鳴き声ってどういう事なのデス?」
唐突に耳をつんざくような鶏めいた鳴き声が館に響く。ふとエステットが視線を向けた先では、トゥリトスが口をパクパクとさせていた。
「コ、コカ、コカ……」
「トゥリトスさん、メイドさんの次は鶏さんの真似ですの?」
「コカトリスだーーーー!!!」
宝物庫に巨大な影が落ちる。ニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛――トゥリトスの読み通り、現れたのは恐るべき怪鳥。コオォとコカトリスが息を吐いた瞬間、反射的にチェルが転がり避ける。すると先程までチェルが立っていた場所の絨毯がジュゥッと異臭と共に焼けただれ、白い煙がもうと上がった。
「気を付けて。コカトリスは吐息に猛毒があるんだ。それと、目を見たら石化しちゃう!」
「何でそんなヤバげな魔物が屋敷の中なんかに居ますの!?」
「あ、思い出したデス。ここの女鉱山主、山で会った魔物も追い返すのが可哀想で飼っちゃったとかいう噂を、貴族のお茶会で……」
「懐広すぎるでしょ女鉱山主!!」
目の前には強敵。しかし不思議と恐れは抱かない。ここまで共に過ごした時間が心の距離を近づけて、黄金にも勝る強固な絆になっていく。
「立ち回りはさっきと同じ。やってやれない事はないのデス」
「なんとかなるでしょー。最後のひと頑張りだよ、頑張ろうっ!」
「えぇ、始めますわよ。――南の明星。示すは希望。占うはチェル達の未来、結果は――勝利!!」
●
「――報告と記念館への寄贈品は以上デス」
「ありがとうございます。そうでしたか……タマは普段、大人しかったのですが。きっと主人が亡くなって悲しみのあまり狂ってしまったのですね」
(そんな名前付けられたら、女鉱山主が生きてても狂いたくなるのデス)
三人の代表者として依頼主に報告を終え、エステットは帰ろうと踵を返す。
「お待ちください」
「まだ何かあるのデス?」
「折角ですから、おひとつ記念に持ち帰りませんか?」
沢山回収して来たからボーナスという事らしい。エステットは財宝を一瞥した後、ひとつだけ手に取った。
「そちらで本当に宜しいので? もっと高価な物が沢山あるのに」
エステットは頷いた後、部屋の外へと歩き出す。その手に握られたのは使い込まれた水筒。
女鉱山主が汗水たらして働いていた時期、未来を信じて使い続けたお宝。