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存在の証明

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ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
黒き葬牙
ベネディクト=レベンディス=マナガルムの関係者
→ イラスト


 数多のイレギュラーズが所属するローレットには、優秀な成績を収めた者、偉業を成し遂げた者、あるいは他人よりちょっと目に留まった者など、様々な者を称賛して褒章が贈られる。それらは確かにイレギュラーズの士気を大いに底上げしていた。
 ベネディクトとて、そのシステムを認識していた。愛国心だけでは戦えない者がいたことも十分に承知しており、それを否定することはまずない。通っていた士官学校でも報酬や名誉を目的とした生徒は少なからず存在していたからだ。
 しかし、認識していたからと言って自らが対象になる日が来るとは思ってもいなかった訳で、不意に贈られたローレット銅褒章にこれといった置き場が用意されていることはなく、ひとまず机の上に居場所が作られた。手入れ道具や古書といった顔ぶれが並ぶ中に、遜色なくその褒章は鎮座した。
 日常における変化と言えばそれぐらいか。この先することはといえば、明日に備えて眠る準備をするだけだ。簡単に食事をとり、依頼の確認をしてベッドで眠る。なんてことはないルーティーンだ。
 軽装に着替えたベネディクトは普段と変わらず眠りに就く。その先で見る夢は、白い光に包まれていた。


 眩い光の中をベネディクトは進んでいく。そのことに対してなんの疑念も生まれないのは、これが夢だからだ。夢と認識してようがしてまいが、そういうものとして違和感なく齎された光景の中を進んでいく。光は仄かに暖かかった。
 そうして一歩踏み出して、風が強く吹き荒び、目の前に広がる光景は一変した。そこはベネディクトにとって思い出深い場所であり、今のベネディクトを構成する大部分を占める場所といっても過言ではない。士官学校だ。
 見慣れた光景の中で、ベネディクトは足を止めた。
 鼻を擽るのは土と汗が混じった嗅ぎ慣れたにおい。訓練場はいつだって賑っていて、空きスペースを見つけるのに躍起になった。時折行き過ぎた訓練の結果か、血のにおいも混ざるここは、ベネディクトにしてみればある意味で落ち着けた場所だったのかもしれない。
 脳裏を過るのは、剣を手にした女性の姿。ベネディクトよりも幾分か年上の彼女とは、この場で何度も武器を打ち鳴らした。彼女を師と仰ぎ師事した日々は、ベネディクトの糧になっている。
 脳裏を過るのは、実直そうな男の姿。手にした剣に恥じない技術を身に着けた彼は、ベネディクトと並ぶ技量を持ち合わせ、いかに力でねじ伏せたとて時に勝ちを譲ることもあった。
 脳裏を過るのは、――。
「――レイル?」
 夢特有の回想は、聞こえた第三者の足音で止まる。砂埃が立ち上がったかと思えば、ベネディクトの眼前にはレイル=ヴァン=ヘインズルーンその人が槍を片手に立っていた。口元に笑みを湛え、人受けの良さそうな表情で真っ直ぐにベネディクトを見ていた。
「これはやはり、夢、か? その筈だ。お前は、あの戦争で……」
 霞がかった思考がようやく働き、ベネディクトは現実と虚ろの狭間で眉根を寄せる。
 そんな声と表情に対してか、レイルは軽く肩を竦めたかと思うと、見せつけるように深い深い溜息を吐いた。靄のように想像の中で消えていった両人とは違い、レイルは確固たる存在として踵を鳴らし、ベネディクトへ近付いてくる。
 それを拒否することは、なかった。
「夢でも良い、お前に会えて――」
「はああ、俺の事はどうだって良いんだっつーの。まーだ引きずってんのかよ……泣くなよ」
 レイルの言葉は、確かに彼の聞き馴染んだ声でベネディクトに届く。最後に付け加えられた一言で、ベネディクトはようやく自分が涙しているのかと気付いた。そこに涙があったかどうかは感覚でわかるだろうが、不可思議な世界はベネディクトの感覚を鈍らせる。
 軽薄そうな顔を不機嫌そうに歪め、レイルは顔を俯けたベネディクトの顔を覗き込んだ。目が合って数秒、ベネディクトは動けずにいる。レイルはといえば、何が面白いのかじっとベネディクトの顔を見つめていた。
「お前の場合はいっそ此処で泣かしておくべきか……」
 そんなレイルの独り言。
 静かに発された声と打って変わって、下手だしなあと揶揄う声はいつもの調子に戻っていた。対して五月蠅いと返したベネディクトの声は震えている。こうもハッキリとした声で、顔で、存在で、目の前にいるレイルを認識してしまえばどうしたって溢れかえる感情は抑えが効かなかった。
 彼の最期を知っている。その死が彼の意志や思惑とは裏腹に、陰謀に組み込まれ手ひどく咲いたのも知っている。
 言葉に詰まるベネディクトの前で、レイルは右へ左へ視線を揺らした後、これまた盛大にため息を吐いた。
「端正な顔が何ともまあ。お前がその気になれば胸を貸してくれる女だって居るだろうに、勿体ねえなあ」
「そういう問題じゃない」
 呆れたような声が聞こえて、ベネディクトは少し調子を取り戻す。軽く肩を揺らして笑ってしまえば、泣いているのが馬鹿らしく感じて顔を上げた。真っ直ぐレイルと向き合った。
 レイルはなおもそこにいた。沸き立つ感情で歪んだ表情がマシになれば、レイルは軽く頷いて笑う。その方がお前らしいやと胸を小突いた。
 きっと誰よりもこの場にいた時間が長かった二人がぽつぽつと言葉を交わす。訓練場という場所のせいか、士官学校時代の話がほとんどだった。やれあの時はよくも身代わりにして逃げてくれたなだとか、やれあの女の子はお前に気があって振り向いてくれなかったとか、今にして思えば過ごした時間に比べて足りなかった何気ない会話ごとが次々と口から飛び出る。二人共有した出来事を遜色なく語るレイルは、間違いなくベネディクトの知るレイル=ヴァン=ヘインズルーンだった。
 懐古に浸っていれば、自ずと両者に沸き立つ感情がある。軽装をしていたはずのベネディクトは、いつしかいつもの鎧を纏い、その手に槍をいだいていた。戦意も敵意もない対面だが、それでも奥底から滾るものには抗えない。
 レイルもまた、端正な唇を歪めて楽しそうに吊り上げた。
「いいね、やろうぜベネディクト。先を進むお前への餞だ」
「お前ならそう言ってくれると思っていた」
 降りる沈黙。両者睨み合う時間が数秒続き、互いに背を向け歩き出す。誰もいない訓練場の、よく使っていた片隅で、ベネディクトとレイルは向き合った。槍対槍。あの日の実力を想えば、随分と見応えのある対戦カードだ。
 あれからも、ベネディクトは欠かさず鍛錬を積んできた。どんなに力があったって届かない現実を捻じ伏せて、理想を掲げる為に進んできた。過ぎ去った時間を取り戻すことは二度と出来ない。抱いた後悔の分だけ、傷付き、涙し、それでもなお立ち上がり進んだ。
 ベネディクトは臍を噛む。同レベルの相手だったからこそ分かってしまうレイルの力量を推察して噛み締めた。
 レイルには存在しない時間の差が、二人の間に立ちはだかっていたのだ。平然と槍を受け、隙を見て攻勢に転じ、ベネディクトを追い込むことは多かれど、決定的な勝敗には繋がらない。余裕に満ちた表情をしてはいるが、一方で余裕がないことは感じられた。
 だからと言って、手を抜くことはない。それをベネディクト自身が許さない。
 開幕よりも押された位置でレイルが槍を奮っている。ベネディクトの槍術とは違い柔軟なそれは、師から言われた言葉を彷彿とさせる戦い方だ。実直すぎると言われたベネディクトは今も変わらずだからこそ、レイルも対応出来ているのかもしれない。
 士官学校を過ぎ、分かたれた道の先で得た技量は互いに計り知れない。確かに知らぬ筋を見せて急襲を仕掛けるレイルは、より実践的な槍を習得していた。
 一進一退の攻防はいつしか傾き、肩で息をするレイルは派手にベネディクトの槍を弾いて距離を置いた。そうして槍を手放して、ひらひらと両手を挙げたのだ。
 そんな無防備に突っ込むような真似はしない。いつの間にか詰めていた息を吐き出して、ベネディクトも槍を下ろす。行き過ぎた訓練はしないように――士官学校の教えだ。
「流石ベネディクト、やるね」
「お前もな」
 敵対関係は一旦槍を下ろしてしまえば解消される。疲れたと空を仰ぐレイルは、ふと表情を落としてベネディクトを見た。その真剣な眼差しに、気が緩み始めていたベネディクトもまた表情を引き締める。
 レイルの瞳には、何かを決心したような、何かを認めたような、確固たる光が宿っていた。掴みどころのないこの男がそんな顔をするときは、決まって普段のムードメーカーな振舞いには想像できないことをしでかした。
 開いていた距離をまたレイルが縮めていく。ベネディクトの足は鉛がついたかのように動かなかった。その距離を詰めることを許さないとでも言うかのようだ。
 レイルは立ち止まる。二人の間に見えない境界が生み出されたかのように、レイルの立つ側だけ奇妙に靄がかかっていた。視界が悪くなる程度で見えなくなるほどではないが、ベネディクトは目を離すまいとレイルの姿をじっと見据える。
「今日はお前に渡す物がある」
 声は静かに木霊した。レイルが無造作に取り出したものが何かだなんて、掌にすっぽりと隠されたままでは分からない。
「俺にはもう必要ないからな、お前が使えよ」
 そうしてぽんと、弧を描いてベネディクトの方へと投げ渡す。近い距離だ、それも正確にベネディクトの元へと放物線を描いて投げられれば受け取れない筈もない。
 ベネディクトの手に収まったのは、『セレネヴァーユ黒狼隊騎士勲章』だ。
「良いか、ベネディクト=レベンディス=マナガルム」
 ベネディクトが何かを言う前に、制するようにレイルが凛と声を発する。正騎士となり、世を駆けた黒狼としての姿で高らかに宣言する。
「俺はお前の親友だ。俺を見くびるな。俺は誰も恨んでないし、自分のやった事には後悔はないし、満足もしてる」
 謳うように告げられた声に、ベネディクトが反応出来ることはなかった。ただレイルの言葉を脳内で反芻し、かみ砕き、染み渡らせる。引き結んだ口元が嫌に震えた。目頭が熱を持つが、ここでその熱に流されてしまうのはお門違いと知っていて耐えた。
 そんなベネディクトの様子に、レイルは満足そうに笑う。彼の口から語られた言葉には、一切の嘘も、建前も、含まれていないのだろう。それはレイルの本心そのものだからだ。親友とて否定することは許さないし、同情なんて以ての外だ。
「思い出すなとは言わねえよ。でも、――俺らを思い出して、情けねえ顔するのはナシにしろ」
 それがいつの間にか説教じみた声に変わり、ベネディクトは拍子抜けする。しかし、と口にしかけた所でじとりと見下ろすようにねめつけるレイルを見つけては口を噤んだ。そんなに情けない顔をしていたのだろうか。確かにレイルと再会した瞬間、こみ上げるものがあったのは否定できない。
 無言の圧をかけていたレイルは、それに負けて言い淀むベネディクトを見て満足したのか、からからと楽しそうに笑い俺の勝ちだななんて言う。先ほどまで打ち合いをしていた癖に、その結果を覆すかのような物言いに、ベネディクトはらしくもなくむっとした。なんだか士官学校時代に戻ったかのような心地だ。
「ま、俺らは居なくても今周りに居てくれる奴だっているんだろ」
 それを見透かしてかレイルはそんなことを言う。思い当たる顔がすぐに浮かぶベネディクトは、その言葉を否定しきれなかった。生まれかける罪悪感を、レイルの一言が殺す。良かったなだなんて、レイルが言う。
 レイルの傍に立ち込めた霧が濃くなってきた。それを見てか、レイルは再び空を仰ぐ。もう何も見えない、未来とも言うべき空の先を仰ぐ。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「レイル」
 呼んだ名に、レイルはひらひらと手を振るだけで何も返さなかった。立ち去っていく後ろ姿を止める事も出来ず、ベネディクトの視界は光に包まれていく。この場に来た時と同様、あたたかな光が視界いっぱいに満ちて、――妙な浮遊感が体を襲った。


 ドサッという音がしたのは、軽装とは言え肉付きの良い男の体がベッドから投げ出されたせいだろう。浮遊感の正体はこれか。らしくもなくベッドから転げ落ちたベネディクトは自嘲の溜息を吐いた。
 眠気が吹っ飛んだ頭で起き上がり、ふと机の方を見ると、眠る前と形が違うものがそこに置いてあることに気付けた。むしろそれに気付かせるために、あいつがベッドから落っことしてきたのではないのかと思ってしまうほどだ。
 そこには確かに、『セレネヴァーユ黒狼隊騎士勲章』があった。
 夢は間違いようもなく夢だった。レイルが現世にいるわけもないのだ。しかし、意味のある夢だった。
 親友はベネディクトに何を伝えたかったのだろう。同胞たる男はベネディクトに何を託したかったのだろう。全て交わした言葉から伝わってくる事柄であり、見て見ぬフリなど許されようもなかった。そして、そうしたくない自分がそこにいた。
 夢の中で託された想いを胸に抱き、ベネディクトは意を新たにする。
 ベネディクト=レベンディス=マナガルムは、騎士を名乗る。彼に恥じぬよう二本の足で立ち、その力を奮う騎士を。
 勲章を手に取れば、今は亡き親友がその背を叩いてくれたような気がした。

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