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SS詳細

『Alles Gute zum Geburtstag』の話

登場人物一覧

リリコ(p3n000096)
魔法使いの弟子
ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 ヨタカは深刻そうにため息をついている。
 リリコとふたりだけのお茶会、胸にたまったうれしいことたのしいことをそっと打ち明けたい、そんな時に催される秘密のアフタヌーンティー。だけど今日のヨタカはため息ばかり。言いたいことがまとまらない、そんな感じだ。どう切り出すべきかをヨタカは悩んだ。だって傍から見たらきっと、とてもとても些細なこと。目の前の陶器のような少女が、だからといって捨て置く性質ではないのはよくわかっている。むしろなんでも聞いてくれて、秘密は厳守。ありがたい存在。しかしながら本日は毛色が違う、言うならば相談事。小さな小さな、それゆえに胸の奥に刺さって取れない棘。
「……今日の小鳥は上の空ね」
 ミントティーへ口づけながらリリコが水を向けた。ヨタカは華奢なフォークをもてあそび、眉をハの字にした。細い金のスプーンは持ち手の先端に螺鈿細工が施されており、ヨタカの手の中で踊るたびに妖しいまでの輝きを放つ。それが本人にとっての事態の重さを知らせているようだった。言うならばヨタカなりのヘルプサイン。話しかけられるのを待っている。解決してほしいわけじゃない、スパッと切り分けてほしいわけでもない、ただ聞いてほしい、微妙なおとこごころ。
「……私の銀の月と何かあったの?」
「…あったというか、なかったというべきか…。」
 ヨタカはうむむと眉間にしわを。フォーク、くるくる。つやぴかり。リリコはせかさずゆっくりと待った。ローレットに出入りしているとわかるのが、情報を提供したがらない依頼主が案外多いということだ。ヨタカの悩みがそこまでヘビーだとは思わないが、本人にとってはというのはよくある話。人生は千差万別。十把一絡げにしていいものではない。どの人もそれなりの理由を抱えている。
 だからリリコはまずは今日のお茶会を楽しむことにした。本日のお茶はスイートミント、舌に乗せると爽やかなミントの香が鼻に抜けていくのに、後味はふしぎと甘い。飲みやすくて快いハーブティー。ガラスのポッドの中では、二杯目を飲むなら今よと茶葉が躍っている。
「……小鳥、お茶が冷めてるわ。入れなおそうか」
「…あ、大丈夫…。…ありがとう…。」
 言われて気が付いたヨタカ。そういえばまだ口も付けていない。唇をカップのふちに触れさせると、ぬるくなった紅茶がのどを潤した。ミントのひんやりした感触が心を落ち着かせる。
「…聞いてくれないかリリコ…。」
「聞きましょう」
「…じつは…。」
 ヨタカはぐっと真面目な顔をした。美しく整った、精悍でどこかしら色気のある顔立ち。浮ついた女が見たらそのまま腰砕けになりそうだ。さすが旅一座の看板だけあるとリリコは思った。
「……紫月が、俺にアップルパイを作ってくれないんだ……。」
 ほの暗い水底から絞り出すような声。それを聞いたリリコはまぶたを中ほどまで落とした。やっぱりか。だからあのパイを持って帰ってあげればよかったのに。声には出さず、こくりと小さくうなずいた。
「…ダメなんだ、作ってくれないんだ…。…何度もお願いしてるのに…!」
「そう」
「…うん、時々練習してるらしくて家に帰ったらアップルパイの香がしていたりするのに、紫月は知らんぷりするんだ…。」
「それは傷つくわね」
「…わかってくれるリリコ…?」
「もちろんよ。ショックだったでしょうに」
「…そうなんだ、紫月ってば、普段は魔法みたいに美味しいお菓子を作ってくれるのに…アップルパイだけは作ってくれないんだ…!」
「銀の月に理由を聞いてみた?」
「…聞いたよ…だけど…はぐらかされるばかりで…。アップルパイ作りの達人が周りにいるからとか、小鳥の舌は我(アタシ)の作ったので満足しないよ…って! そんなことないのに!」
「そうよね、わかるわ。大切なヒトの手作りはうれしいに決まってるよね」
「そう! そうなんだ…。…だけど紫月はそこをわかってくれないんだ…。…最近は手馴れて来て…多種多様のレシピを仕入れては研究してる…それは知ってるんだ…。……日に日に美味しくなっていく紫月のお菓子…その成果を毎日味わっている身からすれば……やはり大好物を作ってほしい!」
「当然よね」
「そうだよね? …俺、変なこと言ってない…?」
「言ってない」
 ああよかったとヨタカは胸をなでおろした。持つべきものは理解ある友。胸に渦巻いていた不安を吐き出したせいか気分もほがらか。やっぱりためこむのはよくないなとヨタカは思った。
「…そうなんだよ、紫月のお菓子は美味しいんだよ…。…リクエストだって張り切って受け付けてくれるのに…なぜかアップルパイだけはダメなんだよ…。…なんでかなあ…。」
「小鳥をがっかりさせるのが嫌なのかもよ」
「それはない、絶対にない。大切なヒトが作ったお菓子が美味しいのは既に知ってる…! 紫月の中ではソレの点数が0だとしても、俺にとってのソレはどんな形であれ、味であれ、100点満点なんだ…!!」
 ヨタカはきりりと眉を吊り上げて言い切った。そうよね、とリリコも相槌を打つ。食べたいわよね、愛しい愛しいヒトの手作り。
「……ここはひとつ、一計を案じてみてはどうかしら」
「…一計…?」
「……銀の月が断れないような理由をつけてみるとか」
 しばらくふたりして頭をひねっていたが、そのうちはっとヨタカが気づいた。さっそくリリコに持ち掛けてみるとそれでは手落ちだと指摘された。その後の作戦会議はおおいに盛り上がった。
「……よし、これで行こう……。」
 ヨタカは拳を固く握りしめた。

 その晩、武器商人とヨタカはすこし遅めの夕ご飯を取っていた。
 今日はマッシュルームのアヒージョ、メインのパスタは白海老のペペロンチーノ、酸味の少ない手作りドレッシングでていねいにしあげたサラダには裏庭で育てたエディブルフラワーを乗せて華やかに。
「…おいしい…! ……今日も美味しいよ、紫月…。」
「それはよかった」
「…パスタはしつこすぎないし、アヒージョはまろやかだし、そこにサラダを挟むと油っけがほどよく抜けて新鮮なレタスのシャキシャキ感が際立つ…。」
「うんうん、アヒージョにバケットつけるかい?」
「…あるの…お願い…!」
 武器商人はにこにこしている。
「そういえばもうすぐ小鳥の誕生日だね」
 …来た! ヨタカは身構えた。ここで一気に勝負をかける!
「なにがほし……」
「紫月のアップルパイ!」
 武器商人が固まった。
「…………他のものじゃ……」
「紫月のアップルパイ」
「いやだから我(アタシ)の腕前じゃ……」
「紫 月 の ア ッ プ ル パ イ」
「うーんんん、検討してみる」
「…ほんとに!? やったあ!!」
 手放しで喜ぶヨタカに対し、武器商人の頭の中にあったのは一つ。どうやって逃れよう。

 9月21日、それは記念すべき日。番の小鳥がこの世に生を受けた日。だからめいっぱいもてなして精いっぱい甘やかして、これでもかってくらい喜ばせてあげたい。それは純粋な気持ち。武器商人の願い。だからちょっとくらいズルさせてもらおうか、よりによってこの日を我(アタシ)の無惨無惨なパイで過ごすことはなかろ。そう自分に言い訳しながら武器商人は朝早くからジェイルのところへ向かった。もちろん彼のアップルパイを買うために。ここのは小鳥も絶賛していたしね。我(アタシ)のじゃないけれど納得はしてくれるだろうさ。ドアノッカーを遠慮なく鳴らす。すると館の主が現れ……。

「リリコ、リリコ、リリコー! 我(アタシ)の可愛いお気に入り!」
 あわてふためいて孤児院に飛び込んできた武器商人に、リリコ以外は何事かと目を丸くした。普段は泰然自若としているものだから、よけい。セレーデなんか見事に石像になっちゃっている。呼ばれた当人は落ち着き払ったまま開いていた絵本を閉じた。
「……どうしたの私の銀の月」
「聞いておくれよ、今日は小鳥の誕生日なんだよ!」
「……知ってる」
「それでアップルパイを用意しなきゃいけなくなっちゃったんだよ!」
「……そう」
 武器商人の反応、ここまでは想定内。リリコは仕事をしない自分の表情筋にちょみっとだけ感謝した。
「しかたないからエヴァ―グリーンの旦那のところへ買いに行ったのさ」
 うん、そうすると思った。
「なのに売ってくれないんだよ。今日はダメって、なんともツレない。なぜかジュエリー・アップルだけ寄越して追い出されてしまったんだ」
 よしよし、いい感じ。ジェイルさんは約束を守ってくれたみたい。
「いよいよ困ってしまって、急で悪いとは思ったんだけどそのりんごを持ってヨタカのとこのお嬢さんのところに行ったんだよ。対価はちゃんと出すからこれでアップルパイを作ってほしいって頼みに」
 うんうん、これも予想通り。
「でも、お嬢さんもダメっていうの。今日は外せない用があるからって。そんな予定、無さそうに視えるのに。『いーえ、ダメです』の一点張り!」
 OKOK、ケリーさんも口裏を合わせてくれたのね。
「……で、ここへ来た、と」
「そのとおりだよ。ねぇリリコ、シスターイザベラはこの間、美味しそうなアップルパイを作ってたろ? 対価も材料もたっぷり出すから、焼いてくれるよう取り次いでくれないかぃ?」
 リリコは首を振った。むぐっと言葉に詰まった武器商人はリリコに膝まづいてお願いポーズをとった。だいぶ追い詰められてるなあとリリコは思った。
「我(アタシ)が普通に製菓したんじゃ、小鳥の舌を満足させる味は作れないってこの前も言ったろ? スペシャリストには叶わないんだよ、我(アタシ)。付き合いも長いし、そのへんわかっておくれよ?」
「……わかれない。だって今日は私にとっても大事な小鳥の誕生日だから」
「むううう、いいよいいよ。じゃあちょいと”お願い”をするものね」
「……してもいいけれど、あなたにとって小鳥へのたってのお願いはその程度で済ませていいものなの?」
 武器商人は黙り込んだ。……いつのまにそういう意地悪を言うようになったんだろうねこのコは、などとぶつぶつ言う。
「わかった。キッチンを貸しとくれ。その代わり手伝っておくれね、リリコもシスターも」
 袖から真っ白なエプロンを取り出し、武器商人は憤然と立ち上がった。

 ヨタカが旅一座の打ち合わせから帰ってくると、屋敷の中には待ちわびた香が漂っていた。期待に胸躍らせながらリビングの扉を開く。そこではチキンや付け合わせに囲まれて夢にまで見たアップルパイ、と、むすっとした武器商人が鎮座していた。
「…紫月…?」
「はっぴーばーすでい」
「…ありがとう、どうしたの紫月…なんだか機嫌が斜めだけど…。」
 武器商人がわっと机へ突っ伏した。
「だってリリコもシスターもサイドメニューばかりで全然手伝ってくれないんだもん! 結局我(アタシ)ひとりでパイを焼くはめに!」
「……な、泣かなくても…けど、そっかあ……正真正銘、紫月の手作り……か…。」
「もういいよ、お食べ! どんな味でも我(アタシ)の知ったこっちゃないからね!」
「…うん、わかったわかった…。ありがたくいただくよ、紫月。」
 さくっ。椅子に腰かけたヨタカはさっそくアップルパイを口にした。
「どうだい?」
 武器商人が心細そうに尋ねる。しばらく止まっていたヨタカがふるふると震えはじめた。
「……エクセレント……。」
「えっ、なんだって?」
「100点、いや120点だよ紫月ぃ! …楽園の果実がほろりと溶け…バターの風味と、シナモンが合わさって…禁断のハーモニーを奏でている…。…ああこれぞ天上の味覚…!」
「誉めすぎじゃないかい」
「紫月も食べてみなって、いいから……!」
 言われて武器商人もパイを食す。
「……フツーじゃないかい?」
「…フツーじゃない、美味しい…! …俺には、特別!」
「ま、まァ、そこまで言われたら、作った甲斐もあったね」
「…おかわりいいか…?」
「もちろんだよ」
 そこまで言って初めてヨタカは机の上の白く長い箱が目に入った。
「…それは…?」
「ああいけない、忘れるところだった。はい、誕生日プレゼント」
 それは菫色の石を留め具に使ったループタイだった。ヨタカはさっそく着け心地を試し、手鏡で襟元を確認する。
「…うれしい。……大事にするよ……。」
 ほくほく顔のヨタカに武器商人もつられて笑顔になる。
「ハッピーバースデイ、我(アタシ)の小鳥。また一年、よろしくね」

  • 『Alles Gute zum Geburtstag』の話完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月21日
  • ・ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155
    ・武器商人(p3p001107
    ・リリコ(p3n000096

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