PandoraPartyProject

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武器商人とリリコの話~アップルパイ修行中~

登場人物一覧

リリコ(p3n000096)
魔法使いの弟子
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 薄力粉と強力粉、違いは正直わかってない。
 いやいや頭じゃ理解している、薄力粉はクッキー、強力粉はパン向き。違いはグルテン量。じゃあ使い分けは? 代用できるのはどんな場合? そうなったらお手上げ。レシピどおりに作るとレシピ通りのものができるようになった。それが今の武器商人の腕前。
 そんな話は脇へ置いておいて、まずは二種をふるいにかけてよーく混ぜ合わせたらバターをたっぷり、お水を少々。「混ぜるなよ! 絶対混ぜるなよ!」とエヴァーグリーンの旦那から言われているものだから、ここはつい円を描きそうになる利き手を押さえ、へらを縦に持って切るようにざっくざっく。バターの塊がばらけてきたら冷暗所で寝かせること小一時間。鼻歌でも歌いながら新聞に目を通す。最近は練達や豊穣で気になる事件が目白押し。イレギュラーズの仕事も、本業の商人も、休もうと思えば休めるものだから今日という特別な日はのんびりといちからお菓子作りに挑戦。おいしくできるだろうか、いやまああの子なら、美味しいと言ってくれそうだけれども。なんて思いを馳せながら寝かせた生地を綿棒で伸ばし、重ねて折ってまた伸ばし、いけない生地がだれてきた。冷暗所でまた少し寝かせて、伸ばして広げて重ねて折って。きれいにまとめたらまた冷暗所でおねんね。
 さあここからが本番。フルーツ命の旦那からせしめたこれはという林檎の皮をむき8等分に。砂糖と共にフライパンでじゅうじゅう。隠し味に洋酒をひとさじ。蓋をして出てくる水気を頼りに煮込みまして、ほどよく火が通ったらオープンセサミ。甘酸っぱい香りがほっこりとした湯気と共にあがる。まだまだ、これにバターとシナモンを落として、汁気がなくなるまで煮詰めればこれで勝利は目前。
 型にはめたパイ生地、どーんと大きくファミリーサイズ。どうせなら他の子にも食べてほしいからね。あれもこれもと言いだせば限りがないもの。でもせっかくだもの、欲張っちゃえ。花開くように並べた林檎。うんうん、悪くないじゃないか。そのうえから編み込んだパイ生地をかぶせて、端を織り込んだら艶出しに卵黄を塗り、あとはもう焼くだけ。
 オーブンの予熱はバッチリ、ここからが勝負どころ。気を抜くべからず。べからずなどと言われずとも、ついつい小窓から中の様子を見てしまう心配症。オーブンの中身とにらめっこ。林檎に火は通っているのだから、あとはパイ生地が焼きあがるのを待つだけ。わかっちゃいるけれどこれが大仕事。待つだけの身はつらい。aPhoneのタイマーなどセットしまして、残り何分? まだまだたっぷり。落ち着かない、早く終われ。どうかうまくいきますように! 祈るような思いでタイマーが鳴り響くのを待つ。
 やがてオーブンから誘うようなうるわしい香り。ちりちり鳴るタイマーを止めて、宝物みたいにそうっとそうっと取り出す。大変よくできましたと自分で太鼓判。やってみるものだね、何事も挑戦。いい感じじゃないか。練習じゃない、初めてのアップルパイは。型崩れしないようバスケットへ入れて、焼き立てを食べてほしいからちょっと空間をごにょごにょしまして裏口を開けたらほら、見慣れた孤児院。

 本日は9月9日。大多数にとってはどうでもいいい日。けれど、孤児院の子たちと武器商人にとっては特別な日。無口で雄弁な少女の誕生日だから。
 聞こえてくるハッピーバースデイの歌。これは出遅れたかもしれないと武器商人は足を速める。裏庭の木戸を開け、食堂へまわるとちょうどリリコがみんなから、これでもかと頭を撫でられているところだった。そういう祝福の儀式があると武器商人も知っていた。リリコはいつもの無表情。だけど大きなリボンがゆらゆらと喜ばし気に揺れている。
 やあやあ我(アタシ)も混ぜとくれよ、そう口に出そうとして武器商人は固まった。テーブルの上には、ケーキの代わりに大きなアップルパイ。シスターの手作りだろう。色も艶も形も上品、よく見るとカスタードも入っている凝りよう。それを見たとたん胸のあたりが冷たくなって、なんだか急に喉の奥が硬くなった。
「あ、武器商人のにーちゃん」
「ねーちゃん、久しぶり!」
 ユリックとザスが目ざとく武器商人を見つける。嫌も応もなく武器商人は孤児院へ招き入れられた。
「……いらっしゃい、私の銀の月」
「来るの待ってたよ!」
 ロロフォイが飛びついてきたものだから、せっかく背中に隠していたバスケットが大きく揺れた。
「これはなぁに?」
「なんでちか、いったい」
 セレーデとチナナが物珍しそうにバスケットを見つめる。武器商人は冷や汗を感じながら袖へ手を差し入れた。ひょいと取り出したそれはすてきなザック。
「お誕生日おめでとうリリコ。これがプレゼントだよ」
「……ありがとう」
 早口で答えた武器商人に、リリコはゆるくこくびをかしげた。
「……どうしたの私の銀の月。何か落ち着かない様子ね?」
「そうかい? そうでもないさ。そのザックは軽いけど丈夫だし、容量もたっぷりだ。よかったら使っておくれ」
「……ありがたく使わせてもらうね。銀の月からもらったものだもの。大事にする」
「最近遠くの方にも出張するようになっただろう? ひとつあると便利かと思ってね」
「……うん、いまのトートバッグじゃ足りなくなってきたところ。もらった本やローレットの資料を持ち歩くのにぴったり」
 リリコはそこまで言うと、視線を武器商人の背後、バスケットへ向けた。
「……ところでそれは何?」
 聞かれた。聞かれてしまった。あと少し時間があれば袖の中へ隠し、なかったことにしてしまえたのに、子どもたちの包囲網はがっちり頑丈で一分の隙もない。
「明日のおやつにでもどうだい?」
 武器商人はバスケットのふたを開け、しぶしぶ中身を見せた。気のせいだろうか、いよいよ自分が作ったものがしょぼくれて見えた。なのにリリコは目元をゆるめ、両手を合わせた。
「……おいしそう」
 きょとんと紫紺の瞳を大きくしていると、リリコはシスターへ向き直った。
「……シスター、私、銀の月のアップルパイが食べたい。いいかしら」
「かまわないわ。それじゃこれはまた明日ね。今日のメインは武器商人さんのパイにしましょう!」
「待っておくれ、いいのかい? こんな素人レシピよりシスターの手作りの方が」
「……いいの。私が食べたいの」
 武器商人の言葉を遮るようにリリコが言った。
「……だって私の銀の月がわざわざ作ってくれたのよ。こんなにうれしいことがあるかしら。私、どうしてもこれがいいわ」
「主賓がそう言ってるんだから決定事項、な! 俺もにーちゃんの作ったやつ食べてみたい!」
「あ、こら、ちょっとお待ち!」
 ユリックとザスにバスケットを奪い取られ、武器商人はあわててその背中を追う。ミョ―ルが「こらっ」と飛び出して三人の道を塞いだ。
「はぁい、あんまり振り回すとせっかくのアップルパイが崩れちゃいますよ」
 シスターにたしなめられ、ユリックとザスは戦利品をボスへ献上した。その間にセレーデが椅子を持ってきた。リリコの隣にスペースを作り、そこへ椅子を置く。
「はい、ぶきしょうにんさん。こちらにどうぞ」
「あァ、どうもありがとうねぇ」
 こうなったらさすがに逃げられない。武器商人は半分自棄になりながら椅子へ座り頬杖をついた。まったく公開処刑もいいところだ。一口食べてがっかりするだろう子どもたちの顔を、いやでも想像してしまう。
 切り分けられたアップルパイを、いざ実食。まずはリリコから一口。それから他の子たち。その口元から、さくっと軽い音がした。
「……おいしい」
「本当かい?」
「おいしいですよ」
 ベネラーがさくさく食べながら続けた。
「シンプルで素朴なぶん林檎のおいしさが染み渡ります。パイの焼き加減もちょうどよくて歯ごたえがいいですし、林檎にもよく火が通っているからさっくり噛み切れて食べやすいです。何より焼き立てなのが、とてもいいですね」
「……本当かい?」
「……うん。ベネラーの言う通り。とっても、おいしい」
 武器商人はおそるおそる自分でも食べてみた。お! 意外といける。確かに派手さはないけれど、パンチのきいた林檎の旨味がじゅわっと口内に。なんだ思ったより、いい出来じゃないか。
「いやじつはね」
 と、そのモノは切り出した。恥ずかしそうに。
「エヴァ―グリーンの旦那といい小鳥のところのお嬢さんといい、周りにアップルパイ作りの名人が多くてね。なかなか手が出せなかったんだよ。だからこれが誰かのために作る我(アタシ)の初めてのアップルパイになるね」
「……そう」
 それを聞いたリリコは自分の分を半分に切った。
「……ならこれは小鳥の分。持って帰ってあげて」
「え。いやいや。お食べよ、小鳥はもっと美味しいのを食べてるから大丈夫だよ」
「……そんなことない。銀の月の手作りなら小鳥がいちばん食べたがるわ。ね、だから持って帰ってあげて」
 そういうものだろうか。そういうものだとしても。武器商人はがっくり肩を落とした。
「やっぱりもう少し修行させておくれ」
 そういうことするから小鳥が不安がるのに。
「ん、いま何か言ったかい?」
「……ううん」
「そういえばリリコはいくつになったんだっけ」
「……孤児だから正確にはわからないの。だから私は10になったばかりかもしれないし、それ以上かもしれない。誕生日もシスターが決めたものだし」
「なんであれ今日という日が華やかな1ページであることを我(アタシ)は望むよ」
「……ありがとう、私の銀の月」
 リリコがかすかに笑んだ。それを目にしただけで今日の苦労が報われた気がした。そして武器商人は紅茶へ口をつけ……。
「リリコだね、これを淹れたのは」
「……修行中なの」

  • 武器商人とリリコの話~アップルパイ修行中~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月15日
  • ・武器商人(p3p001107
    ・リリコ(p3n000096

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